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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第4章 白霧に轟く雷鳴
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第11話 憎しみの色と復活せし神の獣

 

 ノルマニーは竜の国のごく普通の家に生まれた。

 父親が竜聖騎士団の騎士であること以外、母は近くの街で働き、弟と家事を分担して時々大人の手伝いをしていた。

 父は三年前の海都決戦にも参加して、生存して帰って来た。


 多くの犠牲が出る中、帰還した者には多額の報酬金が出た。

 その時負った怪我の影響でしばらくは復帰できないが、家族を養うには十分すぎるほどの金だった。

 静養のために田舎へ家を移して、農業も始めた。


 村の住民たちは快く迎え入れてくれ、とても居心地がよかった。

 そんなある日だった。村の教会に眠っていた魔導書(グリモア)が見つかったのだ。

 使い方も分からないため、竜聖騎士団に預けることとなった。

 しかし到着を待っている間、ほんの出来心でノルマニーはその本に触れた。


 そして本能が理解した。魔術の使い方を……


 偶然にも魔導書に触れたノルマニーは秘められていた魔術の才能を開花させることなった。

 それから彼女の噂は広まり、推薦での魔術学院の入学も決まった。

 慣れない土地、元々社交的ではない性格も重なり、学院での生活は順風満帆とはいかなった。

 それでも長期の休みの時は、竜の国の実家に帰ることで栄喜を養っていた。


 父が不愛想ながらも学院での生活を心配してくれたこと、母がいつも大好きな料理を作ってくれたこと、弟が羨望の眼差しで詩文を見て来たこと。

 その全てがノルマニーを奮い立たせ、また人魚の国へ旅立たせる。


 全てが順調ではなかったが、歯車はかみ合っていた……『あの日』が来るまでは……







 ――厄獣掃討作戦


 後に災厄の七日間と呼ばれる掃討戦の噂が、人魚の国にいるノルマニーの耳にも届いた。

 作戦の全貌が明かされているわけでは無いが、作戦の場所に選ばれたのは竜の国のある地域。ギルドでも参加者を募るなか、それが自分の家がある地域だと言うことに気付くのは時間の問題だった。


 作戦の中心は神獣の子となり、地域の住民と近隣の街の人々も避難の対象となる。

 今回の作成はそれほどの規模になると予想されていたのだ。

 家族の避難の無事を確認すためにノルマニーは竜の国へと飛んだ。


 避難区域に指定されている場所には、家族の姿が見えない。

 いくら探しても見つからない。ノルマニーの次の行動は当然ながら家に向かうことだった。

 人目のつかない夜。竜聖騎士団の包囲網を突破して、家族が住む家へ。


「はぁ……はぁ……間に合って……」


 祈る様に声を絞り出す。

 後ろからは自分を止める為に竜聖騎士団の者が追いかけてきている。

 それでも止まるわけにはいかない。家族の無事を確認するまで……


「明かりが点いている……!」


 見えた家はまだ明かりが灯っていた。

 まるで今から起こる戦いとは無縁のような、いつものと変わらない光景に安堵と不安が同時に湧き上がった。

 家の前に到着して、すぐさま扉を開けた。


「どうしたの? ノルマ二ー? 今日は帰ってくる日だった?」


 自分の顔を見た母が不思議そうにそう言った。

 父と弟はテーブルについて、今からご飯を食べる準備を整えていた。


「はぁ……はぁ……なんで……逃げないの……?」


「ヒドイ息切れじゃない。まずは水でも飲んで」


 母がそう言って木のコップに水を入れて差し出してくれた。

 それを受け取り、一気に飲み干す。

 深呼吸を数回繰り返して、息を落ち着かせた。


「今から戦闘が始まるよ! 早く逃げないと!」


 そう家族に向かって叫ぶが、当人たちはキョトンした表情でこちらを見てきた。

 何かがおかしい。ノルマニーは何かが根本的にずれていると直感した。


「厄獣掃討戦でしょ? それなら家で待機しろって……」


 母の言葉にこの違和感の理由を理解した。

 しかし情報が間違っている。今すぐここから逃げないと確実に死ぬ。


「バカなこと言わないで! ここが戦場に……」


 言葉を言い切る直前。家の中に霧のような物が入って来た。

 足元に視線を移すと、白い靄。それは厄獣の中でも凶悪と噂される魔獣のものだ。


 ――死……


 すぐ背後に迫る死の気配。


「なんだこれ!? うわぁぁぁあ!!」


「お姉ちゃん!! 助け……!!」


 父と弟の叫び声。

 顔を上げると白い霧に飲み込まれる二人。


「だめ!」


 手を伸ばして二人に駆け寄ろうとするが、母がそれを塞いだ。


「どいて母さん! 二人が……」


 母にそう抗議するが、彼女は頑なに動こうとしない。

 そして恐怖で歪んだ顔で一言残した。


「逃げて……! 生きるのよ……!!」


 母はそう言い残した直後、何かに引きずられるように白き霧へと消えていた。

 そして母の悲鳴と肉の潰れる音が耳に残る。


「あ……あぁ……」


 あまりに突然の出来事に頭の整理が追いつかない。

 目を点にするノルマニーの耳に聞いたことも無い声が聞こえた。


「クオオオオ」


 高い声で鳴く生物の雄叫び。

 ノルマニーがゆらりと振り向くと、黄金の大きな瞳がこちらを見つめていた。

 掃討戦を生き残り、後に三大厄獣と呼ばれる、白き鯨の瞳が……


 その後、どうやって生き残ったかよく覚えていない。

 目を覚ますと救護室にいた。

 周りの話では、一人の若き騎士が助けてくれたらしい。


 ヴォ―テオトル・アルパワシ。


 騎士の名前はそうらしい。しかしとうとう彼に出会うことはなく、礼を言う機会を逃したノルマニーは人魚の国へと帰国することになった。


 失意に暮れるノルマニーのところへ、ある日一通の手紙が届いた。

 そこには自分の両親は神獣の子の策略によって殺されたと書いてあった。

 厄獣掃討戦後、黄昏の僻地と呼ばれた自身の故郷には他にも逃げ遅れた人たちがいた。その者たちは『現地に残れ』という指示で残った人たちだった。


 情報を流したのは、掃討戦で主力となった神獣の子たち。

 彼らは厄獣を確実に引きつける為に人々を囮にしたのだと。

 手紙書かれた場所に向かうと、そこには高名な貴族や商人たちがいた。


 彼らは『愛国者』と名乗った。


 神獣の子から世界を取り戻す者だと。

 大層な計画や哲学を聞かされたが、そんなことはどうでもよかった。

 神獣の子を殺すつもりなから都合がいい。


 自身の家族を奪った神の子供たちと厄獣。

 その両方を葬れるのあればなんでも……


 その為には力が必要だ。

 神器と呼ばれる神へ到達するための兵器が……












 ――なのに……


 ノルマニーは目の前にいるバルドムを見て心の中で舌打ち。

 求めたはずの神器は、利用したはずの同級生へ。

 自身に神力適正があったのかどうかは分からない。


 それでも神器さえ手に出来れば。適応者が仲間になれば問題ない。

 だからバルドムを味方に引き入れようとしてみたが、彼はそれを拒否する。

 理由を言えとノルマニーに叫びながら。


「ノルマニー! こんなことはやめるんだ!」


 白い炎を右腕に鎧のように身に纏うバルドムがそう叫んだ。

 どうやら彼の右腕に装着された神器の能力らしい。

 昨日の戦闘から、神器の能力自体は火属性系統であることはある程度予想は出来ていた。


 しかし分からない点が多いことも事実だ。

 特にバルドムの神器に対する練度も不明瞭だ。

 訓練などしてない。それでも自在に使えるのか、それともやはり身体に無理を強いるのか。


 それよりもノルマニーは彼の言葉が引っかかった。


「こんなこと……? どうせあなたにあたしの気持ちなんて分からない……目の前で家族が無残に殺される気持ちなんて……!!」


 ノルマニーは両手に魔力を流して、祈るように合わせた。

 片手に風属性をもう片方に水属性を。

 魔術学院ではずっと隠し続けてきた、合成属性である氷属性の魔術を使うためだ。


氷弓の雨(アイス・レイン)


 ノルマニーが魔術を発動させる。

 バルドムの頭上に数十はくだらない氷の矢が生成された。


「これで……!!」


 ノルマニーは右手を振り降ろす。

 魔力の反応した氷の矢が白髪の少年へと舞い降りていく。


「くっ!」


 それを見たバルドムが右腕を突き出す。

 腕全体の白炎が輝き、神力が増していく。


 ――迎撃される


 直感でそう思った直後、バルドムの放つ神力が急速にしぼんだ。


「ガッ……」


 バルドムが膝をつき、吐血した。

 ボタボタと赤い液が地面に落ちていく。

 どうやら神力の負荷による反動が出たらしい。


「哀れね。バルドム」


 ノルマニーはそう呟き、魔術の軌道を修正する。

 急所を外して、バルドムを拘束するためだ。

 せっかく見つけた神力適正者。殺すには惜しかった。


 しかし……


「こんな真夜中にケンカかな?」


 真夜中の森に響く、『パチン』というフィンガースナップ。

 聞き慣れた担任の教師の声。

 それを認識した直後、白い光と共にノルマニーの生み出した氷の槍が消え去った。


「レアス先生……」


 ノルマニーは妨害したレアス(金髪の美女)の名前を呟く。


「ノルマニー。いつから吐血する人に攻撃するような子になったの? そんなこと教えた覚えはないけど?」


 レアスが吐血するバルドムに駆け寄り、背中に手を添えた。

 そして添えられた手が光を放つと、バルドムの血が止まる。


「先生……神力の操作ができたんだ……」


「少しだけね。慣れれば簡単だよ」


 ノルマニーは腹の底から湧き上がる怒りと同時に確信する。


 ――レアス(この人)は神獣の子と繋がってる


 人魚の神獣の子と繋がりがあるとは噂では耳にしていた。

 しかし確証も証拠もない。

 不思議なコネを持っているのは疑問だったが、神力の操作が多少なりともできるのは神獣の子と繋がりがあるからだと結論付けた。

 そして決めた。これからどうするのかも。


「あたしの邪魔をするなら、先生だって容赦しませんよ」


 ノルマニーは幼い殺気をこめて、目の前の二人を睨みつけた。

 レアスの魔力は日中の戦闘から完全に回復していない。

 万全な状態でないのでれば、こちらに分がある。


「面白いこと言うね」


 レアスが不敵に、そして妖艶に笑みを浮かべた。

















「まだかな~?」


 妖精王ホルスバッハは鼻歌混じりにそう呟く。

 目の前には白い繭のような物体があり、不規則な発光と胎動を繰り返していた。

 自身の魔力の結晶である、『妖精の涙』と幾多の生命を媒体にして発動される転生術により生み出された繭だ。


 五か国に伝わる禁術の中で最も世の理から外れるとも言われる禁術。

 ホルスバッハは狼の国と人魚の国に伝わる禁術の方がよっぽど悪いと思っているが、今となっては誰も気に留めない。


「どうでもいいよね……こんな世界……」


 神獣が神と崇められ、神獣の子が台頭した今の世界。

 ホルスバッハは世の流れに興味がない。


 竜峰で代々受け継がれる『天空王』たちのように静観と言うわけではない。

 世界を転々とする『夜王』のように人間に興味があるわけでもない。

 神獣たちに頼まれ、ある土地を守り続ける『猿王』のように何かの責務を負っているわけでもない。


 そう……何もない。空っぽなのだ。


 だから命を集め、別の生命へと転生させる禁術を授かった。

 たとえそれが、神の決めごとに背くとしても……


「こいつは凄いな」


 聞き慣れない声。ホルスバッハが振り返ると赤髪の冒険者がいた。

 手には刀がすでに抜かれていた。


「あなた……どうやって……」


 ホルスバッハは素直に感心した。

 妖精の森は高濃度の魔力に覆われており、常人では迷い込めばまっすぐ進むことも難しい。

 さらに魔力により侵入した者の索敵も出来る。


 精密さと広域の探索を兼ね備えているはずだった。

 しかし目の前の男は全く感知されずに現れた。

 まるでここまで一瞬で移動したかのように。


「あんたが妖精王か。思っていたよりも小さくて美人だな」


「そうかなぁ~?」


 あまり言われない言葉に照れくさそうに頬をかく妖精王。


「たしかにホルホルは、人間の肩に座れるくらいの大きさだし……狭いところにも簡単に……ハ!」


 自分の思いつく限りの利点をあげていた。

 しかしそれどころではないと、自身のすべきことを思い出す。


「そうじゃない! あなたがノルマニーの言っていた、赤髪の冒険者だね!」


「俺はユーゴ。よろしくな、妖精王ホルスバッハ」


 ユーゴが名乗り終えると同時に刀を一振り。

 ホルスバッハの背後にある繭へ魔力の斬撃を飛ばした。


「それはダメ」


 ホルスバッハが魔力を高めて、高濃度の霧を繭の目の前に展開する。

 霧に直撃した斬撃は、四方へと拡散してしまった。


「魔力を分散させて、威力を殺せるのか。妖精の森全体に魔力が漲り、感知が上手く出来ないのはそのせいか」


「まぁーね。だからさ、余計にホルホルはショックだよ? 気づかない間にあなたがいるんだから」


 ユーゴは肩を竦めると、口角を僅かに上げた。


「今度からは上に気をつけることだ」


「……なるほどねぇ。そっか……上は確かに未警戒だったかも」


 ホルスバッハの魔力は基本的に広範囲をカバーするために四方に展開している。

 そうするとおのずと上空の方の警戒が甘くなってしまうのだ。

 ユーゴと名乗る冒険者はその穴をついて侵入して来た。


 ――つまり……この男は……空を……


「大人しく知っている情報を教えてはくれないか? 妖精王と敵対する意志はない」


「いきなり斬撃を放つ人間の言うこと? それにあなたが何者であれ、ノルマニーに頼まれたことはきちっとやらないと」


 ホルスバッハの周りに拡散した霧が集まっていく。

 30センチほどの妖精王の姿が見えなくなるほどの高濃度の霧。

 魔力を多分に含んだ霧は、ホルスバッハの武器であり盾となる。


「ホルホルと遊んで行くといいよ!」


 ホルスバッハは霧の球体を造り上げ、その真ん中に鎮座する。

 あとは自由に形を変えられる魔力の霧を操り、目の前の冒険者を屠るだけだ。


 ――復活した神獣と共に……


「その程度、すぐに切り裂いて……」


 ユーゴが刀を構えて臨戦態勢を整える。

 事前にノルマニーらと共に行動していた時のことは見ていた。

 だからユーゴのある程度の情報は知っていた。


 それでも……


 ――時は満ちた


 ホルスバッハの確信と共に、背中にある繭から黄色い閃光が溢れ出す。

 どんどん大きくなり、繭を支えていた樹が焼け落ちた。


「おいおいマジかよ。とんでもないモノを復活させたな」


 ユーゴが繭から出てきた生物を見て、困惑気味で呟く。

 そのはずだ。今復活させたのは神と呼ばれる魔獣なのだから。


「これがホルホルの転生術! 神の雷を受けるといいよ!!!」


 ホルスバッハの言葉に呼応するかのように、復活を遂げた黄金の巨大な馬体を持つ天馬。

 それは復活を遂げた天馬の神獣フィンニル。

 その白霧に轟く雷鳴が、見えぬ行き先を暗示するかのように灰色の雲をはしるのだった。


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