第4話 白き獣人
箱の中から出てきた獣人の少年を地面に寝かし、改めて観察する。
息はしているが生きているわりは反応がなさすぎる。
仮死状態に近い。
外傷は見られないから毒か何かだろう。
少年の身体に簡易的な治癒魔法を施しながら、身体の内部を魔力で探った結果そう結論付けた。
ただ俺が使える治癒魔法は本当に初期の治療しか出来ない。
外傷は止血程度、毒などの異常には症状を軽減するくらい。
根本的な治療には程遠い。
「ユーゴ。言われた薬草」
ルフがそう言って手に持った草を見せる。
「おう。助かった」
彼女から薬草を受け取り、右手で握りつぶす。
魔力を流し薬草が持つ潜在的な力を引き出す。
ルフに採って来てもらったのは、本来生物が持つ生命力を活性化させる薬草だ。
これに魔力を流してさらに肥大化する。
多分この獣人の少年を蝕む毒は、仮死状態にすることに比重を置いているはず。
だから解毒しなくても生命力を高めれば本人の自然治癒で目を覚ますと思った。
もちろん。最悪の場合は、毒を作った奴の所に言って解毒してもらう必要がある。
誰が作ったか分からない毒なんて解毒不可能に近いから、それだけは避けたい。
起きてくれよ。
心の中で祈りながら、地面に寝転ぶ少年の胸に薬草を当てた。
淡い緑色の光を放ち、薬草の魔力が少年の身体に吸い込まれた。
さらに治癒魔法をかけて、本人の生命力回復を補助した。
やっぱり箱を開けなかった方が良かっただろうか。
そんなことを考えていると、少年が薄く目を開けた。
「っ……」
「気分はどう?」
ルフが少年に問いかけるが、焦点の合わない茶色の瞳を動かすだけで何も返さない。
「箱の中に入っていたんだ。言葉は話せるか?」
獣人の少年が小さく頷く。
もしかするとまだ身体の痺れが取れていないのだろうか。
とりあえず少年が言葉を返すまで治癒魔法をかけ続けた。
「あれ……? お兄さんたち誰?」
ようやく獣人の少年が言葉を返した。
馬車に揺られるのがきっかけになったのだろうか。
今俺たちは、依頼主である貴族が住む街へ向かっている。
手綱を握っているのはルフ。
俺は荷台に少年を寝かせ治癒魔法をかけていた。
「俺はユーゴ。あっちの手綱を握っているのがルフだ」
「オレはヘーリン。一体ここは……」
頭に付いた白い犬耳がピコピコ動く。
何度見ても獣人たちの耳は触りたくなる。
しかし相手は男の子だと己を律する。
コホンと小さく咳をして、ヘーリンと名乗る少年を見た。
歳は十五歳くらいだろうか。
ぼろ布のシャツとズボン。
かなりの軽装であまり贅沢は出来ていないらしい。
「ここは竜の国で、とりあえず今向かっているのはここだ」
ヘーリンに依頼の紙を見せた。
下の方には目的地となる街周辺の地形が書かれている。
「あ。オレの住んでいる教会の街だ」
「君はここから来たのか?」
「うん。教会で親の居ない子供たちと住んでいるよ」
「箱に入っていた理由が分からないけど?」
「オレも分からないよ。気がついたらお兄さんたちの顔があったから」
謎は深まるばかりである。
獣人と言えば『狼の国』だ。
多くの獣人があの国では生まれてはそのまま死んでいく。
狼の神獣の子が国王になってからは、人間の数も増えたと聞くが、人口比率は圧倒的に獣人の方が多いだろう。
しかしヘーリンは竜の国に住んでいるらしい。
しかも目的地のすぐ近くで。
てっきり非合法の奴隷か何かだと思ったのにアテが外れた。
一応この世界は奴隷が認められている。
国によって扱いが異なるのでハッキリとしたことは言えないが、竜の国は比較的扱いがいい。
共存を優先とした価値観があるせいか、使用人として雇う意味合いが強い。
もちろん他国だったら奴隷をゴミのように扱う国もある。
衣食住に困らなければ、そこまで大きな問題にならないので大体の事は水面下で行われる。それが現実だ。
「教会は廃墟なのか?」
「ううん。神父様と修道女が面倒を見てくれているよ」
孤児を引き取って教会で面倒を見てるってところか。
疑問は色々とあるが、一番の問題を確認しなければならない。
「そのシスターさんは可愛いか?」
「可愛いよ。オレが保証する」
俺の問いにヘーリンが親指をグッと立てる。
俄然やる気が出てきた。
「よし。君を教会まで送り届けよう。体力が落ちているから、しばらく寝てな」
ヘーリンにそう伝えて、荷台から御者台に移動する。
手綱を握るルフの隣に腰を下ろした。
「何か分かった?」
「シスターが美人らしい」
ルフのボディブローが突き刺さった。
「大事なことだぞ」
「下心しかないのかっ」
「真心しかない」
「余計ダメよ!」
ルフが怒鳴ったせいで、馬の動きが乱れる。
御者台と荷台が左右に揺れた。
「しっかり頼むぞー」
「う、うるさい! 黙って寝ときなさい!」
「あいよ」
ルフにそう返して、御者台で目を閉じた。
こいつが自分から手綱を握ったのは、俺がヘーリンの治療をしていただけではないだろう。
昨夜見張り役を変わらなかったことを気にしているらしい。
別に今さら気にしなくてもいいのに。
そんなことをぼんやりと考えていたら、いつの間にか眠気に襲われていた。
御者台から落ちかけて、ルフに怒られたのはここだけの話。
「うっし。着いたな」
馬車から降りて目の前の街を見て呟く。
高所に設けられた外壁と城下町。
人々の往来で賑わう街の中央には、大きな屋敷がある。
どうやらあの屋敷がこの地方を治めている貴族の物らしい。
「どうするの? 教会に行く?」
「いや。先に依頼を完了しよう」
「オレはもう外なんだけど?」
ヘーリンが心配そうに呟く。
確かに彼は当初の予定ならば、貴族の屋敷に運び込まれる。
箱が一つないと言う状況は、絶対にバレるだろう。
「考えがある。だけどその前にヘーリンの外套を買わないとな」
「要らないよ。暑いのは嫌いだ」
「我儘言うな。大人の事情ってやつだ。街に居る間は外套のフードを深くかぶっておけよ」
「どうしてさ?」
「内緒だ」
笑顔で変えた俺に対して、ヘーリンがため息。
何か言いたそうにして、ルフの方を見た。
「いつもこんな感じ?」
「ええ。いつも通りよ。だけど言うことは聞いときなさい」
「はーい」
ルフの時はやけに素直だな。
とりあえず外套がまだないヘーリンは、荷台の奥で大人しくてもらう。
石造りの大通りをゆっくりと進む。
ルフが手綱を握り、俺は地面を歩いた。
馬車のペースは俺の速度に合わせてゆっくりと。
露店の並んだ大通りは商人のらしき、大きなバックを背負った人、冒険者らしき武器を持った人とすれ違う。
街の外には水田や畑があったから、作物や狩った獣を店で売っている人も居た。
並ぶ露店の中で衣類を売っている店を見つける。
店主は中年のオッサン。
「すいませーん。小さめでフード付きの外套あります?」
「あいよ! 要望は大きさとフードだけかい!?」
「そうですね……あとは一応打撃と斬撃耐性……後火属性の耐性にも優れた品ですね」
「えらい防御力特化だな。今から火を吹く魔物でも狩りに行くのかい?」
「いえ。そういうわけではないです」
オッサンが露店の奥に置いてある箱をあさる。
色々な外套を取り出しては「これは違う。あれも違う」とか呟きながら、外套が露店の中で溜まっていく。
「これなんかどうだ! 人魚の国で上位冒険者から譲り受けた品だ!」
そう言ってオッサンが見せたのは茶色の外套。
どうやら土属性の魔力が付加してあるらしく、硬度には自信があるとのこと。
「じゃあそれで」
「まいどあり!」
オッサンが言われた金額を硬貨で支払うが、とりあえず財布の中が空っぽになった。
今日中に依頼の報酬を貰わないと路頭に迷うことになる。
「ヘーリン。プレゼントだ。肌身離さず着とけよ」
「ありがとう! ユーゴさん!」
笑顔で外套を受け取った白い髪の獣人の少年が早速身に纏う。
フードを深くかぶり、周りに顔が見えないようにした。
言うことを聞く素直でいい子だ。
「オレも外歩いていい?」
「フードを外さなければいいぞ」
ヘーリンが「やったー!」と言って、素早く馬車から降りる。
軽やかな動きだ。
機敏な身体捌きは、彼の運動神経の良さを示している。
獣人は確かに普通の人間よりも身体能力が高い。
しかし彼の場合は少し違うような気がした。
身体の中に魔力の流れを感じたからだ。
「闘術が使えるのか?」
「と、とうじゅつ? 何それ?」
知らないのか。
だとしたら、彼は本能的に闘術を使っているらしい。
この世界には稀に生まれながら魔法が使える者たちが居る。
偶然魔力の感覚を掴み、発言した者たち。
もちろんちゃんと訓練した奴の方が、上手く魔力を使えるのは間違いない。
「あとは大きな木の箱だな」
「何に使うの?」
「大人の事情だ」
横を歩くヘーリンにそう返して、露店を端から順に眺めていく。
今探しているのは、人ひとりが入りそうな木の箱だ。
目的はもちろん、ヘーリンが入っていた箱の代用にすること。
運搬物の中を見るのは今回の依頼では禁止されているが、開けてしまったものは仕方がない。
途中で投げるわけにもいかないので、偽物で報酬だけ貰おうという考え方だ。
うん。やっぱり子供に悪影響を与える気しかしない。
無邪気に目を輝かせて露店を見て回るヘーリン。
純粋無垢な獣人の少年に俺が悪いことを吹き込まないか、馬車の手綱を握るルフが監視している。
背中に突き刺さる視線を感じるから間違いない。
背筋に冷や汗を流しながら、露店の一つで大きめの木の箱を分けてもらった。
長方形の木の箱は、ヘーリンが入っていた物にそっくりだ。
これで準備は整った。
さて。後は何が出てくるか……
面倒すぎることじゃなければいいな。