表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第2章 代行者たちの宴
32/70

第15話 幕引きへ


 ヴォ―テオトル・アルパワシが禁術である破術を使用する少し前……



「腐っても英雄か……サヴィトス」


 デーメテクトリ家の右腕と呼ばれるフィンポカ・アルフィニアは、目の前の光景を見て呟いた。

 床に転がる人型の魔物たち。

 充満する血の匂い。

 小さな戦場の真ん中に立つのは灰色の剣士。


 右腕に握られた純白の刀身には、魔物たちの返り血がこびりついていた。

 この国の王にしてかつての英雄は、鋭い眼光でフィンポカを睨む。


「結界で分断……その後は数でのゴリ押し。これが神獣の子を越える秘策か?」


 サヴィトスが剣を振るって血を落とす。

 確かな殺気を放つ男が一歩足を踏み出す。


「流石だ。かつての大戦で竜の国を守り、人魚の国との同盟の調印。ドラゴンとの共闘……噂通りですな」


「質問に答えろ。我を倒せない程度の力で、神獣の子(彼ら)を超えることなど不可能だ」


「……私が個人的に最も遺憾なのは、あなたのその態度ですよ」


 フィンポカが手に持つ杖で床を叩く。

 石造りの煉瓦が生物のように動き、目の前に積み重なっていく。

 生み出されたのは石の巨人。

 見上げないと全貌を確認できない大きさは、少しばかり厄介そうだった。


「ゴーレムまで生み出して、我の何が遺憾なのだ?」


「神獣の子には敵わないと決めつけたその態度ですよ! 灰色のサヴィトス……それは我々の世代の憧れであり、強さの象徴だった!! それが今では牙の折れた獣そのものだ! 平和に酔い、現実を直視しない! 必要なのは力だ! 圧倒的な力が必要なのだ!!」


「ここは狼の国ではない。生きとし生ける全ての生物との共存を掲げる竜の国だ。支配する為の力は必要ない。あるのは自由を勝ち取る力だけ。そして自分たちに降りかかる災厄を払い除ける為の意志だ」


 サヴィトスが長剣を構える。

 力が全てと信じる狼の国なら、強さを求めて突き進むだろう。

 事実、狼の神獣の子が王座に就くまで内乱は日常茶飯事だった。

 それは他国の事情であり、竜の国には適さない。


「そんな悠長なことを言い続ける時代は終わった! 神獣の子の恩恵を受けられないこの国が生き残るには、牙を磨くしかないのだ!」


 フィンポカが漆黒の杖を振るとゴーレムが起動する。

 右腕を振り上げ真っ直ぐに振り降ろした。

 当たれば跡形もなく潰れる石の拳。

 サヴィトスは動く気配なく、ジッとその拳を見つめていた。


 ――白刃一閃


 サヴィトスが長剣を振ると白い閃光がゴーレムの腕を襲った。

 ゴトリと重量を感じさせる音を鳴らして、石の腕が床に落ちる。


「哀れな人形よ。永久(とこしえ)に眠れ」


 サヴィトスが次々と斬撃を繰り出す。

 剣を振るう度にゴーレムの身体が削られていく。

 最後に長剣を縦に振りきると、石の巨人の身体が半分となり活動を停止した。

 倒れたゴーレムの体躯に合わせて、風がサヴィトスの頬を撫でる。


「素晴らしい! やはりあなたは素晴らしい!」


 興奮した様子のフィンポカが両腕を広げる。


「褒めても貴様らの要望は通らんぞ」


「当然のこと言うな! ここからが本番だ!」


 フィンポカが黒い長杖を上に向かって投げた。

 長杖が白い光を放ち、フィンポカの身体に降り注ぐ。

 白い光が身体に纏わりつき、まるで発光しているようだ。

 時に強大な魔力は可視化され、身体から溢れると聞くが……


「行くぞ、灰色のサヴィトス!」


 白いオーラを身に纏ったフィンポカが右腕を振るった。















 ヴォ―テオトルは騎士の名家と呼ばれるアルパワシ家の長男として生まれた。

 竜聖騎士団への貢献度から貴族まで成り上がったのも過去の話。

 今や騎士の名家という名誉も地に堕ちていた。


 ただの没落貴族で暮らしは平民と変わらない。

 それ自体を疑問に思ったこともないし、大して気にしてもいなかった。

 父が周囲の反対を押し切り、竜聖騎士団に入ったことを除いては……


 ――この力の意味を何度考えたか……


 ヴォ―テオトルはスウっと目を開けた。

 眼前にはデーメテクトリ兄妹が鬱陶しげな視線を向けている。


「それが噂に聞く『破術』か」


 メツテルが興味深そうに呟く。

 アルパワシ家が騎士の名家として成り上がった理由でもある破術。

 五か国に伝わる禁術の一つにして、忘れられた力の筈だった。


 しかしヴォ―テオトルには何故か破術を使うことが出来た。

 一族の中でも数人しか発動できなかった禁術をだ。


「凄いね! 魔力が可視化されるほど溢れているよ!!」


 ユピーが嬉々として叫ぶ。

 破術使用中は、身体の中を流れる魔力の制御を司る器官を強制的に開放している。

 本来ならば流れるはずのない大量の魔力は、使用者の能力を飛躍的に向上させる。

 

 命を削るとも言われる、過剰な負担と引き換えに……








「行きますよ」


 ヴォ―テオトルが呟きと共に消えた。

 瞬間移動した。

 そう錯覚せざる得ない速度にメツテルは警戒心を最大限に引き上げる。


「ユピー! 警戒を……」


 妹に警戒を呼びかけよりも早く、彼女の小柄な身体が宙に舞った。

 いつ近づかれて攻撃を受けたのか、全く認識できない。

 メツテルは手に持った長槍に魔力を流す。


 七つ星と呼ばれる古代兵器の特徴は様々な武器に形状を変化させられる。

 代々武器の扱いに長けたデーメテクトリ家に適した古代兵器。

 しかし適合できる者は中々現れなかった。

 メツテル自身も扱えるようになったのは、三年前のある日突然のことだ。

 自分は選ばれた。特別な人間なんだ。

 そう思った。だから……


「僕は負けるわけにはいかない! 選ばれ人間なんだ!」


 長槍が白い光を放ち、長剣へと形状を変える。

 最も得意な剣術でヴォ―テオトルを迎え撃つために集中力を高めた。


 ――来る!


 後ろからの気配を察して身体を反転。

 すぐ目の前には、大剣を振り上げたヴォ―テオトルが居た。

 長剣を横にして、相手の大剣を受け止める。


「今ので決めるつもりでしたが……」


「まだまだこれからだろう!」


 相手の大剣を上に弾いて、長剣で横払い。

 ヴォ―テオトルは自身の腹に向かって振られた剣をバックステップで身軽に回避。

 そして床に着地すると同時に再び向かって来た。

 

 僅かに視認できる茶色い影。

 今のヴォ―テオトルの動きは、人に可能なモノとは思えない。

 だからこそ、制限時間が存在するはず。

 そもそも身体に対してなんの危険性もないのなら、禁術と呼ばれることもない。


「特別な人間と思い上がったことが、メツテル(あなた)の敗因です」


 ヴォ―テオトルが再び大剣を振り上げる。

 先ほどよりも小さな動き。

 まずは振り降ろされた大剣を防ぐ。

 そしてヴォ―テオトルが片手で大剣を扱い、次々と斬撃を繰り出す。


 短剣を振り回す時と変わらない速度で放たれる重い斬撃。

 長剣で何とか防ぐが、凌ぐだけが精一杯で徐々に手の握力が無くなっていく。

 このままだと武器を弾き飛ばされ、その一瞬で殺される。


「望むところだ……!!」


 メツテルは長剣を落とした。

 厳密にはワザと離した。

 勝機と見たヴォ―テオトルが大剣を突きの形で繰り出す。

 メツテルは全魔力を足へと回して、半歩だけサイドステップで身体をズラした。


 おそらくヴォ―テオトルは自身の速度が速すぎて、相手の些細な動きには対応できなと悟ったからだ。

 予想通りヴォ―テオトルの大剣は身体の横を掠めた。

 身体の横を大剣が通り過ぎる瞬間、脇を開けて刀身を挟み込む。


 腕に渾身の力を込めて相手の動きを止めた。

 コンマ数秒。次の瞬間には吹き飛ばされ、また嵐の様な剣戟が始まるだろう。

 しかしその一瞬でよかった。


「ユピー!!!」


 合図に反応した妹がヴォ―テオトルの背後から双竜剣で斬りかかる。

 若き破術使いは、倒したはずの相手の不意打ちに驚いた様子だ。

 幼いころから自分と訓練を積んだユピーなら、意識を繋ぎ止める努力はしていたと信じていた。

 そして隙を伺っていることも……


「もらったよ!!」


 ユピーが身体を回転させながら斬りかかる。

 このタイミングで回避しても間に合わない。

 

 ――勝った


 そう確信した直後、ユピーとヴォ―テオトルの間に蒼い光が通り過ぎた。


「え! 剣が……」


 ユピーが驚いて自分の手を見る。

 双竜剣が無くなった手を……


「流星の女神……!!」


 歯ぎしりするメツテルの視線の先には、破弓で魔力の矢を放ったルフの姿。

 彼女は双竜剣だけに矢を命中させ、ユピーの手から弾き飛ばしたのだ。

 事実部屋の隅は竜剣が落ちていた。


「残念でしたね」


 ヴォ―テオトルが大剣を手放して踏み込んできた。

 胸倉を掴まれ、人外となった力で思いっ切り投げられる。

 部屋の壁に背中を強打すると同時に壁が崩れた。


「兄様!!」


 妹の叫びが遠くで聞こえる。

 崩れた壁の煉瓦に埋もれ、顔だけを上げた。


「ヴォ―テオトル・アルパワシ……破術使いがこれほどとは……」


 蒼い魔力をオーラのように見纏う彼の表情はどこか儚い。

 頭を強打して朦朧とした意識の中で声が聞こえた。


「メツテル様ではありませんか。負けてしまったのですかな?」


 フィンポカの声だ。

 どうやら壁が崩れたことで部屋同士が繋がったらしい。


「フィンポカ……」


 身体を僅かに捻って、後ろを振り向く。

 そこには白い魔力を身体に身に纏った男の姿があった。

 ヴォ―テオトルと同じように魔力が可視化されている。

 

「あんな若造に負けるなど、期待外れにも程がある。もう用済みですね」


 見たことものないフィンポカの残虐な笑み。

 考える間もなく、メツテルの胸をフィンポカの右腕が貫いた。








「兄様ぁぁぁあ!!!」


 ユピーの悲鳴が部屋に響き渡る。

 ルフとソプテスカもあまりに突然の状況に頭の処理がついて行かない。

 ヴォ―テオトルが部屋の壁を破壊した先に居たのは、フィンポカとサヴィトス国王だった。

 二人は戦闘中だったのか、部屋の奥でサヴィトスが剣を構えている。


 フィンポカがこちらの部屋の壁の傍に居たらしいが、メツテルの胸に右腕を突き刺した。

 黒い煉瓦の床が溢れた血で赤く染まる。

 既に意識が無いのか、メツテルは何も返さず口端からも血を流していた。


「機会を与えたと言うのに……何処までもバカな若造よ」


 フィンポカがそう吐き捨てて、腕を引き抜いた。

 赤く染まった腕を……


「貴様……!!」


 破術を発動させたままのヴォ―テオトルがフィンポカへと迫る。

 大剣で斬りかかるが、フィンポカは腕一本で刀身を受け止めた。


「な!?」


「貴様も『賢者の遺産』を扱う者。殺すには惜しいが……」


 フィンポカの纏う白いオーラが輝きを増す。

 戦闘経験のある者なら誰でも感じ取れるほどの殺気が、若き騎士に向けられた。


「させんぞ!」


 フィンポカの背後からサヴィトス国王が愛用の長剣で攻撃。

 しかしその斬撃すら、白い魔力で造った壁だけで防いでしまった。


「諦めろ。抵抗は無駄だ」


 フィンポカがそう呟いた直後、彼を中心に衝撃波。

 ヴォ―テオトルたちが吹き飛ばされて、ルフたちの方へと身体を投げた。


「父上!」


 ソプテスカが父であるサヴィトスの元へと走る。


「ソプテスカか……ルフ・イヤーワトルと共に無事で何よりだ」


「ヴォ―テオトルも頑張ってくれたので。しかしあの力は?」


「恐らくフィンポカは神力の力を引き出しておる。方法は知らんがな」


 サヴィトスは大剣を杖にして立ち上がる。

 かなり無理をしたらしく、肩で息をしていた。

 かつての英雄と言っても、既に歳は五十を過ぎている。

 全盛期の体力からは程遠い。


 ルフもサヴィトス国王に近づき、彼の様子を伺う。


「国王様。身体は大丈夫ですか?」


「ルフ・イヤーワトルか。案ずるな。これくらい問題ない。しかし対策を考えないといかんな」


「神力を引き出すなど、正気の沙汰とは思えませんが……事実フィンポカ(あの男)は使っている」


 神力は未だ謎の多い未知の力だ。

 神獣の子たちが人外の力を宿す源とも考えられているが、基本的に人間の身体にとっては毒である。

 それをフィンポカは確かに力として利用していた。


「さて……計画の前倒しと行くか」


 ニヤリと笑みを浮かべたフィンポカが、両手をパンと合わせた。

 彼の身体を包み込む白色の神力が増大していく。

 目を開けることが困難な光。

 ルフはグッと目を閉じた。


 そしてゆっくりと目を開けると、結界の中には自分とサヴィトス国王の姿しか無かった。

 近くに居たソプテスカですら、姿を失っていた。


「なんで……」


「どうやらフィンポカはこの結界を抜ける人物を自由に選定できるようだ。残されたのは我とルフ・イヤーワトルだけと言うことは、邪魔者を始めから閉じ込める気だったのだろう」


「早く出る方法を探しましょう。このままだと王都が……」


「動く必要はない」


 サヴィトスが力強く言い切った。

 息を整えた彼は、剣を腰の鞘にしまう。

 あまりに落ち着きにルフも冷静さを取り戻し、あることを思い出す。


 ――そうだ。結界に侵入したのはヴォ―テオトルだけじゃない


 『あの男』の存在を思い出した直後、部屋に轟音が轟いた。

 耳を塞ぎたくなるほどの音は、結界の中を仕切る石壁が砕けたものだ。

 出てきた男の姿を見て、ルフは安堵のため息。

 そして言葉を投げた。


「大遅刻よ。ユーゴ」


 ユーゴは肩を竦めて苦笑い。


「少し道に迷ってね。この様子だと暴れても問題なさそうだな」


「そうだな。幕引きとしてくれユーゴ君」


「了解です。国王様」


 小さな敬礼のポーズでサヴィトスにそう返して、ユーゴが腕を上へと向けた。


「さて。遅れた分、暴れるかね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ