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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第3章 欲望の求愛者
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第3話 緑色の統治者


「幻影の館の者だな。その命もらい受ける」


 抱えた荷物を少しずらして、前を覗くと黒装束の男。

 顔がフードに隠れており、表情を見ることはできない。


「勘違いでなければ、ワタシのお客様にはそんな物騒な方は居なくてよ?」


 ヘイムが余裕のある返し。

 遊女である彼女が戦えることは想像していなかった。

 もしかして意外と戦えるタイプなのだろうか?


 黒装束の男が指をパチンと鳴らす。

 それが合図となり、後方から男たちが出てくる。

 ちなみに今俺たちが居るのは細い一本道だ。


 前には黒装束の男。

 後ろには武装した男たち。

 完全に逃げ道を封鎖された。

 しかも目を凝らすと、黒装束の男の後方にも武装した男たちが居る。


「一応確認なんだけど仕事上、何か恨みを買うようなことはあるのか?」


「うーん。身体を許さず、お金だけを巻き上げたときかしら?」


「心当たりは?」


「ありすぎて分からないわ」


 こちらを向いて満面の笑み。

 余裕なのは結構だが、どうやって切り抜けようか。


「余裕そうだけどお前は戦えるのか?」


「何を言っているの? ワタシはか弱い女の子よ? 無理に決まっているでしょ」


 ドアが顔で言うことかな?

 それならマズいぞ。

 たぶん俺が戦う必要があるけど、荷物を危険にさらしてもいいものか。


「哀れな女だ。かかれ」


 黒装束の合図と同時に前後から武装した男たちが迫って来る。

 とりあえず抱えている袋の中身が出ないように、真っ直ぐ上に投げた。


「とりあえず、これ着て大人しくしてろ」


 魔力を流した外套をヘイムに着せる。

 受け取る魔力量によって、硬度の変わる外套は下手な鎧よりもよっぽど安心だ。

 ヘイムがしっかりと外套を着たのを確認してから、壁に背中を向けて半身になる。

 視線を左右に動かして、襲ってくる男たちを観察した。

 そして違和感。


 ――気配がない


 厳密には何か意志的なものが欠落している。

 普通こういう場合は、明確な殺気を向けられるものだ。

 しかし襲ってくる男たちは、武器を持って殺気を発してはいるが、その意思がどこかバラけている。

 目の前の俺たちに集中していないように感じた。


「それでも襲ってくるのなら、迎撃はさせてもらう」


 両腕に発動させた赤い炎を纏わせる。

 男たちの足元を狙って、炎を伸ばした。

 武装した男たちの足が赤い炎で焼かれる。

 普通ならこれで動けなくなるはず……


「足が燃えているのに来てるわね」


 俺の赤い外套のフードをかぶり、俺の陰に隠れるヘイムが呟く。

 武装した男たちは足が燃えたまま突っ込んでくる。


 痛覚か何かが消えているのか?


 少なくとも正気とは思えない。


「あんまり派手に放つと、街に燃え移りそうだな」


 ここは狭い路地。

 俺の炎が民家に燃え移れば、あっという間に火の海だ。

 それだけは避けないといけない。

 闘術を使って接近戦で倒そうにも、真上に投げた食材を気にしながら戦わないとダメだ。

 買い出しに来ただけで、なんでこんなややこしいことに……


 相手を倒すことよりも、ここから逃げること、場所を変えることに頭を切り替える。

 両腕を雪で覆われた路面につけた。

 一瞬だけヒンヤリとした冷たさが身体を駆け巡るが、すぐに炎で押し返す。

 俺とヘイム、そして両側から襲ってくる男たちとの間に炎の壁を生成した。

 これで少しは時間を稼げるはず。


「よし。逃げるぞ」


「わっ、強引♪」


 お姫様抱っこされたヘイムは相変わらず余裕そうだ。

 上を向くとさっき投げた食材の入った袋がちょうど建物の屋根くらいの高さにある。

 ジャンプしながらキャッチすれば、屋根伝いに逃げられそうだ。

 ヘイムを抱えたまま、大きくジャンプ。


 徐々に建物屋根へと近づく。

 食料の入った袋をキャッチするため、右手を伸ばした時だった。

 屋根の上には先客がいた。


「食べ物は粗末にしちゃダーメ♪」


 聞き覚えのある声。

 粉雪が舞っているというのに、襟ぐりの広い娼婦のような服装。

 脛まで伸びたスカートから寒い風とかは入ってこないのだろうか。


「テミガー様?」


 ヘイムが屋根に居た先客に気が付いた。

 俺たちの着地先に居たのは淫魔の神獣の子、その人だった。

 彼女は緑色の髪を揺らして、右手を伸ばす。

 食材の入った袋を軽々とキャッチした。


 闘術の扱いに慣れているはずだから、その怪力を使えばこれくらい楽勝か。

 女の子に言ったら失礼なことを思いながら、テミガーの横に着地した。


「久しぶりね。ユーゴ♪」


「おう。相変わらずお前は神出鬼没だな」


「あら? この国に来て早々、幻影の館(うち)の子を口説いている貴方に言われたくないわ」


「俺は口説いたわけじゃ……」


 言葉の途中で襲撃してきた男たちから屋根に向かって武器が投擲された。

 斧や槍、中には石なんかもある。


「無駄なことはやめなさい」


 テミガーが袋を持たない左手をかざす。

 風が円形に吹いて、風圧だけで全ての得物の勢いを殺してしまった。

 バラバラと雪の上に武器たちが落ちていく。


「さすがの魔術だな」


「男前に褒められるのは嬉しいわねぇ」


 ヘイムを降ろして、テミガーの横に立つ。

 淫魔の神獣の子である彼女は、風属性の魔術が得意分野だ。

 それ以外にも淫魔の神獣(アルンダル)の『ある能力』を受け継いでいる。


 単純な戦闘なら俺の方が圧倒的に上だが、特殊性という意味ではテミガーに軍配が上がる。

 結局、神獣の子も万能ではなく、それぞれの得意分野などがある。

 苦手な分野でも、普通の人よりも優れているのは事実なんだけど。


「女ひとりへの恨みを晴らすためにここまでするのか? この国は」


「あら? うちの子たちはいい子たちばかりよ。襲撃されるような営業はしてないですもの」


「当人はされそうなこと言ってたぞ」


 後ろに居るヘイムに視線を移すと、満面の笑みを返された。

 営業スマイルで作り笑顔には慣れているのだろう。

 それは見事な『笑い顔』だった。


「……詳しい事情は後で話すわ。いいタイミングで来てくれたし」


 テミガーの声のトーンが少しだけ低くなる。

 どうやら彼女なりに何か困ったことになっているらしい。

 絶対めんどくさいことだよなぁ。

 しかしこの国で頼れるのは、テミガー以外に存在しない。

 ルフやアレラトもいるし、なんとかなるか。


「で、この状況はどう切り抜ける?」


「全員お仕置きよ♪」


 テミガーの身体がフワリと浮いて、屋根から飛び降りる。

 風属性の魔術の補助が加わっているせいか、落ちる速度がかなり遅い。

 地上に居る男たちから見たら、恰好の的だろう。

 もちろん相手がそれを見逃すわけもなく、再び得物たちが一斉にテミガーへと投げつけられる。


 しかし数々の武器はテミガーの身体には一斉当たらない。

 厳密には相手が勝手に外している。

 

 ――さすがの『幻術』だな


 淫魔の神獣の子のみに許された特殊な魔法である幻術。

 仕組みはよく分からないが、見ている者の認識をズラす術だ。

 幻術の発動中はテミガーを狙った攻撃を全て狙いがズレる。


 雪上に降り立ったテミガーの両手に緑色で半透明の魔力剣が握られる。

 闘術と魔術を混ぜ合わせた近接戦闘。

 そして高速での接近戦でこそ、幻術は最大限の効果を発揮する。


「さぁ……刺激を頂戴ね♪」


 妖艶にそして狂喜、そんな笑みを浮かべた彼女が粉雪の中を舞い踊った。












「流石です。テミガー様」


「あんまり危ないところに行っちゃダメよ」


 テミガーがヘイムにそう返す。

 俺はそのやりとりを見ながら、意識を失った男たちを一か所に集める。

 テミガーに斬られたとはいえ、命に別状はなく軽傷で意識を失っているだけだ。


「商業都市には衛兵とか居るのか?」


「基本的には居ないわよ。それぞれ商人たちがグループを作って、勝手に傭兵や冒険者を雇っているわ」


 さすが人間が支配する中(・・・・・・・・)で最も治安の悪い都市。

 無法地帯と言われればその通りだ。


「だけど商人たちもお互いが相手にある程度依存しているから、あんまり無茶はしないわよ。結果的にそれが商業都市の治安維持に繋がっている側面もあるし」


 テミガーがそう言って両腕を上に伸ばした。

 お金のやり取りが発生する商人同士、相手に言えないこともあるのだろう。

 規模は小さいが、取引のある会社同士みたいだ。


「その商人たちのグループとの話し合いが今日だったのか?」


「相変わらず無駄に察しが良いわね。その通りよ。これでも私、結構発言力持っていて、統治者(ドゥーチェ)って呼ばれているんだから」


 テミガーが腰に手を当てて胸を張る。

 豊かな胸の揺れに思わず目を奪われた。

 あと隣で「流石です。テミガー様」とヘイムが目を輝かせている。

 まぁ命の恩人で拾ってくれた人相手だから、多少の信仰的なものは仕方ないか。

 実はアレラトに聞いたことは黙っていよう。


「はいはい。お前が好き勝手やっていることはよく分かったよ」


「どうも~、だけど相方はどうしたの? まさか別れたとか?」


 俺の相方と言えばルフのことを言っているんだるが、何故かテミガーは嬉しそうに「ねぇねぇ、どうなの?」と聞いて来る。


「残念ながら、今は幻影の館で開店の手伝い中だ。俺だけ買出しに連れてこられたんだよ」


「ふーん。残念ねぇ。貴方がルフ(あの子)と別れたら、色々と面白そうなのに♪」


「笑えない冗談だな」


 多分もしも俺がルフと別れたと知ったら、ソプテスカを始め他にも騒ぎ出しそうな奴らが動き出す。

 俺の身体が一つじゃ耐え切れなくなるだろう。

 世界の平和の為、何よりも俺の平和の為、それだけは避けなければ。


「じゃあ帰ろうかしら。荷物をお願いねぇ~」


 俺にそう言って、テミガーが歩き出す。

 食料の入った荷物を俺が抱えるのは何も問題はないが、気になることが一つだけあった。


「男たちをそのままにしていいのか?」


 袋を抱えたまま、顎で一か所に固められた男たちを指す。

 襲ってきた相手の情報を持っているかもしれない。

 どこの商人グループかぐらいは、割り出せるような気がする。


「テミガー様の決定に文句?」


「別にそう言わけじゃないよ、ヘイム。ただ襲われた相手の情報が、多少は分かるかもしれないだろ?」


「お金を払わない男の情報なんてねぇ」


 本当に興味の無さそうなヘイム。

 襲われていた時もそうだったが、彼女の無駄に余裕な態度はなんなのだろう。

 それとも淫魔の国ではこれが日常過ぎて、慣れているとか?


 買い出しの度に襲われるなんて、流石に物騒すぎるだろ……


「意識が戻ったところで何聞いても無駄よ。最近流行りの手口なの」


 スタスタと歩いたままテミガーが答えてくれた。

 すでに路地から出た彼女の後を追って、俺も大通りへと移動する。

 そのまま並んで歩くが、テミガーは本当に男たちへ何も尋問をしない気らしい。


「流行の手口ってのは?」


「あとで詳細は話すけど、ここ最近商業都市で起こっている事件の犯人たちは口をそろえてこう言うの、『何も覚えていません』って」


「記憶障害なのか?」


「いえ。いたって健康みたいよ。ただ事件を起こした時の記憶がスッポリと抜け落ちているの。興味深くない?」


 横目でこちらを見たテミガー。

 挑発的な視線が俺の身体に突き刺さる。


「当人たちは覚えておらず、まるで『操られている』ようだと?」


「状況的にはそう考えるべきね」


「そいつは、まさかだな……」


「その『まさか』かもしれないから、おもしろいんでしょ?」


 テミガーの口角が少しだけ上がる。

 刺激的なことがないかといつも口癖のように彼女だ。

 今回の事件の匂いがとても香ばしいらしい。


 他人を操る能力。


 心当たりがないわけじゃない。

 ただあり得ないと思うのも事実だ。

 何故ならその力は……


 ――禁忌と呼ばれる力だからだ

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