第5話 強襲者
「大きいなぁ」
依頼主である貴族の屋敷の前で呟いた。
いつもならツッコミをくれるルフも今は隣に居ない。
色々事情があって、ルフとヘーリンとは途中で分かれた。
「おい。何の用だ?」
全身を鎧で包んだ衛兵の男に話しかけられた。
「この依頼を受けた冒険者です。家主に会わせてもらえませんか?」
腰のポーチから依頼の紙を取り出して、衛兵に見せた。
男は紙の文字を読むとこちらに目を向けた。
「確認した。馬車を屋敷の中へ運べ。報酬を用意するからその場で待機しろ」
「分かりました」
衛兵の男が右手を挙げると鉄の門が開く。
緑色の芝と中央に引かれた石造りの道。
屋敷まで真っ直ぐ伸びる道の途中には、噴水すら用意されている。
かなり大きめの貴族らしい。
馬車を敷地の中に入れてしばらく進む。
噴水の近くで止めて、馬車から降りた。
「お疲れさま」
馬の茶色の毛並を労いの意味もこめて撫でてみる。
意図を理解してくれたのか、馬が少しだけ頭を下げた。
「えらいな」
そう言って再び馬体に手を添えた時、引っかかるモノを感じた。
視線にも似たそれは、こちらに向けられている。
森の中で感じた視線にそっくりだ。
途中で感じなくなったあの気配に。
「何者……」
敷地内の衛兵の声。
声のした方に視線を向けると、首を斬られて倒れる衛兵の姿。
そしてすぐ傍に、血で濡れた短剣を持ち、茶色のフードを被った奴がいた。
斬られたのは声を出した衛兵だろう。
侵入者を見つけたせいで殺されたと言ったところか。
問題は、茶色のフードに見覚えがあるってことだな。
道中の森の中でゴブリンに襲われていた女性も、同じフードを被っていた。
同一人物である可能性が高い。
襲撃者がこちらに顔を向けた。
ピエロのような仮面を装着しており、顔の様子は一切分からない。
どうやら向こうには顔を知られたくない理由があるらしい。
「動くな!」
屋敷から出てきた兵や、巡察していた衛兵も集まり小柄な侵入者を包囲した。
屋根の上は弓矢部隊が既に陣取っており、逃げ切るのは難しそうだ。
襲撃者が短剣を離して、両手を挙げる。
素直に投降したな。
てっきり抵抗するものばかり……
そう持った直後、屋敷と周りを隔てる外壁から黄色い閃光が上がる
足元に魔法陣が出現して、屋敷内が一瞬で霧に包まれた。
「なんだこの霧!?」
「侵入者を捕えろ!」
衛兵が突然の霧にパニックを起こす。
視界を遮るほど高密度の霧が突然現れたらそれも仕方がないか。
犯人は考えるまでもなく、侵入者の奴に間違いない。
この屋敷を襲撃すると決めた時から、周到に用意していたのだろう。
かなり手慣れているようだ。
何者だろうな。
耳に魔力を集める。
強化した聴力で目の前から接近する足元を拾う。
音の大きさから、鎧を着た衛兵のモノではない。
白い霧をぶち破り、出てきたのは茶色のフード。
「まぁそうだよな」
短剣を手にした襲撃者は真っ直ぐ俺に走ってきた。
俺たちの後をつけてきたのだから、目的は俺たちが運んでいる荷台だと言うことは容易に想像できる。
奪う機会を窺っていたが、ゴブリンの襲撃にあって道中では逃してしまった。
だから目的地に着いた瞬間を狙ったと言うわけだ。
襲撃者が短剣の先をこちらに向ける。
素早く繰り出された突き。
無駄のない動きも、動体視力を強化した眼にはスローモーションに見えた。
首を少しだけ横に倒し、短剣を避ける。
しかし思った以上に大きく外れた。
まるで最初から相手が外すつもりだったのかと思うくらいに。
理由はともかく、一瞬だけ動きが止まった俺を見て、襲撃者がジャンプした。
前宙で俺を飛び越え、馬車へと走る。
「まぁ待てよ」
地面を蹴って、一歩で襲撃者の背後から近づく。
「っ!」
驚いた彼女が振り向きざまに短剣を振るう。
俺からすればかなりゆっくりのスピードだったので、短剣を持つ方の腕をつかんだ。
「こんな人を殺す気もない剣じゃ、殺せるモノも殺せないよ」
仮面をつけているから表情は読み取れない。
だけど相手の身体が僅かに強張った。
攻撃されると思ったのだろう。
お望み通り、掴んだ腕を引っ張り背負い投げの要領で相手を投げた。
芝に背中を強打した襲撃者から「かは!」と苦しそうな声が上がる。
そのまま首筋に手刀を当てた。
「動くな。もうすぐ霧も晴れる。抵抗は無意味だ」
「………」
「いい子だ。色々と聞きたいことがある。ここを俺と一緒に抜けてもらうぞ」
襲撃者にそこまで伝えると霧が晴れて、衛兵たちが近づいて来た。
「よくやったぞ冒険者! こちらに渡してくれ! 牢屋にぶち込んでやる!」
「いいえ。暴れる可能性もあります。街に常駐している騎士団に引き渡しましょう。あと俺の報酬は?」
「ああ。ここにあるぞ」
そう言って陰から一人の衛兵が革袋を持って現れた。
襲撃者の手足を魔力で精製した縄で拘束する。
一定時間しか拘束できないけど、緊急時には便利な魔法だった。
衛兵から報酬の金額を受け取り、腰のポーチにしまう。
「この襲撃者の処理は俺に任せてもらえますか? さしずめ、この荷台の荷物を狙った哀れな盗賊か何かでしょう」
「しかし領主に報告しないわけにも……」
「捕えた事実だけで十分でしょう。衛兵たちが捕えたことにすればいい。騎士団に言われて引き渡したって、領主様に伝えて下さい。まぁ今から俺はこいつを奴隷商人に売るので、後で回収して下さっても構いませんよ」
「お、おう。分かった。冒険者も人を売ったりするんだな」
「金がないと生活できませんから」
衛兵にそう返して襲撃者を肩に担ぐ。
「では依頼はこれで完了ですね」
「そうだな。もう行け」
衛兵に手を振り、踵を返す。
ちょっとひと騒動があったけど、無事屋敷を脱出することに成功した。
「さてっと。品定めの時間だな」
とある宿屋の一室。
ベッドの上には拘束されたままの襲撃者。
降ろす際に抵抗したので、今はベッドの端と手足を魔力の紐で結んでいる。
相手は大の字でベッドに磔にされていた。
「まずは仮面から」
ゆっくりと手を伸ばし、仮面を外す。
現れたのは女の顔。
深い蒼の瞳。フードも外すと肩まで切り揃えられた同色の髪。
幼くも慈愛に満ちた顔は、とてもさっきまで剣を握っていたとは思えなかった。
歳は二十歳前半くらい。かなり若い女の子だ。
「もっと厳つい奴を想像してたよ。結構可愛いくて意外だ」
「……私をどうするつもりですか?」
「そうだな……身体を愉しんだ後に売り飛ばす……かな」
俺の言葉に彼女の表情が曇る。
土に汚れた唇をキュと噛み、蒼い瞳で俺を見上げた。
「いい眼だ。まだ抵抗する気力は残っているらしい」
「お願いです。私を見逃してもらえませんか? やるべきことがあるのです」
「捕まった女はそう言うのが相場だろ。俺たちをつけていた理由と、ゴブリンに襲われた理由も合わせて教えたら考えてやる」
「……荷台に用がありました。ゴブリンは……偶然襲われました」
彼女が俺から視線を外した。
どうやら後半の部分は嘘らしい。
まぁ偶然肌の黒いゴブリンに、偶然襲われるなんて奇跡に近い確率だろう。
あれだけ広大な森の中、俺たちを追って移動している最中にだ。
大きな音をたてるならまだしも、彼女は隠密行動中だった。
そんな彼女を探し出してまで、わざわざゴブリンが襲うだろうか?
無いとは言い切れないが、そうだと言うには無理がある。
つまりあのゴブリンは彼女を追って解き放たれた。
誰かに調教された魔物だと言うことだ。
肌が黒いのは暗闇か何処かで調教されたからだろう。
魔物を戦力として扱うことは、竜の国では古くから導入されていた。
しかし戦闘になると野生の本能が目覚めるのか、指示を聞かなくなり暴れることが殆どだった。
大人しい魔物は戦場では役に立たないので、生活でのみ応用されるようになった。
どっかの誰かが、新しい技術を使って魔物の兵士化に成功したのかもしれない。
だけどまだ大きな話になっていないから、完全掌握にはまだほど遠いのだろう。
「荷台に何が積まれているんだ?」
「言えません……言えば貴方も巻き込まれます。お願いです。私を行かせてください! 今もこうしているうちに、若い命が犠牲になっているのです!」
頬掻いてどうしようか考える。
ちょっと脅せば知っている情報を教えてくれると思ったけど、どうやら彼女の意志の強さを見誤ったらしい。
「……ヘーリンを助けに来たのか?」
「彼を! 彼を知っているのですか!? 白い毛並の獣人の男の子です!」
襲撃者の女が急に積極的になった。
やっぱり彼女はヘーリンを救出に来たらしい。
そうなると……彼を助けそうな人物なんて心当たりが一人しか居ないんだが……
「今は俺の仲間が保護してるよ。彼を知っていると言うことは、貴女がシスターか?」
「……はい。私が教会でシスターをやっている『エルレイン』です」
「短剣振るったり、煙を使って屋敷に侵入したり、今どきのシスターは結構積極的なんだ。夜の方も積極的なの?」
「な、なんの話ですか!?」
ちょっとからかったら、エルレインさんは顔を赤くした。
軽い下ネタに過剰反応するシスターが面白い。
「穢れなきシスターがそんな淫乱だったとは……ヘーリンが聞いたら泣くよ?」
「勝手に人を堕落させないでくれますか!? さっきから何なんですか!? こっちは真面目に聞いているんですよ!?」
「俺だって真面目に聞いてる」
「私はシスターです! 簡単に身体を許したりしません!」
「そんなシスターを好き放題に出来るわけだ。男冥利に尽きるねぇ」
「……本当に私の身体でヘーリン君を返してくれるのですか?」
冗談のつもりだったのにエルレインさんが真剣な表情。
子供の為なら自分の身体すら差し出す。
美しいねぇ。さすがシスター様だ。
「簡単に身体を許さないんじゃなかったのか?」
「若い命を守る為ならば、惜しくはありません。その代りに彼に手を出さないと約束してください」
「そんな口約束。俺が破るかもしれないよ?」
「そうですね……力の前には無意味なのかもしれません。それでも私は信じたい。かつて神獣たちが人間の味方をして、我らを導いてくれたように……人間にも他人を思いやる気持ちがあると」
流石シスター。
言うことが違う。そしてその覚悟も。
うん。彼女は白だ。
魔力の紐を解除して、エルレインさんを解放した。
「え? どうして……」
「あなたが嘘をついている可能性もあったので、少しイジワルしました。シスターだと偽って、ヘーリンに近づく輩かもって」
「信じてくれたのですね!」
ベッドから身を乗り出し、俺の手を取るシスター。
ちょっと上目遣いなのは、彼女が天然だからと信じたい。
清く高貴な聖職者が計算なんてしていないと。
「まぁそう言うことにしといて下さい。ヘーリンと仲間の所に案内します。ついて来て下さい」
「はい!」
笑顔で頷いたエルレイン。
やっぱり美人はいいものだ。
勝手にそんなことを思った。