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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第4章 白霧に轟く雷鳴
60/70

第2話 浮気? いえ、ただのキスです

 

「ノルマニー! ノルマニー!」


「なに? バルドム君?」


 蒼色の髪を揺らして、ノルマニーが振り返る。

 学院の廊下を走ったせいで、乱れた呼吸。

 バルドムはまずは深呼吸を数回行い、息を整える。


「これ、さっきの授業で落としてたよ」


 そう言って、バルドムはペンダントを彼女に差し出す。

 先ほどの実戦形式の授業でノルマニーが動いた時に落とした物だ。


「ありがとう。大切な物だから助かった」


 小さな声でそう返し、ノルマニーがペンダントを受け取り、制服のスカートのポケットにしまった。


「それって、竜聖騎士団の物だよね?」


 丸いペンダントには薄く竜の蹄のような装飾が施されていた。

 バルドムは以前、竜聖騎士団の騎士と出会った際に似た品を見たことがあった。


「……そうだけど?」


 普段からあまり表情を変えないノルマニーの顔が僅かに険しくなる。


「ご、ごめん! 余計なこと言って……」


「クス。バルドム君って、なんかいつも謝ってるね」


 口元を抑えて、小さく笑みを浮かべるノルマニー。

 まるで可憐な花が咲いたような微笑みに、自分の体温が上がるのを感じた。


「そ、そうかなぁ?」


「そうだよ。さっきの実戦形式の授業だって、怪我させそうになって謝ってたよね」


「よく見てるね」


「普通だよ」


 短くそう返すと、踵を返してノルマニーが歩き出す。

 小さな彼女の背中を見ながら、バルドムは自身の心臓が高鳴っていることに気づかない。


 これは二人がまだお互いの運命を知ることのない時。

 仲が深まった数か月後、天馬の国で彼らの運命は交錯するのだった……


















「ユーゴさん。聞いていました?」


「あ、ごめんなさい。チコさん」


「もう。ちゃんと聞いてくださいっ」


 翡翠色の髪を揺らす目の前のエルフの美女。

 一応王女である彼女の豊かな胸に目が奪われて、さっきから話が入ってこない。

 おそらく布一枚しか身にまとっていない彼女の姿にきっと問題があると思う。


「妖精の森へレアスさんたちと行くんでしょう? だから注意事項はちゃんと聞いてください」


「了解です」


 小さく敬礼を返して、とりあえず話を聞く心構えを整える。

 先ほど大会議室でレアスとバルドムの三人で妖精の森へ向かうことが決定した直後、客人が来ていると耳にしたチコさんがやって来た。

 どうやら彼女自身も俺に用があったらしい。


「まず精霊の森は精霊たちにしか場所が分かりません」


「いきなり難易度が高すぎません? 俺は精霊と話せないですよ」


「それは分かっています。だから代わりにこれをお渡しします」


 そう言ってチコさんは手に持っている長剣を差し出した。

 長剣というよりかは、前の世界で言う刀に近い。

 片方の刃と僅かに反り返った刀身。

 知り合いの刀匠に作成してもらった、凄く身に覚えのある刀だった。


「それって、前に俺が忘れたやつですか?」


「その品にエルフの刻印を加えました。売ればかなりの値段がつくと思いますよ」


「で、売ったらラウニッハに怒られると」


「そうですね。ユーゴさんがこの国で戦闘を行うと燃焼する森が足りませんので、我慢してくださいね」


「まだ三年前のこと根に持っているんですか?」


「そう言うわけじゃないですよ。ただラウは負けて悔しいだけです」


 チコさんにニコッと笑みを返される。

 確かにこの刀は元々の経緯を言えば、ラウニッハに「君も周りへの被害を考えて武器を持て」と言われて作った品だ。

 天馬の国に以前気分転換に訪れたさいに、持ち込んだ酒に酔っ払ってこの国に置き忘れた。


 俺は三年前にラウニッハとの死闘の果てに精霊樹の麓の森を全焼させた張本人だ。

 全力で戦えば俺の能力と相性の悪い天馬の国は、あっという間に滅んでしまう。

 それを予防する意味での武器と言うわけだ。


「それでこの武器が妖精の森とどんな関係が?」


 とりあえず、刀を受け取り腰に差した。

 久々の重みに身体のバランスが崩れそうだ。


「エルフの刻印がしていますので、媒介となって妖精たちの声が聞こえると思います。あとはそれに従って進んでください」


 結構アバウトな説明に先が思いやられそうだ。

 実際使いながら、確かめるしかなさそうだ。


「分かりました。とりあえず妖精王に会えるように頑張ります」


「行方不明の生徒もお願いしますね。これ以上、次の世代で犠牲者を出すわけにはいきませんので」


 大きな胸の前で両手をギュッと握るエルフの王女。

 この人は自然と他人を誘惑してくる。


「分かってます。それで愛国者については何か判明したことはありますか?」


 愛国者と名乗るテログループ。

 神力を操る神器や黒色の魔物を有する組織だ。

 まだ表立って戦争を仕掛けてこないところから、今正面から戦って勝てると思うほどバカじゃないらしい。


「いえまだ何も。夜王オルペインから妖精王が絡んでいることが分かりましたが、妖精の森に行っても会えません。それどころか最近は妖精たちがザワついています」


「それは嫌な話ですね」


「そうですね……禁術の名前も出れば嫌になります」


 チコさんがとんでもないことを口にした。

 最近はどうも禁術が人目につきすぎている。


「何を犠牲にして、何を復活させる気なんでしょうね」


 俺の問いかけにチコさんは苦笑い。

 それもそうだ。しかしそれは天馬の国で治療系統の魔術が忌み嫌われていることとは関係ない。

 生まれたものは、そのまま死んでいくべき。そんな古くからの考えがあるため、エルフたちは魔術による治療はあまり好きではない。

 病気になっても薬や自然治療に任せるだけ。怪我も治すという感覚は今でも薄い。


 そんな、天馬の国に伝わる禁術。

 それは、エルフたちが最も嫌う命の再生。


 ――転生術


 そう呼ばれる、命から命を生む出す術だ。
















 チコさんから受け取った刀を腰に差して、大会議室に戻るとレアスの姿はなく、バルドムの姿だけがあった。

 そんな彼も会議室の長机の上に何やら物品を広げていた。


「えっと……森の中の魔物に備えてっと……」


 ブツブツ言いながら、腰のポーチに必要な物をバルドムが入れていく。

 普段学園に居れば魔物と戦う機会も少ないはずなのに、よく用意していたものだ。


「準備できたか?」


「あ、師匠。腰の物はなんですか?」


「ちょっとした武器だ。あんまり森の中で暴れると大人に怒られるからな。あと師匠って呼ぶな。恥ずかしいから」


「でも僕に生き方と戦い方を教えてくれたから……」


「それはお前が自分で選んだことだ。ところでレアスは?」


「下に居るんじゃないかな? 魔術学院へ報告書を出さないといけないって降りて行ったよ」


 バルドムの言葉を聞いて、足を下に繋がる階段へと向ける。

 まだ彼は準備がかかるみたいなので、とりあえずレアスと合流しよう。

 木造の建物の廊下、階段を降りて、一階に辿り着くと受付の少し離れたところで男たちの固まりが出来ていた。


「姉ちゃん。俺たちと遊ばねぇか?」


「魔術学院のブレザーだよなぁ。こんなところで何してんだ?」


 なんとなくあの男たちが誰を相手にしているか想像できてしまう。

 屈強な男たちの影から覗いてみる。


「臭いから顔を近づけないでくれる? それにアナタたちじゃあ、私と釣り合わないから」


 腕を組んで、キリッとした佇まいのレアス。

 街を歩けば誰もが振り返る美貌を持つ彼女なら、ナンパくらい慣れたものだろう。


「生意気な女だけど、その身体がまたそそるぜぇ……」


 一人の男が背負っている大斧に手を伸ばす。

 どうやら力にモノを言わせて言うことを聞かせる気のようだ。

 絶対無理だと思うんだけど……


「バカな男たち……」


 レアスがそう呟くとパチンと細い指を鳴らす。

 それと同時に彼女を中心に突風が建物内を襲う。


「なんだ!?」


「こいつ!」


「いて!」


 囲んでいた男たちが部屋の端まで吹き飛ばされ、壁に身体をぶつけていた。


「あ、ユーゴさん。話は終わった?」


 俺に気づいたレアスが男たちはそっちのけで、俺にペタペタと近づいて来た。


「相変わらずモテるな。お前は」


「本命は全くなびいてくれませんけどねー」


 小さな舌を出して、レアスがプイッと横を向いてしまう。


「てめぇがその女の仲間か!?」


 大斧を手に取った男が俺に向かって叫んだ。

 他の男たちもいつの間にか武器を手に取っており、あっという間に囲まれていた。


「なんか俺も巻き込まれてたかな?」


「いつものことじゃん。それに何もしなくても大丈夫だよ」


 レアスがそう言うと、建物内に風が舞う。

 普通にすれば吹き飛ぶほどの風だが、その突風はまるで意志を持っているかのように男たちだけの周りで吹いている。


「この建物にはチコさんの精霊魔法がかけられているの。だから厄介者は外へ強制輩出だよ」


 レアスが簡単に説明してくれると、男たちが「なんだこれは!?」とか言いながら建物の入り口から外に放り出された。

 数人の男たちを投げ出すと、風はピタリと止んでしまった。


「便利な魔法だなぁ」


「だよね♪ ユーゴさんだけ捕まえる魔法とかないかな?」


「恐ろしいこと言うな」


 レアスに軽くチョップを入れて、建物の出入り口へと足を進める。


「なにする気なの?」


「準備運動」


 後ろをついて来たレアスの問いにそう返す。

 建物から出ると、先ほど吹き飛ばされた男たちが丁度立ち上がったところだった。


「わざわざ出て来るとは、いい度胸だな。おい!?」


 リーダー格と思われる男が俺に向かってそう叫んだ。


「俺のツレに声をかけるのは自由なんだけど、お前たちも女に撃退されたより、男にされた方が格好がつくだろ?」


「そこは俺の女に手を出すなじゃないの?」


 生徒が聞いたら大変なことになりそうなセリフをサラッとレアスが呟く。


「生徒からも人気のレアス先生が何を言ってんだ」


「ほんと……ユーゴさんって人をバカにするよね……」


 レアスがジト目で睨んで来る。

 美人に睨まれるのもグッとくるけど今は楽しんでいる場合ではない。


「男の方からやっちまえ!!」


 大斧を持った男の合図で周りの武装した奴らが一斉に向かってくる。

 撃退するため、腰に差した刀を鞘から抜いた。

 僅かに反り返った刀身に彫刻されたエルフの刻印。

 握った感じから、使用者の魔力に反応して輝くようだ。


「どんなもんかね」


 試しに魔力を流すと、刀身の文字が蒼白に輝く。

 魔力を纏った刀身は斬るもの全てを切断してくれそうだった。


「さて……」


 刀で相手の武器に狙いを定めて、刀を数回振るう。

 そして魔力の斬撃を飛ばした。

 半透明の斬撃が相手の武器を破壊していく。


「なんだ!?」


「武器が……!」


 手に持った武器を破壊され、驚く男たち。

 一撃で武器を破壊した威力に俺も少しだけ驚いた。


「あじなマネしやがって!!」


 大斧をもった男が目の前に迫って来る。

 どうやらこいつだけは、俺の攻撃を見切り、どうにか防いだらしい。


「そう鼻息荒くなるなよ」


「黙って死ね!!」


 男が大斧を振り上げた。

 そのまま渾身の力で縦に振り降ろす。


 刀に魔力を纏わせたまま、大斧に対して横に振りきる。

 高速で振り切った刀は大斧を簡単に切り裂いていしまった。


「な!?」


 自慢の大斧を斬られた男が声にならない声を出した。

 刀を持つ右手をそのまま男の喉へとむける。


「さぁどうする? あんまり怪我するとこの国じゃ治療してもらえないぞ。大人しく引くことを進めるが?」


「ち、ちくしょう……」


 男はそう言うと踵を返した。「いくぞ!」と周りの男たちに言って、引き上げていった。

 引き際の判断は何だかんだで潔かった。


「流石ユーゴさん! 惚れ直しちゃった♪」


 レアスが昔と変わらないノリで腕に抱き着いて来た。

 ルフからは絶対に感じることのない、腕に当たる柔らかい感触はやっぱり素晴らしい。


「こらこら、生徒がいる所で抱き着くな」


「えぇ、今は居ないからいいじゃん。そういればルフ(彼女)は?」


「ラウニッハとギルドの重役と会ってるよ。後で合流予定」


「なぁんだ。天馬の国(ここには)来てるのか……」


 レアスが残念そうに口を尖らせる。

 姿自体は可愛らしいが、もしも居なかったら何をするつもりだったのか。

 気になるが、聞いたらダメなような気がして、今は何も言わないことにする。


「でも、この場には居ないから今はこんなことしてもいいよね♪」


 そう言って、レアスが俺の顔に手を添えて、そのまま唇を押し付けてきた。

 舌を絡ませる、恋人同士がするようなキスは、まるで彼女が会えなかった愛しの男にするようだった。


「はぁ……久しぶりで最高♪」


 ようやく顔を離したレアスが笑顔でそう言った。


「お前、公然の面前でなにしてんだ?」


「え? キスだけど?」


 何を言っているの、と言わんばかりにレアスが首をコテンと傾ける。

 こいつに聞いた俺がバカだった。

 ルフに今のを見られたらどうなるか……


「ユ、ユーゴ師匠が先生とチューしてる……」


 悲しいバルドム(十代の教え子)の声に、俺は静かに自分の命の危機を悟った。


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