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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第3章 欲望の求愛者
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第13話 欲望の終わり

 

「ルフの姉御! 今の者で最後じゃ!」


 屋敷の中から出てきたアレラトが駆け寄ってくる。


「了解。じゃあアレラト君はみんなを隠れ家まで案内してあげて」


「任せておけ!」


 アレラトが雪の積もった庭を疾走する。

 雪上でも平地と変わらない動きを見る限り、すっかり淫魔の国に適応したらしい。

 ルフとアレラトは地下で独房に入れられていた遊女たちを解放。

 さらにテミガーがいざという時のために用意していた隠れ家までの誘導が任務だった。


 ルフは場所を聞いても分からないので案内と護衛はアレラトに任せることにした。

 心転術で操られた遊女たちは思った以上に抵抗しなかった。

 意識はまだハッキリとはしていなくても、足取りに問題はないからそのうち元に戻るはずだ。


「さてっと」


 ルフはユーゴから借りている赤い外套を着なおして屋敷を見た。

 今頃地下ではテミガーとユーゴが戦っているはず。

 助太刀にいくのもありだが、神獣の子二人がかりで倒せない方が問題だ。

 それよりも相手は狡猾な商人であることを考えれば、まだ秘策があっても不思議ではない。


 ――あたしは念のために待機かなぁ


 ルフがぼんやりと次の行動を決めた時だった。


「ほぉ、破弓の使い手と会えるとは」


 上から声。

 ルフが顔を上げると屋根の上に一人の男がいた。

 風に揺れる銀色の髪と暗闇でも輝くであろう黄金の瞳は、どこか浮世離れした雰囲気をまとっていた。

 ルフは破弓を素早く構えて、狙いを定める。


「おいおい待て。ワシは敵ではないぞ」


「味方でもないでしょ? ブラギッハ・ヴォ―ニアの関係者?」


「味方ではないか……確かにそうかもしれんなぁ。関係者かどうかと言われれば違う。ただ用はある」


 ブラギッハはヘイムたちを奴隷にして暴虐のかぎりをつくすような男だ。

 他の者から恨みだって相当買っているだろう。

 目の前の男のように『用がある者』のは沢山いるはずだ。


「少し『天空王』に頼まれてな。ブラギッハとかいう人間がドラゴン(同胞)の身体を素材にしたとか。それに対しての報復を少し」


 男はいつの間にか右手に持っていたリンゴを一口かじった。

 あまりに無警戒な男にルフは疑念の視線を向ける。


「なぜあなたが『天空王ティニリオス』に頼まれたのか知らないけど、報復はもう無意味よ。今頃あたしの知り合いがぶっ飛ばしているから」


「ほぉ……」


 男は屋根に座ったまま、興味深そうに呟いた。

 身を乗り出して、本当に興味津々の様子だ。


「破弓の使い手よ。どうして『天空王』の名前を知っている? あの隠居ドラゴンの名を知る人間など……もしや、『赤髪の男』の仲間か? だとすればやはり来たかいがあったと言うものじゃ! ワシの予想は正しかった!」


 男はおもちゃを見つけた子供のような笑みを見せる。

 屋根の上で立ち上がり、リンゴを空高く放り投げた。


 ――この男、ユーゴに用なの?


 天空王ティニリオスとユーゴは知り合いだ。

 三年前の戦争の最終局面に行われた海都での決戦。

 その前にユーゴに修行をつけたのが天空王だ。


 天空王(あの黒いドラゴン)竜の神獣(アザテオトル)と友達だ。

 それが理由でユーゴも偶に顔を出している。

 依然ついて行ったときにルフも話はした。

 世界への干渉には全く興味はなく、竜峰で大人しく暮らす聖獣のドラゴンと……


「目的は何?」


 ルフは破弓の弦を引く右腕に力を込める。

 敵ではないが不審者に変わりはない。


「そう殺気をまき散らすな。ワシの名は『夜王オルペイン』じゃ。人間どもに聖獣と呼ばれる王の名を冠するモノの一角。『妖精王』のように世界をどうこうする気はない。だからここはワシの娯楽の為に見逃してくれかの?」


 夜王オルペイン。

 その名を聞いて、ルフの背中にジワリと汗が滲む。


 伝承の中でしか存在していない夜王。

 そんな大物が目の前に現れるとは予想外だったからだ。 

 目覚めたのは神獣の子の影響だろうか。


 敵意は無いようには見える。

 目的をバラしてもなお、夜王オルペインの興味はユーゴにあるらしい。


「夜王なんて大物を目の前に大人しくすると思う?」


「まぁそれも一理あるのぉ。ただ……そんな余裕はないと思うぞ?」


 夜王オルペインがルフの後方の空を指さす。

 同時に商業都市全域からどよめきが上がった。


 ――なに? 何が来ているの?


 ルフは首を捻って反対の空を見る。

 そして驚愕。


「うそ……あれって……!!」


 灰色の空の中に火の鳥が飛んでいた。

 巨大な鳥の躯体と全身を深紅の炎で覆う鴉。

 まだ距離はあるが、その『魔獣』は確実に近づいていた。


「人間どもは『三大厄獣』と言っていたかの? 見えるだろう? 不死の火の鳥『赤鴉(あかがらす)』の姿が」


「もしかしてあんたが……!」


 ルフが再び夜王オルペインの方を向く。

 しかしそこに夜王の姿は無かった。


 ――やられた。この忙しい時に……!


 ルフは心の中で舌打ちをした。

 ブラギッハの相手をしている最中に聖獣と厄獣の襲来など、完全に想定外だ。


「落ち着いて……考えて……何が優先?」


 自分にそう言い聞かせて頭に昇った血を鎮める。

 ユーゴは自力で何とかするだろう。

 淫魔の神獣の子(テミガー)に関しても同様だ。

 ブラギッハと夜王オルペインは向こうに任せてしまおう。


「なら問題は……」


 ルフはまだ商業都市から距離のある空を飛ぶ赤鴉を見た。

 厄獣の相手は流石に分が悪い。

 しかも相手は『不死の火の鳥』と呼ばれる魔獣だ。

 食い止めるだけでも至難の業だろう。


「ええい! うだうだ言っても仕方がない!」


 ルフは覚悟を決めて、破弓を背中に戻した。

 まずはアレラトと合流。

 そしてユーゴたちが来るまで足止めをおこなう。

 合流後は一斉攻撃で殲滅。

 それしかないと判断したからだ。


「早くケリつけなさいよ」


 ルフは屋敷の地下で戦う男へ向けてそう呟くと、商業都市の街中へと急ぐのだった。













「可愛らしい寝顔ね」


 テミガーは自分の腕の中で眠るイアを見てそう呟いた。

 本気を出したテミガーの前では、イアの能力など赤子同然だ。

 勝つのは簡単だが今回はそれだけではいけない。


「テミガー様、イアは助かりますか?」


 傍に近づいてきたヘイムが心配そうに聞いてきた。

 心転術により負担のかかったイアの精神はもう崩壊寸前だ。



 ――それでも諦めるわけにはいかない。あたしは……淫魔の神獣の子なんだか


淫魔の神獣の子(あたし)に任せなさい」


 テミガーは力強くそう返すと、イアの首筋に唇を合わせた。

 そして甘噛み。

 神獣化を使用したテミガーは、オーラのような緑色の魔力に身体を包まれている。


 神獣の子だけが可能な神獣化。

 身体の中にある『門』から神力の力を引き出して、一定時間のみ飛躍的に能力を高める業だ。

 神獣の子の切り札ともいえる業だが、強大な力と引き換えに身体にも大きな負担がかかる。

 長時間の使用は、神獣の子にとっても危険だった。


 そんなリスクを冒してまでも使った神獣化に誓って必ずイアは助ける。

 テミガーはそんな決意を胸に、魔力を一気に束ねた。

 甘噛みした口元に緑色の魔力が集まっていく。


 魔力の譲渡による生命力の活性化。

 神獣化を行ったテミガーはイアの小さな身体に魔力を注ぎ込んだ。

 常人なら死にかねない魔力量も、心転術の使い手として覚醒したイアなら耐えるかもしれない。


「ああああああ!!」


 魔力を受け取ったイアが苦しそうに叫ぶ。

 テミガーが強引に身体を抑えつけた。

 身体の修復ではなく精神の健全化は容易ではない。

 今頃イアの精神は破壊と再生を急速なスピードで繰り返していた


「イア! 大丈夫! この人たちは私たちの味方よ!」


 ヘイムがイアの傍に座り、小さな妹の手を両手で握る。

 イアの赤い瞳がうすく開き、姉であるヘイムへと向けられた。


「お姉ちゃん……ごめんね……ごめん……」


 額から汗が吹き出す。

 苦痛で顔を歪める少女の瞳から涙が溢れて頬を伝う。

 テミガーが最後の魔力をイアの身体へと注ぎ込む。


「うあああ!」


 イアの小さな身体がビクッと跳ね上がる。

 魔力を注ぎ終わったテミガーが首筋から口を離す。

 イアの呼吸が次第に落ち着き、汗もひいていく。


「テミガー様、イアは?」


「大丈夫なはずよ。ただ少しの後遺症は覚悟しておいてね」


 テミガーの言葉聞いて、ヘイムが妹の手をギュッと握る。

 それに反応したのか、イアが手を握り返した。

 まだ弱弱しい、それでも確かに握り返したのだ。


「お姉ちゃん……? なんか久しぶりな気がする……」


 イアが開いているかどうか分からないほど薄く目を開き、うわ言のように呟いた。


「イア……よかったっ」


 ヘイムが小さなか妹の身体を抱きしめる。


「なんで……泣いているの……?」


 イアの様子を見てテミガーは全てを察した。

 彼女はブラギッハの奴隷だったころの記憶を全て失っている。

 精神が負荷に耐え切れずに記憶の奥底に追いやったのだろう。


「あなたのお姉さんには色々あったの」


 テミガーはあらためてイアの頭を優しく撫でた。


「美人なあなたは誰?」


「あたしはテミガー。あなたの味方よ。あと向こうで戦っている赤髪の男もね」


 テミガーは笑顔でユーゴの方を指さした。

 向こうはユーゴが圧倒しており、決着はもう間もなくだろう。


「お姉ちゃん。友達がいっぱいだね……」


「そうね……もう私たちだけじゃないの。助けてくれる人がいっぱいいるの。だから安心してね」


 妹を愛おしく抱きしめながら、ヘイムはイアにそう返した。

 安心しきったのか、イアは寝息をたてて目を閉じてしまった。

 精神が安定したとはいえ、まだ完全な回復に至っていないようだ。


 ――これでこっちはカタついたわよ


 テミガーは再びユーゴの方へ目をやる。

 そして呟いた。


「頼んだわよ。男の子♪」






















「あの小娘が無事だと……?」


 ブラギッハは視界の端で見えていた光景にそう言った。

 テミガーの能力により正気を取り戻したイア。

 信じられなというのが正直な感想だった。


「お前の計画もここまでってことだな」


 白い炎を身体全身に纏わせるユーゴが自信満々でそう言った。

 先ほどから攻撃をギリギリの所で防いでいるが、左腕に装着したドラゴンの素材を使った盾も限界にきている。


 正直盾がここまで限界を迎えるとは思わなかった。

 部屋全体に備えた結界も使ってなんとかしのいでいたが、今は防戦一方だ。

 白い炎をユーゴが使ってからは、一方的な展開になっていた。

 盾や結界で攻撃の直撃は防いでも、炎熱で両腕は焼かれ、身体中火傷だらけだった。


「クソ……クソ! こんなところで……こんな小僧に……!!!」


 ブラギッハが激しい歯ぎしり。

 目の前に現れたユーゴ(赤髪の男)、たった一人の男に計画を潰されるのかと思うだけで、心の底からふつふつと怒りがわいてくる。


「神獣の子を超えるのだ……! 我らは『魔神』に愛された愛国者! 選ばれし者なのだ!」


 ブラギッハが左腕の盾をユーゴへと向ける。

 白い魔力が盾から溢れて高密度の魔力の集合体へと姿を変えた。


「終わりにしようぜ。ブラギッハ・ヴォ―ニア」


 ユーゴが殺気をこめて睨み返す。

 彼の身体から溢れた三色目(白い炎)が両手足に定着した。

 白色に輝く手足を維持したまま、ユーゴが前へと飛び出す。


 常人には目に追えない速度。

 まるで白い影のように肉薄する赤髪の冒険者へと、ブラギッハは魔力の塊を放つ。


「消し飛べ!!!」


 盾から放たれた白い魔力の塊は、ユーゴの攻撃を防いでいる段階で盾にため込んだものだ。

 許容量ギリギリの魔力が部屋全体を揺さぶりながらユーゴへと向かっていく。


「残念だったな」


 ユーゴが左腕で魔力の塊を受け止める。

 白い炎と魔力の衝突は、『バリバリ』と耳障りな音を鳴らす。


「おおお!!」


 ユーゴが右足をハイキックの形で振り上げた。

 直撃を受けた白い魔力の塊が粉々に砕ける。

 渾身の一撃を正面から破られ、意気消沈しかけたブラギッハ。


 ――まだだ……! まだ終わっておらん!


 自分自身を叱咤して奮い立たせるが、気が付いたときにはユーゴが目の前にいた。


「くっ」


 素早く盾を構えるが、ユーゴは全く意に介せず左足の回し蹴りを繰り出す。

 黒い自慢の盾に直撃したと同時に魔力が解放され、盾が白い爆発に包まれた。


「うぐっ」


 唸るようなブラギッハの声。

 抑えた左腕には多き火傷。

 盾はなんとユーゴのたった一撃の蹴りで完全に砕けてしまった。

 衝撃で左腕の感覚がない。盾越しの熱だけで皮膚が焼けただれてしまった。

 もう日常生活で左手を使うことはなさそうだった。


「これで終わりだ」


 ユーゴが残った右腕をゆっくりと引いて狙いを定める。

 もう避けることも防ぐことはできない。

 走馬灯のような頭にこれまでのことが過った。


「小僧!!」


 憎悪をこめて、ブラギッハは目の前の男に向かってそう叫んだ。

 冷静に、眉一つ動かさないその男が右腕を振るう。


「じゃあな」


 ユーゴの声と同時に、ブラギッハの眼前を白い光が覆った。


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