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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第3章 欲望の求愛者
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第14話 夜の王は血と共に

 

「なぜだ……私は……」


 俺の右腕がブラギッハの腹部に突き刺さっていた。

 何かをブラギッハが呟くが、膝の力が抜けて身体がくの字に折れ曲がる。

 三色目の白い炎に貫かれたんだ。

 重傷なのは間違いない。


 ただし息はまだある。

 殺し損ねたわけではない。

 わざと瀕死で止めた。


 まだこの男には色々と聞きたいことがあるからだ。

 ブラギッハの身体を黒いレンガの上に寝かす。

 右腕が直撃した腹部は内臓まで真っ黒に焦げていた。


「ふぅ……が……」


 苦しそうにブラギッハが唸る。

 息をする度に肺から「ヒュー」と空気が抜ける音が聞こえた。

 どうやら熱で肺の一部が溶けてしまったらしい。

 一応治癒魔法をかけて肺の傷だけ塞ぐ。

 話ができないと生かした意味がない。


「これで話せるな」


「私を生かしてどうするつもりだ……?」


「質問に答えたら命は助けてやる。一応商人グループ筆頭のお前が居なくなると商業都市全体のバランスが崩れそうだしな」


 ブラギッハの瞳に少しだけ生気が戻る。

 今言ったことは嘘だ。

 もちろん必要な情報を貰ったあとは死んでもらうつもりだった。

 放置するにはあまりに危険すぎる。


「何を聞く気だ……?」


「お前たち愛国者の裏にいるのは誰だ? さっき言っていた魔神とかいう奴か?」


 戦闘中にブラギッハが口にした『魔神』というワード。

 その言葉がずっと頭に引っかかっていた。

 三年前、神獣の子(俺たち)は魔帝アムシャティリスを殺した。


 神界と呼ばれる場所で生まれた俗に言う神という存在だ。

 神獣の子(神を殺した存在)を同じ神界の者たちが放置するだろうか?

 放っておけるわけがない。


 何かしらの方法で接触を図って来ることは明白だった。

 問題はそれがどんな形なのか。

 友好的なのか、敵対的なのか。

 内容によっては、この世界の今後に関わることだ。


「魔神か……あの者の考えは分からない。我々に神器の知識を与えて魔物をくれた……しかしそれ以上は何もない……」


 ブラギッハがうわ言のように呟く。

 どうやら神界からの干渉は始まっているらしいが、本格的な侵攻には至っていないらしい。

 まだ様子見と言ったところか。

 それとも神界側もどうするべきなのか決めかねているとか?

 初めての事態ならばそれも考えられる。


「ただ……我々には次の計画がある。ここで私を倒したことはマズかったかもしれんな……」


 ブラギッハが口端を吊り上げて、蒼い瞳でこちらを睨む。

 瞳に宿るのは明確な意志。

 そして相手の体内の魔力が急速に高まっていく。


「どういうことだ?」


「計画は次の段階に移行している。妖精王はすでに我らの手の中!! 我々は愛国者! 貴様ら神獣の子から、世界を取り戻す者だ!!」


 ブラギッハがそう叫び体内で魔力が弾けた。

 身体が爆散して赤い液が飛び散る。

 その瞬間に両手で顔を覆って、火属性の魔術で炎の壁を展開した。

 どうやら負けた時の罠で、爆裂魔法を体内に仕込んでいたらしい。

 俺が生かす気がないのもお見通しか。

 さすがは商人。腹の探り合いは得意のようだ。


「あっけない最後だったわね」


 後ろから声をかけられた。

 振り返ると緑色の髪を揺らして、テミガーが立っていた。


「潔く死んでいったな」


「なんか意外よねぇ。もっと抵抗するのかと思った」


 テミガーが肩を竦める。

 確かに強引な形で計画を推し進めた割に最後はあっけなかった。

 それに『次の計画』というのも気になる。


「色々とまた面倒なことが起こりそうだな」


「ホントにあなたって、何か憑りつかれているんじゃない? じゃないとこんな旅先で次々と厄介事に巻き込まれるなんてありえないでしょ」


「人を厄病神みたいに言うな。日頃の行いはいい方だぞ」


「それは絶対嘘ねぇ。日頃の行いがいいのなら、あなたの周りの女性陣はもっと泣かずに済むはずよ♪」


 テミガーに笑顔でそう言われ、言い返す気も失せた。

 ここで口ケンカしても始まらない。

 勝手に自分の行いがいいと信じることにしよう。


「俺の周りの話を置いといて、さっさと地上に戻ろうぜ。イアちゃんも正気に戻ったみたいだし」


 そう言って少し離れたとこにいるヘイムとイアを見る。

 白髪の姉妹は部屋の隅で大人しくしていた。

 多分テミガーが戦いに巻き込まれないよう指示を出したのだろう。


「ホント、あたしが来なかったらどうするつもりだったの?」


「そんときは『魔力吸収』で全部吸い上げてリセットしたさ」


「そんなことだと思った。あたしが来て正解ね。極端な負荷を身体にかけずに済んだんですから」


「そうだな。その点では感謝している」


 俺が神獣化を行えば、色々な能力が解放されるが、一番の切り札は『魔力吸収』と呼ばれるものだ。

 人の枠を超えて神の領域に足を踏み入れる為の能力。

 そして天空王ティニリオスから教わった秘密の業でもある。

 父である竜の神獣(アザテオトル)もその能力を使って、太古の昔には魔帝アムシャティリスを封印することに成功していた。


 まさに正真正銘の切り札。

 それを使って、イアの魔力を吸収して、精神に『負荷をかけたモノ』まで取り込むつもりだった。

 結果的にはテミガーのおかげで解決したんだけど。


「とにかくだ。一度地上に戻ろう。ルフとアレラトとも合流しないとな」


「そうね。イアちゃんも安静な所に連れて行かないと……」


 テミガーがそう言って、白髪の姉妹に視線を移した時だった。

 天井に亀裂が入り、何かが崩れる音がした。

 顔を上げると頭上のレンガが崩壊を始めている。


「急ぐぞ。最後の罠かも」


「しつこい男はこれだから嫌いなの」


 ため息に混じりに感想を言うテミガーと共に闘術を使って、ヘイムたちの傍へと移動する。

 そして地下空間の崩壊が始まった。

 崩れる天井からは、黒いレンガが次々と落ちてくる。

 このままじゃ生き埋めになってしまう。


「テミガー。二人を守れ」


「はいはーい」


 軽い返事のテミガーは簡易的な結界をヘイムとイアにかけた。

 半透明の球にヘイムたちが包まれたことを確認してから、天井へと右腕を向けた。


「一気に脱出するぞ」


 右腕から赤色の火柱を放つ。

 天井の黒いレンガを溶かして、あっという間に地上へと繋がる道ができた。


「ヘイムは妹の身体は離さないでね」


 テミガーがヘイムに注意を促すと風属性の魔術を発動した。

 身体をフワッとした浮遊感を包み込み、足が床から離れる。

 風属性の魔術を応用した移動の為の魔法。


 急速に身体が浮上して、地上へと到達した。

 着地はどうするのだろうと思っていたら、テミガーがさらに魔術を発動させて落下の速度を減速させた。

 足元を見ると、崩壊した屋敷の煉瓦の山。

 どうやら地下の崩落に合わせて地上の屋敷も崩れたようだ。


 そのまま屋鋪の残骸に着地。

 すると聞き覚えのない男の声が聞こえた。


「素晴らしい。この程度は全く問題ないようじゃな」


 その声に警鐘が頭の中で鳴る。

 理由は簡単。明確な殺意が俺たちに向けられていたからだ。

 そしてその殺気が一気に近くなる。


「テミガー! 二人を守れ!」


 テミガーに指示を出すと、殺気のする方へと視線を動かした。

 視線の先には銀髪の男。

 雪景色の馴染んだ銀色の髪を揺らし、黄金の瞳には殺気をこめていた。

 突然の襲撃だったが、なぜか殺意は俺にしか向けられていない。

 色々と疑問が浮かんだが、降りかかる火の粉は振り払うのが世の常だ。

 黙ってやられるつもりはない。


「通り魔はご退席願おうか」


 眼前に迫る男に向かって拳を下から上へと振る。

 しかし男は身体を少しだけ横にそらして回避。

 最小限の動きで回避したことから判断するに、こちらの攻撃を完全に見切っている。


「そぉら!」


 謎の掛け声ともに男が右腕を雑に横へ振った。

 かなりの大振りで、鼻先一枚で躱した。


「ふっ!」


 小さく、だけども鋭い動きで男の右足が振り上げられる。

 相手の足の甲が俺のアゴに向かって伸びてきた。

 その足の動きに合わせて後方へとジャンプ。

 とりあえず男との距離をあけた。


「身体さばきはまずまず」


 男は振り上げた足を元に戻すと、暗闇でも輝くであろう、黄金の瞳でこちらを見る。

 まとう雰囲気は不思議な感じだが、風貌はどう見ても普通の人間だった。

 ブラギッハの仲間か? 


「おっと、名乗るのが遅れたな。ワシの名は夜王オルペイン。人間どもで言う、王の名を冠する聖獣の一角じゃよ」


 予想外の答えに一瞬だけ困惑。

 まさかこんな所で聖獣に会うなんて、もちろん想定をしていない。


「そんな大物がどうしてこんな所にいる? しかも俺たちを待っていたのか?」


「待っていたというのは半分正解で半分外れじゃ。後ろの女どもに用はない。ワシが待っていたのは貴様じゃ。赤髪の冒険者」


 夜王オルペインはそう言って瞳を細めた。

 聖獣にストーカーされる覚えはないが、俺と聖獣の関係から察するに『天空王ティニリオス』が絡んでいるらしい。


「天空王ティニリオスから何か聞いたのか?」


「やはり天空王が『面白い』と言っていた人間は貴様か。これは大当たりじゃ! あの天空王にそこまで言わせる貴様に興味がある!」


「俺は興味ないから見逃してもらえると嬉しいんだけど? 早く帰ってお酒を飲みたいし」


「それは無理な相談じゃな。ワシは竜峰に住むドラゴンの素材を利用した商人の男の討伐も、天空王から依頼されていた。それが貴様のせいで無駄足に終わってしまった。ワシの顔を潰してどうするつもりじゃ?」


 どうやら聖獣同士で勝手な取引があったらしい。

 この夜王はドラゴンの素材を流用したブラギッハへの報復のために、天空王が寄越したと考えるべきか。

 ただ夜王オルペインは俺に興味があるらしい。

 はた迷惑な話だ。


「あんたの面子なんて知るか。言葉で説得できないのなら、力で黙らせるだけだ」


「良い心がけじゃ。ただ……あまり時間はないように思うぞ?」


 夜王オルペインがそう言って後方の空を指さす。

 そう言えばさっきから商業都市全体がやけに騒がしい。

 周りに意識がいっていなかったら気づのが遅れた。


「これはまた珍しい来客ね」


 テミガーがいつもの口調で言った。

 しかし言葉にはわずかな緊張が含まれていて、俺も振り返って空を見た。

 そして理由はすぐにわかった。


「赤鴉か」


 雲のかかった空を飛ぶ炎をまとった赤い鴉。

 まるで何かを探すかのように商業都市から少し離れたところで旋回を続けている。

 あのまま去ってくれることが一番なんだけど。


「なおのことお前を相手している場合じゃないようだ」


 俺の言葉を聞いた夜王オルペインがニヤリと口端を上げた。


「そんな寂しいことを言うな。むしろこの方が見れるじゃろう?」


「なにを見る気だ?」


「貴様の本気をじゃ」


 夜王オルペインの赤い影のようなモノが伸びる。

 範囲から逃れようにも影が急速に四方へ広がっていく。

 どうやら逃げることは許してくれないらしい。


 交渉するよりも黙らせた方が早そうだ。

 たぶん赤鴉の方には、もうルフが向かっているはず。

 俺も目の前のことに集中しよう。


「テミガー。ヘイムたちを連れていけ。ここは俺が残る」


「二対一で戦った方がよくなくて?」


「俺をご指名だ。あと赤鴉の『能力』を考えると、お前の力は必要だ。ルフに力を貸してやってくれ」


「はいはい。撃退できるように頑張りましょうか」


 テミガーがそう言って、ヘイムたちを連れて風属性の魔術を使ってこの場を離れる。


「ようやく応じてくれる気になったか。赤髪の男!」


「どうせあんたも(これ)で語り合うタイプだろ?」


 拳を握って夜王オルペインの前にかざす。

 拳で語る脳筋タイプは『狼の神獣の子(ベルトマー)』だけでお腹一杯なんだけどな……


「ワシは知性のある方じゃぞ? 馬鹿な『妖精王』と一緒にせんでおくれ?」


「説得力ないからもう黙っとけ」


「つれないのぉ」


 肩をすくめた夜王。

 ここら一帯の足元が赤いことは気になるが、目の前の男を倒せば問題ないはずだ。


 足に魔力を回して、地面をける。

 まずは一色の赤い炎から。

 近づく途中で赤い火柱を夜王へと放つ。


「いい判断じゃ」


 夜王オルペインがそう呟き指を鳴らす。

 次の瞬間、足元の赤い影から壁が飛び出した。

 魔力で生成されたものではなく、物理的な赤い壁だった。

 壁は見事に炎を防ぎ、全てを防御した後、崩れ去った。

 そして鉄分を含んだ独特の生臭さが鼻にまとわりつく。


「これは『血』か?」


「ご明察! これがワシの能力『血操(けっそう)魔法』。その名の通り血を操る魔法じゃ。ワシは吸血鬼の魔獣なのでな」


「なるほどね。庭で死んでいた男たちの血を流用したのか」


「それも見破るか。来てみたら男たちの死体が転がっていて助かったぞ。凝固した血ですらワシは操ることができる」


 夜王オルペインの足元から血が飛び出して、奴の掌に集まっていく。

 徐々に形を織りなして、全てが赤い、赤紅の剣へと姿を変えた。

 刀身が魔力を帯びているのか、わずかに赤く輝いていた。


「さぁ! もっと、もっと! ワシを楽しませてくれ!!」


 文字通り黄金の瞳を輝かせて、夜王が雪上を駆け抜けた。


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