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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第3章 欲望の求愛者
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第7話 かくて彼女は

 

 ユーゴが淫魔の国で目を覚ます少し前、天馬の国にて……


「準備を進めないとな」


 男が呟く。

 後ろで一つに纏められた金色の髪がそよ風に吹かれて揺れる。

 金色の瞳で持っていた紙を四つ折りにして腰のポーチにしまった。


 背もたれにしていた樹から、土を払い立ち上がる。

 広大な森林地帯がほとんどを占める天馬の国の中央に存在する精霊樹。

 雲を突き抜けて堂々存在する姿は、天馬の国のエルフたちから神にも等しい扱いを受けていた。

 そんな精霊樹にもたれかかっていた男。


 彼の名前は天馬の神獣の子ラウニッハ。

 多くのエルフが住む天馬の国の中でも、中央人物として力を発揮していた。

 国の代表ではないが何かあれば、すぐに外交も行う。

 狼の神獣の子と並んで、最も有名な神獣の子だ。


「ラウ。転移魔法の準備ができたって」


 立ち上がったラウニッハに声をかける一人のエルフの女性。

 腰まで伸びた翡翠色の髪と、美しい同色の瞳にラウニッハは笑みを返した。


「分かったよ、チコ。ありがとう。今すぐ淫魔の国へと向かう」


「テミガーが力を貸してくれるといいね」


「そうだね。狼の神獣の子(ベルトマー)にはフラれてしまったし、ユーゴたちは基本所在地不明だ。困ったものだよ」


 ラウニッハがやれやれといった感じでため息をもらす。

 その様子を見たチコが笑顔のまま、翡翠色の髪をかきあげて耳にかけた。


「みんな自由気ままだもんね。だけど今回は……」


「今回ばかりは少し事情が違う。万全を期すために力を借りたいものだ。魔術学院の生徒たちのためにもね」


 もうすぐ天馬の国には、人魚の国より魔術学院の生徒たちがやってくる。

 学院は定期的に他国へとおもむき、文化の交流も含めて色々と学ばせることが多い。

 今回の野外学習先が、天馬の国になったというわけだ。

 しかし最近の不穏な噂が、ラウニッハの頭には引っかかっていた。


 ――愛国者


 そう名乗る武装集団がいる。

 竜の国の王都を襲った連中は、裏ではそう呼ばれているらしい。

 徹底した調査でその名前を突き止めた。

 さらにその集団が魔術学院の生徒の襲撃を画策していることも。


 目的は分からないが、時期をずらそうにも学院側に断られてしまった。

 引き続き交渉はしてみるが、神獣の子がいるから大丈夫。

 それが学院の基本判断らしい。

 今回引率の教師であるレアスはそう教えてくれた。


 大切な生徒たちを預かる側としては、何かあっては国家の信頼に関わる。

 だから万全を期すつもりだった。

 その一つが各神獣の子への協力要請だ。

 その交渉にラウニッハは淫魔の国の商業都市へと向かう。


「じゃあ行ってくるよ」


「気を付けてね。あとアレラトにもよろしく」


 チコは年の離れた弟の名前を出した。

 今はテミガーの元で生活している若きエルフ。

 まだまだ多感な彼の顔も拝みたいものだ。


「ああ。チコも準備をよろしく」


 ラウニッハは幼馴染にそう返して、精霊樹の麓に建設された転移魔法への門へと向かった。

 粉雪舞う欲望の町へ。

 青年は使命を胸に旅立つのだった。



















 ユーゴが目を覚ましたのは、日が一番高い所から少し傾いた頃だった。

 ルフに貸していた愛用の外套がいつの間にか自分にかけられている。

 彼女の姿がないことから察するに、先に起きたから気を利かせてくれたようだ。


「くぁ、ねむ」


 思わず出た大きな欠伸。

 昨夜は遅くまで作業をしていたとはいえ、気持ち的にいつもよりも身体が重い。

 まるで何かに眠気を誘われているようだ。


 ユーゴはまだ眠気の残る頭でテーブルを見た。

 黄色い小さな魔石が大多数は一か所に固められて、その片方には一つだけ置かれている。

 一つだけ除いているのは、その魔石がつけられていた箇所が怪しいと判断したからだ。


 何かが録音されていたわけではない。

 むしろ逆だ。

 何も録音されていなかった(・・・・・)


 細工を施した人物はすでに特定している。

 まずは当人の話を聞くのが先決だろう。

 ユーゴは重い体に力をこめる。


 思った以上に力が入らない。

 違和感と同時にその理由に気が付いた。

 テーブルの上に置かれた三つのコップ。

 二つは飲み干されて、一つは中身がそのままだ。

 昨日は差し入れで持ってこられた飲み物を自分とテミガーは口にした。

 一つ残っているのは寝ていたルフのものだ。


「くそ……やられた」


 ユーゴは自分の間抜けさを少しだけ後悔した。

 ここは淫魔の国なのだ。

 比較的平和な竜の国とは違う。


 --何か盛られたな……


 裏切りや暗躍などは日常であり、常に警戒をしないといけない。

 いくら神獣の子といえど、後ろから急所を刺されれば死ぬ。

 肉体や免疫が通常の人間よりも強靭とはいえ、元はただの人なのだから。


「なんだ? 外が騒がしい」


 自分の身体の異変に気をとられて、廊下を走る足音に気がつかなかった。

 バタバタと廊下を走る遊女たちの声に耳を向ける。


「なになに? また新しい子?」


「ヘイムが連れてきたらしいわよ!」


「生き別れの妹だとか!」


 どうやらヘイムが妹を連れてきたらしい。

 ここに居る遊女たちは、みんな路頭に迷った者たちだから、こうして新しい誰かが訪ねて来ることもあるのだろう。

 ただし今回はヘイムが妹を連れてきたようだ。


「色々とマズいな……」


 ユーゴは重い足取りで廊下へと出る。

 受付の辺りで皆の声がする。

 最初に見えたのは人だかり。

 何かを囲むように遊女たちがいた。


「ユーゴ! どうしたの!?」


 遊女たちの間からルフがポニーテールを揺らして出てきた。

 よく気がついたなとユーゴは勝手に感心した。


「ちょっと身体が重くてな」


「二日酔い? 昨日お酒飲んでたっけ?」


「おい。俺の体調不良をなんでも酒のせいにするな。ところであれは?」


「ヘイムの妹が見つかったんだって。凄く可愛いよ」


 ルフがそう言って遊女たちの間から見える一人の女の子を指さす。

 ヘイムと同じ白髪は肩で切りそろえてある。

 歳は十二歳くらいだろうか。


「なんの騒ぎー?」


 ユーゴたちが振り返ると眠そうに目を擦る淫魔の神獣の子(テミガー)


「ヘイムの妹が見つかったんだって」


「妹? そんな話一度も……」


 テミガーが顎に指を当てて首をひねる。

 記憶にない話らしいが、テミガーは無警戒で近づく。


「テミガー。少し話がある。ヘイムはたぶん何か隠している」


「あら? 余裕がないなんて、ユーゴ(あなた)らしくもないのね。それにイイ女に秘密はつきものよ♪」


 ウィンクを一つ残して、テミガーが遊女たちへ近づいてく。

 幻影の館の主を通す為に人だかりが左右に分かれた。

 ヘイムもテミガーの存在に気がつき、すぐに向かい直した。


「テミガー様。突然のことで申し訳ありません。妹のイアです」


 イアと紹介された少女は何も反応を示さず、深紅の瞳でテミガーを見つめていた。


「はじめまして。幻影の館の支配人のテミガーよ。よろしくね、イアちゃん♪」


 膝を曲げてイアと同じ目線になるテミガー。

 ニコリと微笑むテミガーに対して、イアは何も反応を示さなかった。


「……ねぇユーゴ。ヘイムが何を隠しているって?」


 流石にイアの様子がおかしいことを察したルフの問い。


「多分……ヘイム(あいつ)は……」


 ユーゴが言葉を言い切る直前、とうとうイアが口を開いた。


「お姉さんは、イアを愛してくれないの?」


 薄い唇から紡がれた言葉の意味をコンマ数秒考えた。

 しかしそれよりも早く、ヘイムが動いた。

 彼女の右腕に光が集まり、短剣が握られる。

 ヘイムは膝を曲げるテミガーの頭部へと向かって、切っ先を振り降ろした。


「テミガー!」


 ユーゴの声が聞こえていないのか、テミガーは動こうとしない。

 理由は簡単。彼女が幻術を発動していたからだ。

 その証拠にヘイムの短剣はテミガーの真横で空を切った。


「この子が妹だと言うのは嘘のようね。隙を作る気ならもっとマシな手を使うべきだったわね」


 そう返したテミガーの放つ魔力が急速に高まっていく。

 目的は分からないが、裏切り者を許す気は無いらしい。


「いえ、十分ですよ。テミガー様♪」


 ヘイムが勝ち誇ったように口端を吊り上げた。

 その直後、周りの遊女たちがテミガーの手足を拘束する。


「まさか……これは」


「思いもしませんでしたか? 私が心転術の使い手だとは……」


 ヘイムの言葉にテミガーの表情が曇る。


「多少の裏切りは驚かないけど……こんなに近くに居たなんて、あたしもヤキが回ったかしら」


「後ろの彼は何か気づいていたみたいですけどね」


 ヘイムの冷たい視線がユーゴとルフへと向けられる。

 突然現れた敵に二人は、いつ飛び出すかタイミングを伺っていた。

 しかしそれすらも見抜いたヘイムが言い放つ。


「動かない方が賢明よ。私が操った者たちを自殺させようと思えばそれも出来るから」


 身体を乗っ取る心転術なら十分に考えられる話だった。

 それにユーゴたちが攻撃をしようにも、テミガーを取り押さえる遊女たちが邪魔だ。


「あたしも舐められたものね」


 テミガーが小さくそう呟くと、彼女を中心に風が吹いた。

 拘束していた遊女たちが全員壁際まで吹き飛ばされる。

 どうやら風属性の魔術を発動させたらしい。


 操られている遊女たちが怪我をしないように、威力はかなり抑えられている。

 テミガーの両手に緑色の半透明の刀身を持つ魔力剣が精製された。

 この場で拘束する気のようだ。


 曲げていた膝を伸ばして、魔力剣を振りあげる。

 狙いはヘイムの額。

 反応して避けられる速さは超えている。


 当たる。ユーゴたちがそう思った瞬間だった。

 テミガーの魔力剣が半透明の壁に受け止められる。


「結界ていどっ」


 テミガーが魔力結界を突破する為に魔力をさらに高める。

 彼女にとってはヘイムが防御に使用した結界など意に介する話では無かった。

 ヘイム自身が使用したものならば……


「テミガー! 上!」


 ルフの声に反応したテミガーが顔を上げる。

 視線の先には、愛用の刀を振りかぶったアレラトの姿があった。

 テミガーがバックステップで後ろへと飛んだ。

 ヘイムとの距離を空けて、仕切り直す。


「テミガー様の可愛いアレラト君も、今は私の手の中ですよ♪」


 ヘイムがそう言ってアレラトの頬に口づけをした。

 アレラト自身の翡翠色の瞳は虚ろで、心だけがここにはないようだ。

 多分先ほどの結界も彼のものだろう。


「他の女の色香に惑わされるなんて、お仕置きが必要ね」


「その必要はありませんよ。テミガー様」


 ヘイムの右手に再び光が集約される。

 魔力と言えばそれに近いが、竜の瞳で魔力の流れを見ているユーゴには違和感があった。

 中心に集約された光の中に不規則な点滅がある。

 まるで不安定な物質のような……


「ルフ! ヘイムの腕を撃て! 爆裂魔法だ!」


 魔力の流れから爆発系の魔法を使うと判断したユーゴ。

 ルフが素早く背中の破弓を構えた。

 弦を引くと魔力で矢が生成されるが、ルフがそれを放つことは出来なかった。


 ヘイムがアレラトの影に隠れてしまったからだ。

 心転術で操った者は武器にもなれるし、盾にもなるというわけだ。

 一瞬の躊躇。狙いを変えて撃つ。

 その判断を下すまでの時間は、ヘイムにとって十分すぎる時間だった。


「さようなら」


 ヘイムがそう呟くと同時に幻影の館のあちこちで爆発が起こった。

 そしてユーゴたちも炎熱と爆風に飲み込まれ、視界が白く染まるのだった。


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