第4話 隠れてはホドホドに
「さて、妖精の森の位置は……と」
まだ明け方の霧が漂う森の中。
腰から刀を抜いて、刀身を見つめる。
鈍く光る中に自身の赤い瞳が反射する。
魔力を流すと刻印されたエルフの文字が輝く。
まだ寝起きの目には刺激が強いが、一定の魔力を流した後に呟く。
「汝らの森。我、その命の水を望む者。在りかを示せ」
刀身が輝き、魔力の胎動が始まる。
切っ先に魔力が集まり、刀を前へと向けると、白い光が森の中へと伸びていった。
多分この先に妖精の森が存在するのだろう。
歩き始めてもう数日が経つが、そろそろ目的地に着きたいものだ。
振り返ると昨夜の焚火の残り火。
その近くの樹にもたれかかり、泥のように眠るバルドムの姿があった。
レアスは先ほど、「水浴びしてくる」と言って近くの川に行ってしまった。
レアスはともかく、冒険に慣れていないバルドムは疲労の色が濃い。
慣れない土地での魔物との簡易戦闘。
その連続で闘術と魔術の両方の使用は、思った以上に彼の身体に負担をかけているらしい。
早く回復に努める為にも、行方不明の生徒を見つけてさっさと離脱したいと言うのが本音だ。
「レアスはまだ水浴びしてるのか?」
さっきから帰って来ないレアス。
周りに魔物の気配はないから、心配はしていないが流石にそろそろ出発したい。
バルドムは限界まで休ませたいので、まずはレアスを迎えに行こう。
まだ眠るバルドムに簡単な結界をかける。
もしも彼の近くに魔物が近づいた場合は、感知できるものだ。
淫魔の国でテミガーに教えてもらった法術だ。
ちなみに人も感知できるから、色々と便利そうだった。
樹齢数百年はあろうかという巨大な樹々の間を抜けて、川の音のする方へと向かう。
生まれたままの自然形態が多く残る天馬の国では、川の水もかなりの透明度だった。
別に他国が悪いという訳はないが、口を付ければ心なしか喉の潤いも大きいように感じた。
「おーい。レアス、そろそろ……」
自分は居るぞと、覗きだのなんだの言われるのを防ぐために声を出した。
しかしある意味それが逆効果になった。
「なに♪ 私を襲いに来たの♪」
目の前には下着姿で身体を焚火で乾かしているレアス。
雪が落ちたような白い肌と妖艶な黒の下着にはグッと来るけど、俺には野外プレイの趣味はない。
「まだ少し時間がかかりそうか?」
「ねぇ……私のこの素晴らしい身体に関しては何もないの? 見たくてもなかなか見られるものじゃないんだけど?」
ムスッと睨んでくる金髪の美女。
知り合った時は十七歳でまだあどけなさの残る少女も三年経って立派になった。
精神的にも身体的にも。
「はいはい。いい身体してるな。素敵すぎて涙が出てきそうだ」
「またバカにして……」
少しむくれる金髪の美女。
下着姿のまま何も着る気がないのもどうなのだろうか。
「ほら。適当に暖めてやるから早く服を着ろ。ぼちぼち出るぞ」
「優しくお願いね♪」
「さらっと腕に抱きつくんだな……」
「ん~?」
ニコッと笑みを返され、黙って暖めろと言われているようで言い返す気も失せた。
赤い外套に魔量を流して、レアスの身体にかけてやる。
これで後は勝手に乾くはずだ。
「ほら。これで勝手に乾くだろ。だから早く離れろ」
「どうして? ユーゴさんが直接私を優しく暖めてくれるんでしょ?」
「誤解を招く言い方はよせ。ただでさえ、バルドムに色々見られてマズいんだぞ。お前だって、特定の男が出来たら困るだろうが」
「私のキャラの心配? 彼氏が居ないことは周知の事実だから大丈夫だよ!」
イマイチ会話がかみ合わない。
俺はそこの心配をしているではない。
「特定の男と噂になると、他の男が寄り付かなくなるぞ。モテるのに勿体ないだろ」
「デートに誘ってくる男がいなくなって清々するわね。それに私の美貌にかかれば、彼氏いてもモテるから大丈夫! ユーゴさんが思う以上に私モテるんだよ~」
左腕に胸をさらに押し付けてくる。
とても魅力的な状況だが、教え子を放置して屋外でくっ付いているのはどうなのだろうか。
少ない俺の良心でも少し気が進まない。
「お前がモテるのは昔からだろ。とりあえず離れなさい」
やや強引に左腕からレアスを振り払う。
「こんなか弱い乙女に強引なのね」
「この一件がすんだらゆっくり相手してやるから。生徒が一人行方不明なんだぞ」
「ノルマニーは大丈夫よ」
レアスはそう返事をすると、身体が乾いたのか外套を脱いだ。
「あの子は優秀だから、無茶もしないと思うの。あ、外套ありがとう。そこの服とってくれる?」
レアスに言われて地面に転がる服をとって彼女に投げた。
「そんなに優秀ならなんで勝手な行動してるんだ? 優等生は先生の言うことを聞くもんだろ」
「竜の国出身だからじゃない? あの国出身はみんな自由でしょ」
レアスが服を着て、乾いた髪を肩口から垂らす。
髪のセットをどうしたのか全く見ていなかった。
いつもの紺のローブを身にまとい、両腕を伸ばして身体をほぐす。
「そうか。そのノルマニーという子は、竜の国出身なのか」
「そうだよ。父親が竜聖騎士団所属だったはず。でもクラスでも一人で居ることが多いから、あんまり他の人と絡むタイプじゃないのも事実かなぁ」
視線を上に向けて生徒の特長を思い出すレアス。
色々と疑問の残る人物像だが、俺は本人に会ったことがないので何とも言えない。
「ノルマニーがバルドムと一緒に動くとは意外に聞こえるな」
「実際私としては意外かな。そんな行動力がある子には見えなかったから」
レアスがやれやれといった具合に両手を広げる。
そんな意外性を持った子が妖精の森へと向かった疑惑がある。
愛国者と繋がりを持つ、妖精王の住む森へ。
……俺は最悪の展開も考えおくべきだろう。いざという時に出足が鈍らないためにも。
「まだ眠いなぁ……」
隣を歩くバルドムが眠そうに目をこする。
もう出発してからしばらく経つが、連日の野宿で溜まった疲労は取れていないらしい。
「バルドム。あんまり前に出ない。ユーゴさんの後ろにいなさい」
後方のレアスが自身の生徒に簡単な注意をする。
俺たち三人の移動時の基本的な陣形は縦一列だ。
俺が先頭、後方がレアス、間にバルドムという形だ。
特に戦術的な理由はないが、俺が正面の方が奇襲に対応ししやすく、バルドムを一番安全な真ん中に置いた結果、レアスが後方になっただけだ。
「はーい。でも、昨日からかなりの数の魔物を倒したけど、まだ出てくるのな?」
「そりゃ、この辺りはエルフたちも住んでいない未開拓地帯だからな。十分に考えられるさ。独自の生態系に入り込んでいるのは俺たちなんだからな」
そうバルドムに返して、周りの気配に違和感。
さっきまで静かだった森がやけに殺気だっている。
俺たちに魔物が殺気を向けているかと言うよりかは、何かが暴れている感じだ。
「レアス。索敵系の魔法は使えるか?」
「あんまり広くない範囲でいいのなら」
「それでも頼む」
レアスが掌をパンと合わせて目を閉じる。
彼女中心に魔力の渦が広がり、そして広がっていく。
索敵系の魔法の精度は個人の技量に大きく左右される。
範囲・感知できるモノ・鮮明さ。
それは人それぞれで探し物の特徴を聞けば、索敵範囲内から見つけ出す奴だっている。
そのレベルになるともはや高精度のレーダーと言っても差し支えない。
「ここから少し離れた所にそれぞれ敵対する数体の魔物反応あり。でも、一つは凄い大きな魔力を身に纏っているみたい。ハッキリ言って、魔力の出力とは思えないくらい」
感知を終えたレアスが目を開けるなり、結果を教えてくれた。
どうやら魔物同士の縄張り争いでもしているらしい。
縄張り争いは他国でもよく見られるため、問題ではない。
気になるのは……
「ねぇユーゴさん。まさか近くに特異点が……」
「分からない。だけど特異点から吹き出す神力の影響を受けた、魔物が暴れている可能性はあるだろうな」
魔力より大きな出力を持つ神力。
三年前から度々神力が漏れている箇所が見つかる様になった。
それらを特異点と呼んでいるが、未だに生態系・魔物・人体に与える影響は不明な点が多い。
ただ一つ分かっているのは、魔力よりも大きな力を発揮すること、そして適応した人間は大きな力を引き出せるという点だ。
愛国者が望んでやない神力適応者。
多分これから増えていくんだろうな。
「レアス先生どうするの? 神力はあんまり関わらないのが学院の方針だけど……」
バルドムが俺たちの顔色をうかがっている。
どうやら魔術学院では未解明の部分が多い神力には、あまり手を出さないようにしているらしい。
「確認しに行く。そうだよね? ユーゴさん?」
レアスが俺の心の中を見透かしたように笑顔。
当たっているからタチが悪い。
「関わった以上、見過ごすのも後味悪いからな。魔物が危険なら排除。特異点があるかどうかまでの調査をしたい」
「「了解!」」
俺の指示に頷いた二人。
レアスの索敵を元に俺たちは森の中を疾走するのだった。




