第3話 ヘタレ具合に呆れる
「ルフ。お待たせ」
名前を呼ばれて、ルフが振り返る。
そこには飲み物を持った天馬の神獣の子。
「ありがと」
ルフはそう言って、彼の手に持つ木製のコップを手に取る。
中はよく冷えた果実のジュースだった。
「せっかく来てもらったのに申し訳ないね」
「仕方ないわよ。ギルドの中途半端な重役なんて、ただの多額の納税者だし」
ルフは頬杖をついて、ため息をこぼす。
今二人が居るのは、竜の国との国境にある城の一室だ。
外を一望できる部屋のカウンターに座り、ギルドから使者をずっと待っている。
「君は本当に思ったことをそのまま口にするね」
ラウニッハが横に座る。
彼が手に持ったコップを傾けた。
中のジュースを飲むたびに喉仏が動いた。
「ぷは。この果実は美味しいなぁ。僕のお気に入りどう?」
「まぁまぁかな。天馬の国の食べ物も飲み物も少しクセが強いから」
「そうか。君は人魚の国出身だから、あまり加工されていないこの国の食事は口に合わないかもしれないね」
ギルド本部がある人魚の国では、食材には何かしらの加工をして食事をしている。
天馬の国は出来るだけ食材のよさをそのまま生かし、食べるケースがほとんどだ。
だから加工された食事に慣れた人間には、まれに口に合わないことがある。
――そういえばユーゴはあんまり好き嫌いしないなぁ
ふと今は離れているユーゴのことを思い出す。
お酒が大好きだが、食事に関して特に好き嫌いを言ったのを聞いたことがない。
出されたモノを何も言わず食べているイメージだ。
「ユーゴのことかい?」
横を向くとラウニッハが微笑んでいる。
どうやら顔に出ていたらしい。
「まぁ少しね」
「彼は心配かい?」
「あのバカはどこに居ても死なないから大丈夫。むしろチコさんに迷惑かけてないかなって」
「力を貸してくれて嬉しく思っているだろうさ」
「チコさんは変わらずお人好しねぇ……そういえばチコさんとはどうなの?」
「ど、どうとは……?」
ラウニッハが少しだけ後ずさり。
反応が面白くて、身体を乗り出して聞いてみる。
「チコさん可愛いし、幼馴染なんでしょ? もうちゃんと告白した?」
「君はいつのまかユーゴの影響を受けているみたいだね……」
「そんな視線も話もそらさなくていいから! どうなの!?」
「……してない……」
「は?」
「な、何もしてない……」
「告白も、襲ってもないの?」
「……はい」
小さく呟いた天馬の神獣の子。
あまりのヘタレ具合にルフは「はぁ」と大きくため息。
「そ、そんなに呆れることかい!?」
「襲うのは別に推奨しないわよ。でも、せめてちゃんと告白くらいしなさいよ。中途半端な距離感でイライラするのよ!」
「指をささないでくれっ。いや、なんか今さら恥ずかしいというか……」
「三年前にこじらせて暴れた男が何を言ってるの?」
「今そこを掘り返すのか!? 君は僕の敵か!?」
ラウニッハをこれ以上、攻めても仕方がない。
ルフはカウンターに座り直して、再び外を眺める。
今日も素晴らしい青空だ。
最近は淫魔の国に滞在していたから、晴天を見るのも久しぶりなような気がした。
「正直な話、ユーゴとルフが羨ましいよ」
ラウニッハがボソッと呟く。
ルフが視線をラウニッハに移すと、木製のコップを眺めながら、僅かに口角が上がっていた。
「そう? あたしの見てないところで女の子と仲良くしているけど?」
「彼の貞操観念はどうなっているんだ……まさか淫魔の国でも!?」
「また新しい女の子と仲良くなってた」
少し拗ね気味に言ってみたが、横のラウニッハは「竜の神獣の子にはそんな能力もあったのか……!?」と本気なのかボケなのか分からない発言をしていた。
たぶん竜の神獣の子の能力ではなく、ユーゴ個人のものだろう。
「まぁ、今さら驚かないけどね。あたしの見てない所で勝手にしてくれればいいし」
「す、すごい余裕だ……」
「それくらいじゃないと、あいつの相棒は務まらないわよ」
約束をした。
誰かの心の拠り所になってくれと。最強であり続けてくれと。
ユーゴが持った責任をほんの少しだけ軽くする。
それが自分の役割だ。
ムカつくことも多いけれど、隣にいるならそれも仕方がない。
「ラウニッハ様、ルフ様。ギルドからの使者が少し遅れるとのことです」
部屋に入って来たエルフの衛兵がそう言って来た。
これだけ待たされて今さらだ。
「分かった。他に何か言っていたかい?」
「まだかなり遠方ですが、精霊が厄獣の気配を感知しました」
「……ありがとう。下がっていいよ」
衛兵が軽く会釈して、部屋から出て行った。
「あれはギルドの使者からの連絡?」
「いや。精霊の声を聞こえるエルフが聞いた話だよ」
歴史上でも、天馬の国は何度も他国の侵攻の対象とされている。
しかし幾度となくそれを乗り越え、今日まで独立を貫いていた。
そして三年前に強襲と神獣の子の力を借りたとは言え、淫魔の国を攻め落とし、他国に攻め入る計画までしていた。
それを可能にしたのは、どうやらこの精霊を介したネットワークにあるらしい。
「広大な森林地帯で統制を取れる理由がよく分かったわ」
「全部を掌握できているわけじゃないよ。それに自然の声は気まぐれだ。いつも同じように感知できるとは限らない」
ラウニッハはそう言って、コップの中身を一気に飲み干した。
「厄獣が来ているけどどうするの? まだ襲ってくるって決まったわけじゃないけど」
「問題ない。ただ君はユーゴと合流してくれ。馬を出す」
「いいの? ギルドの重役に会うのにあたしは要らないの?」
「大丈夫だ。多分来ないだろうから」
ラウニッハはそう言ってカウンターから立ち上がった。
その様子に今回の一件は罠だったことを確信する。
「あたしとラウニッハを精霊樹の麓から引き離すことが目的かな?」
「だろうね。竜の国・淫魔の国の愛国者の事件の両方に君は絡んでいる。だから向こうはダメもとでギルドの重役と行くといったのだろう。戦争がなくなったとは言え、天馬の国はまだ立場的に弱いからね」
今回の謁見はラウニッハに依頼されたものだ。
ギルドの重役が来るから、君が居た方がいいと頼まれた。
天馬の国は三年前に戦争を起こしたこともあり、五か国の中では立場的には少し弱い。
だから転移魔法の開示や、今まで秘匿とされてきた情報の多くを提供した。
国同士のやり取りと言うのは全くもってめんどうくさい。
それでも対等な関係を築くためにラウニッハたちは努力してきた。
その関係を都合よく利用して、厄介者を遠ざけたというわけだ。
「でもいいの? このままじゃラウニッハは動けないんじゃ……」
「そうだね。僕は立場的には他国からの客人をもてなすわけだ。勝手な理由で離れるわけにはいかない。でも……」
ラウニッハはそう言って、ニコリと微笑む。
「国内で重大な問題が起きれば別だろ?」
「悪い人。あたしに問題を起こせと?」
「別に君とは言わないよ。誰でも大丈夫さ」
ようは大義名分さえできればラウニッハは動くことが出来る。
多分向こうは、それすらさせずに作戦を完遂するつもりだろう。
どんな作戦かは知らないが、厄獣が近づいている以上、さっさと片付けないといけない。
「了解。じゃあ、また後でね。ラウニッハ」
「ああ。でも、ほどほどにね」
「任せときなさい」
流星の女神と呼ばれる冒険者は、天馬の神獣の子にそう笑顔で返すのだった。
手を抜くなどサラサラ無いにも関わらずに……
「バルドム!」
「任せて!」
俺の合図を受けて、バルドムが握り込んだ拳を目の前のゴブリンへ振るう。
直撃と同時に火属性の魔力を解放。小さな火花と同時に緑色の顔を吹き飛ばした。
「まずまずだな」
「っ……でもまだ少しだけ火傷した」
「見せてみろ」
バルドムがそう言って、手の甲を俺へと向ける
皮膚が赤くなって、皮が捲れていた。
簡単な治療系の法術で治してあげる。
「さっきからごめん」
「俺は人魚の神獣の子のような高練度の法術は使えないからな。あくまで軽傷の治療や応急処置だけだぞ。大怪我だけしないようにな」
「分かっているよ。でも最近うまく魔術と闘術の連動が出来ていなかったからよかったよ」
「まぁ、少しコツがいるからな。ほい、治療完了だ」
「ありがとう!」
治療を終えた拳を握り直して、バルドムが感触を確かめていた。
「やっぱりユーゴさんが居ると、楽で助かるね」
いつのまにか横に居たレアスがそう言って来た。
今の俺たちは精霊樹からかなり離れた森の中を進んでいる。
道とは呼べないが、樹が開けて広い場所を選んでいた。
当然ながら奥に行けば行くほど、魔物と遭遇する確率は上がっていく。
俺は魔力を抑えながら、刀を使って戦っている為、普段は威嚇で遠ざかっていく魔物も向かってくる。
まぁ、レアスは当然戦闘には慣れているし、バルドムの訓練だと思えば丁度良かった。
当人は「うーん……まだ魔力のタイミングがなぁ」と拳を振りながら何やら考え込んでいた。
「バルドム、火属性の魔術と闘術で戦うことに凄い拘っているみたいなの。誰かさんの影響かしら?」
「俺がまともに教えられるのがその二つだっただけだ。戦闘スタイルまでは口出ししてない」
「おかげで他の属性には興味なしだよ? 教える側としては結構困ってるんだけど?」
「それをなんとかするのが教師の腕の見せ所だろ。実際、闘術と魔術の複合のスタイルはかなり難易度が高いからなぁ」
「サラッとやっている人が言うことじゃないよ」
そう言ってレアスに頬を突かれる。
俺が得意としている火属性の魔術を利用した近接戦闘は、実際のところ実戦で利用するのはあまり得策ではない。
魔術と闘術を同時使用するため、まず魔力の消耗が通常よりも激しい。
魔術を身体の一部に定着させる場合、たえずその部分には闘術を発動させないといけない。
その上で、攻撃時の爆風で己の肉体を耐えられるよう、強化する必要もある。
見た目が派手な割に面倒な魔力操作が増えることもあった。
それなら武器を持って闘術で攻めるか、遠くから魔術をぶっ放した方が効率よく戦える。
それが大方の結論だった。
「俺は気がつけばこのスタイルが身についてたからなぁ。でも選択肢は多い方がいいとは思うけどな」
「師匠として本人に言って上げたら? 私は言うよりも効きそうだし」
「なんだ? 教え子が言うこと聞かなくて拗ねてるのか? お前もロクに言うこと聞かず、昔は危ないことばっかりしてたじゃないか」
「うるさい。昔のことだからもういいのっ」
レアスに腹の肉をキュッと摘ままれる。
どうやら生徒が目の前にいる手前、昔の話はやめて欲しいらしい。
「はいはい。立派になった先生には嫌な話だったな」
「笑いながら言われても、バカにされているようにしか思えないんだけど?」
ジト目で睨むレアスにクツクツが出る。
本当にからかいがいのある奴だ。
「ま、また二人がイチャついている……!!」
まるで事件の現場を見たバルドムの発言。
人の記憶を任意で消せる都合のいい魔法はないか、レアスに聞きたい気分になった。




