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目覚め

 目が覚めたのは暗いところだった。少しだけ眠いような、いや、ただ気怠いだけのような、何とも言えない感情。朝に起きようと思っていたのに昼に起きてしまったものの、気持ちよく眠れたから気分的には後悔と満足のイーブン、ちょうどそんな感じ。


 そこはどうやら洞窟のように思えた。辺り一面は岩肌が露出した無骨な光景で、明かりも廃れきったランタンが一つ無作為に頭上の岩壁に取り付けられているだけ。よくよく見回してようやく、ここがとても息苦しいところだということに気がつく。そもそもなんで僕がこんなところにいるのか、そんな単純な疑問にさえしばらく気がつくことが出来なかったくらいには、居心地が悪かった。


 とりあえずいったん落ちついて、状況を整理してみようと思った。だけど、考えても考えても以前のことをまるで思い出せない。まるで僕という人間の人生が今起きたこの瞬間から始まったかのような、そんな新鮮な感覚すら覚えるのだ。背格好や自分の言葉に出来ない経験値のような物からして、間違いなく僕は生まれてから十数年は経った少年のはずだ。だけど、今に至る記憶、それどころか現在から過去の記憶がいっぺんたりとも残っていないのだ。


 流石の僕もこれには参った。何度頭を捻ろうとも記憶がよみがえりそうな雰囲気はない。そもそも、何かを思い出そうとしている感覚がまるで無い。そんな記憶なんて端から存在しないかのような、そう思えて仕方が無いほどに僕の頭はポンコツと化してしまっていた。


 ただそれでも、何もしない訳にはいかない。記憶のことはいったん諦めて、ここが何処なのか、どうすればここから出られるのか、そういった前向きなことを考える事にする。


 とりあえず身の回りは無機質な岩肌が見えるだけなので、少し歩いてみてここが本当に洞窟なのか、それを確かめようとしたそのときだった。立ち上がり、一歩踏み出したところで腰の辺りで聞き覚えの無い機械音がした。


 ピコーンという、小気味良い起動音のような、そんな音だった。僕はそこでようやく、自分の腰の辺りに見覚えの無い機械が取り付けられていることに気が付いた。拳より一回り小さいくらいの機械は伸び縮みする装置でつながれており、僕はその拳サイズの機械を引っ張って顔の正面まで伸ばしてみた。


 すると、その装置は腕時計のような形をしており、小さな液晶には数字と文字が浮かび上がっていた。


 《あだむすガイキタエルマデ、アトイッセンポ》


 液晶には、そんな文字列と共に数字のゼロが表示されている。何だか読みにくい文字列だなと、眼をぱちぱちとさせながら液晶と睨めっこをすることで、なんとかその全容がつかめてきた。


「アダムスが息絶えるまで、あと一千歩」


 多分こういうことなんだろうと思う。いろいろ試してみて、これが一番しっくりくる翻訳だった。


 この文頭のアダムス、と言う文字。何だか聞き覚えがある。今の僕の頭は相当ポンコツなので、それが何を示すのかは分からないのだが、少なくとも一度は聞いたことがある、いや、何度も聞いたことがある名前のような気がする。


 ひとまず思い出せないので、次に進む。アダムスの次には、息絶えるという言葉が映し出されている。これはまぁ普通に考えて、息絶える、死んでしまうと言うことだろう。ということは、このアダムスというのは生き物ということになるのだろうか。もしそうなら、何故息絶えてしまうのか。


 それは続く文字で明らかとなる。


 あと一千歩。アダムスが息絶えるまで、あと一千歩。


 うん。


 ようするにだ。


 あと一千歩でアダムスという生き物は死んでしまいますよ、と、そういうことを意味しているのだ。


 そしてそれが僕の腰に装着された機械によって映し出されている。


 ということは、この一千歩というのは、僕依存のものなのだろうか。僕が一千歩歩くことによって、このアダムスという生き物は死んでしまうという事なのだろうか。だとしたら酷い話だ。アダムスもかわいそうだが、命を背負わされる僕もかわいそうだ。


 試しに一歩歩いてみると、先ほどまでゼロであったところが1に代わり、液晶の文字も


《あだむすガイキタエルマデ、アトキュウヒャクキュウジュウキュウホ》

 

 と切り替わっていた。やはり僕が思った通り、これは僕依存の数値で、僕の歩数によってアダムスの命が左右されるみたいだ。


 一応この機械が僕から外れるのか試したが、外れない。電源のようなものも無く、どうやっても歩数のカウントは止まってくれないみたいだ。


 少し考えてみたけど、流石に僕も歩かずじっとしている訳にもいかない。このアダムスという生き物の命をすり減らすことにはなるけど、僕だってこのままここにいれば気が狂って死んでしまうそうだ。今はとにかく、このわけの分からない状況を打開出来るだけの情報が必要だ。


 腰の歩数計をカウントアップさせながら少し歩くと、ちょっとだけ開けたところに出た。と言っても、二畳くらいの小さな空間だ。相変わらず息苦しいことに変わりは無い。しかし、その空間の真ん中に、衝立があり、そこに何か書かれていた。のそのそと歩きより、中腰でその文字を読んでみると、何やら不穏なことが記されていた。


「この書き残しを読むものへ。ここはある洞窟の最深部だ。君は歩いてこの洞窟を出ることが出来る。ただ、余り出ることはおすすめしない。外の世界はらいおんとかごりら、それにこ■■がうようよいて、とても危険だ。だが、この洞窟も完全に安全とは限らない。なぜなら、お■■は洞窟の中にもやって来るかもしれないからだ。だから、君はこの洞窟に残ることも出来るし、洞窟の出口を探して外に出ることも出来る。ただ、どちらにせよ君の行動には大きな責任が伴う。君が一歩歩く度に、君の大事な人の命が削れていく。それでも君が前に進むというのなら、止めはしない。ただ、後悔だけはしないように。それだけは言っておきたい」


 まるで何を言っているのか分からなかった。なんとか理解出来たのは、ここが洞窟の最深部で、僕が歩く度僕の大事な人の命が削られていくということ。それ以外はいまいちよく分からなかった。なんでこんな読みづらい書き方なのかもわからない。


 続けて、その衝立の根元に落ちていた小さな手紙、そこにはこんなことが書かれていた。


「もし君が洞窟に残って、大事な人が外でおそらをとんだり、おつきさまをながめたり、かけっこをするようなら、誰も救われないからね。それだったら、たくさん歩いて外に出るのも良いかもしれないね」


 その手紙には、一枚の写真も入っていた。それは何やら楽しそうに談笑する少年少女の写真だった。五名の男女が皆笑みを浮かべながら木漏れ日の下仲良く語らっているように見える。


 ますます意味が分からなくなってきた。なんなんだろう、これは何かのゲームなのだろうか。なんで僕がこんなよく分からない役回りをさせられなければいけないのか、考えれば考えるほどふつふつと怒りがこみ上げてくる。


 しかし、ただ考えていても仕方が無い。僕は少し悩んで、とにかく歩いてこの洞窟を出てみることにした。僕が歩く度に大事な人の命が削れると、そう書かれてはいたが、僕はアダムスなんて人を知らない。もし本当に僕にとって大事な人なら、そう簡単には忘れないだろう。ということは、ここに書いてあったことは全部嘘かもしれないのだ。


 ということで、とりあえずアダムスには悪いけど歩いてみることにする。少し歩いてみると、分かれ道などは無く長い一本道が続いているように見えた。それに、ここの岩肌は僕が目を覚ましたところと違って、随分と凸凹としている。抉れていたり、赤茶色のほかとは違う色に染まった岩も見える。断層が混ざっている洞窟となると、相当深そうだ。


 僕はため息一つついて、歩き出す。


 腰に付いている機械、その機械に恐ろしい文字が浮かび上がっていることにも気が付かずに。


《アナタノイノチ:あと、サンじゅえる》

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