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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第4章 白霧に轟く雷鳴
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第5話 運び方は慎重に

 

 ――これは想定外


 魔術学院の生徒であるノルマニーは心の中でそう呟いた。


 妖精の森から少し離れた場所で、特異点と神器の調査に来た。

 多少魔物に襲われることはあったが、特異点の予想地域には順調に近づけた。

 妖精王の予想が当たりかどうかは別として、魔物の反応から『何か』が近いことは容易に予想できた。


 ――魔物同士がすでに争っているなんて……


 巨大樹の上から見下ろす先には、すでにゴブリンやホワイトウルフの無数の死体。

 これらを殺したのは、黒色のオーガの群れ。

 そして三つの首を持つケルベロスだ。


 今はオーガの群れとケルベロスが戦闘を繰り広げているが、周りへの被害は何も考えない魔物同士の戦闘の中を通り過ぎるのは少し酷だ。

 遠回りするにも、目的地はすぐそこだ。あまり時間はかけたくない。

 本来なら牽制しながら直線で突破したい所だが、中途半端な攻撃でこちらに目標が移っても困る。


「やっぱり遠回りするしか……っ!」


 移動しようした瞬間、後方から気配を感じた。

 明らかな攻撃の気配に振り向きざまに簡易な風属性の魔術を放つ。

 背後に迫っていたのはグールと呼ばれる屍鬼種の魔物。


 人の形でありながら、四足歩行の姿には嫌悪感しかない。

 鋭利な刃物となった風が背後に迫っていたグールの身体を切り裂いた。


「血の臭いに集まって来たのね」


 死体を貪るグールは死体の匂いにつられて集まってくる。

 後方からはグールの群れが確認できた。

 鋭利な爪と牙を持つグールは身軽に樹の上に登って来ている個体もいた。


「気持ち悪い……なっ」


 足元が突然揺れて、バランスが崩れる。

 しゃがんで踏ん張るが、このままでは落下してしまう。

 下を見ると、オーガの一体が木の根元に体当たりをしていた。 

 どうやら先ほど倒したグールの血が地面に落ちて、こちらに気づいたらしい。


「そんなに暴れないでくれるかしら」


 風属性の魔術を数十メートル下にいるオーガに向かって放つ。


「ガアア!!!」


 しかし強固な黒い肌の表皮を削るだけで、有効打には全くならない。

 そもそもダメージが入っているのかどうか、それすらここからでは判断しかねる。

 高威力の魔術を放つには魔力を練り上げるのに時間がかかってしまう。


 ――一旦ここから離脱を……


 そう思った直後、別のオーガの一体がこちらに向かってジャンプ。

 一気に距離を詰めてきた。そんな躍動感ある動きが出来たかどうか、一瞬疑問には思ったが、そんな悠長なことは言っていられない。


 ノルマニーも枝から闘術を使ってジャンプ。

 オーガの攻撃を避ける。


 ――どうせ枝を自分の攻撃で破壊して、また下に落ちる


 そう思っていた。しかしオーガが次にとった行動はある意味で予想外だった。


「え……着地しただけ?」


 先ほどまでノルマニーの居た場所にオーガは着地したのだ。

 ジャンプした時は確かに攻撃する体勢だった。

 しかし巨体を見事に枝に着地させている。

 つまり攻撃するために距離を詰めたのはではない。


 ――あたしを空中におびき出すために……


 そう思ったところで自分の身体はすでに空中だ。

 次の枝まで数秒まだある。

 そのあいだ、動けないことは明白だった。


「ッ!!」


 一角鬼(オーガ)の顔がこちらへ向けられ、赤い瞳がノルマニーの姿を捉える。

 こちらの体勢が整うまでは待ってくれないだろう。

 そう直感したノルマニーは、今練り上げられる最大の魔力を両手に纏わせる。

 そして祈る様に手を合わせて、魔術を発動させた。


 ――氷の物質(アイス・ブロック)


 自身とオーガの間に現れた四角い氷の固まり。

 身体を覆うくらいの大きさだが、一撃を防ぐにはこれしかない。


「アアア!!」


 オーガが野獣の咆哮を上げながら、飛び付いて来た。

 丸太のような右腕が振り上げられ、目にも止まらぬ速さで振り降ろされた。


「くっ」


 生み出した氷のブロックが攻撃の大半を防いでくれるが、勢いまでを殺すことはできず、地面へと叩きつけられる。

 このままでは背中を地面で強打してしまう。


 ――風の滑車ウインド・ムーブ


 風属性の魔術を発動させて、身体を上へと引っ張る。

 本来であれば一定方向の移動時に速度を上げるための補助魔法も、今は速度を殺すために使う。


「少しだけかなっ」


 速度は確かに遅くなっているが、落下を防ぐことのできるほどじゃない。

 背中に魔力を流して闘術を発動させる。

 小さな背筋を硬化させて、落下の威力に備えた。


「っ!」


 背中から地面に落ちた。

 頭への衝撃で一瞬視界がボヤける。

 それでもすぐに肺の空気を入れ替えて、意識はハッキリさせた。


 ――身体は? 動く!


 全身に打撲のような鈍い痛みがあるが、動くことに問題はない。

 ノルマニーを攻撃してきたオーガは空中からこちらに向けて落下して来ていた。


 再び握られた右拳。

 落下の速度と元々の腕力で威力は計り知れない。


「それは無理かな」


 仰向けの状態から、そのままバク転。

 数回繰り返して、落下場所から離れる。


 そしてオーガが繰り出した拳が地面に触れた。

 耳を塞ぎたくなるような爆発音と地面が飛び散った。

 出来上がった小さなクレーターが威力を物語っている。


「さすがにそれは身体がもたないなぁ」


 オーガの攻撃にそんな感想を言って、周りを見渡した。

 対峙する一体のオーガと奥ではケルベロスと数体のオーガが戦闘。

 後方でもグールの群れとこれまたオーガが戦闘を開始していた。

 どうやら自分は戦場のド真ん中にいるらしい。


「ねぇ、ここはあたしを黙って見逃してくれない?」


 相手は知能の低い魔物だ。

 そんな提案にはなんの反応を示さない。


 ――そう……なら仕方がないか……


 こんなところで全力を出すのはあまり気が進まないが、そうも言っていられない。

 特異点と是が非でも手に入れたい神器がこの先にあるのだ。


「あたしの『目的』のためにも引くことは出来ないの……!」


 魔力を張り巡らせ、明確な殺気を目の前のオーガに向けた時だった。


「ガァ……」


 突如、オーガの身体が縦に真っ二つとなった。

 血を大量に吹き出し、当然ながらオーガは一撃で息絶えた。


 ――いったい何が……


 ノルマニーの脳裏に浮かんだ当然の疑問は、一瞬で解決された。


「大丈夫か?」


 男の声。そして目の前に赤い外套を身にまとった男が着地した。

 赤髪を揺らして振り返った男は、印象的な赤い瞳を細めて笑った。


「短髪の蒼い髪に瞳。服装もそうだな。君がノルマニーか?」


 男は自分の名前を知っている。

 しかしノルマニーの記憶の中には、ここまで顔の整った男の存在はない。

 一応女の子のノルマニーですら、男の顔はたぶん一度見れば覚えているほど男前だった。


「あたしはアナタみたいな男前は知らないんだけど?」


「俺はユーゴ。とても光栄なことだ。よろしくな、ノルマニーちゃん」


「子ども扱いですか?」


「そりゃ学院の生徒で十代半ばなんて、俺から見れば子供だ」


 男は笑顔でそう言うと、右手に持った剣を腰へとしまった。


「どうしてあたしの名前を?」


「お迎えに来たからだよ。ちょいと失礼」


 ユーゴと名乗る男はそういうと、ノルマニーの身体を肩に担いだ。

 しかもお尻が正面を向くという最も屈辱的な格好で。


「ねぇ。流石に恥ずかしいんですけど?」


「まぁ、すぐの辛抱だ。友達と先生の所へ行くぞ」


 男はそう言って、膝を曲げた。

 そして次の瞬間、ノルマニーの視界から地面が一瞬で離れた。


 ――この人……何者?


 腰に差した剣から闘術を生かした近接戦闘が得意なことは想像できた。

 それでも想定外の速度で男は巨大樹の枝に着地すると、軽やかに枝から枝へと飛び移る。

 時々グールが着地先にいるが、それすらも足場にして一瞬で殺してから、次へと移っていった。


「ノルマニー……って、えぇ!!?」


 聞き覚えのある声が下から聞こえた。

 記憶が正しければ、今の恥ずかしい姿を最も見て欲しくない一人だ。


「あ、悪い。この格好じゃダメだな」


 男が肩に担いでいた自分の身体を慣れた手つきで持ち帰る。

 身体の色んな所を触られ、いつの間にかお姫様抱っこの体勢に。

 ユーゴと名乗る男がフワリと巨大樹の枝の上の着地。


「ノルマニー! 大丈夫!?」


 心配そうにこちらに聞いて来る白髪の少年。

 やっぱり声の主はバルドムだ。


「これで感動の再会だな」


 ユーゴが自分の身体をようやく降ろしてくれる。

 色々ツッコミたいことは色々あるが、何から聞こうかしている時だった。


「ねぇ、ユーゴさん? いつの間に生徒の身体をペタペタ触る変態になったのかな?」


「あつっ、レ、レアス……? どうして周りに火球(ファイヤーボール)を……?」


 ユーゴが冷や汗を流しながら、魔術学院の教師(レアス)を見つめていた。

 どうやらこの二人は今ここで知り合った仲というわけではないらしい。

 どちらかと言えば親しく見えた。


「レアス先生! 師匠のおかげで会えたんだし、落ち着いて下さい!」


 ――師匠? ということは、この人が噂のバルドムの師匠か


 前々からバルドムには戦い方を教えた人が居ると本人から聞いたことがある。

 まさか当人とこんな所で会えるとは思っていなかった。


「バルドム。この人のこういうところは真似しちゃダメだからね♪」


「ボロクソだな……」


「先生怖い……」


 ニコッといつもの笑顔だが、目が笑っていない。

 自分への過剰はお触りにここまで怒るとは想定外だった。


「すいません。それより今からどうするんですか?」


 このまま静観していても、話が進みそうにないので自分から話題を変えてみた。

 自分たちは魔物たちの争いの場から離れて、巨大樹の枝の上にいる。

 ケルベロスから遠ざかっているが、自分の目的地からも離れてしまっていた。


 この三人は自分を探しに来た。

 全く見られずにケルベロスを突破。目的地に到着するのはかなり困難だ。

 諦めることが正しい判断だろう。


 ユーゴは幸いにも冒険者に見える。

 さしずめ、レアスに頼まれて自分を探しに来た。

 ならば無事にここから離脱することが最大の目的のはずだ。


 きっと無茶は……


「どうにかして、魔物を全滅させるつもりだぜ」


 想像にしていなかった発言を行った赤髪の男は白い歯を見せ、二カッと笑みを浮かべた。


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