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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第4章 白霧に轟く雷鳴
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第1話 天馬の国での再会

 

 広大な森林地帯がほとんどを占める天馬の国。

 五か国の交流が盛んになり、各地の開拓が進んだと言っても、未開拓地帯は確実に存在する。


「はぁ……なんでこんなややこしい場所に……」


 少女はそう呟いた。

 魔術学院の生徒の証である紺のブレザーを身に纏い、巨大な樹々に覆われた森の中をひたすら歩いて行く。


 まだ若い15歳とはいえ、長時間歩き続ければ額からも汗が滲む。

 ショートカットに切り揃えられた蒼い前髪がへばりついてうっとおしい。

 身体を冷やせる魔法で涼むもうか迷っている時だった。


『ノルマニー何しに来たの?』


 頭に響く女性の声。

 碧眼を動かして周りを見渡しても、姿が見えないのでそれ以上探すことはやめた。

 ノルマニーは「はぁ」とため息一つこぼして、声の主へ返事する。


「妖精王、いいかげん道を開けてもらえませんか? この森に迷ってもう何時間も経っています」


 ここは妖精王が住むと言われている妖精の森。

 入り組んだ森の中は、歩いている者の方向感覚を失わせる。

 本当は妖精王が侵入者を淘汰するために、放った魔力が作用しているせいだ。


『今は無理だよー。切り札がもうすぐ出来上がるから♪』


「本当に可能なのですか? 『神獣』を復活させるなんて……」


『なんのためにせっせと『命』をかき集めたの? 禁術のためでしょ?』


 ノルマニーは再び深くため息。

 ここまで慎重に計画を進めてきたのに、台無しにされては困る。

 わざわざ同級生を言い包めてここまで来た。だから余計に妖精王の無神経さには呆れてしまう。


「先月の失敗でもう後がありません。魔術学院の国外研修も延期されました。おそらくこちらの情報もある程度漏れている。けれど警戒された中でも計画は実行しなければならない」


『まぁまぁ、そう殺気立たないでよー。アナタの目的はきっと達成できるから』


「そうですか……ならばあたしは特異点と例の神器の調査に向かいます」


『そうだねー。早めに抑えておかないと……それにアナタの目的のためにも、戦力は多い方がいいもんね』


 魔力の気配が急速に遠のいていく。

 やがて妖精王が『じゃあねー』とユルイ声を残して、気配を消していった。

 そうだ。目的のためにもここで立ち止まるわけにはいかない。

 ノルマニーは小さな自身の手を見つめて、握り込んだ。


 ――神獣の子を殺す……その目的を果たすまでは……














「くしゅんっ……噂されてるのかな……?」


 思わずでたクシャミにそんなことを思った。

 噂されているとしたらユーゴとしてだろうか、それとも神獣の子としてだろうか。

 どちらにせよロクな噂じゃないような気がして、あまりいい気分じゃなかった。


「相変わらずでかい樹だな」


 今いるのは精霊樹の麓にある宿。

 部屋から見える巨大な精霊樹の壁は、見上げると首が痛い。

 天馬の国に転移魔法で飛んだのはいいが、俺とルフは到着次第さっそく仕事を頼まれた。

 どうやら俺たちが来る一カ月の間になんとか、魔術学院の国外研修の時期を遅らせることに成功したらしい。


 急展開に都合が良すぎるような気もするが、ギルドからも人が来ることになったとのこと。

 天馬の神獣の子(ラウニッハ)は立場上、ギルドの重役を迎えに行った。

 ルフも居ると都合がいいとラウニッハの頼みでついて行くことに。

 転移魔法ではなく、竜の国から来るらしいので国境で合流予定とのことだ。

 そして俺の仕事は妖精の森に住む妖精王に会うこと。


 しかしラウニッハは妖精の森の場所を教えてくれなかったので、天馬の国の王女(チコ)さんに話を聞きに来た。

 昨夜、彼女がいるとされる精霊樹の麓に到着したのはいいが、先に寝る場所の確保をした結果、いつの間にか眠り込んでしまった。


 そろそろ動かないと、なんとなく悪い気をしているようで気持ちよく酒が飲めない。

 てか、天馬の国って美味しいお酒あるのか?

 あんまりお酒の話題をこの国では耳にしない。

 チコさんに聞いてみるか。


「さて、あの巨乳のエルフ王女を探すか」


 窓から飛び降りて、宿の二階から地面に着地。

 竜の国出身としては、こうして足元が土の方がなんとなく落ち着く。


「確かチコさんが居ると噂の場所は……と」


 昨日宿の女将さんに聞いたところ、王女であるチコさんは三階建ての建物の会議室で仕事をしていることが多いらしい。

 そこで目撃情報を集めればなんとかなるかと安易なことを考えていた。


 ――あれか


 目的の三階建ての建物を見つけて近づく。

 入り口は特に警戒されておらず、普通の木製扉だ。

 押して開くタイプだったが、何も考えず中に入る。


「ん?」


 一歩入った直後に違和感。

 部屋の中は竜の国の王都のギルドにそっくりだ。

 部屋は三つの大きな部屋に分かれており、右に飲み食いできる食堂。

 正面には受付のようなカウンター。そして左では職員が事務作業をしている。


 どうやらギルドの受付も兼ねているらしい。

 食堂では冒険者らしき人たちが朝から食べ物を頬張っていた。

 職員たちの中には耳の長いエルフたちの姿も見える。

 人とエルフが共に働く姿はなんとなく嬉しく思えた。


 しかし感じ取った違和感は、そんな光景の中ではない。

 魔力を見ることのできる竜の瞳には、わずかな魔力の揺れが見える。

 魔術ではなく、あまり見ない種類の揺らぎだ。


 おそらく精霊魔法の類だろう。

 建物全体に作用しているようだが、特別攻撃的な感じはしない。

 むしろ警戒用の魔法らしい。


 ――ずいぶんと慎重だな


 ここまで建物の侵入者に警戒をするということは、当然ながら何かしらの理由があるのだろう。

 しかも建物の内の人たちは全く気がついてない。

 隠密性と広範囲の索敵系の魔法なんて使うことのできる人物は限定されるだろう。


「すいません」


「はい?」


 カウンターに近づき、受付のエルフのお姉さんに話しかけた。

 腰まで伸びた黒髪がとても美しい。


「少々訳ありで、天馬の神獣の子(ラウニッハ)様の依頼でチコ様に会いに来ました。こちらにいらっしゃいませんか?」


「いるはずですが、現在は来客の対応中でして……ラウニッハ様の依頼であれば最上階の大会議室でお待ち頂けないでしょうか」


「分かりました。少し待たせてもらいます」


 美人なエルフのお姉さんがニコッと微笑んで会釈。

 背筋が伸びた完璧な会釈に思わず見惚れそうだった。

 一応遊びで来たんじゃないしな。


 自分にそう言い聞かせて、受付の奥にある階段を登っていく。

 二階を通り過ぎて、三階に到着すると確かに廊下の奥の部屋から女性の話し声が聞こえる。

 チコさんはまだ来客の対応中らしい。

 廊下の手前の部屋の扉は開けっ放しとなっていて、直感的にここが大会議室と察した。


「あ……」


「ん?」


 大会議室に入ると紺のブレザーを身につけた、一人の少年と目があった。

 彼がなぜ正座しているのか疑問に浮かんだが、何より知っている人物がこの部屋で正座していることに驚いた。


「ユーゴ師匠!」


「バルドムか? なんで正座してるんだ?」


 正座のまま俺の問いかけにバルドムが答えてくれた。


「レアス先生に怒られまして……魔術学院を勝手にクラスメイトと抜け出した罰です」


 バルドムが苦笑いで事情を答えてくれた。

 これは教育の一環と捉えるのか、体罰の一環だと捉えるのか俺には判断しかねる。

 まぁレアスも知らない仲じゃないけど、生徒をいじめるような陰湿な奴ではない。

 今回は本当にバルドムが悪いことをしたのだろう。


「まぁ、その辺の椅子に座れよ。正座のままじゃ話にくいしな」


「ダ、ダメだよっ、レアス先生に怒られるっ」


 少し蒼みがかった白眼を閉じたバルドム。

 15歳の少年の身体は心なしか震えている。

 まるで過去の体験を思い出しているようだ。


 どんだけレアスはスパルタなんだ……


「レアスには俺から話をつけておくから。足痺れて辛いだろ」


「ほ、ほんとに? 足は確かに感覚がないけど……」


 少し表情を曇らせて、バルドムが正座から立ち上がる。

 かなりの時間していたのか、「いてて……」と膝のあたりを抑えていた。


「でも、なんでユーゴ師匠が天馬の国(ここ)に?」


 椅子に座り直したバルドムは当然のように聞いて来た。


「そりゃこっちのセリフだ。お前は人魚の国の魔術学院の生徒だろ? 勝手に外出できる立場じゃないはずだ」


 バルドムは五か国で唯一存在する魔術学院の生徒だ。

 各国から候補者が集まり、魔術の腕を磨く場所。

 卒業すれば将来の仕事に困ることはないと言われるほどだ。

 人魚の国の出身者以外の生徒には専用の寮も用意されており、バルドムは寮に入っているはずだった。


「レアス先生が今度の国外研修の打ち合わせを尾行しまして……」


「で、バレたから怒られたと?」


「おっしゃる通りです……」


 白髪の頭を小さく下げて、申し訳なさそうにするバルドム。

 なんとなく事情は飲み込めた。

 ここで俺がとやかく言っても仕方がない。

 それに行動力がある若者は、個人的には応援してやりたいと思っていた。

 しかし、バルドムの言葉と状況にはいくつか疑問点があった。


「お前と一緒に抜け出した生徒は? 普通なら二人で正座じゃないのか?」


「あ! ノルマニーどこ行ったんだろ!? いたっ!」


 クラスメイトの存在を思い出して立ち上がったのはいいが、まだ足の痺れがとれておらず、うずくまってしまった。

 一人で賑やかな奴だなぁ。


「置いて行かれたのか」


「まぁ、そんなところかなぁ」


 うずくまった状態で、顔だけ上げて答えてくれた。


「で、その子は女の子なのか?」


「うん。そうだよ」


「お前の彼女か?」


「ち、違うよ! 僕とノルマニーはそんな仲じゃないよ!」


 顔を赤くして反論するバルドムが面白い。

 気になる女の子に行こうと言われたら、学院を抜け出すのも無理ないか。


「そういえば、お前の学院での生活をあんまり聞いていないな。ちゃんと授業受けているか?」


「も、もち……」


「もう少し真面目に受けるように言ってくれないかな?」


 入り口のところから聞き覚えのある声。

 振り返ると、そこにはレアスの姿があった。

 毛先まで手入れの届いた金髪を片方の肩から垂らし、組んだ腕の間から豊かな胸の膨らみが見えた。

 学院の紺色のローブを着ていても、スタイルの良さはハッキリと分かる。


「ようレアス。相変わらずの美人だな」


「それはどうも。で、なんでここに?」


「少し仕事だ。バルドムが居たのはホント偶然。あと正座は俺がやめさせた」


 いつの間にか立ち上がって、気をつけの姿勢に変わっていたバルドムが「そうです。僕は言われて正座をやめました」と発言していた。

 あれ? これ俺が悪役になってないか?


「ふーん。まぁ代わりはユーゴさんに埋め合わせしてもらうわ。あとバルドム」


「は、はひ!」


 突然呼ばれて驚いたのか、バルドムの声が裏返った。

 面白くて出そうになった笑いをなんとか堪える。


「ノルマニーの行き先のアテはない? 今の天馬の国は色々とあるみたいなの」


「確か……妖精の森がどうとか言っていたような気がします。天馬の国にはそう呼ばれる場所があると」


 偶然にも俺の目的地と一緒で一人で驚いた。

 しかしバルドムは「でも、言っていただけで向かっているかどうかまでは……」と自信が無さげだ。

 話の中で出ただけの話題と言うだけのようだ。


「妖精の森かぁ……どうしよっかぁ……」


 レアスが細い指を顎に当てて何か考えている。

 向かうには戦力と情報が不足しているのだろう。

 だからまだ迷っている。


「丁度良かった。俺も妖精の森に用があるんだ。一緒に行くか?」


 俺の提案にレアスとバルドムの両方の目が輝く。


「「もちろん!」」


 二人の力強い返事。

 とりあえず、天馬の国で即席パーティを組むことになりそうだ。


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