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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第3章 欲望の求愛者
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幕間 誰かのいる日々を

 

 五か国の中でも最大の森林地帯を持つ天馬の国。

 国の大半を覆う森にはエルフたちが住まい、別名『エルフの国』と呼ばれるほどだ。

 国の中央には雲突き抜けさらに上空まで伸びる巨大な樹、『精霊樹』が堂々たる佇まいを見せつけている。


 しかしその麓は三年前の神獣の子同士の戦いにより、一旦は焼け野原となってしまった。

 今は他国の者を招くための木造の宿泊施設を中心に、多くの人が出入りしている。

 その中央に位置する三階建ての建物の最上階。

 会議を行う為に解放れている大部屋は、今だけちょっとした説教部屋となっていた。


「で、君はなんでここにいるのかな?」


 腰まで伸びた金髪と同色の瞳。

 街を歩けば誰しもが目に止める芸術的な身体の曲線美。

 紺色のローブをその身に纏う美女は、冷ややかな視線で目の前の教え子に問いかけた。


「レアス先生……これには少し事情が……」


 正座する白髪の少年がそう答えるが、徐々に声が小さくなり最後の方はもうほとんど聞こえない。

 先生と呼ばれたレアスは小さく「はぁ」とため息。

 最近増えた小じわがまた増えそうだ。


 今年で20歳になるレアスだが、人魚の国にある魔術学院で教鞭をふるっている。


 その美貌から生徒の人気も高く、学生時代に培った人脈と交渉術から学院外部との調整なども任されている。

 重要な役割であるため、当然責任に比例してストレスを感じることも多い。

 自分が望んで魔術学院の教師になったとはいえ、時々後悔するほどの多忙さだった。


「どんな事情か気になるけど、わざわざ学院を出るほどなの? バルドム、あなたは師匠に似て先に身体が動くタイプのようね」


「そ、そんなにユーゴ師匠に似てるかぁ?」


 わずかに蒼色を含んだ蒼白の瞳。

 特徴的な眼を文字通り輝かせながら、バルドムはこちらを見てくる。

 三年前に出会ったユーゴは彼に簡単だが修行をつけて、魔術学院への入学を勧めた。

 広い世界を見たいと入学を希望したバルドムは、まだまだ未熟とはいえ、生徒の中では優秀と言っても差し支えのない成績を誇っていた。

 そんな彼が師と慕う当の本人は、今どこで何をしているのか行方知らずである。


「褒めてないからね。調子に乗らないっ」


「い、痛いよ! 頬をつねらないで!」


 涙目のバルドムの頬から手を放す。

 思いっきりつねったせいか、彼は痛みのする頬を押さえていた。


「まったく……あなた一人で来たの?」


「えっと……それは……」


 視線を横にそらし、歯切れの悪い返事。

 どうやら彼は一人ではならしい。


「誰ときたの?」


「その……『ノルマニー』と……」


「デートする気で来たの?」


「ち、違うよ! そんなつりもじゃないよ!」


 必死に弁解すバルドム。

 その姿を見る限りは、本当にクラスメイトと遊びに来たわけではないらしい。


「で、ノルマニー(彼女)はどこ?」


「さ、さぁ……? その辺をぶらぶらして来るって……」


「あの子もあの子で自由人ね」


 レアスはまだ姿の見えない生徒に対して「はぁ」とため息。

 悩みの種は次から次へと出てきては解消されることはない。


「とにかく、あたしは今からチコ王女と打ち合わせしないといけないから、大人しくここで待っておくこと!」


「ずっと正座で!?」


「何か文句でも?」


「い、いえ……文句はありません……だから先生の周りのファイヤーボールを消してくれますか……?」


「よろしい♪」


 ニコリと微笑むとレアスは発動していた魔術を解除した。

 そして部屋を出る間際、明るい声で宣言した。


「あなたたちは特別補習♪」


 それを聞いたバルドムはノルマニー(クラスメイト)の口車に乗ったことに後悔。

 ガックリと肩を落とすのだった。














「ヘイムお姉ちゃん。これどこに片付ければいい?」


 ヘイムが腰まで伸びた白髪を揺らして振り向くと、妹のイアが洗い終わった皿を手にしていた。


「その皿はあの棚よ」


「はーい」


 ペタペタと部屋内部を移動して、イアが皿を棚へと片付ける。

 あの事件以降、正気を問い戻した妹のイアは淫魔の神獣の子(テミガー)が経営する幻影の館にお手伝いとして住み着いていた。


「ヘイム。調子はどう?」


「テミガー様。全く問題ありません」


 この店の経営者であるテミガーがいつの間にか自分の横に立っていた。

 風呂上りなのか濡れた緑色の髪。頭からバスタオルを被ったままだった。


「お風呂あがりですか?」


「ええ。アレラトの相手をしていたら汗かいちゃった♪」


 お昼からエルフの男と何をしていたのかは聞く気はない。

 ここは淫魔の国。男女が二人でやることなんて大体想像がつく。


「元気なことですね」


「そうね。好きな男に抱かれるのは心地いいもよ。ヘイムもよく知ることだと思うけど」


 テミガーが口に手を当てクスクス笑っている。

 色々つっこみたいことがあるのだが、もう手遅れかと自分に言い聞かせた。


ユーゴ(あの男)のライバルは多くてよ? ルフ(彼女)の目を盗んで一回寝たくらいじゃ何も変わらない」


「そうですね。それぐらい分かっていますよ。女性の扱いに慣れた感じでしたし」


「へぇ……貴女にそこまで言わせるなんて、夜の方も上手なのねぇ」


 テミガーがそこまで知らないとは予想外だった。

 てっきり遊びがてらユーゴと寝たことがあると勝手に思っていた。

 少しの反省を含めて小さく「コホン」と咳払い。


 ――話題を変えよう。


 そう思った直後、テミガーから話題を変えてきた。


イア(妹さん)は大丈夫?」


「は、はい。最近は意識の混濁もなく、生活には支障ありません。自身が禁術を使っていた記憶もないようですし」


「そう。それならよかったわ」


 テミガーはそう言って微笑むとバスタオルで頭をふく作業を再開した。

 鼻歌交じりに作業を続けるテミガー。

 そんな彼女を見ていると、今までと違う感情がわいてきた。


「テミガー様。本当にありがとうございます」


 湧き上がってきた感情のまま、ヘイムは気づくと深々と頭を下げていた。

 身寄りのない自分たちを保護してくれたこと、裏切ったのにも関わらず、命を助けてもらい、再び幻影の館に雇ってくれたこと。

 生きてきて初めて、他人に対して素直に頭を下げた。


「今さら何言ってるのよ。気にしないでいいのよ。妹も助かって、貴女の初恋も見れてあたしは満足よ♪」


「初恋は放っておいてください」


「はいはい。そういうことにしておきましょう」


 肩をすくめたテミガー。そして突然思い出したように呟く。


「でも、夜王まで幻影の館(うち)で働くなんてねぇ」


「それは確かに想定外です」


 商業都市を襲った三大厄獣である『赤鴉』の来訪と同時に現れた夜王オルペイン。

 王の名を冠する聖獣はユーゴとの対決に敗れた後、テミガーからの脅しを受けて、正式に幻影の館の従業員となった。

 最初は何か抵抗するかなと思っていたが、想像以上にスムーズに事が運んだ。


 思惑でもあるのかと思ったが「人間の世に紛れるのもまた一興」と当人は初めての生活を楽しんでいるようだった。

 聖獣というのは、長く生きたせいか考えていることがよく分からない。


「まぁ、アレラトの負担が少なくなって、遊ぶ時間が増えたから満足だけどね」


「責任者がそれでいいんでしょうか……」


「いいの、いいの。みんな優秀だから♪」


 テミガーが鼻歌を再開。

 厨房の方へと向かい、何やら食べ物を物色し始めた。

 どうやらお腹がすいたらしい。


 ――まったく……この人は本当にマイぺースだ


 テミガーの自由人っぷりは今に始まったことではない。

 それでも最近は何か吹っ切れたのか、ますます自由奔放になっている。

 ユーゴと言い、神獣の子はみんなこうした自由人なのだろうか。


 出会った二人の神獣の子のせいで、どうも自分の中のイメージが崩れているような気がした。

 三年前に世界を救った英雄たちなのに、普段は威厳など全くない。

 それでもひとたび戦闘となれば、常人が到底理解できない次元の戦闘力を発揮する。

 国営に関わる神獣の子もおり、戦闘以外でも才覚を発揮していた。


 そんな彼らがそれぞれの想いを抱えて動く理由。

 ヘイムには何かが引っかかっていた。


「テミガー様」


「ん? なに?」


 小さなか赤い果実を片手にテミガーが振り返る。

 持っている物が今日の晩御飯であることは伏せておこう。

 言ったところで彼女は食べる。これは絶対だ。


神獣の子(テミガー様たち)は、何か共通の目的でもあるのですか?」


「うーん……そう言われると難しいわねぇ……三年前はお互いに殺し合ったこともある仲だし……」


 腕を組んでテミガーが悩んでいる。

 戦友であり、かつての敵。一言で表す方が難しいのかもしれない。


「でも、根底にあることは同じかもしれないわねぇ」


「と、言うと?」


 テミガーの静かな緑色の瞳がこちらを射抜く。

 僅かに口角をあげた赤い唇が言葉を紡いだ。


「後に続く全ての世代のために。これが今のあたしたちの目的なの」


「後世のためですか? 意外です。世界を変えられるほどの力を持っているなら、もっと自由にするのかと思いました」


「そうね。それもありかもしれないわね。でもね、神獣の子(あたし達)は神獣の時代を終わらせたの。だからいつか神獣の子の時代も終わるということ……だからそれまでに出来ることを……ってわけ」


 手に持った果実を一口食べるテミガー。

 味に満足したのか「相変わらず美味しいわぁ」と年寄りのようなリアクションをしていた。


「三年前の戦争に勝利したからこそ、結末が分かってしまったと?」


「そうよ。だから案外大した存在じゃないのよ。好き勝手に目的決めてやっているだけだから♪」


「その好き勝手が多大な影響を与えるんですけどね……」


 ヘイムが頬をかきながら苦笑い。

 どうやら神獣の子たちは周りが思う以上に自分のことを特別視していないらしい。


 ――だからかな……あのバカな男がこんなにも心に踏み込んできたのは……


 クスッと思わず笑いがこみあげてしまう。

 いつまた会えるか分からない赤髪の男は、先日何も言わず出て行ってしまった。

 今頃天馬の神獣の子(ラウニッハ)の頼みで天馬の国に向かっているのだろう。


 ――神の系譜


 そう呼ばれている最強の神獣の子はまるでただの便利屋のようだ。


 神の系譜。力の象徴。天相の申し子。大海の姫君。幻影の略奪者。


 神獣の子とはそれぞれ別の名前を持つ神獣の子(彼ら)

 規格外にして等身大。

 大きな矛盾を抱えながら、神獣の子(彼ら)は歩みを止めない。


 ――ワタシもそろそろ歩きださないと


 過去を抱えるのはもう終わりだ。

 イア()も戻って来た。

 少しずつだが、奴隷になる前の感覚を思い出している。


 もう迷わない。ようやく見つけたこの場所が失った全てを与えてくれる。

 ここで生きていくんだ。


 安らぎを求め、家族を求め、そして欲望のままに愛を求めた。

 これから何をするのか、それは何も決めていない。

 それでも未来のことを考えるのは久しぶりだ。


 高揚と期待。きっと今の自分は真っ直ぐ前だけを向いているのだろう。

 ヘイムはそう確信する。


 しかし、きっと自分の初恋が叶うことはないだろう。

 どうやら初恋が叶わないのは本当らしい。

 金と欲望の淫魔の国に生まれたのに、そんな迷信を信じる自分が今は無性に笑えた。


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