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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第1章 月下の遠吠えと修道女
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第2話 遭遇

 握った手綱から、荷台を引く馬の息遣いが伝わってくる。

 晴天と言っても差し支えない天気。

 湧き上がる眠気のせいで、思わず欠伸が出てしまう。


「油断しすぎ」


 御者台で並んで座るルフに注意された。

 商人などが通るために木が伐採されて、ある程度整理された道とは言え、依頼を受けたギルドのある村を出て少し離れた森の中。

 魔物や獣と遭遇するとも限らない場所だ。


 どんな時も油断大敵。

 だけど竜の国の魔物相手だとルフ一人でも十分だ。

 俺は後ろで見ているだけでいい。

 眠くもなるってもんだ。


「お前は警戒しすぎ。楽に行こうぜ」


「あれを見てそんなこと言える?」


 ルフが荷台に積まれた荷物を指さす。

 冒険者ギルドで依頼を受けた俺たちが、職員の人に案内された先には、屋根付きの荷台とそれを引く馬が用意されていた。


 荷台には荷物が既に積まれており、魔法で耐久値を強化された木の箱だらけだ。

 全部を貴族の屋敷まで運ばないといけないが、きっと貴重な品ばかりだと思う。

 箱に魔法を付加させるくらいなのだから。

 もしも失敗したら何か罰を受けないか不安である。


 受けない方がよかったとか、今になって思うけどこの状況で愚痴っても仕方がない。

 しばらく依頼に拘束されるのは嫌だが、多額の報酬が貰えると割り切ろう。


「一個だけ大きい荷物があるけど、中身は何だろ?」


「……開けたらダメよ」


 ルフがジト目でこちら見て来る。

 両手で持ち運べるくらいの大きさの木の箱が多い中。

 一つだけまるで棺桶のような縦に長い箱があった。


 気になっただけだ。

 別に開ける気は無い。

 ただ。開けたらダメだと言われたら、開けたくなるのが人の性。

 そして中身が気になるのが男の子だ。


「元に戻せばバレないんじゃないか?」


「絶対にダメ!」


「いざとなったら、報酬なんて貰わずにバックレよう。報酬はこの量の物を売ればある程度カバーできるはずだ」


「考え方まで堕落してんじゃないわよ!」


 ちょっと冗談のつもりだったのに真面目な奴だ。

 しばらく黙って進んでいると、横でルフが鼻歌を歌い始めた。

 ご機嫌な理由が分からないから逆に怖い。


「ずいぶんとご機嫌だな」


「そう? あたしはいつもご機嫌よ?」


 朝のやり取りを忘れてしまったのだろうか?

 それともツッコミ待ちか?


「魔物の依頼を受けられなくて不機嫌だと思ってた」


「ないものは仕方ないでしょ。あったらそれで、あんたの働くところが見られるし」


「失礼な。俺はいつも真面目にこなしてるだろ」


「薬草の採取に物資の運搬。安全な依頼ばかりだけどね」


「そりゃ俺は実績のない冒険者だからな」


 ルフの軽いパンチが俺の横腹に突き刺さる。

 事実なのにヒドイ。


「身体動かさないと太るわよ」


「昨夜も俺の肉体美を見といてその発言はどうなんだ?」


「はいはい。今は! いい身体してるわね」


 やけに『今は』の部分だけ強調してくる。

 将来太るかどうかなんて、気にしていても仕方がない。


「今を楽しめない奴は、老後を楽しめないぞ。俺の持論だけど」


「あんたは楽しみすぎよ」


 ルフが小さな舌をベッと出す。

 この前酒場で知り合った女の子と朝まで飲んでいたことを知っているのだろうか?

 いや知らないはずだ。

 こいつは早々に飲み潰れて、俺が女の子を家まで送って、戻った時にはまだ寝ていた。


 ルフといつものと変わらない、他愛のない会話をしながら森の中を進む。

 太陽の光が頂点から傾き始めたころ、お腹の虫が音をたてた。

 基本的に行き当たりばったりなことが多い俺たちが、昼食を用意しているわけもない。

 森で何かを狩る必要がある。


 都合良く目の前を猪でも通らないだろうか。

 そんなことを考えていると、水の流れる音が聞こえた。


「川が近いみたいね」


「じゃあそこで一休みだな」


 昼休憩を取ることには文句がないのか、ルフは何も言わない。

 ホッと一安心。

 休まず馬の手綱を握れと言われたら、無いに等しいやる気が更に無くなる所だった。


 手綱で馬に方向を変える指示だけ出して、水の音がなる方へと向かう。

 見えてきたのは、蒼い水面が張られた川。

 近くには滝もあり、水気の匂いで肺が満たされた。


「ルフ。どっちが魚とる?」


「負けた方が街まで手綱を握るってのは?」


「前後半で交代と聞いてたんですけど……」


「なんの話かなぁ~?」


 笑顔でルフが御者台から降りる。

 こいつ俺を騙しやがった……

 まぁ素直に信じた俺も悪いか。


 手綱から手を離し、地面に降りた。

 両手を上に伸ばすと関節が伸びて気持ちいい。

 ずっと座っていたら身体が固くなるからダメだ。

 余計に眠気を誘われる。


「さぁて、今日のお昼になる哀れな魚はどこかなぁ?」


 ルフが悪人面で川に近づく。

 弓を手に取るかと思ったが、腰に付けた二本の短剣を抜いた。


「短剣でいいのか? 別に『破弓』を使ってもいいぞ」


 破弓。それが背負っている弓の名前だ。

 魔力で矢の撃てる古代兵器。

 自分の実家に保管されていた物をルフがずっと使っている。


「どうせあんたも魔術使わないんでしょ? だからあたしも短剣でいいわよ」


「ほぉ。俺も舐められたもんだ。その挑発に乗ってやる」


 この世界には魔力が存在して魔法がある。

 分類は主に三つに分けられる。


 魔術と呼ばれる火を起こしたり、風を吹かしたりする魔法。

 闘術と呼ばれる身体能力を強化する魔法。

 法術と呼ばれる結界や回復など補助をメインにした魔法。


 難易度は法術がずば抜けて高い。

 魔術使いも少ないが、法術使いはさらに数を減らす。

 近年魔術使いは、生活にも貢献している。


 火属性が得意な魔術使いは、街の浴場で温泉の温度調整を仕事にしたり、水属性の魔術が得意な奴は街の水道関係を調整したり。

 魔法はこの世界の生活に欠かせない存在なのだ。


 俺は一応三種類とも使えるが、法術に関しては毛の生えた程度。

 魔術と闘術に特化している。

 しかも魔術に関しても、得意なのは一属性のみとかなりバランスが悪い。

 竜の神獣の子だのなんだの言っても、人には得意不得意が存在するものだ。


 赤の外套とブーツを脱いで川に入る。

 ヒンヤリとした冷たさが、足首から全身へと送られ身体がブルっと震えた。


 あぁ、つめた。


 自然の水は必要以上に冷たいから困る。

 冷水に慣れるため、息を大きく吸う。

 視線を川の中から少し上げると、ルフが離れた場所で短剣を手に水面を見つめていた。

 俺と同じ、外套とブーツを脱いだ姿で。


 彼女の魔力の流れを見るに、目と腕に集まっている。

 魚の捜索と動きを見切る為の視野と動体視力。

 確実に仕留める為の俊敏性に特化したようだ。


「そこ!」


 ルフが短剣を一振り。

 水面が切り裂かれ、水飛沫が舞う。

 彼女の顔に水滴が当たるが、意に介さず剣を振りきる。


 その度にルフは水を頭から浴びており、滴る水玉が光を反射してキラキラと輝いていた。

 どこか神々しいその姿に目を奪われてしまった。


「ラスト!」


 ルフが両手の短剣で川を切り裂いた。

 腰の後ろに取り付けた鞘に戻すと、川辺に魚が数匹打ち上げられる。


「お見事」


 思わず感想を呟いてしまった。

 魚の種類はまちまちだが、その全てが見事に首を切り落とされている。

 弓だけにとどまらず、剣の腕前も素晴らしい。


「あたしは七匹よ。あんたは?」


「まだ捕まえてない」


「じゃあ勝負はあたしの勝ちってこと?」


「まぁ、見とけ。あと水に濡れて下着が透けてるぞ」


「え!?」


 ルフのチュニックに浮かぶ白い影。

 本人も自分の胸元を見て気がついたのか、腕で隠してしゃがみ込んだ。


「この変態っ」


「見せたのはそっちだろ。胸なしの痴女め」


「あ、あたしは痴女じゃない!」


 ルフの罵倒を無視して、目を閉じる。

 視覚の情報を遮り、感覚を自然の呼吸と合わせた。

 この世界に赤ん坊で転生して、竜の神獣の元で育った二十年間は山奥で育った。


 森の中でのサバイバル生活のおかげで、生き物の気配なんかが分かるようになった。

 自分でも言い表す事が難しい独特の『勘』とでも言うべきなのだろう。

 だからこちらを見つける視線にもすぐに気がついた。


「なんだ?」


 目を開けて森の中を見つめる。

 何も動きはない。

 だけどこちらを見つめる視線を感じた。


「ルフ。先に魚を焼いといてくれ」


「嫌よ。あたしも行く」


 振り返るとルフが白い外套を身に纏いジャンプ。

 俺の頭上を飛び越えて、対岸へと着地した。


「視線ならさっきから感じてたし、引きずり出してやるわ」


 やる気満々のルフ。

 視線に気がついていたから、川で休むことに何も言わなかったのか。


「面倒事の匂いがするんだよなぁ」


「ほらほら早く!」


 俺の発言を気持ちのいいくらいに無視。

 ブーツと外套を拾う。

 後頭部を掻きながら川から出てルフの隣へ。


「てか視線に気づいていたのか」


「ええ。村を出てしばらくしたら、ずっと感じてた」


「先に言えよ。完全に後をつけられる」


「つけられる理由……気にならない?」


「大体察しがつくけどな」


 急に俺たちがつけられる理由なんて、今回の依頼で運んでいる物以外に考えられない。

 備考欄にもあった、箱を開けることが禁止な理由なんてやましいこと以外ないだろう。

 嫌な予感と言うのは、外れて欲しい時に限ってよく当たる。


 外套とブーツを再装着して、ルフと共に茂みの中へ。

 ルフは短剣を既に鞘から抜いている。

 襲撃にいつでも備えられる体勢だった。


「きゃ!」


 森の中に響く女性の声。

 ルフと共に声のした方へと駆け出す。

 樹々の間を抜けて見つけたのは、茶色のフードを被った人間。

 フードに顔が隠れてどんな表情かも分からない。


 尻餅をついたその人を囲むように、黒い肌のゴブリンが五匹居た。

 人間の子供位の大きさに、不自然なほど大きく高い鼻。

 手には斧や棍棒と言った得物が握られている。


 襲われているのは、体格からして女性だろう。

 腕から流血しており、このままじゃゴブリンにやられる。


「やめなさい!」


 ルフが両手に持った短剣を投げる。

 女性に最も近かった二体の頭部を貫いた。


 残り三体の視線がこちらに向けられる。

 襲っていた女性から目が外れたな。

 足に魔力を流し、一気に加速。


 一瞬でゴブリンたちとの距離を潰す。

 目の前の一匹の額に右拳をねじ込んだ。

 風船のように弾けた頭から、血が飛びちる。

 一撃で仲間が倒されたことに警戒したのか、残り二体が俺から距離を取った。


「あんたは下がってろ」


 襲われていた女性にそう伝える。


「あ、ありがとう」


 そう返した謎の女性が、茂みの奥へ身を隠す。

 さて。残りは二体なわけだが俺が戦う必要はないかな。

 ゴブリンたちは俺から目を外さないように警戒しているが、それ以上にもうルフが攻撃態勢に入っていた。


 折り畳まれた背中の黒い弓の胴が開き、素早くルフが矢を放つ構えをとる。

 弦を引くと半透明の蒼い矢が二本生成された。

 そして放つ。


 流れる様な動作で撃たれた矢は、見事にゴブリンたちの頭を貫いた。

 鮮やか。そう褒め称えるしかない。


「いっちょあがり」


 ルフが破弓を背中に戻した。


「さすが『流星の女神』様だな」


「誰がつけんだが……」


 珍しくルフが重いため息。

 何故か彼女は、冒険者ギルド内では『流星の女神』の二つ名で呼ばれていた。

 女神なんて幻想を抱きすぎだろと、聞くたび思っていた。


「あれ? さっきの人は?」


「そこの茂みに隠れて……」


 振り返るとゴブリンに襲われていた女性の姿はなかった。


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