第14話 その名は破術
フォルの案内で城の内部まで潜入に成功したユーゴたち。
メイドの人たちに謁見の間から動かないように指示を出した後、デーメテクトリ家と会談予定になっていた部屋へと向かう。
部屋の前で先頭のフォルが勢いよく扉を押す。
しかし扉が全く動かなかった。
「何これ!?」
「どいてフォルちゃん!」
ヴォ―テオトルがフォルの後ろから大剣で扉を斬りつけるが傷一つ付かない。
「ユーゴさん。これは……」
「結界のようですね」
ネイーマの質問にユーゴはそう答え、扉に手を添えた。
魔力の胎動と僅かながら神力も混じっている。
特別製の結界らしい。
ユーゴが本気で攻撃すれば結界を壊すことは可能だ。
しかしその場合、周りの城の耐久値を遥かに超える攻撃となるため、現実的な方法ではない。
「困ったな。法術に長けた人物が居ればいいんだけど」
ユーゴの言葉を聞いたフォルが顎に手を当てて次の手を考える。
展開された結界を破るには、強度を上回る攻撃をぶつけるか魔力を流して結界に干渉して中和するしかない。
しかし干渉による中和は法術使いのような緻密な魔力制御に長けた人物でなければ、短時間の中和は困難である。
時間をかければユーゴにも可能かもしれないが、状況的にそんな時間は存在しなかった。
「ユーゴさん。ナルスカ王妃はどうでしょう? ソプテスカ様に法術を教えた師だと伺っています。彼女に解除してもらえば……」
ネイーマの言葉でユーゴは昨夜の社交界のことを思い出した。
ナルスカ王妃は、「法術で気配を隠している」と言っていた。
つまり彼女は法術使いであり、ソプテスカの師にあたる人物らしい。
ソプテスカ本人から法術を誰から教わったのか聞いたことはなかったが、母親が得意としているのならば、幼いころから教育を受けていても不思議ではない。
「それでいこう。誰かナルスカ王妃の居場所を……」
「ここに居ますよ?」
ユーゴが横を向くとまたフードを被ったナルスカ王妃の姿があった。
「毎度のことながらビックリさせないで下さい」
「人が驚く顔を見るのが好きなもので♪」
そんな趣味は即刻やめてくれ。
ユーゴは心の中で王妃にそう返した。
口に手を当てクスクス笑うナルスカ王妃はとても可愛らしいが、今はそれどころではない。
「ナルスカ王妃。中に国王様たちが閉じ込められています。結界の中和をお願いしてもいいですか?」
「さっき私もやったんですけど、一人じゃ無理っぽいです」
頬を掻きながらナルスカ王妃がそう言った。
彼女は扉に手を当てて目を閉じる。
「かなり複雑な構造をしています。外部からの干渉では限界がありますね。だから中から誰かが道を開けてくれるのを待つしかありません。ただ……今回はいけそうです」
可能か不可能なのか結局どっちなんだ。
掴みどころのない王妃に、ユーゴは眉間に手を添えた。
「内部からソプテスカが干渉してくれたようです。これで道を開けられますが、通るのは二人が限界です」
ナルスカ王妃が指を二本立てて説明してくれた。
この中で二名しか通れないのなら、人選はすぐに決まった。
「ヴォ―テオトル。俺と一緒に来てもらうぞ」
「分かりました。お供しますよ」
ユーゴの誘いに即決のヴォ―テオトル。
フォルは喉まで出た忠告の言葉を飲み込む。
自分が何を言ってもヴォ―テオトルは聞かないだろうなと思ったからだ。
「では道を開けます。二人とも戦闘が始まっていたらお願いしますね」
ユーゴとヴォ―テオトルが王妃の言葉に力強く頷く。
王妃が扉に両手を添えると、黒い穴が空いた。
ユーゴとヴォ―テオトルが勢いよく飛び込むと穴はあっという間に消えてしまう。
これで後は結界内で決着するのを待つだけだ。
「行っちゃいましたね。ではこちらも終わらせますか」
「王妃様。お言葉ですがどうされるつもりで?」
「竜聖騎士団の部隊長であるフォルらしくもないですね。ユーゴさんとヴォ―テオトルが行った時点で、結界内のことは解決したも同然です。さっさと竜聖騎士団を解放して王都に居る相手を拘束しましょう」
鼻歌混じりにナルスカ王妃が廊下を歩いて外へと向かう。
余裕があると言うか堂々としていると言うか……
ナルスカ王妃の胆力には流石のフォルも驚きを隠せなかった。
一人で行かせるわけにもいかず、フォルは王妃の後について行く。
戦力的には自分一人だが、竜聖騎士団が動けるようになれば問題ないだろう。
そんな想いを胸に。
この数時間後、王族救出という嘘の朗報で動けるようになった竜聖騎士団により、黒装束の男たちは全員拘束されるのだった。
「ヴォ―テオトル・アルパワシ。王妃様の命により参戦させて頂く!」
ヴォ―テオトルは目の前に居るユピーに向かってそう宣言すると、床を蹴って一気に加速。
大剣をフェイントにユピーに蹴りを当てて部屋の隅まで吹き飛ばす。
次はルフに剣を下ろしていたメツテルに大剣を向けた。
「離れてもらいます!」
「おっと」
払い切りをメツテルはバク宙で回避。
まだ余裕のある身のこなし。
流石は『千の腕を持つ男』、自信満々と言った感じだった。
「ありがと。助かったわ」
「礼には及びませんルフ様。戦闘が開始されている時は参加しろとナルスカ王妃の命です」
「結界に飛びこんだのは、ヴォ―テオトル君一人?」
「いえ、ユーゴ殿と一緒に飛び込んだのですが、バラバラに転送されたようです」
「あの寝坊助も……まぁあいつは放っておいても大丈夫か」
ルフはそう言って小さくため息。
短剣をジャグリングすると、「うん。いける」と言って剣をキャッチした。
「ユーゴ殿が心配ではないのですか?」
「あいつとあたしの間に心配なんて今さらよ。向こうも同じこと思ってるはずだし」
「意外と冷たい関係なんですね……」
ヴォ―テオトルの意外だと書いてある顔。
それに気がついたルフが笑顔を返した。
「信じているだけよ。あいつなら絶対に大丈夫だって。本人には言わないけどね。調子に乗るから」
小さな舌を出したルフ。
多くの戦いを共に乗り越え、常に隣に居た者だからこその信頼。
それは数年にわたり培われたユーゴとルフだけのものだった。
「ちょっとだけ羨ましいです」
ヴォ―テオトルはそう言って、大剣を敵に向けた。
部屋の隅に吹き飛ばされていたユピーは、いつの間にかメツテルの隣に居た。
メツテルがルフたちを見てため息を漏らす。
「困ったものだ。こうも邪魔が入るとは……」
「何が目的かは後で聞きますが、これ以上は騎士団の者として見逃せません。投降……なんてする気はありませんよね」
「当然だよ。投降する気なら始めからこんなことはしない」
「安心しました。それならば、思う存分暴れられますね」
歓喜。そう考えても申し分ないほど口端を吊り上げた騎士の青年。
「ねぇ兄様。ボクが竜聖騎士団の方をもらっていい?」
「構わないよ。どの道、ユピー単独じゃ流星の女神の相手は厳しそうだ」
デーメテクトリ兄妹がどちらを相手するか決めている。
それを聞いたルフは、考えをまとめる為に横目でヴォ―テオトルを見た。
ルフとしたら、デーメテクトリ兄妹どちらが相手でも構わない。
二人とも近接タイプだが破弓の力が無くても勝てるだろう。
「ルフ様。ここは二人ともオレに任せてもらえませんか?」
そう言ってヴォ―テオトルが一歩前に出た。
大剣を片手で軽く水平に振う。
挑発ともとれる態度にデーメテクトリ兄妹の表情が曇る。
「兄様とボクを一人で? いくらアルパワシ家が騎士の名家だからって、強がるのもいい加減にしなよ」
ユピーが双竜剣を構えて殺気を放つ。
どうやらヴォ―テオトルの言葉は、彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。
先ほどまでの無邪気な気配とは全く別の、禍々しい空気が彼女の怒りを表しているようだった。
「ヴォ―テオトル君、本気で言っているの?」
「もちろんです。ルフ様には王女の護衛について頂きたい。相手が隙を見て強襲するとも考えられますから」
ルフは横目で後ろに居るソプテスカの様子を確認する。
空間を形成している結界に干渉した分、かなり消耗していた。
額からにじみ出た汗で髪が貼りつき、肩で息をしている。
「分かった。危なくなったら援護するわね」
ルフはそう言って短剣をしまうと、破弓を手に半歩下がった。
魔力の矢を生成するのが困難なだけで不可能ではない。
ヴォ―テオトルの戦いの最中でも援護射撃くらいは可能だからだ。
「ここは竜の国です。守るのは竜聖騎士団の仕事です」
ヴォ―テオトルが一歩前に出た。
大剣を構えて、デーメテクトリ兄妹と相対する。
「ねぇ兄様……計画と違うけど半殺しでいいよね?」
「そうだね。僕も少し心外だよ」
メツテルが持つ長剣が光を放ち、その姿を変える。
今度は大斧の形へと変貌を遂げた。
切れ味が悪くても、重みを感じさせる武器をメツテルが肩に担いだ。
「ボクの古代兵器で君を倒そう。アルパワシ家の倅よ」
「噂通り武器の形を変幻自在に出来るようですね」
「そうだよ。これが僕の古代兵器『七つ星』の能力だ」
フワッとメツテルの身体が目に傾く。
柔らかい踏み込み。
力感を感じさせない動きで近づいて来る。
「はぁ!」
振り降ろされた大斧をヴォ―テオトルが大剣で受け止めた。
そのまま上に弾く。
「やるね」
「遅い!」
余裕の笑みを浮かべるメツテルにヴォ―テオトルがそう返して、突きを繰り出す為に大剣を引いた。
「甘いのは君だよ。アルパワシ」
メツテルの持つ大斧が光を放ち、再び形を織りなす。
生まれたのは長槍。
ヴォ―テオトルの大剣よりも長い槍をメツテルが素早く繰り出す。
「くっ!」
ヴォ―テオトルが後退しながら大剣で長槍を防ぐ。
捌ききれない長槍の雨がヴォ―テオトルの身体を掠めて、団服を赤く染める。
「隙ありだよ!!」
ユピーがヴォ―テオトルの背後に回り込み、双竜剣を構える。
まるで独楽のように身体を回転させて、水平に剣を振るう。
二人から攻撃受けるヴォ―テオトルを助ける為に、ルフが破弓の弦を引いた。
「これ以上は……」
二体一は流石に分が悪いと判断。
集中力を高めて狙いを定める。
「ルフ様! 手を出さないで下さい!」
ヴォ―テオトルの声で破弓の弦を引く腕の力が緩む。
一瞬の迷いの間にユピーの双竜剣がヴォ―テオトルに迫る。
「もらったぁぁあ!!」
勝利を確信したユピーの咆哮。
当たれば身体を瞬く間に切り伏せるであろう斬撃は彼女の絶対の自信の証だ。
しかし……
「な!?」
ユピーは驚く。
ルフも同様に驚愕した。
何故なら先ほどまでヴォ―テオトルの居た場所には誰の姿もない。
「兄様! アルパワシが消えた!」
「転移魔法……? 違う、まさか……」
メツテルがブツブツと呟き、辺りを見渡す。
そして部屋の隅から声。
「アルパワシ家が名家と呼ばれた理由‥‥‥教えて差し上げましょう」
そこには大剣を構えたヴォ―テオトル。
蒼いオーラを纏った彼はそっと微笑む。
大気を震わせる膨大な魔力に流石のルフも気後れした。
それを見たソプテスカが呟く。
「あれが破術……五か国に伝わる禁術の一つ……」
――命を削る、儚き煌めき




