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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第3章 欲望の求愛者
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第6話 夢から覚めるとき

 

 商業都市には商人たちで構成された、いくつかのグループが存在する。

 規模はそれぞれで違いはあるが、お互いに利益を確保するため、取引なども行っていた。

 だから各自の思惑はあっても自由に動くことが出来ないのも事実。


 また五か国の交流が進んだことは、今まで手に入らなかった物資を扱えるようになった反面、何かあればすぐに他国の干渉を受けることを意味する。

 神獣の子が登場する以前なら、商業都市の商人グループを統一するために多少の武力行使も黙認された。

 しかし今は何か大きなことをすれば、すぐに何処かから罰を受けることになる。


 それが神獣の子なのか、竜の国を始め多方面に展開している竜聖騎士団なのか、屈強な獣人で構成されている傭兵集団なのか。

 起こってみないと分からないが、タダでは済まないことは容易に想像できた。


「困ったものだ」


 ブラギッハ・ヴォ―ニアはそう呟き、酒の入ったグラスを傾けた。

 ヴォ―ニア商会の会長にして、高名な商人の一人。

 テミガーに並び、この商業都市では大きな影響力を持っている。


「さて……どうしたものか」


 ブラギッハは執務室の机の上に置かれた紙の束を手に取る。

 商品の入荷リストに紛れて送られてきた報告書。

 内容は竜の国の王都で起きた反乱のことだ。


 公にはされていない件だが、一部の間ではあの『デーメテクトリ家』の家臣が起こしたとして知られている。

 武器の売買を行っていた商人たちにとっては、痛手となる話だった。

 竜の国への武器の大多数は、デーメテクトリ家を通していたからだ。

 しかしブラギッハにとっては、別の理由で痛手となっている。


「神器まで使って失敗するとはな……」


 竜の国の王都制圧のために使用した神器は、ブラギッハが渡したものだ。

 最初から持っていたわけではない。

 厳密には突然使用可能になった。


 迷宮と呼ばれる地下に広がる大空洞では、使い方の分からないガラクタが発見される。

 ほとんどは捨てられるが、一部は観賞用として保管されることがあった。

 迷宮を探索した証として保管していたが、ある日突然それらが動き出したのだ。

 まるで神獣の子の出現に呼応するかのように。


 ブラギッハはいち早くそれに気が付き、各地で保管されていた武器を集めた。

 ハズレがほとんどだったが、一部には稼働する物もあった。

 そして古い文献を解読するうちに、それらは『神器』と呼ばれる武器だと気が付く。


 そして『協力者』のおかげもあって、神器は次々と発見された。

 賢者と呼ばれる者が造りし強力な武器たちは、今この時も目覚めているかもしれない。

 そしてブラギッハはもう一つの仮説を立てた。


 ――禁術の発現


 同じく賢者が発明せし古の業たち。

 使用者を失い、伝説となった禁術は再び現代に蘇った。

 理由など分からない。しかし神獣の子が関与していることは予想できた。


「最初の作戦には失敗したが、私が幸運なことに変わりはない」


 ブラギッハは椅子から立ち上がる。

 中が見えないように周りをカーテンで仕切られたベッドに近づく。

 人差し指でカーテンをずらし、中を覗く。

 そこには十代になったばかりの少女が眠っていた。


 無造作にベッドの上に放置された白髪が美しい。

 彼女こそ心転術の使い手であり、今回の混乱の原因となった少女だ。

 少しずつ被害を広めていくつもりだったが、どうやら計画の前倒しが必要になるらしい。


 理由は幻影の館を訪れた二人の冒険者。

 流星の女神ルフ・イヤーワトルと赤髪の男。

 テミガーは悟られないように流星の女神を上手く隠したつもりらしい。

 しかし残念ながら、情報は筒抜けだ。


「もう夜明けか……」


 部屋の窓から入り込む朝日が、徐々に部屋の影を振り払う。

 計画の修正は昨夜行った。

 後は実行に移すだけである。


「さぁ……血戦の始まりだ」












「ん……」


 ルフは微睡の中で目を覚ました。

 まだ霞む視界に人の顔が映る。


 ――誰だろう?


 徐々に輪郭がハッキリとしていく。

 その顔がユーゴの寝顔だと気がついた時、ようやく自分が彼の膝枕で寝ていることを思い出した。

 昨夜は作業を手伝うつもりがいつの間にか寝落ちしてしまった。


 身体にかけられている赤い外套。

 ユーゴが気を遣ってくれたらしい。


「だらしない顔だなぁ」


 作業に疲れてぐっすり眠るユーゴの頬を突いてみる。

 プニっと柔らかい感触。彼の眉間に皺が寄った。

 もう窓の外が明るくなり始めている時間だ。


 普通なら起きる時間だが、幻影の館は驚くほど静かだった。

 夜中の深い時間まで営業していたから、みんな寝る時間が遅かったせいだろう。

 起きる時間もきっと昨日みたいに昼過ぎのはず。

 だからまだのんびりできる。


 ルフは身体を起こして、ユーゴの隣に座り直す。

 身に着けた外套はそのままで、前だけ締め直した。


 ――ユーゴの匂いだ


 外套から発せられる匂いにそんな感想を抱いた。

 何故か安心する不思議な匂い。

 無意識のうちに彼を求めているからだろうか?


 横で静かに眠るユーゴの横顔を改めて見つめる。

 肩がゆっくり上下している様子から、昨夜は随分と遅くまで起きていたらしい。

 朝に弱くて寝坊するのはいつものことだが、今回の眠りは特別深く思えた。


 ――何をしてたんだが


 ルフは改めてテーブルの上に広がる黄色い魔石を見つめる。

 大広間にある各客席の会話記録が録音されている魔具と連動しているらしい。

 寝る直前は無造作に広がっていたが、今は一つを除いて一か所に固めている。

 どうやら目ぼしい席を見つめたらしい。

 あとはその席をだれが使ったのか確認すれば情報は手に入るだろう。


「だらしないくせに優秀なのがムカつく」


 ルフは自分勝手な言葉を口にして、ユーゴの頬を指先で突いてみる。

 最初は反応がなかったので、無視をするなと少しだけ力を入れた。


「ふが」


 意味不明な声を出したユーゴの眉間に再びシワが寄る。

 反応が面白くて声を殺して笑っていると、ユーゴの身体がこちらに倒れてきた。


「こらっ、重いっ」


 小さな声でそういうが、当然ながらユーゴからの返事はない。

 意識のないユーゴの全体重を腕で受け止める。

 このままだと腕に負担ばかりかかるので、彼の身体が横になるように調整した。

 今度は自分が膝枕をする形でユーゴの寝顔を上から見てみる。

 眠っている顔はまるで少年のようだ。


「まったく……」


 ルフはユーゴの頭を数回撫でると、起こさないようにゆっくりソファーから抜け出した。

 不安定な場所で寝ていたせいか、身体がいつもよりも重い。

 腕を上に伸ばすと関節が伸びて気持ちがいい。

 着ていた赤い外套をまだ眠るユーゴに返す。


「風邪ひいちゃダメよ」


 そう言葉をかけるが、彼はささやかな寝息しか反応を返さない。

 まだ眠っている確信を得てから、ルフはユーゴの耳元で囁いた。


「好きだよ……ユーゴ。どうしようもないくらい……」


 こんな時しか素直になれなくて、ごめんさない。

 心の中でそういって、ルフは部屋を後にした。













「あら? 早いのね」


「ヘイム……あなたこそ。何かまた担当の仕事?」


「ちょっと野暮用なの」


 ルフが廊下を出て受付に着くと先着がいた。

 カウンターの場所で何やら事務所をしているヘイム。

 まだ他の者が起きてくる気配はない。

 毛先まで純白の髪を揺らして、作業をする彼女は随分と熱心に手元の書類を見ていた。


「なに見ているの?」


「個人の今月の成績よ。もらえるお金の基本になるから」


冒険者(あたしたち)の実績みたいなもの?」


「そうね。そのイメージで間違いないわ。別に一番になりたいってわけじゃないんだけどね」


 ヘイムがそう言って、手元の紙を四つ折りにして懐にしまった。

 受付の椅子に座り直し、カウンター越しで彼女と向かい合う。


「昨日は彼氏の上で気持ちよかった?」


「最悪……」


 ヘイムの問いかけですべてを理解したルフは、眉間に手を添えた。

 女性とはいえ、出会ったばかりの人に寝顔を見られた。

 しかも恋人(ユーゴ)の膝枕で寝ている姿をだ。


「仲がよさそうで何よりだわ。赤髪の彼氏さん、女の子のこと好きだもんね」


「もう見破られてるし……」


「顔もかっこいいし、私も誘惑しちゃいたいくらい♪」


 ヘイムが口元に手を当てて、クスクス笑う。


「たぶんすぐに引っかかるから、試してみたら?」


 ルフの言葉にヘイムが笑うことをやめ、蒼い瞳を少しだけ見開いた。


「他の女に推奨してもいいの?」


「あいつがだらしないのは始まったことじゃないし。あたしの前はさすがに嫌だけど」


「ふーん。意外と信頼しているのね」


「そりゃ色々ありましたから」


 ルフは肩をすくめた。

 本当にユーゴとは、三年間の間に色々と起こった。

 一緒に命を懸けたり、酒を飲んで騒いだり、喧嘩をすることもあった。


 しかし自分は彼とお互いに『約束』をした。

 彼にとっては重荷になるかもしれない、そんな約束を。


「いいわねぇ。男女の絆というものは」


「淫魔の国じゃ珍しい?」


「そうね。言ったでしょ? この国の女は『助けの求め方』を知らないの。男に選ばれるか、自分で切り開くしかない」


「そんなの『助けて』って言えばいいのよ。困ったときは正直に」


「あら? じゃワタシが彼氏さんに『助けて』と言ってもいいの? 他の女に優しくするのは嫌なのに?」


 挑発的なヘイムの発言。

 飄々として、淫魔の国の女性らしく、掴み所のない性格だと思っていたが今の彼女は違う。

 言葉には熱があり、瞳には明確な意志を感じた。

 そんなヘイムにルフは笑みを返す。


「あいつはきっと『助けて』と求められたら助けるわ。もしもそうしないのなら、あたしはユーゴの傍には居ない。困っている人の心の拠り所になって欲しい、笑顔で困っている人で助けて欲しいと願ったのはあたしだし」


 自分は彼にそう願った。

 だから約束した。

 お互いに背中を預ける。

 彼の手が届かいところは、自分が手を伸ばす。


 その代わりに誰かの心の拠り所になり、笑顔で人々を助けて欲しい。

 そして……最強であり続けてくれと……


 ルフの言葉を聞いて、ヘイムの眉間に皺がよった。

 それは一瞬で思わず見逃してしまいそうなほど短い時間だった。


 ――反吐が出る


 そう言いたたげな表情だった。


「美しい絆ね。ワタシには眩しすぎる」


 赤い小さな舌をペロっと出してヘイムがおどける。

 さっきまでの刺々しい雰囲気は消え去り、また心の内が見えなくなった。


「じゃあ少しワタシは出かけてくるから。彼氏さんによろしくね」


「夜遅くまで働いたのに、朝から出かけるなんて大変ね」


「心配してくれるの? あなたも優しいことで」


 ヘイムはそう言うと、受付のカウンターを飛び越えて入口へ向かう。

 外は今日も粉雪が舞っていた。

 そんな白い雪の町へ彼女は薄着のまま出て行ってしまった。

 小柄な背中をルフは見送る。


 ただ出かけたはずなのに、その背中はどこか悲しく見えた。


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