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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第3章 欲望の求愛者
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第4話 複雑な事情


 幻影の館に戻ると、テミガー(店の主人)が一緒と言うこともあって、遊女たちが出迎えてくれた。


「お帰りじゃ、テミガー」


「ただいま。いい子にしてた?」


 出迎えたアレラトの頭をテミガーが撫でる。

 若いエルフは恥ずかしそうに頬を赤らめると彼女の手を弾いた。


「や、やめるのじゃ! ユーゴの兄貴たちが見ている!」


「あらぁ? いつもしているのに?」


「していないじゃろ! 勝手なことを言うな!」


 どうやらあの二人は、アレラトが振り回される側らしい。

 まぁ俺が言うのもあれだけど、テミガーも相当な自由人だ。

 気分屋で扱いが難しい。時々何を考えているのか分からない時もあるし。


「あの二人は放っておいて……ヘイム」


「なぁに? ただの荷物番の人」


「白髪巨乳の女の子に罵られるのもありかもしれないけど、この荷物どうすればいい?」


「お金を払ってくれれば、要望にはお応えするわよ♪ 奥の食堂に案内するからついて来て」


 マジか。ここは金さえ払えば望みが叶う場所なのか。

 一瞬過った誘惑を脳内で消化してから、ヘイムの後に続いて一階の奥へと向かう。

 食堂に近づくと食欲をそそる匂いが廊下へと漏れ出していた。


「えっと……追加の蒔きは……」


 中から聞き覚えのある声がする。

 横にスライドするタイプの扉をヘイムが開けると長椅子が並ぶ食堂があった。

 本当に学校の寮みたいだな。


 勝手な感想を呟いていると奥にある調理場に見覚えのあるポニーテール。

 桃色の髪はどこにいてもすぐに見つけられる。


「おい。お前何してんだ?」


「あ、お帰りユーゴ。何って食事の準備だけど?」


 何故かエプロン姿のルフが何食わぬ顔でそう返す。

 家庭的な姿にはグッとくるけどこれは見逃せない問題だ。


「とりあえずこれが今日の分の食糧らしい」


「ありがと、もう少しで出来るからね」


「いや。まずはこの状況を説明しろ」


 俺の言葉にルフが首を傾ける。

 頭の上に「?」マークが浮かんでいるようだ。


「みんな料理が苦手だからあたしが引き受けただけだけど?」


「自分が不器用なの知ってるよな?」


「失礼ね。少しくらい出来るわよ。この館は鍋に素材を入れるだけみたいだし」


「食材以外の何かを入れるとか勘弁してくれよ」


「そこまで不器用じゃないわよ!」


 本人がやる気だから止めても無駄か。

 それに複雑な調理手順があるわけでもなさそうだし、ここはルフのやる気に賭けてみよう。

 毒料理を出されたって、皆で食べるんだから苦しみは共有できる。

 もしも倒れたらその時に考えよう。


「彼女の手料理なんだから喜んで食べてあげないの?」


 いつのまにか俺の横に並んだヘイム。

 調理場と食堂を隔てるカウンターの上に肘をつき、横目で俺を見上げる。


「身体に害の出ない料理なら喜んで食べるさ。料理が得意な奴とか居ないの?」


「そんな家庭的なこと、この国の女がしていると思う?」


「なんか淫魔の国の闇を聞いてしまった気がする……」


「料理や裁縫なんて、運よく『普通の女』として男に買われた子じゃないとしないわよ。その代り……」


 ヘイムが身体を起こして、吐息がかかるくらいの距離まで顔を近づけてきた。

 細い指で俺の頬を触れる。


「男の欲望を満足させることには一級品よ。他国の女とは比べ物にならないくらい……」


 妖しく微笑むヘイム。

 俺の顔が映る彼女の蒼い瞳には、何故か『暗い影』が落ちていた。

 昔のことでも思い出しているのだろうか。

 この館でテミガーに拾われるまでは、色々あったようだし。


「ねぇ、あたしが居ること忘れてない?」


 カウンターの上に突き刺された包丁。

 それを握るルフの表情は、行動とは反対に満面の笑みだった。


「ワタシは彼女さんが怖いから失礼するわ♪ もちろんお金さえ払ってくれれば、さっきの要望にもお応えするから」


 俺から離れたヘイムが早足で食堂から去って行く。

 去り際にとんでもないことを言っていたけど……


「ユーゴ?」


「よし。俺も料理の手伝いするか。二人の方が早いし」


 カウンターを飛び越えて、調理場のルフの方へ。

 さっき渡した食材でも確認しよう。


「ねぇねぇユーゴ。あたしが何を聞きたいか分かる?」


 食材の入った袋の中を覗く俺。

 その背中越しから、「シャン、シャン」と金属同士が擦れる音が聞こえた。

 落ち着け。まだ選択肢を間違ったわけではない。


「ヘイムの去り際の発言の件か? あれなら彼女が勝手に言っているだけだ。客引きのための話題だろう」


「どうせ『巨乳の年下に罵られたい』とか言ったんでしょ?」


「お前、俺の心の中が読めるのか?」


 振り返ってルフそう返事をすると、包丁が顔の真横を通過した。

 やばい。怖すぎる。


「ホントに言ったの……?」


 ここで俺は己の失言を後悔した。

 ルフは適当に言ってみただけだったのだ。

 本当に俺がそんなことを言ったかどうかは考慮していない。


「……似た様なことは言った」


 ここで真相を避けるような発言は状況を悪化させる。

 とりあえず正直に話しておこう。


「ふーん……似たようなことねぇ。あんたのだらしない所は今に始まったことじゃないし、実行に移していないのならいいわ」


 そう言ってルフが包丁を降ろす。

 危機を脱したせいで、安堵のため息が出た。


「で、俺は何を手伝えばいい?」


「めんどくさいから食材全部その鍋にぶちこんで」


 ルフはそう言って寸胴を指さす。

 シチュー的な何かを作る気らしいが、その前に問題がある。


「いや。全部はマズくないか? 食材の下準備とか色々あるだろ」


「胃に入ればみんな一緒よ。火を通せば食べられるでしょ?」


 発想がワイルドすぎる。

 とりあえずぶち込んで方式は、怖れ知らずの男なんかが使う手だろうに。


「よし、俺とメインを交代しよう。やっぱりお前に任しておくのは危険だ」


「き、危険ってなによ! 失礼な!」


「さすがに食材を全部ぶち込むはダメだ。食べるのが俺だけならいいけど、他の人たちも食べるんだぞ?」


「大丈夫よ! この館の人たちは、皆胸に栄養が行っているから! 多少のダメージはそこから払われるはずよ!」


「胸は非常食的な何かじゃいんだぞ。男の夢を受け止める場所だ」


「どうせあたしの胸には夢なんて詰まってないわよ!」


 半泣きのルフが包丁を手に食材と向かい合う。

 一口サイズに素材を斬りながら「いいわよ。どうせ男は胸ばっかり……」などと、ブツブツ言っている。

 そう言えば淫魔の国の女性は、胸が皆大きい気がする。


 あくまでの俺の主観的な感想だけど。

 もしかすると寒冷の気候が影響しているのかな?

 身体が脂肪を貯めやすくしているとか。

 ちなみにルフの出身地である人魚の国は、常夏の気候だ。


 その気になれば年中海水浴が出来る国であり、人魚(マーメイド)たちも住んでいる。

 ギルド本部もあり、五か国の中でも中心的な役割を担うことも多い。

 五か国と体型の因果関係なんかを考えながら、袋の中から果物を取り出す。

 赤い果実のようなものだが、たしか栄養価が高いとか聞いたことがある。


「おい、ルフ」


「なによ。まだ何か不満でも……ん!」


 ルフの小さな口の中に果実をねじ込んでみた。

 そのまま人差し指で押し込むと、果実が大きくて頬が膨らむ。

 しばらくして口の中の物を飲み込んだルフが、キッと鋭い目つきで睨んできた。


「何考えているの!? 殺す気!?」


「栄養価が高いって聞いたから、お前の身体の足しにでもなればと思って」


「大きなお世話よ! 美味しかったけど……」


 ルフがそう言って、二つ目の果実を口に運ぶ。

 勝手につまみ食いするとは悪い奴だ。


「おい、つまみ食いなんてはしたないぞ」


「人の口に果実をねじ込んだ奴のセリフ!?」


 ルフの反応が相変わらず面白い。

 腹抑えて笑っていると、食堂の入り口付近から声が聞こえた。


「相変わらず仲が良いのね。あなたたち」


 扉を開けて入って来たのは、館の主人であるテミガーだった。


「このバカがあたしをコケにしてくるからよ!」


「あたしには分からないけど、ささやかな胸でも彼は満足しているんでしょ?」


「まぁ大体は」


 俺の返答にテミガーが、満足そうな笑み。

 腕を組んで胸を強調する。

 あざとい視線誘導に思わずつられた。


「こら」


 ルフに脇腹をキュッと摘ままれる。

 視線が移ってしまうのは、本能的なものだから許して欲しい。

 眠くなれば寝る。それくらいのことと同じである。


「彼女の前でそんな熱い視線なんて照れちゃうわ」


 テミガーが冗談半分にクスクスと笑う。

 遊ばれているのが丸わかりなのが誠に遺憾だ。


「遊びは程々にして、本題に入ったらどうなんだ?」


「あら、思ったよりも冷たいのね」


「そりゃさっき襲われた明確な理由を隠されたらな」


 俺の発言に隣のルフがピクリと反応した。

 さっきまでのふざけた雰囲気はなく、放つ空気が一瞬で引き締まる。

 切り替えの早さは流石だな。


「道中に襲われたの?」


「おう。武装した男たちにな。しかも精神的な操作が加わっていた」


「何悪いことしたの?」


「どうして俺が何かした前提なんだ?」


 ルフが小さな舌を出して、さっきの仕返しとばかりにバカにしてくる。


「目の前でイチャつかないでくれる?」


 テミガーがジト目で睨んできた。

 どうやら思った以上にことは深刻らしい。


「ずいぶんと余裕がないな。そんなんじゃ小じわが増えるぞ」


「……ねぇルフ。貴女の気持ちが少しだけ分かったわ。間違いなく貴女の胸が小さいのは、この男が神経を逆撫でするからだわ」


「もう慣れたわよ。あと胸は関係ないから」


 何故かルフが俺の腰に拳をねじ込む。

 今胸のことをイジッているのは、俺じゃなんだけど……

 ルフはさらに「ただ……」と言葉を繋ぐ。


「淫魔の神獣の子の余裕を削るなんて、余程の事態なのね」


「まだ大きな事件は起きていないわ。前触れかもしれないってだけ」


 テミガーが小さく肩を竦めて、近くの椅子を持って来て腰かけた。

 小さく「はぁ」とため息する姿は、少しお疲れ模様だ。


「多分この商業都市の掌握を行おうとしているグループが居る。そして背後には禁術が関与しているかもしれない。そりゃ頭の痛くなるわよ」


「禁術? 淫魔の国の禁術と言えば……なんだっけユーゴ?」


 そこまで言って忘れたのか。

 ルフの小ボケに思わず転びそうになる。


「『心転術』だ。相手の精神操作に侵入して操ると言われているけど……」


「使い手なんて遥か昔に途絶えている。今は僅かな文献から名前が確認されているだけよ。あたしも半信半疑なの」


 テミガーが「はぁ」と深いため息。

 確かに心転術の使い手が現れたのなら、厄介極まりない。

 生物の遠隔操作能力なんて、どう対策したらいいんだろうな。


 状況的には何者かが男たちを操っている。

 しかしその手段は幻と言われる禁術。

 気が重くなる気持ちも分かる。


「早いとこ解決しないと、商人同士の抗争にもなりかねない。今はお互いを疑っている状態で、どこも大々的な動きをしたくないのよ」


 想像以上に状況が複雑だな。

 ただしこの街を狙っている奴は、商業都市の構造をよく知っている。

 だったら相手が何者かはすぐに分かった。


「相手がそこまで狙っているのなら、首謀者は商人グループの誰かって訳だ。あぶりだせそうないい手は無いのか?」


「あるわよ。もちろんあなたたちの協力が必要だけど♪」


 ここまで聞いてしまった以上、無関係だと言い張るのは目覚めが悪い。

 ただ同じ神獣の子であるテミガーも居ることだし、俺が必要以上に働く心配は無いだろう。

 ちょっと協力すれば解決できるはずだ。


「この際だから別に構わないよ。俺たちだってお前に手伝って欲しいことがあるわけだし」


「商談成立ね♪」


 テミガーが笑顔で手を指し出す。

 もちろん俺はその手を何の疑いもなく握った。

 そしてその瞬間、テミガーの表情が急に真顔になる。


「じゃあ、しばらくはここの従業員として働いてもらうから。主人のあたしの言うことは絶対よ♪」


いつも間にか主従関係ができていた。

 やっぱりこいつは信用できない。

 不敵な笑みを浮かべるテミガーへ、心の中でそう呟いた。


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