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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第3章 欲望の求愛者
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第16話 蒼炎の想い出

 

「いい動きじゃなぁ。しかしもう終わりか?」


 夜王オルペインの黄金の瞳が俺へと向けられた。

 血で創られた長剣を一振りして再び構える。

 想像以上の硬度を誇るあの血の剣を破壊するには、黄色い炎(二色目)では難しいようだ。

 それに夜王オルペインは闘術も得意らしく、動きのスピードは今の俺と大差がない。

 近距離戦で神獣の子と互角に戦えるのは、さすが聖獣と言うしかなかった。


「終わってくれると嬉しいんだけどな? 俺的にはもう解決しているわけだし」


 そう言って人差し指で空を指す。

 厄獣赤鴉はルフとテミガーが倒したようだ。

 赤鴉は三大厄獣の中でも純粋な戦闘能力なら一番低いと言われている。

 姿が言えないなど、特徴では群を抜いているが、ルフとテミガーの敵ではない。


「驚いたぞ。あの赤鴉(火の鳥)をこうも呆気なく倒すとはな。人間の進歩は素晴らしい。そして今、神獣の子(お主)のような困った存在がおる」


 夜王オルペインが血の剣の切っ先をこちらに向けた。

 自信に満ちた言葉の数々と興味を抱いた瞳。

 こいつは間違いなく『何か』を知っている。


「あんたの目的は俺の腕を調べること……だけど目的は神獣の子じゃない。あくまでユーゴ(俺個人)だ」


「天空王ティニリオスに『面白い』とまで言わせる人間。ワシが一度は敗北した『魔帝』を倒した人間。そして……『超越者』候補……これだけあれば興味を持つには十分じゃ」


「超越者だと?」


「なんだ知らないのか? ならば少し話をしてやろう」


 夜王オルペインは血の剣を足元の雪に突き刺して、灰色の空に指を向けた。


「この世界にはすでに『神』と呼ばれる者たちが存在している。そして今回の人間たちの武装グループに手引きしたのもそうだ。彼らの予想される目的の一つは、『超越者』と呼ばれる存在を見つけること」


 空へと向けられていた指先が今度は俺へと向けられる。


「そして一度神を殺した貴様は、その『候補』と言うわけじゃ。残念ながらワシの出会った神はそれ以上教えてくれなかった」


 ワシが出会った(・・・・)神?

 会話の中でもこいつは言った『神と呼ばれる者たち(・・)』と。

 まさか……


「この世界には複数の神が侵入しているのか?」


「頭の回転は悪くないらしい。ワシが出会ったのは『女神』と名乗っておったよ。今回の愛国者(武装グループ)に手引きをした神とは別らしい」


 確かにブラギッハは『魔神』と言っていた。

 問題は色々あるが、神が少なくとも二人いるってことが分かっただけで十分だ。


「細かい話は神とやらに直接聞くさ」


「勝手にするといい。しかしまだ戦いは終わらんぞ! もっと、もっと! 楽しませてくれ!」


 血の長剣を雪から取り出して、黄金の瞳を輝かせる夜王。

 さて、どうしようかな。

 白い炎(三色目)を使ってもいいけど、商業都市への被害を考えると得策ではない。

 一瞬で倒せるのならいいが、たぶん夜王オルペイン相手だと三色目では時間がかかる。

 四色目ならすぐに倒せるんだが……


「ユーゴ!!」


 上から呼ばれた。

 顔を上げると俺の赤い外套を着たルフが屋根からこちらに飛び込んできた。

 雪の上に着地した彼女が、破弓を夜王へと構える。


「珍しく苦戦?」


「相手は聖獣だからな。少しはするさ」


 ルフにそう返すと彼女の口角がわずかに上がる。


「あたしが結界張ればすぐに終わる?」


「そりゃ助かるな。向こうは俺の実力を見たいわけだし、お互いにいい話だと思う」


 俺たちの会話を聞いていた夜王オルペインが血の剣を肩に担ぐ。

 そして「ほぉ」と言って、ニヤリと笑った。


「ようやく見られるのか? 貴様の全力を!」


「まぁな。だけど安心しろ。殺さない程度にしといてやる」


 ルフが破弓を背中に戻して、両手を合わせた。

 俺の赤い外套が光り輝き、半透明の赤い球体がルフを中心に広がる。

 球体は俺と夜王オルペインすらも囲み、動くには不自由のない広さを確保した状態で止まった。

 ルフも結界内にいるが、俺の炎からは外套が守ってくれる。

 周りへの被害は、半透明の赤い球体の結界が防いでくれる。

 さて、いきますか。


「これが四色目だ」












「これが四色目だ」


 夜王オルペインは身体の底から湧き上がる感情を乗せて剣を構えた。

 目の前の赤髪の男の放つ魔力と圧が増加していく。

 黄色い炎は、一瞬だけ白色に。

 そして消えたと思った直後、この世のモノとは思えないほどの美しい蒼い炎がユーゴの身体からあふれ出した。


 感じる魔力も炎熱もさっきの比ではない。

 今のユーゴはさきほどまでとは全く別の生物と称して差し支えないだろう。


「美しい! そして素晴らしい! それが『世界を七日で滅ぼす蒼い炎』か!」


 竜の神獣の言い伝えを聞いたことのある者なら誰でも知っている。

 世界を七日で滅ぼす蒼い炎。

 色が変わる炎を操る赤い竜(アザテオトル)の最強の炎であり、最も危険な色だと。


「しかし、天空王から教わった『魔力吸収』は使っておらんの」


「あれは切り札だからな。お前が俺を『神獣化』させて、なおかつ苦戦させれば使うかもな。その代り、淫魔の国は滅ぶけど」


「ますます見たくなるではないか。貴様の本気を!」


 夜王オルペインは背筋がゾクッと寒くなるのを感じた。

 今の状態でもユーゴの強さはたぶん一線を画す。

 さらに神獣化、魔力吸収状態とまだ二段階上を残している事実が恐ろしかった。

 夜王オルペインは強くなればなるほど、ユーゴの身体にかかる負担が増加していくことは察していた。


 強大な力に危険が伴うのは当然のことだ。

 周りに被害が出て、自分にも負担がかかる。

 しかし全力でなくても倒せる相手が目の前。

 ユーゴがむやみやたらに本気を出さない理由なんてそんなものだ。

 そしてその判断は正しいと言える。

 彼が勝ち続ける限りは……


「見せてくれ! 『人間の到達点』を!!」


 夜王オルペインが足に力を入れた。

 素早く踏み込んでユーゴに切りかかるつもりだった。

 しかし夜王は驚愕する。


「なっ」


「どうした? 驚きか?」


 いつの間にかユーゴが目の前にいる。

 見えないとか、速すぎるとか、そんな次元の話ではない。

 まるで瞬間移動のように目の前に現れたのだ。


「ゆかい!」


 血の剣を左下から右上へと振り上げる。

 向こうが自らこちらの攻撃圏内に来てくれたのだ。

 後退する理由はない。


 ユーゴが剣の軌道に人差し指だけをたてる。

 蒼い炎が指にまとわりつき、蒼色の光を発しているようだった。


 ――なめるな!


 夜王オルペインは心の中でそう吐き捨てて、剣を渾身の力で振り切った。

 人間の血を媒介にしているといえ、魔力によって強度と切れ味は何倍にも増している。

 まともに当たれば一刀両断……のはずだった。


「なんと。これは驚き」


 夜王オルペインは思わず感嘆の声を出してしまった。

 自信を持って振ったはずの剣をユーゴは指一本で止めてしまったのだ。

 蒼い炎による力か、それとも四色目開放と同時に感じた急激な魔力な増大が原因なのか。

 どっちにしても、今のユーゴと夜王オルペインの間には『絶対的な差』があった。


「どうも」


 ユーゴが短くそう返して、拳を引いた。

 あとは真っすぐ突き出せば夜王オルペインの顔面を捉えるだろう。


「なんの!」


 夜王オルペインは血の剣を再び振るった。

 ユーゴが首をわずかに後ろに下げて回避。

 今可能な最大限の速度で剣劇を繰り出す。


 縦、横。フェイントを入れてからの突き。

 次々と攻撃を繰り出すが、ユーゴは全て避けて見せた。

 防ぐのではなく、完全な見切りからの回避。

 まるで自分(神獣の子)夜王(聖獣)の力の差を教えるかのように。


「大人しくしてもらおうか」


 ユーゴが消えた。

 視線を下げると雪の上に蹴りあとが残っている。

 魔術による移動ではなく、脚力による移動。

 それだけでもまるで消えたかのように錯覚する。


 ――どこに……!!


 夜王オルペインが周りの気配を探ろうとした瞬間。

 左の脇腹に衝撃。後ろに回りこんだユーゴの蹴りが内臓を揺らす。

 骨は一瞬で砕け、熱によって痛みが遮断された。


「が……!」


 息ができない。

 そして体勢を立て直すよりも早く、反対側からも蹴りをくらう。

 次は顎に衝撃。

 夜王オルペインの身体がオモチャのように宙へと浮いた。


 ――これほどとは……


 空中で灰色の空と向かい合った夜王オルペイン。

 その眼前に右腕を蒼い炎で覆った赤い瞳の男が現れる。


 まさに圧倒的。

 古代人たちから聖獣と崇められ、『夜王』と王の名を冠した魔獣ですら何もさせてもらえない。


 ――貴様が超越者候補の理由がよく分かった


 ジッとユーゴの顔を見つめる夜王に拳が振り下ろされる。


「これで終わりだ」


 ユーゴの声と同時に夜王の視界が黒く染まった。

















「テミガー!!」


「お留守番、ご苦労様♪」


 テミガーは目の前から駆け寄ってくるアレラトにそう返した。

 幻影の館が万が一使えなくなった時を想定して用意していた小さな館。

 昔は奴隷商人が使っていた館を掃除して整えただけだ。

 念のための非常食や数か月間の生活ができる。


遊女(みんな)は?」


「各自部屋で寝ておるよ。やはり記憶に障害があって何があったかは覚えていない」


 その方がいい。そう思ってテミガーは小さくため息。

 操られている時の記憶が無いのなら、ヘイムが裏切り者の記憶も無くなっていると思ったからだ。


「じゃあ、あたしも休もうかなぁ。さすがにちょっと疲れたわ」


 欠伸が出た。

 口元を手で隠して眠気のままに欠伸をしていると、アレラトがジッと見つめてきた。

 真っ直ぐな翡翠色の瞳にテミガーはそっと笑みを返した。


「どうしたの?」


「今回は済まなかった。ユーゴの兄貴とルフの姉御がいなかったら、今頃テミガーは……」


 どうやらアレラトは今回の一件に関して責任を感じているらしい。

 珍しく視線を逸らすアレラトにテミガーは歩み寄った。

 赤いマニキュアのついた指で彼の頬を撫でる。


「こっちを向いてアレラト」


 再び向けられた翡翠色の瞳の中に、淫魔の神獣の子の姿が映る。

 腰まで伸びた緑色の髪と同色の目の色。

 外見は普通の女なのに中身は世界に五人しか居ない化け物の内の一人。


「助けてくれてありがとう。心配してくれてありがとう。素直に嬉しかったわ」


 顔を歪めたアレラトがテミガーの身体を抱き寄せた。

 テミガーはアレラトの力強さに息苦しさを感じたが、今はそれすらも心地いい。


「もしもテミガーが居なくなったら……吾輩は……」


 耳元でアレラトが呟く。

 テミガーは実感する。

 誰かから愛されるのはこれほど素晴らしいのかと。


 淫魔の国で母親(淫魔の神獣)と育ったテミガーは、自分がどう生きるべきなのか定まっていなかった。

 ただ刺激が欲しい。そう安易な考えを三年前は持っていた。


 商業都市があったほうが面白い。


 そう考えたから、再建にも熱心だったし、同じ女性が自由を与えられないのは見過ごせなかった。

 身寄りのない女たちを集めて、幻影の館を経営した。

 徐々に大きくなっていく責任。

 両肩に重くのしかかる重圧。


 今まで一人で生きて来たテミガーには、その全てが苦しかった。

 自由気ままに生きたいと思ったこともある。

 神獣の子でなければ、窮屈に感じることもなかったのではと。


 他の神獣の子に比べるとテミガーは、自分の意志が弱いことを自覚していた。

 むしろ他の神獣の子は意志が強すぎるくらいだ。

 神獣の子として生きて、国営に貢献する天馬と狼の神獣の子。

 人魚の国で人魚と人間の懸け橋となった人魚の神獣の子。


 そして……最も重い罪を背負ってもなお、己の意志を貫く竜の神獣の子……


「ねぇ、アレラト。貴方には夢はある?」


「夢? 考えたこともない。しかし魔物の脅威が減った今では、選ぶことができるのかもしれない」


「その言葉を聞いて安心したわ。下の世代である貴方がそう思っているだけで」


 一年前の『あの日』

 神獣の子五人だけで集った『最後の日』

 テミガーたち四人は、ユーゴへ聞いたことがある。


 ――これからどうする気なのかと


 最強と謳われながらも、人間として生きることを決めた竜の神獣の子(ユーゴ)

 厄獣の掃討戦を終え、残りが駆除されるのは時間の問題だった。

 平和な世界を実現する過程だが、実現後の世界に神獣の子という存在はあまりに強大すぎたからだ。


 あの時、ユーゴはハッキリと答えた。

 その時の言葉を聞いて、テミガーは素直に尊敬したことを覚えている。

 いつしかユーゴ()の言葉は、神獣の子全員の言葉と意志へとなった。


 ――いつか神獣の子の時代は終わる


 それは悠然たる事実であり、神獣の子が神獣の時代を終わらせたことと同じなのだ。

 だからするべきことがある。

 背負うべきことがある。


 ユーゴはそう言って、自分の覚悟を口にした。


 まだその『覚悟』が彼を支えているのだろう。

 心臓が動く限り、魂が稼働し続ける限り、彼は神すら殺す美しい炎と共に歩み続ける。

 その先に未来があると信じて……


 テミガーはアレラトの胸へと顔をうずめた。

 今は神獣の子としてではなく、一人の女としてここにいる。


「ありがとうアレラト。あたしの傍に居てくれて。これからもよろしくね」


 素直な言葉を久しぶりに口にした。


 ――後に続く全ての世代のために……


 瞳を閉じて、大好きな男の腕の中で抱かれるテミガーの脳裏には、ユーゴが言ったその言葉が浮かんでいた。


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