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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第3章 欲望の求愛者
40/70

第2話 幻影の館の日常


 どうしてこうなった。


 目の前の光景を見て心の中で自分に問いかけた。


「ワタシが最初に声をかけられたの。だからワタシの客ですぅ」


 俺の左腕に豊かな胸を押し付けながらヘイムがそう宣言した。

 そして目の前に居る女たちが様々な反応を示す。


「若い男の客なんてズルい!」


「まぁ、新規なんて今さらよねー」


「男前だから欲しかったなぁ」


 反応は色々だが、問題は彼女たち全員がわざわざ廊下に出て来たことだろう。

 俺とルフがヘイムと話していると、部屋から次々と女たちが出てきた。

 どうやらこの部屋は、疑似キャバクラ『幻影の館』で働く女性たちの待機場所らしい。

 

 客の取り合いなんてよく聞く話だけど、どうやら女たちは俺をヘイムのお客さんだと勘違いしたようだ。

 ただ何故かヘイムが俺の腕を掴んで離さない。

 別に柔らかい胸の感触を楽しみたいとか、やましい考えはない。

 俺が客ではなく、テミガーに用がってこの店に来たことを知っているのに、解放してくれないことに疑問を抱いているだけだ。


「いつまでそうしてつもり!? 早く振りほどきなさいよ!」


 いつの間にか蚊帳の外となっていたルフの声。

 女たちの視線が一度彼女に集まる。


「え? 素人の女持ち?」


「ドロドロしてきたぁ!!」


「胸が無いから他国の人かしら? 顔とスタイルはいいのに残念」


 女たちの言葉の暴力にルフのこめかみに血管が浮き出る。

 やばい。マジで怒りが頂点だ。


「ねぇ……ユーゴ?」


 恐ろしく冷たいこのトーン。

 返事をしてはいけない。

 反応したら聞こえたことを認めてしまう。

 しかし無視しても地獄が待っている。

 俺はやや強引に腕に抱き着くヘイムを振り払った。


「すまないけど、俺は客じゃないんだ。素敵な女性に囲まれて嬉しいけど、まだ死にたくないから失礼する」


 周りの女性たちにそう返して、包囲網を抜けて廊下の奥へ。

 幸いなことに一番奥の部屋は、名札が掛かっていない。

 フリーの部屋らしい。


「ルフ。とりあえずここでいいか?」


「つべこべ言わずに早く入りなさいよ」


「はい……」


 背後から発せられるあまりの殺気に本能が抵抗することを拒否していた。

 ルフの指示通りに部屋の扉を開けると、鏡付きのテーブルにベッドが一つ。

 外の通りが見える唯一の窓には、霜ができていた。

 思った以上に暖かかったことに驚きながらも、シンプルな部屋に足を踏み入れる。


 本当に必要最低限の生活の確保って感じだ。

 食堂とかは別だろうか?


「ユーゴ」


 部屋の感想を勝手に考えていると、ルフに名前を呼ばれた。

 もう扉は閉まっているはずだから、この部屋には俺とルフしかいない。

 怒られたとしても、誰にも見られる心配はなかった。


「なぁ、怒る気持ちは分かるけどあれは不可抗力で……ん!」


 適当な言い訳を並べながら、振り返るとルフに口を塞がれた。

 彼女の小さな舌が、俺の口内を蹂躙する。


「おい、どうした?」


 顔を少し後ろに引いて、口を離す。

 俺の方が身長が高いため、ルフは背伸びをしないと口まで届かない。

 頬を紅潮させたルフが背伸びを一瞬やめる。

 しかし再度背伸びをして迫ってきた。

 そして小さな唇で甘く囁く。


「うるさい……黙ってなさい……」


 再び口を塞がれ、息が苦しい。

 どんどん体重を預けてくるルフ。

 そのせいで重心が徐々に後ろにずれる。

 一歩、また一歩と後退して、部屋にあるベッドに近づく。

 

 ルフに胸元を押されてベッドに背中から倒れこむ。

 僅かに沈んだベッドが俺の身体を受け止めた。

 ルフは仰向けに寝転ぶ俺の上に四つん這いで覆いかぶさる。


 再び顔が近づいて来た。

 またキスされるのかなと勝手な期待を抱いていると、鼻を指で挟まれた。


「顔がだらしない」


「元からこういう顔なんだ」


「ふーん……」


 鼻を挟むルフの指に力が込められる。

 桃色の瞳が俺を捉えて離さない。


「ちょっと隙が多すぎるんじゃない?」


「いや、ヘイムやさっきの廊下の件は不可抗力だろ」


「デレデレしてたくせに。そんなんだから勝手にソプテスカの婚約者に祭り上げられるのよ」


「あれは貴族たちを出し抜く罠で……」


「ソプテスカは本気だった……」


 唇を尖らせて、拗ねた表情。

 もしかして最近教会での騒動から、あんまり構わなかったことが不満なのか?


「ちゃんと相手してやるから」


「今してくれないと、いやっ」


「はいはい。分かりました」


 鼻を挟むルフの指先を一つずつ外す。

 そして右手で彼女の頬に触れた。


「ばかっ」


 そう言ってルフが顔を俺の胸に埋めた。

 傍から見ると俺の上にルフが乗っているように見えるだろう。

 優しく頭を撫でてやると、少し気がほぐれたのか呼吸が穏やかになった。


「ユーゴは愛人欲しい?」


「……お前が居なくなるならいらない」


「あたしがいいよって言ったら?」


「即刻誰かを愛人にする」


 ルフが即座にわき腹をつまんだ。


「どうせそう言うだろうと思った」


「なら聞くな。ただ何人女の子が周りに居ようが、俺の相棒が務まるのはお前だけだ。『約束』だってあるしな」


「ちゃんと覚えてたんだ」


「もちろん。俺から頼んだことだしな」


「そうね」


 ルフが短くそう返して、顔を上げた。

 潤んだ桃色の瞳。

 俺はその真っすぐな瞳が好きだ。

 

 三年前は俺にとって彼女は守る存在だった。

 自分の後ろに居る。だから目の前の敵を倒す。

 そう考えていた。


 ――でも、今は違う


 守るべき存在であることに変わりはない。

 でも今は一緒に隣を歩き、背中を預ける存在だ。

 同じ景色を見て、時々反対を見て、歩幅を合わせて一緒に歩んでいくそんな存在だ。


「日中からおアツいことで~」


 入口の方から声。

 そこには扉に身体を預けるヘイムが居た。

 彼女が水色の瞳を細める。

 

 俺たちを観察するかのような視線。

 その視線でようやく正気に戻ったのか、ルフが目にもとまらぬ速さで離れた。


「なななな、何してるの!?」


「それはワタシのセリフよ。ちょっと用事があったから来てみたら、密室でイチャコラしてるんですもの」


 ヘイムが腰まで伸びた白髪を揺らして肩を竦める。

 よその家で勝手に盛り上がっていたといわれれば、その通りなので何も返せない。

 この件に関してはヘイムの言い分が正しかった。

 ただし勝手に覗いたことには、議論の余地があるだろうが……


「この店の女たちは覗きが趣味なのか? 廊下で聞き耳立てている連中は何が目的だ?」


「あら? バレてたの? まぁいいわ」


 薄い唇で笑顔を作り、ヘイムが細く白い人差し指を俺へとむけた。


「買い出しに付き合ってくれないかしら?」


 はい?















 商業都市の中央付近にある大聖堂。

 見上げるほど高い天井にはシャンデリアが吊るされ、内部を暖かい光で照らしている。

 屋内は快適な温度で保たれているから、火属性の魔術を使う魔術師でもいるのだろか。

 奥には淫魔の神獣アルンダルの銅像が飾られているが、誰も目の前で祈ったりはしない。

 信仰心という意味ではこの国の人たちはないに等しい。

 人間関係は打算的で利害関係を重視する傾向が強かった。

 現実的といえば、そうかもしれない。


 俺はヘイムに大聖堂へと連れてこられたが、もちろん祈りを捧げて懺悔するためではない。

 むしろ女性関係で懺悔すると淫魔の国の気質上、状況が悪化しそうだ。

ちゃんと全員面倒を見ろとか言われるかもしれない。

 大聖堂には買い物するために来た。


 雪にさらされず、一定の温度が確保されていることから、商人たちが布を広げて商品を並べている。

 占領している領域はそれぞれ違うので、中には五人分くらいの規模を使って、わざわざ屋台を組み立てて売る猛者もいた。


「えーっと……これが人数分と……」


 目の前のヘイムが張りのあるお尻が動く。

 手に持ったメモを見つめながら、前かがみになって店の商品を見る彼女。

 たぶん今頃前方から見ると、胸元が緩くて素晴らしい景色が広がっているはず。

 事実、店主のおっさんの視線はヘイムの胸に集中していた。


「じゃあこれだけよろしく」


「お、おう。幻影の館の者たちの買い物は凄いと聞いていたが、噂通りだな」


 注文を受けた店主のオッサンが圧倒されている。

 何をそんなに頼んだのか知らないが、オッサンが袋を取り出す。

 今俺たちがいるのは、保存食等の食料が並ぶ露店だ。


 竜の国とかでは、あまり見かけない保存食は物珍しく見える。

 味は美味しいのかな?


「男手があって助かったわ♪」


 白銀の髪を揺らしてヘイムがこちらを向いた。

 年齢は俺より下の十七歳。ルフと比べても年下だ。

 それでも彼女は妖艶な雰囲気を発していた。


「まだ何もしてないけど?」


「今からアナタに買った荷物を持ってもらうのよ」


 女性の買い物に男性の力が使われるのは、どの国のどの世界でも同じか。


「別にいいけど、どんくらい買ったんだ?」


「幻影の館、全員分の夕食の食料」


 俺の中で何かが崩れる音がした。

 全員分の食料?

 あの寮みたいな部屋に居た女全員分?

 まだ上の階にも居るならさらに増える?


 今から持たされる荷物の予想に、思わず現実から逃げ出したくなる。

 ルフを館に残らせたアレラトを今は少しだけ恨んだ。


 俺について来ようとしたルフは、受付に居たアレラトのお願いで開店準備を手伝うことに。

 本人は断ろうとしたが、どうしてもと言われて承諾。

 俺とヘイムが出発する際には「変なことしないこと!」と忠告していた。


 密室で男を襲ったやつが何を言っているんだ。

 説得力に欠けるだろう。

 ヘイムには表情でそう言われた。


「買い出し当番だったから助かったわ」


「俺からしたらただの災難だよ」


 ため息交じりにそう返して、店主のオッサンからパンパンに膨れ上がった紙袋をもらう。

 両手で持つと足元が見えない。

 雪で滑りやす場所もあるから、転ばないか心配だ。


「頑張れよ! 兄ちゃん!」


 店主のオッサンがそう言って俺にエールを送る。

 たぶん俺は、何か複雑な事情があって働いていると勘違いされている。

 ただ旧友に会いに来ただけでえらい扱いだ。


「そういえばヘイムは何であの店で働いてるんだ?」


「ただの成り行きよ。食べる物がなくて、死にかけた所をテミガー様に拾われただけ。あの店に居るのは、みんなそんな感じかなぁ」


 さらっと言っているが、路頭に迷って死にかけていたらしい。

 さすが淫魔の国。結構ハードな経験をしているようだ。

 

 大聖堂の外に出るとやっぱり粉雪が舞っていた。

 屋内では感じなかった寒さが一気に身体から体温を奪おうとする。

 身に着けている外套がなかったら、すぐに凍えていたな。


「意外だな。テミガーの面倒見がいいなんて」


「いい方よ。淫魔の国では珍しく、女性の地位をちゃんと考えている人だから。今までそんな女性は一人も居なかったのに」


「また色々と揉めそうなことを……」


「昔からの商人たちは、気に入らない人が居るみたいね。時々店にも嫌がらせに来るけど、アレラト君が大体処理してくるかな」


 思った以上にアレラトが役に立っていた。

 ただの家出ってわけじゃないらしい。

  

 その後もヘイムと色々どうでもいい話をしながら歩く。

 ただ体感の時間で大聖堂に向かう時よりも、時間がかかっているように感じる。

 土地勘のない俺は、ヘイムの指示で歩いているだけなんだけど……


「うーん……迷った!」


 明るい声でヘイムがそう叫んだ。

 迷うこと自体は別に構わないが、今のように荷物を持たされている状況では遠慮したい。


「おい。早くしないと皆のご飯が雪まみれになるぞ」


「その時はアナタのせいにするわ。それか身体で払ってもらうから」


「人身売買でもされるんですかね?」


「男の奴隷というのも、またいいものかもしれないわね」


 この十七歳、なんてことを言いやがる。

 自分の身体の売買が気になり始めたとき、男の声が聞こえた。


「幻影の館の者だな。その命もらい受ける」




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