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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第4章 白霧に轟く雷鳴
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第12話 天馬の神獣と妖精王

 神獣たちは三年前の戦争後、光の粒子となって消えた。

 これが神獣の子を含めて一部の者しか知らない事実である。

 もちろん各国の信仰が無くなるわけでも、生活が劇的に変わるわけでもない。


 しかし、世界に新しい風が吹いたことは確かだった。

 それが神獣の子を筆頭とした神力や神器。

 新たに発見された物質や技術だった。

 

 そして胎動を始めた新しい世代と再び目覚めた古の魔獣たち。

 本来ならば交わるはずのない者たちは、不思議な縁に導かれ天馬の国に集う。


 ――この感じは……


 ラウニッハは懐かしい感覚に違和感を覚えた。

 巨大樹を軽快に昇り、辺りを見渡せる場所から感覚のする方向に視線を集中させる。

 違和感の中央では魔力と気配が分散しており、正確な場所がつめない。

 それでも巨大な魔力が渦を巻き、何か巨大な存在が突然現れたことは確実だった。


 ――バカな……あの魔力は天馬の神獣(母様)の……


 その存在感は三年前に光の粒子となって消えた天馬の神獣フィンニルのモノに間違いない。

 二十年間共に過ごした母の感覚を読み間違えるはずがない。

 しかしそれが本当ならば大事だ。


 その神獣は味方か?


 ただでさえ厄獣が近づいており、予断を許さない状況だ。

 ギルドの重役を待つことを口実に厄獣の接近のために理由に留まっていたが、どうやら離れる必要があるようだ。


「全く……次から次へと厄介なことばかり……」


 天馬の闇に呟かれた言葉は、夜風に紛れて消えていった。

 ラウニッハは驚くべき速さで天馬の国を疾走する。

 外から見れば、それは黄色い影が一瞬目の前を通り過ぎた程度にしか視認できない。


 神獣の子の中でも『最速』と言われる所以だった。


 ――また違和感。侵入者か……


 先ほどまでの感覚とは違う違和感。

 それは部外者が森に侵入したことにより、精霊たちがざわついたことで気が付いた。

 どうやら愛国者たちが動き出したらしい。


「チコ。聞こえるか?」


『何? 侵入者の件ならすでに迎撃部隊を向かわせたわ』


 精霊たちのネットワークを利用して、森の中に居るチコと会話する。

 彼女は夜食の後、厄獣の警戒のため森の中を捜索していた。

 すでに愛国者たちからの部隊には手をうっている。


 ――ならば……

 

愛国者(奴ら)の目的は、神器を覚醒させたバルドム君だろう。君はそっちの護衛に向かってくれるかい? 迎撃部隊を突破して到達した者は全員倒して構わない」

 

『了解。ルフさんも居るから大丈夫だろうけど、精霊樹の麓へ向かうね』


 チコがそう言って会話を切る。

 とりあえず最悪の事態は回避できるはずだ。

 少なくとも魔術学院からの客人は無事に返さないといけない。

 他国からの信頼の為にも。

 

「なんだ?」


 森の中を疾走するラウニッハの眼前に、人型の形をした霧が姿を現せた。

 大きさは成人男性と変わらないが、魔力が混ぜてあるその人形は確実にこちらを狙っていた。


「邪魔だな。これも愛国者の仕業か」


 ラウニッハは手に持った槍に魔力を流した。

 雷属性を得意とする天馬の神獣の子。

 金属と相性のいい雷属性と得意の槍術が合わさり、神獣の子でも屈指の突破力を発揮する。


「まずは一つ」


 ラウニッハは目の前の霧の人形へ槍を突き刺した。

 手ごたえもなく、霧が飛散して人形が姿を消した。


「おっと」


 ラウニッハは半身となり急停止。

 少し地面が抉れたが、そんなことは気にもならない。

 理由は目の前の光景にあった。


 数は数百くらいだろうか。

 先ほどの霧の人形がこちらに狙いを定めていた。

 両腕をこちらに伸ばして、人形の中で魔力が高まっていく。


「なるほど。こちらの動きを察知して読んでいたのか。流石は妖精王。索敵範囲が尋常ではないか」

 

 ラウニッハは笑みを浮かべた。

 妖精王が愛国者側であることは、知っていたがいざ敵に回ると思った以上に厄介だ。

 こちらの動きを察知して予防線を張る。


 チコが指示を出したように同じ対応を向こうにもされた。

 情報戦は分が悪いらしい。


 ――たまには悪くない。不利な状況での戦いも


 霧の人形たちの両腕から霧と魔力を固めた弾丸が放たれる。

 眼前を覆う量の弾丸。霧とはいえ魔力で固められた弾に当たれば一たまりもないだろう。

 ラウニッハは全身に魔力を流した。

 

 バチバチと音を立てて、雷の力を内包した姿は夜に輝く黄金の光のようだった。

 竜の神獣の子と同様に闘術と魔術の同時使用による戦闘技術。

 雷属性の副作用である神経伝達速度の向上もあり、戦闘速度では他の追随を許さない。

 神獣の子の中で最もバランスの取れた戦闘能力。それも今は国を守るための槍となる。


「この国の自然の『調和』を乱す存在を僕は決して許さない」  


 ラウニッハの魔力が広がり、夜空を分厚い雲が覆う。

 届く雷鳴は天馬の神獣から受け継いだ『天相』の力。

 唯一天候にすら干渉できるその能力は、世界をも飲むことほど強大である。

 

「これが僕……天馬の神獣の子の『力』だ!」

 


 



 


 


 


「ねぇねぇ、どうするの!? ユーゴとかいう冒険者さん!!」


 妖精王の挑発的な態度も今は納得してしまった。

 復活した天馬の神獣の『天相』の能力により、周りには雷が落ちて樹が燃えている。

 ラウニッハが見たら怒りそうだ。


 妖精王ホルスバッハは相変わらず、自身の生み出した霧の球体の中に引き籠っている。

 おそらく結界も展開しているだろうから、遠距離からの斬撃ではダメージを与えられそうにない。

 右手に持った刀を捨てて殴り飛ばしてもいいが、俺の炎の影響で森が跡形ものなく燃えてしまっては意味もない。


「今の状態で神獣と聖獣を相手するとは思わなかったな」


 天馬の神獣(フィンニル)が動いた。

 前脚を蹴り上げ、空に向かって魔力を送った。


 また来るか!


 霧の間から見える空を覆う分厚い雲が発光する。

 雷鳴が轟いた瞬間、俺をめがけて雷が一直線に落ちてきた。

 横に飛んで雷を避ける。


 落雷により先ほどまで居た場所にクレーターができた。

 草も含めて跡形もなく一瞬で焼き切った。

 次々と落ちてくる雷を闘術で強化した身体で避けていく。

 まるで大雨のように降り注ぐ雷の隙間を見極めて、身体をその場所へと運ぶ。


 天馬の神獣の子(ラウニッハ)と戦った時も似た様な状況になったな。

 昔のことを思い出して思わず笑ってしまうが、状況的にはあまり笑えない。

 先ほどから攻撃を避けて気づいたが、天馬の神獣(フィンニル)にはどうやら意識がないらしい。

 感じるのは明確な攻撃の意志だけ。命を媒介に命を蘇らせる転生術も完璧とはいかないようだ。


 つまり今目の前にいるのは、神獣の力が使えるただの天馬の魔獣。

 ある意味で最悪の取り合わせとなった。


 やっぱりフィンニルが邪魔だな。


 右手に持つ刀に魔力を流して、天馬の神獣フィンニルへと魔力の斬撃を飛ばした。


「無駄だよ!!」

 

 妖精王ホルスバッハがそう言って、斬撃の前に立ち塞がる。

 霧の壁を展開すると、斬撃の魔力が分散して消えてしまった。

 先ほどからこの繰り返しだ。攻撃は天馬の神獣が、防御は妖精王が。


 見事な役割分担には、思わず感心してしまう。

 妖精王は騙されやすいと聞いていたから、てっきり頭は弱いのかと思ったがどうやらそんなこともないらしい。


「なら、これならどうだ?」


 全身に流す魔力の量を上げて、全身のスピードを速めていく。

 森の樹々を利用して、縦横無尽に飛び回る。

 そしてあらゆる角度から魔力の斬撃を飛ばす。


 正面からではなく、周りからの攻撃。

 それでも妖精王の余裕は崩れない。


「フィンニル!!」


 妖精王の言葉に天馬の神獣(フィンニル)が反応する。

 先ほどまで俺を狙っていた雷の角度が変わり、自身の周りへと落ちた。

 それぞれがその場にとどまり、まるで檻の中に閉じこもったようだ。

 

 さらに妖精の霧がその周り飛散して斬撃の威力を殺す。

 威力を殺された斬撃が、雷の檻に弾かれた。


「その程度じゃ、ホルホルたちの守りは突破できないよ!!」

 

 妖精王ホルスバッハはそう言って周りを見渡すが、どうやら俺の姿を見失っていた。

 そのまま樹の枝を蹴って、空高く大ジャンプ。

 妖精の森を覆う霧も突き抜け、フィンニルらが遥か小さくなる。

 


 普通に落下していたら気づかれてしまう。

 足に魔力を集めて、火属性の魔術を部分的に発動させた。

 頭から落下する体勢を整えると同時に足の魔力を解放。


 赤い火花と同時に身体が一気に加速した。 

 周りから見れば赤い流星が落ちているように見えるのだろうか。

 頬を切り裂く風の感じから、勝手にそう思った。


 勢いをつけて、刀に魔力を流す。

 狙うのはフィンニルの首の裏一点。

 首を切り落とされれば、流石に神獣も動けなくなるだろう。


「そうやって結界に侵入したんだ!」


 周りの霧を利用してホルスバッハが俺の位置を索敵した。

 しかし相手の対応よりも早く、こちらが距離を潰す。

 雷の檻も上からでは隙間が見える。

 その間から侵入して、フィンニルの首へと刀を振り降ろした。


「かたっ」


 首筋に直撃した刀から届くのは高硬度の鉱物のような感触。

 刀身は魔力により切れ味が数倍に跳ね上がっているはずなのに、フィンニルの肉体に全く刀が入らない。


「っ!」


 フィンニルの身体が発光したのと同時に雷が放電された。

 足から魔術を発動させて、爆風で後ろに飛ぶ。

 バク宙して地面に着地するが、勢いを殺し切れずに後ろへ滑る。


 踏み止まって顔を上げると、雷の矢が飛んできていた。

 どうやら間髪入れずにフィンニルが魔術を発動させたらしい。

 避けている暇はない。

 

 刀を振るって、斬撃を魔力で飛ばして弾幕を張る。

 打ち込まれる雷の矢を切り裂いていくが、打ち込まれる速度が想像以上に早い。

 

 受けきれない。

 

 数発くらうことも仕方がないと思い始めた時、突然目の前に半透明の結界が張られた。

 フィンニルの魔術の直撃をくらってもビクともしない結界。

 なんとなく誰が張ったか想像がついたから、思わず「ふぅ」と一息ついた。

 

「なんだ……もう着いたんだ」

 

 妖精王ホルスバッハがこの場に現れたもう一人の男に向かってそう言った。

 結界を展開した張本人である男が俺の隣に降り立った。

 

「ユーゴ。思った以上に苦戦しているようだね」  


「どっかの誰かさんがうるさいせいでな」  


「それは僕のことかい?」  


 ラウニッハはそう言って優しく微笑んだ。

 爽やかな笑みだが、目が笑っていない。

 理由はすぐに分かったから、何も言わなかった。

 

「天馬の神獣の子。ホルホルの足止めの人形たちが意味はないか」

 

「あまりに手ごたえが無かったんでね。それに君がユーゴに魔力を割いてくれたおかげで、妖精の森もあまり迷わずに進めたよ」

 

「ふーん……だけどいいの? 今頃神器の子は大変かもよ?」  


「問題ない。君たちの内通者の子も暴れているみたいだけどね」

 

 ラウニッハが手に持った槍を肩に担いだ。

 槍を動かして肩を叩く。

 あまりの余裕に笑いが出そうだ。

 それにノルマニーのことは承知の上で放置したのか。

 

ラウニッハ(お前)ならノルマニーのことを知っていたら、放置しないと思ったんだけどな」  


「僕が拘束してもよかったが、チコが彼女の中に迷いがあるって言っていたから。細かいことはレアスや君の弟子の子に任せるよ。いざとなれば僕が始末をつけるつもりだった」  


 なるほどね。どうやらチコさんから話を聞いていたらしい。

 それで愛国者と通じていると知りながら放置したのか。  


「迷い……? 神獣の子であるあなたに家族を失うノルマニーの気持ちが分かるの? あの子の親を殺した張本人のくせに! だからホルホルはノルマニー(あの子)に力を貸すと約束したんだからぁ!!」

 

 妖精王ホルスバッハが放つ魔力が増加する。

 辺りを覆う霧が連動して大気が震えていた。

 

「ラウニッハ。お前あの子の親を殺したのか?」  


「身に覚えがない。たぶん何か誤解があるんだろう。だけど……」

 

 ラウニッハがそう言うと、肩に担いでいた槍を降ろした。  


「母様を復活させた罪は償ってから、詳細は聞かせてもらおう」

 

 その言葉にはハッキリとした怒りと殺気が含まれていた。

 普段は冷静で頭が切れる。

 そんな天馬の神獣の子がかなりご立腹だ。

 

「ユーゴ。普段通り戦って構わない」  


「いいのか? 抑えて戦っても多少の被害は出るぞ」  


「少しくらいなら我慢するさ。さすがに本気(・・)はダメだけど、今の状態(・・・・)でも全力を出さないで、君なら妖精王くらい倒せるだろ?」

 

 ラウニッハの要望に「はぁ」とため息。

 聖獣相手に簡単に言ってくれる。  


「無理ならいいよ。両方僕が倒す」  


「アホいうな。舐められたまま終れるか」  


「決まりだね」

 

 ラウニッハがそう言って槍を構える。

 一方で俺は刀を腰の鞘に戻した。

 

「あれ? 刀をしまうの?」  


 俺の行動を不思議に思った妖精王が首を傾ける。

 そうか。そう言えばホルスバッハから見れば、俺はただの冒険者だったな。

 肩をコキっと鳴らして、拳を固く握り込んだ。


 そして呟く。  


「俺とお前の格の違いを教えてやる」

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