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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第1章 月下の遠吠えと修道女
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第6話 魅惑の修道女

 

 エルレインさんを連れて宿を出たのはいいが、あることに気がついた。

 彼女の服装がそのままだった。

 盗賊や海賊とでも言えばいいのか、白い上着に茶色のフードがついており、防御よりも機動力を重視した格好だった。


「元の服は?」


「教会に置いて来ました。この格好じゃマズいですか?」


「そうですね……一応着替えてもらえますか。厄介事は出来るだけ避けたいので」


 木製の建物が規則正しく並んだ大通りを二人で歩く。

 川沿いに露店があったエリアよりも、規模の大きい店が沢山ある。

 人の往来も激しく、前から来る人波の間を抜けて進んでいく。


「どんな服がいいですか?」


「え!? 買う気ですか!?」


「俺が女性用の服を持っていた方がおかしいでしょう」


「そ、そう言われてみればそうですね……えっと……」


「ユーゴです。冒険者やってます。まだ実績はないので無名ですが、有名になる気も無いのでずっと駆け出しのままですね」


「以外ですね。冒険者の方は皆さん有名になりたいものだと」


「俺は怠け者なんですよ」


 エルレインさんが笑い損ねた微妙な顔をしている。

 無償の祝福で人々を助けるシスターと怠け者の冒険者。

 どう考えても相性が悪い。


「あ。この店……」


 エルレインさんが一つの店の前で立ち止まる。

 ガラス張りの壁の中にサンプルとして置かれた服に惹かれたらしい。

 上は黒と白のボーダー、下は膝までの丈しかないスカート。

 聖職者とは思えぬ格好だった。

 まぁ元の世界で最も布教している宗教では、シスターは厳密には聖職者ではないんだけど。


「こういう可愛いのが好みなんですか?」


「いえ……そういうわけでは……私はシスターですし」


「いいじゃないですか。入りましょう」


 店のドアを開けるとベルが「カラン、カラン」となった。

 奥から「いらっしゃいませ!」と元気のいい女性の声が聞こえた。


「ユーゴさん。本当にいいのですか?」


「構いません。街の中に居る間は、シスターと盗賊から最も離れた格好の方が都合がいい。エルレインさんの好みならば、買わない理由はないでしょう」


 店員の女性に要望を伝え、エルレインさんを試着室へと案内してもらう。

 先に支払いを済ませたが、報酬を貰った直後でよかったと心の底から思った。

 支払い方法が着払いだったことも幸いした。

 わざわざ依頼を受けた街の冒険者ギルドまで、報酬を受け取りに戻っていたら今頃無一文になるところだ。


 店内に用意された椅子に座り、エルレインさんの試着が終わるのを待つ。

 昨日から働きっぱなしのせいか、眠気が襲ってくる。

 顔を下にして瞼を閉じた。


 色々と複雑な事情が絡んでいそうだ。

 教会から連れ出された孤児の獣人とそれを追う修道女(シスター)

 荷台に仮死状態で運ばれ、目的地は貴族の屋敷だ。


 どう考えても、この地方を治める貴族が悪さをしているように思える。

 捕まえる場合は、竜聖騎士団を頼ることになるだろう。

 竜聖騎士団は、竜の国が誇る国王直属の騎士団だ。


 冒険者ギルドと連携して魔物狩りや治安維持の役目も兼ねている。

 もしも竜の国で魔物による被害が出れば、冒険者よりも先に対応することもある。

 騎士団内に知り合いは居るし、王族の特権で動かすこともできるから、王女とかに頼めば力を借りることは出来るだろう。


 強引に貴族を捕まえることは不可能ではない。

 ただし罪状がハッキリしない今の状況では、釈放される可能性の方が高い

 変に動けば、この街に居る騎士団の管理能力を疑われて、話が複雑化するかもしれなかった。

 相手はこの地方を治める貴族なのだから、街の中に協力者が多数いると考えるべきだ。


「今のところ、後をつけられてないようだし」


 衛兵はそろそろ俺が奴隷商人に、エルレインさんを売っていないことに気がついている頃だろう。

 あの手の輩は、冒険者とのいざこざは避けたいが侵入者は徹底して問い詰める。

 あっさり引き下がったのは、正直予想外だった。


 最悪報酬の受け取りを許可されないと思ったのに……

 あの場で逃がしても大丈夫な理由があると考えるべきだ。

 エルレインさんがつけていた仮面は叩き割った。

 今のうちに服装を変えれば紛れることも可能なはず。


 その後は……どうしようか。


 大体のプランは決まっているが、不確要素や分からない事情が多すぎる。

 色々考えても答えなんて出やしない。

 眠気が余計に増しそうだった。


「あの……終わりました……」


 呼ばれたので目を開けると正面に着替えを済ませたエルレインさん。

 ささやかながら主張のある胸元に、引き締まった腰つき。

 このシスター、意外とスタイルがいい。


「そ、そんなに見ないで下さいっ」


 顔を赤くしてモジモジする自称シスター。

 この人、気づかないうちに教会の子供を誘惑してないだろうか。


「よく似合っていますよ。もう金額は払いましたし、行きましょう」


 エルレインさんから元の服が入った袋を受け取る。

 店の外に出て再び人混みを分けて進む。

 目的地は街の外に設けられた馬小屋だ。


 そこでルフたちと落ち合う予定になっている。

 街で馬を借りられる場所である馬小屋。

 ワイバーンで空路を行く手もあったが、手続等が色々と面倒だ。

 特にややこしい事情を抱えている面子だと。


 陸路なら商人だとか、他国出身などの理由で利用する者はいる。

 事実ルフは人魚の国出身だから問題ない。

 街の門から出て馬小屋に近づくとルフとヘーリンが居た。


「よう、ルフ……」


「ヘーリン君!」


 エルレインさんが目当ての獣人の少年を見つけて駆けだす。


「シスター!? 何その恰好!?」


 彼のリアクションは当然である。

 膝丈のスカートなど修道女あるまじき格好だ。

 ヘーリンが抱き着かれて、顔をくちゃくちゃにされている。

 胸が当たっているせいか、彼の顔が真っ赤だ。

 羨ましい奴である。


「ちょっとユーゴ」


 怖い人が目の前から近づいて来る。

 桃色のポニーテールを揺らし、鋭い同色の眼。


「まずは俺の話を聞いてくれ」


「遺言? それとも女の子を連れてきた言い訳?」


 ルフの言葉に「フッ」と鼻で笑う。

 思わず出てしまった。

 まるで俺が色んな女の子に手を出すクソ野郎に聞こえる。

 極めて心外だ。


「あの人がヘーリンが言っていた教会のシスターで、森の中でゴブリンに襲われていた女性かつ、貴族の屋敷を襲撃した女だ」


「え? 全部同一人物だってこと?」


 ルフが眉間に皺を寄せて、顎に手を当てた。

 混乱したい気持ちもよく分かる。

 こればっかりは本人に話を聞かないことには始まらない。


「詳しくは本人に話を聞くしかない。そっちは何か分かったか?」


「ヘーリン君が言うには、最近教会の子供たちが行方不明になっているらしいわ。神父さんやシスターさんは、捜索依頼を出しているそうだけど有益な話は聞かないって」


 まぁ仮に分かったとしても、子供たちに全部を話すわけもないか。

 ただヘーリン以外にも、連れ去られた子供が居るようだ。

 同じように仮死状態で運ばれのだろうか。


「あ、あの。お二人ともありがとうございました。私たちは教会に戻ります」


「俺たちも教会に行きますね。道中で魔物に襲われたら目覚めが悪い」


「ルフさんも来てくれるの!?」


「ええ。こいつから目を離すと何しでかすか分からないし」


 俺は子供か。

 それとヘーリンが目を輝かせてルフを見ていた。

 随分と仲が良くなったようだ。


「待ってくださいっ。これ以上あなたたちを……」


 エルレインさんが何かを言いかける。

 それを防ぐために顔の前で人差し指を立てた。


「じゃあ、馬車を出すからみんな乗って」


「ルフさん! また戦いの話聞かせてください!」


 馬車に向かったルフの後はヘーリンが追う。 

 どうやら冒険者としての話にハマったようだ。

 色々盛んな年頃の男の子なのだから、力を求めるのは仕方がない。


「ユーゴさん……これ以上は……」


「いやぁ、教会にシスターの案内でいけるなんて、初めての経験です。緊張しますよ」


「本当によしてください。あなたたちがどうなるか」


 エルレインさんの蒼い瞳がジッと俺を見つめる。

 本気で心配してくれることは百も承知だ。

 危険を冒してまで、教会に住む子供を助けるくらいだから、本当に他人のことが心配で仕方ないのだろう。


「男の子としては、女性から『助けて』と言われる方がやる気が出るんですがね」


「やる気の問題じゃないです!」


 なかなか折れない目の前のシスターに肩を竦めた。

 もうルフたちは馬車に乗っているし、俺としても早く乗りたい。

 すれ違いざまにエルレインさんの腕を握って、半ば強引に引っ張る。


「ま、待ってください! 気持ちは嬉しいですけど……」


「大人しくしてください。目の前に救いの手を差し伸べている人が居る時は、黙って握ればいいんですよ。孤児の子供たちが貴女の手を握ったようにね」


「………」


 ようやく大人しくなった。

 このシスターを少し説得するだけでも大変だ。


「遅いよ! ユーゴさんもシスターも!」


 待たされたヘーリンがご立腹だ。

 彼は御者台でルフの隣に座るらしい。


「いやぁ、悪い悪い。シスターとデートの予定を確認してたんだ」


「してません! 勝手に話を盛らないで下さいっ」


「ユーゴ。シスターさんを困らせないで」


「シスターに男が出来た……」


 それぞれの反応を示すルフとヘーリンに軽く手を振り、屋根付きで四輪の馬車に乗り込んだ。

 向かいにエルレインさんが座る。

 準備が完了したことを窓をノックしてルフに伝えた。


 ルフが手綱を握ったのか、馬車がゆっくりと動き出す。

 案内はヘーリンがしているはずだ。

 あとはこうして小さな窓から外を見ているだけで教会に到着する。


「ここから教会まではどのくらいですか?」


「この速度なら夕方までには……」


 陽が沈むまでに着けるのか。

 今はお昼から少し時間が過ぎたころ。

 まぁ街の中に無いだけで、教会なんて人里からそう離れているもんじゃない。


「ルフさんそんな魔物も狩れるの!? 凄いね!」


 ヘーリンの元気か声が聞こえる。

 先日まで仮死状態だったとは思えない。

 もう完全に身体の毒は消えたようだ。


「彼は元気ですね」


「色々な種族が居る教会の子供たちの中でも、中心的な存在ですから」


「獣人の子供の他も居るのですか?」


「はい。私のような人間からエルフも居ますよ」


「楽しそうな教会ですね」


「そうですね……楽しかった(・・・)ですよ……」


 エルレインさんが俯いて唇をキュと噛む。

 ようやく教会で起こっている事件の内容を聞けるのか。

 馬車の中に流れる沈黙と同じように、今はただ目の前の蒼色のシスターの言葉を待つことにした。


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