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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第2章 代行者たちの宴
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第16話 ロンリーナイト


「う……」


 ソプテスカは薄く目を開けた。

 ズキっと頭が痛みを発して、額に手を添える。


「意識は戻りましたか? ソプテスカ様」


 名前を呼ばれて顔を上げる。

 そこには大剣を構えるヴォ―テオトル。

 視線の先にはフィンポカが堂々とした姿で立っていた。


「なんですかここは……」


 ソプテスカは自分の今いる場所を見て驚いた。

 何故なら足元には竜の国の王都が広がっており、自分たちの遥か上空に居たからだ。


「どうやらフィンポカは、結界を王都の上空に展開して足場にしているようです。オレたちも巻き込まれたようですね」


「だけどルフたちは!?」


「ここに飛ばされたのはそこに居るデーメテクトリ兄妹と王女様、そしてオレだけです。多分流星の女神様たちは、さっきの結界内に閉じ込められたのかと」


 ソプテスカが横を向くとユピーとメツテルの姿。

 ただしメツテルは意識を失ったままで、ユピーは必死に彼の胸に空いた傷口に手を当てて止血していた。


「兄様! 兄様!」


 ユピーが泣きじゃくりながら名前を呼ぶが、メツテルは何も返事をしない。

 胸に穴が空いているのだ。助かる望みは限りなくゼロに近い。


「どいて下さい。すぐに止血に入ります」


 それでもソプテスカはユピーを押しのけて、彼の胸に両手を重ねた。

 先ほどの結界に干渉した魔力はまだ回復していない。

 雀の涙ほどしか残っていないが、それでも身体中からかき集めた。


「兄様を助けてくれるの……?」


「勘違いしないで下さい。あなたたちには聞きたいことがあります。だけどまずは……」


 ソプテスカが顔を上げてフィンポカ()を見る。

 今この場で武器を持っているのはヴォ―テオトルだけだ。

 彼もすでに破術を解除しており、肩で息をしている。

 禁術の反動が出ているらしい。


 長く戦うのは不利だが、王都の上空では逃げ場もない。

 そもそも地表からこの位置を見ることが出来るのだろうか?

 気づいてもらえれば、ワイバーンを使って数で押し込むことも、逃げることも可能だ。


「なかなか面白い顔ぶれよ。『賢者の遺産』を扱う者たちに『古き血脈の王女』とは……なかなか見られるものではないぞ」


 フィンポカの薄笑い。

 品定めをするかのようにこの場に居る面々を見つめる。


「賢者の遺産が何か知りませんが、どの道フィンポカ(あなた)を許す理由はない」


「鼻息が荒いなアルパワシ。貴様の『破術』も賢者の遺産の一つだ。古代兵器、禁術……数々の発明を生み出した偉大な先人。そして『この杖』もそうだ」


 フィンポカが掌に光の粒子が集まり、再び黒い杖が姿を現す。

 今回の力の源にして、反逆の自信となった杖が。


「これが神器。魔力で動く古代兵器を越えた存在であり、神力を源にした新時代の武器だ! 神獣の子に呼応するかのように神器は各地で胎動を始めた! 長き眠りから覚醒した『聖獣』たちもまた然り! 世界は再び混迷の渦に飲み込まれるだろう!」


 熱を帯びた言葉と共に神力が再び輝きを増す。

 大気を震わせる威圧感にヴォ―テオトルの表情が曇る。

 大剣を握る手にギュッと力を込めた。


「ソプテスカ様。隙を見つけて逃げて下さい。オレが相手をします」


「急いではいけません。口惜しいですが、今のフィンポカを止めることは私たちには難しい。援軍が来るまで時間を稼ぎましょう」


「いえ……これは騎士であるオレの役目なんです」


 ヴォ―テオトルはゆっくりと深呼吸。

 短時間とは言え、先ほど発動した破術の影響で体内の魔力の流れが悪い。

 次に破術を使用した状態で戦えば、間違いなく身体のどこかに影響が出る。

 それでもなお、彼の目に迷いは無かった。


「破術! 発動!」


 己を鼓舞する為に、声を張り上げて体内の魔力の制御を司る器官を強制的に解放する。

 過剰に流れた魔力が蒼い光となり、再び可視化される。


「何度見ても素晴らしい力だ! しかし所詮は魔力を土台にした禁術! 神力を得た私に勝てるわけもない!」


「御託はいい。行くぞ!」


 ヴォ―テオトルは半透明の結界で造られた足場を蹴る。

 普段の土よりも平坦で固い感触に違和感は拭えない。

 それでも一瞬で距離を潰すには十分だった。


 大剣で脇腹を狙い、横に振るうがフィンポカの身体に纏わりつく白色の神力に防がれてしまう。

 固い金属を斬りつけた様な感触にヴォ―テオトルは眉間に皺を寄せた。


「ただの武器では、神力の鎧を貫けはせんわ!」


「そいつはどうでしょう?」


 ヴォ―テオトルの持つ大剣の刀身に蒼い魔力が定着する。

 身体から溢れた魔力を使って、刀身に纏わせたのだ。

 通常武器なら出来ない魔力を用いた攻撃も、魔石で造られた武器なら可能である。

 しかもこの大剣は、破術の使用を前提に大量の魔力を用いても形状に問題が出ない設計を施されていた。

 まさに破術使用者の専用武器にして、アルパワシ家に代々伝承される家宝でもあった。


「うおおおお!!」


 ヴォ―テオトルが渾身の力で大剣を右下から左上へと切り上げる。

 魔力により切れ味が数段増した刀身が、神力の白い鎧を切り裂いていく。

 やがて切っ先がフィンポカの腹部に触れた。

 神力の鎧を突破して、ヴォ―テオトルがそのまま大剣を振り切った。

 確かに斬った。両手に残る感触がそれを示している。

 

 しかし……


「残念だったな」


 フィンポカの声と同時にヴォ―テオトルの視界が歪んだ。

 顔面を殴られたことに吹き飛ばされてから気がつく。

 結界の床を何度も転がり、息が出来ない。

 やがて勢いが止まり、すぐさま顔を上げた。


「遅い」


 次は顎に衝撃。

 フワリと身体を起こされて、顔が真上を向く。

 蹴りあげられたことに太陽を見てから気がついた。

 口内が血の味で溢れて、痛みを発している。

 

 足から着地するとカクンと膝が折れた。

 顎に与えられた衝撃で脳が左右に揺れている。

 焦点が定まらず、平衡感覚が失われていた。


「くっ」


 苦し紛れに大剣で目の前のフィンポカを狙う。

 今ここで抵抗しないと殺されるかもしれない。

 そんな感情がヴォ―テオトルを突き動かしていた。


「甘いわ!」


 フィンポカが大剣を持つ右腕を掴む。

 そのまま桁外れの力で握りつぶされた。

 ボキっと鈍い音を鳴らして、右腕から激痛が送られる。


「ヴォ―テオトル!! 逃げなさい!!」


 後ろからソプテスカ王女の声がする。

 右腕を折られて力が入らなくなった掌から大剣が離れた。

 今の自分は丸腰だ。攻撃を防ぐ手段がない。


「まだだ!」


 力の入らない足に魔力を流して、一気に加速。

 身体を屈めてフィンポカの横を通り過ぎる。

 その一瞬の間に左手で大剣を拾う。


 力の入らない右腕は放置して、左手に大剣を持ったまま、最大速度でフィンポカを中心に円形に走る。

 もう破術の発動時間は残り少ない。

 左腕だけだとしてもここで決める。


 大剣を握る手にギュッと力を入れて、フィンポカへと突撃。

 背後から斬りつけるが、神力の鎧に防がれる。

 しかし斬ったと同時にバックステップで再度攻撃する為の距離を空ける。

 今度は角度を変えて左から。次は右から。


 ヴォ―テオトルは次々に斬撃を繰り出しては、神力の鎧に防がれていた。

 それでも確実にフィンポカを守る神力は減ってきている。

 周りから見れば蒼い残像のようにも見える動きは、完全に人の領域を超越していた。

 さっきは戦うことを止めようとしていたソプテスカですら、今は固唾を呑んで見守るだけ。

 それほどまでにヴォ―テオトルはフィンポカに肉薄していた。


「これで……!!」


 ヴォ―テオトルが大剣を大きく振り上げてジャンプ。

 フィンポカの脳天に狙いを定める。

 骨を砕かれた右腕は、内出血で青紫に腫れあがり。

 頬には殴られた跡。口端からは口内の出血で血が垂れている。

 それでも彼は残りの左手で力強く大剣を握り、フィンポカへと振り降ろした。


「遅いと言ったのが聞こえなかったか?」


 フィンポカの勝ち誇った声。

 そこにはヴォ―テオトルの渾身の大剣を片手で受け止める姿。

 刀身を掴む指先には白色の神力が集中しており、密度を変えていることが分かる。


「まさか……今までの攻撃も?」


「そうだ。確かに強力な攻撃だが、攻撃個所に神力を集中させれば防ぐことは容易いわ!」


 フィンポカそう言って、空いている方の拳を握りこむ。

 神力が形を織りなし、巨大な白い拳が生成された。


「さらばだ。騎士の名家の子倅よ」


 フィンポカが腕を繰り出すと白い神力の拳がヴォ―テオトルを襲った。

 皮膚が裂けて血が身体中から吹き出す。

 内臓が押し潰されて体内で血が逆流、口と鼻から飛び出した。

 身体自身もまるで巨大な魔物の体当たりをくらったように、吹き飛んで何度も転がる。

 勢いが止まる頃には、全身を紅で染めたヴォ―テオトルがピクリとも動かず地面に伏した。

 左手に握った大剣は決して離さず……


「破術も解除されたか。当然の結果よ」


 フィンポカはそう吐き捨てて、メツテルに治癒魔法をかけているソプテスカの方を向いた。

 この場で唯一有効な攻撃手段を持っていた騎士の少年はやられた。

 禁術を使用してもなお、届かない力の差。


 ――どうする? このままじゃ……


 ソプテスカが何か次の手を考えていると、丸腰のユピーが立ち上がった。


「ねぇフィンポカ。ここまでするなんて聞いてないよ? 竜の神獣の子の情報を聞きだせれば、あとは全部上手くいくって……これは脅しであって戦争じゃないって……!!」


「クックック……哀れな小娘よ。この私が本気そう思っていると?」


 フィンポカが額に手を当てて、高らかに笑った。


「哀れ! 哀れ! この計画には貴様ら兄妹の死も入っている! 必要なのはソプテスカ王女ただ一人だ! 私の人形となって国を治めてもらうつもりだった!! 全てをデーメテクトリ家の罪にしてな!!」


「で、でも! そんなことしたら父上が黙っていない!」


 今は病気で体が弱っていると聞くデーメテクトリ家の当主。

 本来であれば王都に来る予定だった彼の代わりにフィンポカが来た。


「何も分かっていないな……貴様らの父は助からん! 答えは簡単! 当主を病気にしたのも私だからだ!! 家臣に殺される貴族と言うのも、また歴史の繰り返しよ」


「そんな……父上が……?」


 ユピーが力を失い、その場で尻餅をつく。

 ブツブツと何か呟き、完全に心が折られてしまった様子だ。


「しっかりしなさい! ユピー・デーメテクトリ!! あなたも貴族の者なら毅然としなさい!!」


 ソプテスカの叱咤。

 王女の必死の叫びにもユピーは何も反応しない。


「気高いですな。どこまでその誇りを保てるかな?」


「私を操ろうとしても無駄ですよ。絶対に屈しません」


「人の身体は快楽と苦痛の連続にいつしか屈するものだ。心など身体が堕ちればなんとでもなる」


「私の心は既に『あの人』の虜なんです。この国を好きにはさせません!」


 この状況でもなお、ソプテスカは凛とした態度を崩さない。

 どんな時も諦めるなと『彼』は態度で示してきた。

 どんなに相手が強大でも『彼』は赤髪を揺らして、立ち向かっていった。

 

 ――だから諦めるわけにはいかない


「そうですよ……ソプテスカ様の言う通りです……」


 ヴォ―テオトルが大剣を杖にして立ち上がる。

 小刻みに震える足。身体中から流れる血が足元に赤い池をつくる。


「まだ立ち上がるか? 万全な状態で戦うのを避けるために、デーメテクトリ兄妹に消耗させたのだ。すでに破術を使うほど魔力も残っていない。身体中傷だらけ。勝てる見込みは無いのに、なぜ立ち上がる?」


 フィンポカの問いにヴォ―テオトルが言葉を絞り出す。


「勝てる……勝てないじゃないんだ……!!」


 ヴォ―テオトルが顔を上げて、まだ光を宿した瞳で目の前の敵を睨む。


「騎士団のオレは今ここで! お前に立ち向かわないといけない! 神獣の子が居ないこの国を守るのは、竜聖騎士団(オレたち)の役目なんだから!!!」


 ヴォ―テオトルが力強く大剣を構える。

 何度倒されても、彼は立ち上がるだろう。

 その命が尽きるまで、騎士としての誇りが彼の身体を支える限り。


「反吐が出る。貴様ら程度の力では、何の役にもたたない! 現実は非情なのだ!」


 フィンポカを覆う神力が輝きを増す。

 今度こそ本気で殺す気らしい。


 しかしその直後、空から赤い火柱が墜ちてきた。

 ヴォ―テオトルとフィンポカの間に炎。

 そして空から声。


「いいこと言うねぇ。騎士の少年は」


 結果の足場に降り立つは赤髪の冒険者。

 いつもの外套は何故か着ていないが、その姿は間違いなくユーゴだった。


「貴様は一体……」


フィンポカの問いにユーゴは笑顔を返す。

それは強がりでもなく、心の底からの表情だった。

強い風が吹き、彼の赤髪が揺られる。

自然の力強さを感じさせる風の音に乗せて、赤髪の冒険者は言葉を紡ぎ出す。


「この宴の幕を下ろす者さ」


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