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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第4章 白霧に轟く雷鳴
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第6話 若き炎

「どうにかして、魔物を全滅させるつもりだぜ」


 ユーゴの自信満々のセリフにバルドムはドキッとした。

 てっきりここから全速力で離脱すると思っていた。

 反対の言葉を言われて少しだけ動揺した。


「正気ですか?」


 いつもはあまり表情に変化の少ないノルマニーですら、眉間にシワを寄せている。


魔物たち(あいつら)を放置するわけにはいかない。このまま移動して、何処かに人的被害が出る可能性だってゼロじゃない。それに特異点が近くにある疑いだってあるしな。お前たち三人は先に帰ってもいいぞ。巻き込まれない保証はない」


 先ほどまでと違い、緊張のあるユーゴの顔つき。

 知ってはいた。師匠であるユーゴが数々の死線を潜り抜けて来たことを。しかし改めて彼が冒険者であることを認識するには、十分すぎる表情だった。


「こんな中、帰れっていうの? 一度遊んだ子を捨てるのは昔から変わらないんだね」


「レアス? 生徒の目の前でやめてくれるかな? ノルマニーちゃんの視線が痛いんだけど……」


「最低な男だってことはよく分かりました。それで具体案はあるんですか?」


 平坦な声でノルマニーが結構辛辣なことを言っていた。


 ――師匠の色々なことは後で聞いてみよう


 そう思い、気持ちを一度入れ替える。

 今から始まるのは純然たる命のやり取りだ。

 その昔、まだ故郷の村に居た頃を思い出せ……


「レアス的にはいいのか? 生徒を巻き込むことになるぞ?」


「一人で大量の魔物を相手にするわけじゃないんだし、大丈夫だよ。厄獣や聖獣みたいな特異な相手じゃないし、魔術学院の生徒なんだからある程度戦える。それに……危ない時はユーゴさんがなんとかするでしょ?」


 レアスが脅しにともとれる笑顔でユーゴを追い詰めていた。

 ユーゴ(当の本人)は「昔から押し付けやがって。悪い女だ」と言って余裕の笑み。

 この人たちにとって、この魔物が入り乱れる状況は大したことないというのか。


「問題はケルベロスだが、一対一じゃないと少し厳しい。だから基本的には魔物を倒しながら、突き進む。レアスは生徒(二人)を頼むぞ」


 ユーゴはそう言って、腰から刀を抜いた。

 彼が武器を持って戦う姿をバルドムはあまり見たことがない。

 いつもは拳だけ戦うイメージをしていただけに少し意外だった。



 ――師匠も森を燃やすのは具合悪いんだろうなぁ


 そう思いながらユーゴの姿を見ていると、レアスに声をかけられた。


「バルドム。あなたはユーゴさんについて行きなさい」


「は?」


 予想外の発言に思わず間抜けな声が出てしまった。


「だってあなたは将来冒険者になりたいんでしょ? だったら学ぶにはちょうどいい機会じゃない♪」


 レアスの今まで見たことのない、満面の笑みにバルドムは何かを言い返す気力を奪われた。笑顔で意見を言う時のレアスは大体他人の意見を聞かない。


「なんだバルドム。お前、冒険者になりたかったのか?」


「ま、まぁ一応……ユーゴ師匠たちを見て、僕は外に世界を見たいと思ったから……」


 憧れ。それを口にするのはまだ恥ずかしいから、声を小さくして言ってみた。

 いつかはユーゴやルフと同じように、各地を冒険してその日暮らしをしてみたい。

 そんなささやかな願いだ。魔術学院を卒業すれば、安定した職に就けるケースがほとんどなので、収入が安定しない冒険者を選ぶ者は稀だ。

 だから同じ生徒の子には言ったことがなかった。


「夢があることはいいことじゃないか。ならしっかり俺について来い」


 ユーゴが力強くそう言った。

 こちらを見つめる赤い瞳には自信が窺える。


『いざってときはなんとかしてやる』


 そう自信満々に告げていた。


 ――僕もこのくらい自信が持てるほど、強かったらなぁ……


 思わず心の中でそう思ってしまった。

 勝手に師匠と呼んでいるが、ユーゴが自分を弟子として認めているか聞いたことはない。

 あまりに弱い自分に失望していないか、本音を聞くのが怖いからだ。


「分かった! 死ぬ気でついて行くよ!」


「その意気だ。じゃあ、俺とバルドムが前衛だな。援護よろしく」


 ユーゴの言葉にレアスが笑顔で頷く。

 これで自動的にノルマニーも後衛になるのだろう。

 魔術の成績も優秀な彼女なら全く問題ない。


「行くぞ。バルドム」


「うん!」


 ユーゴの身体がゆらりと前斜。

 巨大樹の枝からそのまま降りる気らしい。

 バルドムも続こうとするが、ユーゴの身体が突然加速して、地面へと向かって行った。


「な!?」


 足を曲げて、枝を蹴る動作もなかったのに彼は地面へと飛び下りた。

 そして足元に居たオーガを頭から一刀両断。

 周りは魔物のド真ん中。

 そんな場所に何の迷いもなく降り立った。


「バルドム。気をつけて」


「ノルマニーもね!」


 唯一の同級生にそう返して、バルドムはユーゴの居る場所へ向かってジャンプした。

 ほんの数秒だが、身体が宙に浮いて無防備になる。

 そんな自分を狙ってくる魔物もいるが、レアスとノルマニーが風属性の魔術を中心に遠距離攻撃を仕掛ける。

 そのおかげで安全に降りられそうだ。地上の魔物もユーゴが刀から魔力の刃を伸ばして、近くの魔物から叩き斬っていた。

 着地場所の安全も問題なさそうだった。


「遅くなりました!」


 地面に着地と同時にユーゴにそう言った。

 隣に降りた自分をユーゴは横目で一目見ると笑みを浮かべた。


「さっきは確認しなかったが、対魔物の立ち回りは習っているか?」


「休日にたまに冒険者の方に教えてもらっているので知識としてはあるよ。でも、ちゃんとした実戦は初めてだ」


 さっきは小規模の魔物との戦闘。

 ユーゴとレアスのバックアップで自分は指示通りに動いていたに過ぎない。

 だからちゃんとした魔物の討伐は初めてに等しい。


「知識があるならよし。初めての実戦なんて誰でも通る道だ。背後はレアスたちと俺に任せて、お前は前だけ見てろ。それで可能な限り魔物を倒せ。逃した奴は俺が仕留める」


「分かった!」


 バルドムは大きく息を吸って深呼吸。接近戦における連携のタイミングはシビアだと聞いたことがある。火力を集中させるなら遠距離からの魔術の方が圧倒的に有利だと。


 だから今の自分とユーゴでは練度の高い連携は不可能だろう。

 そもそも実力差がありすぎて話にならない。

 だからユーゴはバルドムを先行させて、前後に分かれて戦うことを提案した。


「ふぅ……集中して……」


 全身に一度魔力を隅々まで巡らせた後、バルドムは足に魔力を集中する。

 戦闘の基本スタイルはユーゴと同じ、闘術と魔術の複合型だ。

 しかしまだ二つの連動が上手くいっていないため、闘術が生命線となる。

 さっきは余裕があったから試験的に行ってたが、次々と場面が展開する今のような実戦で使うほどまだ自信がなかった。


「行くぞぉ!」


 覚悟を決めて足に溜めた魔力を使って闘術を発動。

 思いっ切り地面を蹴った。蹴り個所の地面は大きく抉れたが、今そんなことは気にならない。

 眼前にいるグールの頭に狙いを定める。


 まだ接近に反応してない魔物に向かって、右拳を握る。

 魔力を流して、筋力と強度を強化。

 人ならば簡単に頭蓋骨を叩き割れるほどの凶器となった拳を全力で振り降ろした。


「ゴァ」


 直撃の瞬間。グールが謎のうめき声をあげたが、顔面が風船のように「パン!」と音を立ててはじけ飛んだ。

 顔に返り血が飛んだが、今はそれを拭っている暇はない。

 眼前からはバルドムの姿に気が付いた、グールが数匹接近して来ていた。


「この距離なら……!」


 バルドムは半身となって、弓を放つような体勢へ。

 そして身体から魔力を練り上げていく。


 ――劫火の矢(フレイム・アロー)


 全部で三発分の魔術を発動させ、目の前から近づいて来るグールたちに向かって放つ。


「アアア!!」


 直撃した火の矢をくらって、断末魔のような叫びを上げるグールたち。

 手足を捥がれても、生き血を啜るために魔物は抵抗していた。


「いい加減、くたばれよ!」


 闘術を発動させ生きているグールたちに拳をねじ込んでいく。

 頭部を潰して、即座に絶命させていく。

 気が付いたときには、足元には魔物の血で池のようなモノが出来ていた。


「はぁ……はぁ……他は?」


 周りを見渡すと、レアスとノルマニーの魔術で身体をバラバラにされた魔物の死体。

 そしてユーゴがバルドムを通り過ぎた魔物を片っ端から切り刻んでいた。

 なぜかバルドムの左右に居る魔物も同じように斬られているが、ユーゴがいつの間にか倒したらしい。

 相変わらずの化け物じみた強さだった。


「グアアアア!!!」


 近くで突然の叫び声。

 耳元で鐘を鳴らされたかのようにビリビリと鼓膜に響いた。


「っ! 一角鬼(オーガ)か!」


 数メートル先にこちらに狙いを定めたオーガ。

 血走った赤い瞳と黒色の腕には仕留めた魔物の返り血。

 戦場独特の雰囲気は、魔物すら興奮状態にしてしまうらしい。


 ――先手必勝だ!


 グールを倒した時と同じように劫火の矢(フレイム・アロー)を発動させた。

 そのまま間髪入れずに眼前のオーガに向かって放つ。

 三発とも直撃。爆炎にオーガが包まれた。


 立ち上がった煙幕から確実な敵意。

 オーガが生きていることは間違いない。


「ガアア!!」


 咆哮と同時に煙の中からオーガが飛び出してくる。

 目にも止まらぬ速さで距離を詰めてきた。


「一撃で倒せるとは思っていないけど……!!」


 バルドムは舌打ち。

 自信のある火属性の魔術をまともにくらってもなお、オーガにはダメージが見られない。

 一撃で倒せるとは思っていなかったが、ノーダメ―ジと言うのは、少しショックだった。


 ――集中しろ! そして……見切れ!!


 目に魔力を集めて動体視力を強化。

 近接戦闘をするうえで必須となる項目だ。

 高速での戦闘では一瞬の判断の遅れが直接的な死に繋がるからだ。


 オーガも魔物とは言え、身体を動かすのは基本的には人間と同じ筋肉繊維。

 動きに関しては予想できる。


 固く握られた右拳をオーガがフックのように横に振る。

 後退して回避する選択肢もあったが、前進を繰り返すオーガには勢いを助けかねない行為だ。相手は基本的に前進し続けて来る。

 だからバルドムは前に出た。


 姿勢を低く保ち、ダッキングの動きでオーガの拳を避ける。

 一瞬、後頭部に相手の拳が生み出した風がぶち当たった。

 しかしバルドムは意にも介さず、次の行動へと移る。


 地面を蹴ると、一歩でオーガとの距離を潰した。。

 後退して不利になるなら、自ら相手の懐に飛び込む。

 基本の一つではあるが、懐に潜りこんだからには確実に仕留めるか、相手が怯むほどのダメージを与える必要がある。

 それが出来なければ、至近距離でまともにカウンターをくらうことになるからだ。


「この一撃で……!!!」


 バルドムは右拳を固く握り込む。

 今込められる最大の魔力で闘術と火属性の魔術を発動させた。

 そして赤く輝いた拳をオーガの胸に向かって振りぬく。


「おおお!!!」


 オーガの黒い肌に拳が直撃したと同時に魔力を解放。

 赤い炎の爆炎が相手の身体を包み込む。


 ――もう一撃!


 勝負を決めるにはここしかない。

 そう直感したバルドムは再び右腕に火属性の魔力を定着させた。


 爆炎が晴れる前に渾身の一撃をぶち込む。

 それだけを考えて、今度はオーガの頭に照準を合わせた。


 右拳を再び伸ばす。


「あ……」


 バルドムは思わず声を出してしまった。

 爆炎から出てきたのはオーガの黒い拳。

 本来なら回避か防御すべき場面だが、すでに攻撃を繰り出す途中だ。


 今さら動きを変えられるような訓練をバルドムはしていない。

 攻撃することに意識を傾けすぎて、いつのまにか解除していた動体視力強化。

 通常の視野に戻った瞳にも、オーガの拳が当たることは直感でわかった。


 ――やば、死……


 死ぬ。そう頭に過ぎった時だった。


「おっと」


 聞き慣れた師匠の声。

 そして目の前に赤い外套の背中。

 オーガとバルドムの間にユーゴが割り込んだ。

 その事実に数秒遅れて気が付いた。


「俺の弟子なんだ。優しく頼むよ」


 ユーゴがそう言って、刀を横に一閃。

 オーガの首が飛び、赤い血が切口から吹き出す。


 あまりに突然の結末にバルドムは呆気にとられてしまった。

 しかしあと少しで死んでいたかもしれない事実を思い出し、冷たい汗が全身から吹き出した。


 ――これが……これが冒険者の日常なのか……


 勝手にそんな感想を抱いた。


「大丈夫か? バルドム」


「う、うん! おかげで大丈夫だよ!」


 ユーゴの言葉でハッとする。

 まだ戦闘中なのだ。ボーっとしている暇はない。


「他の魔物は……」


 そう思って周りを見渡して、再び絶句。

 魔物が居たからではない。ほぼ壊滅(・・)していたのだ。

 バラバラになった魔物たちは、その残骸から僅かに元の魔物を推測できるかどうか。


 ユーゴがバルドムに向かってポツンと呟く。


「残りはあのケルベロスだけだな」


 そして残るは一匹のみ……


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