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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第2章 代行者たちの宴
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第17話 鎮圧


「ユーゴさん……」


 後ろに居るヴォ―テオトルから消えそうな声が聞こえた。

 俺の呼び名が『殿』や『さん付け』でブレていることは、今は放っておこう。


「よく皆を守ってくれたな。お前のおかげで援軍も間に合った」


「援軍……?」


「上見てみ」


 そう言って空に人差し指を向ける。

 太陽を背に降りて来たのは三体のワイバーン。

 もちろん乗っているのは竜聖騎士団の面々だ。


「厄介なものを連れて来おって」


 目の前のフィンポカがワイバーンたちへ右の掌を向ける。

 何か遠距離攻撃でも放つ気らしい。


「お前の相手は俺だろ」


 向こうが放つよりも早く、俺の右腕から赤い火柱が放たれる。

 当てるつもりで放ったが、フィンポカがサイドステップで軽やかに避けた。


「冒険者風情が粋がるな!」


 激高したフィンポカが右の掌を俺の方へと向けて、神力の塊を放つ。

 白い塊が空間を突き破って、こちらに迫って来る。

 避ければヴォ―テオトルに直撃するだろう。

 それに格下に見られたままでは、ちょっぴり悔しい。


「冒険者風情の力、お見せしよう」


 右腕に赤い炎を定着させて、拳を握りこむ。

 腕を引いて目の前から迫る神力の塊にねじ込んだ。

 

 ――やっぱり、まだ脆い(・・)


 本来であれば神力の持つ能力は、魔力のそれをゆうに超える。

 いくら神獣の子の持つ魔力量が規格外と言っても、神力と正面衝突するのは分が悪い。

 最弱である赤色の炎なら尚更だ。


 しかしフィンポカの扱う神力は、本来の能力からは程遠い。

 だから俺が右腕を真上に振るうと、神力の塊も空へと軌道をズラした。


「弾いただと?」


「これくらいなら問題ないさ」


 フィンポカの警戒心が跳ね上がる。

 先ほどまで舐めていた相手が想像以上の力を見せれば当然か。


「お兄ちゃん! ルフさんを連れてきたよ! あと王女様と負傷者は引き受けるね!!」


 ワイバーンに乗ったフォルの声。

 周りを見ると残り二体のワイバーンがデーメテクトリ兄妹とソプテスカを乗せていた。


「ユーゴ。ヴォ―テオトル君で最後よ」


 俺の赤い外套を着たルフが横に着地した。

 国王は地上に置いて来たし、ソプテスカの避難も完了だ。

 あとはヴォ―テオトルをフォルに運んでもらえば……


「オレは……残ります」


 若き騎士の言葉に横のルフが「え!?」と声をあげた。

 今は命に別状はないレベルの怪我だが、重傷者に変わりはない。

 血を流しすぎているのも気になる。


「あんたはバカなこと言わない! 邪魔になるだけでしょ!」


 フォルの乗った翼竜がヴォ―テオトルの傍に降りる。

 彼女の言葉は正論で普通に考えればすぐに治療に入るべきだ。


「フォルちゃん、お願いだ。オレは目に焼き付けないといけないんだ」


「こんな時まで意地にならなくても……」


 まだフィンポカは俺への警戒を解いていない。

 無差別に攻撃されると面倒だ。

 しかも足場になっている半透明の結界は、フィンポカが生み出している。

 下手に追い詰めると解除されたりはしないだろうか。


「ユーゴ。彼はどうする?」


 俺の耳元でルフが聞いて来た。

 色々と考えが巡るが、同じ男としてここはヴォ―テオトルの意志を尊重してやることにした。


「好きにさせてやろう。フォル! しっかりと彼氏の面倒見とけよ!」


「か、彼氏じゃないって何度も言ってるよね!?」


 フォルの抗議を無視して、一歩前に出る。


「ルフ。二人も頼むぞ」


「はいはい。存分に暴れてくるといいわ」


 ルフがそう言って全身に魔力を張り巡らせる。

 彼女の身につけた俺の愛用の外套が、魔力を受け取り赤い発光を示す。

 神獣の子に弱点があるとすれば、本気で戦うと強大な力が周りへの多大な被害を出すことだろう。

 事実神獣の子同士が戦うことで、一つの都市が滅んだことある。

 だから全力を出せる場所は限られるし、出す時は見極めないといけない。


 しかしルフは俺の愛用の外套を媒介にして、強固な結界を展開することが出来る。

 三年間の間にルフが編み出したもので、俺が全力で戦えるようにと思ってのことらしい。

 感謝するべきなのか、働かせる気かと怒るべきなのか……


「まぁ、適当に頑張るさ」


 右手を挙げてルフにそう返す。

 彼女が「はぁ」とため息をすると赤い結界が展開。

 フォルとヴォ―テオトルを含めた三人を包み込んだ。

 小さめの結界だが、王都の街は遥か眼下だから問題ないか。


「私の攻撃から守るための結界か……小さいとは言え強固な物のようだな」


「違うな。不完全なお前の神力ごときじゃ、ルフの結界は突破できない」


 全身から吹き出した赤色の炎を次の段階へと押し上げる。

 徐々に黄色へと炎が変色して、使える魔力の最大値が増えた。

 俺の使う火の魔術は、段階が上がる程に使える魔力量が上がっていく。

 黄色は二段階目。それでも戦う時には十分すぎる。


「色の変わる炎だと……? まさか、貴様は……!!」


 目の色を変えたフィンポカへいつもの言葉を返す。


「俺はユーゴ。それ以上でも以下でもないよ」











 ヴォ―テオトルは驚愕した。

 いや今朝の評価を改めた。

 模擬戦でユーゴの身体捌きが一流であることは認識していた。


 しかし今目の前で黄色い炎の魔術を使っている男は全くの別人だ。

 ルフが展開する結界のおかげで直接熱は伝わってこない。

 それでもユーゴが放つ魔力が異常であることは容易に想像がつく。


「流石お兄ちゃん♪」


 隣のフォルが鼻を鳴らす。


「フォルちゃん。あの人はいつもあんな感じ?」


「滅多に見られないけどね。ちゃんと戦うお兄ちゃんは♪」


 フォルが小さな舌を出しておどけてみせる。

 結界を張っているルフも全く動じていない。

 完全に信じ切った目で見つめている。


「ルフ様。いくらユーゴさんが強いと言っても、相手も同じように規格外です。たった一人では……」


 フィンポカと戦ったからこそ分かる。

 相手の男もまた異常者。

 流星の女神と呼ばれるルフが参戦すれば、勝率は飛躍的に向上する。

 数の利を使うことは、戦いの基本なのだから。


「この状況だとあたしが参加すれば邪魔になるだけよ。それにあの程度の男なら、全く問題ない。それ以上傷が開かないことだけ気を付けてね」


 ルフの口調には一切の乱れが無かった。

 ユーゴと言う男のことを信じ切っている。

 そう確信を持つほどに。


 ユーゴがまた一歩足を踏み出す。


「さて。フィンポカ……だったな。経緯は国王様から聞いた」


「だから!? 私を悪と断罪するか気か? 義務や責務も背負わず、無責任に金に群がる冒険者ごときが! そうだ! 貴様のような男が神獣の子であるわけがない! 色が変わる炎を使うなど、我らの神である竜の神獣(アザテオトル)への冒涜以外の何ものでもない!!」


 フィンポカが両腕を広げると白色の神力が溢れた。

 横に伸びていき、周りを覆っていく。

 周囲を囲まれてもなお、ユーゴは冷静な態度を崩さない。


「あんたを悪だの正義だの言うつもりは無い。立場が変われば正義は変わる。だけど……次の世代を担う若者を巻き込んだのは、個人的にはいただけない。だからここで俺がぶっ飛ばす」


 ユーゴの右腕に黄色い炎が収束していく。

 身体から溢れ出していた炎が完全に腕へ定着した。

 指先まで黄色(こうしょく)に輝く拳をユーゴが握り込む。


「ぶっ飛ばす? 口だけは達者だな! 私の全力を受けてみろ!!」


 激高したフィンポカが両掌を祈る様に合わせた。

 周囲の白い神力がユーゴ一人をめがけて集まっていく。

 大気を震わせるほどの圧倒的な規模と威力。

 唸る白い神力の波に規格外の力を感じた。


「なめんなよ」


 ユーゴが短い呟きと同時に右腕を振り払った。

 腕の先から黄色い炎が噴き出して周囲に拡散する。

 周りの神力に触れると黄色の爆発となり、眩しい輝きに目を細めた。

 黄色と白が激しく点灯を繰り返して、発光している。


「相殺しただと……!?」


 フィンポカが激しく歯ぎしりをしながら呟く。

 彼が自信を持って展開した神力の波は、ユーゴの黄色い炎に飲み込まれて消えてしまった。

 今度はユーゴが動いた。


 両手を足元の半透明の結界につく。

 黄色い炎が彼を中心に火柱となって天へ伸びる。

 何をする気だろう。

 蒼天の空へと伸びる炎に視線を移す前に、ユーゴが前へと飛び出した。


 両腕に黄色い炎が展開され、まずは左拳をフィンポカへと向ける。

 対するフィンポカは神力の鎧を前面に展開して迎え撃つ。

 再び白と黄色がぶつかり合い、閃光が生まれた。


「この程度で私の防御が貫けるとでも?」


 フィンポカの言葉を受けて、ユーゴがニヤリと笑った。


「強がりはよせ。神力が身体にもたらす負担は尋常じゃない。お前の方はもう限界なんじゃなか?」


「ほざけ!」


 フィンポカ反撃しようとした瞬間、空から鞭のように撓る黄色い炎が左右から襲って来た。

 それはユーゴが先ほど空へと向かって放出した火柱が形を変えたモノ。

 遅れてやって来る攻撃は、正面の防御に集中する相手を側面から攻撃する為らしい。


「何度でも塞いで……」


 フィンポカが言葉の途中で吐血した。

 ボタボタと赤い血が彼の足元に落ちる。

 千鳥足で後退して出来た隙をユーゴは見逃さない。


「神力の反動が出たな。これで終わりだ」


 ユーゴが右拳を固く握り込む。

 フィンポカに狙いを定めると前へ出た。

 まずは左右から黄色い炎の塊がフィンポカの身体を襲う。

 まだ神力は展開しているが、無抵抗で炎の波に飲み込まれた。


「バカな……この私が……」


 炎に包まれてそう呟いたフィンポカへユーゴが右腕を振るった。

 黄色の爆発と共にフィンポカの身体を包んでいた炎も白色の神力も吹き飛んでいく。

 全身を焼かれた彼は天を仰いでゆっくりと倒れた。

 僅かに息をしており、即死と言うわけではないらしい。


「……貴様は……やはりそうなのか……?」


 虫の息同前のフィンポカが自身を見下ろす赤髪の男(ユーゴ)に問いかける。

 ユーゴは火属性の魔術を解除して、「ふぅ」と息を吐いた。

 一息ついた。ヴォ―テオトルはそんな印象を受けた。


「聞かない方が失望しなくて済むと思うよ。神獣の子という存在にあんたは期待しすぎたのさ」


「………分からん……何故戦うのだ? なんの為に? もう神獣の子を上回るどころか、渡り合う存在すら数少ない……『三大厄獣』や『聖獣』も、驚異的な強さだが、神獣には遠く及ばない。それなのになぜ……?」


 フィンポカの言葉は、まるで自身の苦悩に対する答えを知りたがっているようだった。

 竜の国は神獣の子が唯一居ない国。

 ヴォ―テオトルもついさっきまではそう思っていた。

 しかし今なら確信を持てる。


 ――ユーゴ(目の前の男)が竜の神獣の子だ


 竜の神獣(アザテオトル)と同じ色の変わる炎。

 自分の破術使用時に匹敵する身体捌き。

 大気を震わせる魔力量。

 その全てが規格外で、強さの底が見えない。


 だからこそ分からない。

 他の神獣の子が国の発展に尽力する一方で、ユーゴが姿を隠して冒険者をしている理由が。

 ユーゴの口元が僅かに緩んだ。


 微笑みと言えばそれが一番適格なのだろうか。

 竜の国の王都の遥か上空。

 気がつくと地表よりも強烈な風が彼の言葉を遮った。


「――――」


 ヴォ―テオトルにユーゴの言葉は届かなった。

 風の音が再び小さくなる。

 そしてユーゴの言葉を聞いたフィンポカが掠れた声で空に向かって笑った。


「クックック……! そうか……それが貴様の覚悟と言うわけか……ならば、その覚悟貫いてみせろ」


「言われなくてもそのつもりさ」


 ユーゴが膝を曲げて、フィンポカの老体へと手を伸ばす。

 心臓のある胸に右手を当てた。


「最後は俺の手で殺してやる。どのみち神力の影響で長くはないだろうから」


「やはり、本物の目は出し抜けんか」


 フィンポカが諦めた様子で目を閉じた。

 それを見たユーゴが右手で老体の身体を貫いた。

 フィンポカの足がビクッと動くが、それも一瞬ですぐに大人しくなる。


 訪れた静寂。

 新たな時代に異を唱えた者たちの反逆は、わずか半日で終了した。


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