第15話 赤鴉攻略戦
ルフは商業都市特有の大きな建物の上を飛び移りながら移動していた。
三階建て以上の建物が大半を占める商業都市は、周りを囲う外壁の高さも五か国の中でも屈指の高さだ。
三大厄獣の一角である赤鴉はもう間もなく商業都市の警戒圏内に入る。
「避難は順調みたいね」
眼下ではギルドを中心に街の人たちの避難が行われている。
商業都市で戦えるのはギルドの冒険者と各商人グループに雇われた者たちだけだ。
お互いに思惑などはあるだろうが、誰も街が滅ぶことを望んではいない。
ある程度の戦力は出してくれるだろう。
『――姉御! ルフの姉御!!』
どこからかアレラトの声が聞こえる。
雑音の混じった音であることを思い出した。
腰に付けたポーチに手を回して、黄色い魔石を取り出す。
アレラト別れる際に渡された魔石。
一定の距離までだが、離れた人と連絡を取れる高価な魔具だ。
幻影の館では沢山見かけたが、一体どれだけの予算を投資したのだろうか。
「聞こえているわよ。どうしたの?」
『今どこじゃ!? 街の中が大変な騒ぎじゃ! 赤鴉が来たとか……』
いつもよりも早口でかなり焦っているらしい。
「状況は分かっているわ。視界に赤鴉も見えてる。それよりも遊女の避難は完了した?」
『そ、それは完了しておる』
「じゃあアレラト君は、皆と一緒に居てあげてね。不安にならないよう、しっかりと面倒を見ること」
『しかし……ユーゴの兄貴もテミガーもまだ戦闘中じゃ。吾輩も参戦して足止めを……』
「それはあたしが引き受ける。今の君の仕事は遊女の人たちを安心させることなの」
『だが……!』
アレラトがまだ何か言いそうだったので、ルフは魔石を握りつぶした。
これ以上会話をする必要はない。
彼には彼のするべきことがある。
ルフが見上げると、人を乗せるには十分な大きさをした火の鳥が商業都市に近づいて来た。
敵の接近に反応して、商業都市の迎撃装置が発動する。
街全体から魔力の塊が伸びて、赤鴉へと放たれた。
魔力のミサイルが次々と打ち込まれて、厄獣が光に覆われる。
迎撃装置の魔力がある限り攻撃は続くが、さっきから感じる厄獣の気配は一向に衰えない。
ルフは攻撃の射程圏内に赤鴉を捉えると、建物の上に乗ったまま、背中から破弓を手に取った。
「カアアアア!!!」
耳をつんざくような叫び声。
赤い炎が光の中心から溢れ出して、魔力のミサイルを全て弾き飛ばしてしまった。
三大厄獣に共通して挙げられるのは、強固な防御手段。
もしくは攻撃されにくい魔法が使えることだ。
だからこそ三大厄獣は神獣の子らによる総攻撃を生き抜いた。
生半可な防御力なら数百体の厄獣や魔物たちと共に『災厄の七日間』で滅んでいたのだから。
「今度こそ逃がさないわよ」
ルフがそう呟いて、破弓の弦を最大限に引いた。
移動中も少しずつだが魔力を溜めていた。
厄獣相手に出し惜しみなど不要。
今ある全戦力を使って迎え撃つ。
――魔力完全解放
借りているユーゴの赤い外套が溜めた魔力を受け取る。
外套が赤色の発光を示すと同時に、身体中に力が漲った。
溜めた魔力量だけ能力を強化できる魔力完全解放。
魔力量の分だけ、強化される能力の幅も、時間も自由に采配できる。
能力を強化すれば発動時間は短くなり、発動時間を長くすれば強化される幅は小さくなる。
今回のルフは能力強化に全魔力を回した。
破弓の黒い胴体に蒼いヒビが入る。
蒼い半透明の矢が生成されると、『バチバチ』と音をたてた。
現状撃てる最大火力の矢で赤鴉に狙いを定める。
「いけ!」
覚悟を決めて弦から手を放す。
蒼い半透明の矢が赤鴉へと真っ直ぐ伸びていく。
さらに空中で無数に枝分かれして、回避不可能な本数で襲いかかった。
一本一本が触れた魔物を跡形もなく消し飛ばすことが可能な威力。
それが数百本となり灰色の空を覆った。
「ガアア!!」
自分を攻撃する存在に気が付いた赤鴉が口ばしから炎を放つ。
矢の数を減らそうと試みるが、全てを消し去ることは不可能。
迎撃を免れた蒼い弓矢たちが赤鴉の炎の身体を貫いた。
「チッ。数が足りないか」
ルフは思わず舌打ち。
赤鴉の身体を数十本の矢が貫いた。
しかし貫いただけで、身体の一部分が残ってしまった。
赤鴉が『不死の火の鳥』と呼ばれる理由。
それは身体を生成している炎が少しでもあれば、身体を完全な形で再生することができる。
完全に倒すためには、おそらく一撃で身体の全てを消し去る必要があると推測されていた。
「今がチャンスなのに……」
ルフがボソッと呟く。
一撃で倒すには強固な火の羽毛を貫く攻撃が必要だ。
ただ臆病な性格で正面から攻撃してくるのは珍しい。
今こうして自分と対峙しているだけでもチャンスなのだ。
ルフは新しく魔力を溜め始めるが、それよりも早く赤鴉の身体が白い光に包まれる。
「まずいっ」
ルフは破弓の弦を引いて矢を放つ。
しかし威力を落とした攻撃は簡単に火の羽毛に弾かれてしまう。
当然だ。この程度の攻撃でダメージを与えられるのなら、一年前に神獣の子たちは厄獣を逃したりはしない。
それでも今は牽制をするしかなかった。
「クカカ!!」
赤鴉の火の身体が強い光を放つ。
商業都市の雲の分厚い空を明るくさせるほどの発光。
ルフは目を細めて厄獣から視線を外さない。
光が徐々に収まっていくと同時に炎の胴体が半透明になっていった。
「この……!!」
ルフは得意の早撃ちで弓矢を飛ばす。
しかし矢は先ほどまで赤鴉いた場所を空しく通り過ぎるだけだった。
そして厄獣が姿を消した。
「相変わらずのビビりね」
ルフは姿の見えなくなった赤鴉をそう評した。
原理は一切不明でどんな魔法なのかも、すべてが謎に包まれている赤鴉だけが備える迷彩能力。
目視で姿を見つけることは非常に困難であり、発見には探索魔法等の手段が必要となる。
「だけどなんで単独で……」
ルフは姿が見えなくなった赤鴉にある疑問を拭えないでいた。
それは臆病な厄獣が正面からやってきた理由だ。
姿を隠して近づいてきたのならまだわかる。
しかし赤鴉は正面から堂々と攻めてきた。
迎撃を受けて、思い出したかのように迷彩能力を使用。
そして今も姿を潜めている。
このまま去ってくれればと思うが、おそらくそれはないと確信していた。
――商業都市の『何か』に惹かれてきた? それとも脅えて?
厄獣たちには共通して『ある習性』がある。
その習性がなぜそうなのかは分からない。
ただそれが理由で竜の国の『黄昏の僻地』は一年前の掃討作戦の場所に選ばれることになった。
――厄獣の習性で現れた? だったら次に赤鴉が狙う場所は……
ルフはバッと振り返る。
目を凝らして商業都市の中心に設けられた巨大な二本の円柱に視線を移した。
転移魔法の門となる二本の円柱は見上げると首が痛くなる。
三階建てを中心とした商業都市の建物とも遜色ない高さだ。
建物の屋根伝いに移動すれば、同じような高さには登れるだろう。
ルフが建物の屋根を飛び移って、転移魔法の門へと近づく。
急ぐ彼女をあざ笑うかのように頭上を赤い火柱が通過した。
「やっぱり狙いは転移魔法の門か!」
ルフは屋根に着地すると同時に反転して破弓を構えた。
火柱が放たれた箇所に向かって蒼い半透明の魔力矢を放つ。
「グアア!?」
回避が間に合わなかった赤鴉の羽にわずかに掠った。
何もない空間から矢が直撃した炎の羽の端だけが見えた。
一年前も言われていたが、迷彩能力を発動中は防御力が著しく低下するらしい。
迷彩能力は便利で厄介な能力だが、万能というわけではない。
「門は!?」
ルフは再び振り向いて転移魔法の門を確認した。
幸いなことに門の周りには結界が張られており、赤鴉による攻撃は防いでいた。
動力に使われている神力が漏れ出すと周りにどんな影響を与えるのか分からない。
だから狙われた時のために結界を張っていたらしい。
ただし次の攻撃を防ぐことのできる保証はどこにもない。
相手を先に見つけて叩く必要があるが、先に見つけるのが困難な相手ときている。
「避難は……」
「もう周りを気にしなくてもよろしくてよ?」
上から声をかけられた。
聞き覚えのある声に「はぁ」とため息。
劣勢と言うわけではないが、来てくれるだけで神獣の子の存在は安心させてくれる。
「ため息なんてらしくないわね」
隣にフワリと着地したテミガーが緑色の髪を耳にかける。
「どこにいるか分からない魔獣の相手が少しめんどくさくて」
「それもそうね。ただ街中での戦闘はある意味、神獣の子の苦手とする分野なのよねぇ。もちろん……あなたも」
テミガーが妖艶にほほ笑み、ルフを見つめた。
その表情に全てを悟ったルフは、破弓を空に向かって構えた。
魔力完全解放を使うには魔力のチャージが間に合っていない。
しかしもう倒す必要はない。
――場所さえわかれば……!!
ルフの全力の魔力を受け取った破弓の黒い胴体に再び蒼いヒビが入る。
選んだのはブラギッハの屋敷で使用した拡散型の矢。
普通なら街中でそんなものを放てば甚大な被害を招いてしまう。
ただ隣のテミガーは呑気に鼻歌を歌っている。
建物の上に立っているルフには見えづらいが、住民の避難を行っていたギルドの冒険者たちが参加しない理由。
もちろんルフの存在に気が付いて参戦をやめた者もいるだろう。
ただ本当の理由は、テミガーがそれを制したからだ。
今頃戦えるものは魔具を使って結界を発動させるなどして、商業都市への被害を最小限に止めてくるはず。
「思う存分やっちゃって♪」
テミガーの言葉と同時に破弓に送られる魔力が最大値をむかえる。
「言われなくても!」
ルフが弦から右手を放すと、高速で蒼い半透明の矢が空へと昇っていく。
灰色の空を貫通してさらに上昇していった。
そして蒼い光が商業都市の上空で輝く。
無数の枝分かれした魔力矢が雲を切り裂いて流星のように降り注ぐ。
商業都市全体を覆うほどの矢の量にテミガーが「わぉ。さすがは流星の女神♪」と茶々を入れていた。
テミガーのリアクションを無視して、ルフは周りの様子をうかがう。
もう逃げ場はない。
どこかの矢が姿を隠している赤鴉に当たると思ったからだ。
「カアア!!?」
予想は見事的中。
一部の矢が迷彩効果で姿を消す厄獣に直撃した。
「テミガー!! 左後ろ!」
「了解♪ 神獣化」
姿を確認したテミガーが神獣化を発動させる。
緑色の魔力がオーラのように溢れて、彼女の身体を包み込む。
「臆病なのに出てくるからよ」
両手には刀身が半透明の魔力剣が握られている。
近づいて直接攻撃を仕掛ける気かと思ったら、テミガーは両方を赤鴉に向かって投げてしまった。
彼女が両掌を合わせると二つの魔力剣が合体して巨大な一つの剣となる。
赤鴉の身体をに突き刺さった魔力剣は、テミガーの手元を離れても形を保ったままだった。
「これでいかがかしら?」
テミガーが指をパチンと鳴らす。
赤鴉に突き刺さった魔力剣の輝きが増していく。
魔力が暴走しているようだ。
「準備万端の商業都市に来たのが敗因よ」
テミガーの言葉と同時に魔力剣が巨大な爆発をおこした。
爆発に巻き込まれて、赤鴉の炎の身体も跡形もなく吹き飛んでしまった。
ルフは思った以上に呆気ない終わりが逆に不気味に感じた。
「厄獣もこっちが有利な状況で戦えばこんなものなのね」
「一年前は他にも色々いたからよ。真正面からの戦闘ならこんなものよ」
テミガーが両手を上へと伸ばす。
身体の関節が伸びて気持ちがいいのか、「のびるわぁ~」と呑気な声を出していた。
「ユーゴは?」
「珍しく男に誘われたみたい」
「夜王と戦闘中?」
「たぶんね。いくんでしょ?」
ルフはテミガーの言葉に頷いた。
破弓を背中に戻し、ブラギッハの屋敷の方を見る。
屋根を伝っていくから少し時間がかかるかもしれない。
そう思ったとき、テミガーがある提案をしてきた。
「あたしの魔術で運んであげましょうか?」




