第3話 中身
パチッと火に煽られて細木が弾けた。
木に刺さった魚と鹿の肉。
香ばしい匂いに腹の虫を暴れる。
「お腹なり過ぎでしょ」
焚火の対面に座るルフがクスクスと笑う。
昼飯も食べずに、一日動けばお腹もすく。
はぁとため息をして空を見ると、雲が茜色に染まっていた。
ゴブリンを倒した後、怪我をした女性を探したけれど結局姿は見つからなかった。
血の跡を辿ったが、止血を施したのか途中で途絶えていた。
その後も周りを調べてみたが、何も手掛かりは見つからず元の場所に戻ってきた。
道中で見つけた鹿を狩り、ルフが捕まえた魚と共に焼かれることに。
思わぬ足止めをくらってしまい、依頼達成の日が伸びてしまいそうだ。
「お酒飲みたいなぁ」
茜色の空に向かって呟いた。
「禁酒するチャンスよ。これを気に、あ……」
目の前の女の子のお腹が鳴った。
視線を戻すと顔を赤くするルフ。
「お腹なり過ぎだろ」
「う、うるさい! あんたも人のこと言えないでしょ!」
「働いた後だからな」
焼かれた肉を手に取り、噛り付いた。
調味料がないのが残念だ。
新鮮な肉の味もいいが、調理された物より美味しさはやはり劣る。
神獣の子が現れて、魔帝を倒した後から、五か国の交流が以前にも増して積極的に行われるようになった。
それまでは利害で協力することはあっても、お互いの技術を開示するようなことは少なかった。
しかし交流が進み、戦争が行われない世界は生活が充実するようになる。
農業の効率化。
さらなる味の追及により、調味料も増えた。
最近では米がブームらしい。
この前食べたが、かなりの美味だった。
懐かしい記憶も蘇るくらい、米には懐かしい味がした。
「塩でも振って……」
ルフが小瓶を取り出し、焼き魚にパラパラと振る。
「おい。なんでそんなもん持ってんだ」
「昨日泊まった村で買ったの。安くしてくれたから」
「よし。俺にもくれ」
「コショウもあるけど?」
「もう胸なしとか言ってバカにしません。女神様」
「女神はやめなさい」
ジト目でルフが睨む。
本人は流星の女神の名称がお気に召さないらしい。
「いいじゃねぇか。流星の女神、結構カッコイイと思うよ……プ」
「せめて笑いを堪えて言いなさい!」
魚が刺さっていた細木が顔の横を通過する。
「あぶなっ」
「次は外さないわよ」
ルフが殺る気満々で尖った細木を構える。
「ただの怖い女だな。女神なんて名付けた奴は誰だ」
「心の声が漏れてるわよ!」
ルフのツッコミに肩を竦めた。
塩と胡椒の入った小瓶は、結局借りられなかった。
少し物足りなさを感じながら、再び肉にかぶりついた。
食べ終わる頃には、すっかり辺りは暗闇に包まれていた。
お腹も膨れて俺たちはここで野宿することにした。
夜の道を移動する選択肢もあったが、期限を決められている依頼でもない。
急ぎたいが急ぐ必要もなく、危険が伴う移動は面倒だということで出した結論だ。
幸い、馬車の中は寝転べるスペースが残っている。
念の為周りの警戒は必要だから、二人ともってわけにはいかないだろうけど。
地べたで寝る必要がないだけでも助かる。
「あの女の人無事かな?」
「さぁな? 少なくとも死体は見てない」
「肌の黒いゴブリンなんて初めて見た」
ルフの言葉が嫌なことを思い出させる。
俺たちが昼間狩ったゴブリンの肌は黒かった。
基本的にあの手の魔物の肌の色は、住む場所の保護色になるように決まる。
森の中に住むゴブリンなら、緑がもっとも多い。
それとも土の色にあった茶色とか。
あの黒い肌は。自然内ではあまりに目立ちすぎる。
保護色とは考えづらい。
「新種かもな。三年前の戦争と『神力』が影響しているのかも」
五体の神獣と五人の神獣の子が一同に参戦した三年前の戦争。
魔帝アムシャティリスと呼ばれる神との戦いは、熾烈を極めた。
多くの人が死に、街が破壊されていった。
それでも神獣の子は何とか勝利した。
それと同時に魔力に代わる新しい動力が発見された。
それが神力と呼ばれる物質だ。
神獣の子の規格外の力の源であり、ただの人間には毒となるほどの過剰な力。
今は色んなことに応用するため様々な研究がされている。
その反面で魔物に影響を与えた可能性も否定できない。
事実この三年間で発見された新種の魔物の数は多い。
物事には良いことも悪いことも、二面性がどうしてもつきまとう。
神獣の子の与えた影響が良いことだけじゃないように……
「どうする? この依頼が終わったら王都へ報告に行く?」
「あんまり気が乗らないなぁ。国王と王女に会うのは」
「絶対食事に誘われるもんね」
「一般人が国王と食事なんて、怪しまれるに決まってる」
竜の国の王は、俺が竜の神獣の子と知る数少ない人物の一人だ。
もちろん王女様も知っているけど、あの人たちは俺が世間的にはただの冒険者だと言うことをよく忘れている。
王女様が「次の王になる人です♪」とか周りに言っていた時は、本気で焦った。
「あんたもお酒を飲むのが嫌な時もあるのね」
「気楽に飲みたいだけさ」
集めた細木を焚火の中に放り込む。
赤い炎の勢いが少しだけ増した。
「だけど開けてはいけない運び物ってなんだろう?」
「お前も中身に興味があるのか?」
「開けないからね」
「はいはい、分かっているよ」
ルフの鋭い視線に肩を竦めた。
俺たちをつけている人物が居る事実、運んでいるのは中身を空けてはならない品。
怪しい匂いプンプンだ。
さらに問題なのは、俺たちをつけていた人物がゴブリンに襲われた女性の可能性があると言うこと。
つまり俺たちは二つの陣営に挟まれたのかもしれない。
ダメ人間と言われるかもしれないけど……投げ出したい。
何も知らない今のうちにこの依頼を投げ出したい。
中身を知れば何か分かるかもしれないけど、後戻りは出来ないような気がする。
貴族の男に荷物を渡してすぐにサヨウナラする。
うん。これが一番楽で厄介事に巻き込まれない手だ。
だから明日は真っ直ぐ依頼の街まで移動だな。
そう自分に言い聞かせるが、中身が気になるのも事実だった。
「こら。ダメな考えが浮かんでるでしょ」
「……よく分かったな」
「黒幕を暴こうとは思わないの?」
「可愛い女の子に頼まれたのならまだしも、自分から動くのもなぁ。ルフが働くのなら大歓迎だけど」
「怠け者め」
「褒め言葉だね」
そう。俺はただの怠け者だ。
いざとなったら動けばいい。
もちろんそんなことは希望してないけど。
「三年前に一生分働いたからな。後はノンビリ世界を旅して楽しく酒を飲むだけさ」
ルフが「面白くない」と言いたげな表情。
今の俺の生活を見れば分かるだろうに。
「あんたの戦う所、結構好きなのに……」
「光栄だねぇ。だけど俺としては遠慮したいね。それに……」
「それに?」
「ルフとゆっくり出来るから今の方がいい」
「うっ……よくそんな恥ずかしいこと言えるわね……」
火に照らされた彼女の顔に影が出来る。
どんな表情をしているのか、ここからは分からない。
俺は選んだ。
神獣の子としてではなく、人間として生きることを。
目の前の彼女と一緒に居ることを。
――竜の神獣の子は死んだ
世間的な認識はそうなっている。
三年前の魔帝との戦争で死亡したと。
別にそのこと自体を悲観してはいない。
元々人間として生きたいと言って、竜の神獣の元を去ったのだ。
死んだと認識された方が動きやすいし、怪しまれずに済む。
あんまり働かないんだけど。
「俺が見張りしとくからもう寝ろ。寝不足は美容の大敵だぞ」
「ありがと。お言葉に甘えるわ」
ルフが小さく欠伸を一つ。
立ち上がり、馬車の元に行くかと思ったら、何故か俺の横に腰を下ろした。
「足伸ばして」
言われるがまま足を伸ばすと、俺の太ももを枕にして横になった。
「おい。何やってんだ」
「一人で起きとくの寂しいでしょ? だからここで寝てあげる」
寝転がったルフが見つめてくる。
「恥ずかしい奴だ」
「あんたに言われたくない」
クツクツと笑っていると脇腹を摘ままれた。
「ムカつくくらい引き締まってるわね」
「鍛えてるからな」
「鍛えてるの見たことないけど?」
「……人の見えない所で努力するのさ」
ルフが「あっそ」と素っ気ない返事をして目を閉じた。
自分から話を振っといてヒドイ奴だ。
静かな森の夜に焚火の細木がパチっと弾ける音だけが響く。
もう慣れてしまったが、村の宿に比べるとやっぱり少しだけ寂しかった。
ルフが肩を小さく上下させている。
肌寒いのか身体を丸くした
馬車の中で寝ずにこんな夜風に晒される所で寝るからだ。
とりあえず外套を慎重に脱ぐ。
万が一ルフを起こしてしまったら、怒られるのは目に見えている。
「上手く脱げてよかった」
ホッと一息ついて、ルフに外套をかける。
保温にも優れた品だ。
風邪を引く心配は無い。
事実俺が野宿していて風邪を引いたことはないのだから。
いや。常人より免疫の強い神獣の子には関係ないのか。
色々な考えが浮かんでは消える。
身体を冷やさない為に、焚火に再び細木を入れた。
「ん……」
浅い微睡の中で目をうっすらと開けた。
鳥のさえずりが聞こえる。もう朝らしい。
ただし、ルフは穏やかな寝顔を浮かべていた。
途中で寝落ちしたせいで焚火に使った細木が、白い灰になっていた。
少し体が冷えると思ったのはそのせいか。
ルフから外套を返してもらい身に着ける。
やっぱり暖かいなぁ。
明け方の森には霧が立ち込めて、視界がまだ悪い。
太陽が出て間もないから、それも仕方ないか。
「ルフ。朝だぞ。起きろ寝坊助」
「っ……」
ルフが身体を起こして目を擦る。
「よく眠れたか?」
「へ?」
まだ頭が完全に起きていないのか、目が半開きだ。
「ヨダレ、ついてるぞ」
彼女の口元を指さす。
眠そうな表情が一気に華やかになる。
顔を真っ赤にして口元を拭うルフ。
「う、嘘!? あたしずっと寝てたの!?」
「そりゃもうグッスリと」
「起こしてよ! 見張り交代したのに!」
「あんな寝顔見せられたら起こせないよ」
何故か怒るルフを放置して立ち上がる。
馬車に近づき、荷台に乗せた荷物を見た。
魔力を感じない木の箱が大半で、大体は普通の箱で中身もガラクタらしい。
しかし一つの箱だけ違和感。
棺桶のように縦に長い箱だ。
近づいて箱を改めて観察する。
厳重に釘を打ちつけられ、さらに魔術による強度付加までしてある。
釘はかなり雑な感じだが、魔術による付加がこの箱だけ厳重にしてある。
それに中から魔力よりも生命力を感じる。
物ではなく、生きている者の感覚。
貴族の運搬物の本命がこの箱なのは間違いない。
開けたら戻れないぞ。
自分にそう言い聞かせるが、興味が勝ってしまう。
魔力を右手に集めて木箱に添えた。
「ちょ、ちょっと! 何する気!?」
「この箱を開ける。生きたまま中に入れられたのかもしれない」
状況を把握したルフはそれ以上何も言わなかった。
掌に集めた魔力を箱に流す。
広がった魔力が木目に裂け目を入れた。
「マジか……」
「どうしよ……」
崩壊した箱。
その中から出てきたモノを見て、俺とルフは戸惑う。
中から出てきたのは、白い髪と耳を持った獣人の少年だった。