第7話 竜の国の秘宝
「ユーゴさんは一緒じゃないの?」
ルフが正装を終えて、部屋の外に出るとソプテスカがそう聞いて来た。
彼女は赤いドレスに身を包み、腰まで伸びた橙色の髪が輝きを放っているようにも見えた。
そう錯覚を起こしてしまうのは、ソプテスカも持つ王家の雰囲気とでも言うべきなのだろう。
「あのバカが居ないのはいつものことよ。どうせフラっと現れるわ」
ルフはそう言って、紐で一つに纏めてあったポニーテールを解いた。
桃色の髪が肩甲骨の辺りまで、無造作に降りてバラバラになる。
ユーゴと一緒に寝る時か、社交界のような場では髪を降ろすことが多い。
「愛しの彼のことはなんでもお見通しってわけね。その白いドレスもユーゴさんの好み?」
ルフは両肩の出た白いスレンダードレスに身を包んでいた。
足元まであるスカートが邪魔で仕方がないが、今日のような場では仕方がないと割り切っていた。
細身の自分には、身体のラインが強調されるドレスの方がいいらしい。
実家に居るメイドさんたちはそう言って、いつも身体のラインが分かるタイプを選んでくれていた。
「………知らない」
本当はユーゴが自分のドレス姿を見た時、着ていた白いドレスを見て「似合っている」と言ってくれたからだ。
とりあえず二人は会場の大広間へ移動することにした。
すると突然、横を歩くソプテスカがスカートの端を摘まみ、重いため息を吐いた。
「そうか。ユーゴさんは白いのが好みなのか。赤は失敗したなぁ」
肯定したつもりはないのにソプテスカがそう言った。
「嫌いじゃないから大丈夫よ。それにあんたが何着ても『美人は何着ても似合う』とか言って褒めるでしょうし」
「これは、これは……本命の恋人さんは、余裕が違いますね~」
ソプテスカがニコニコと何か言いたそうな笑み。
彼女とは昔からの付き合いだが、未だに何を考えているのか分からない時がある。
その行動や言動に驚くことだって、今でもよくあることだ。
「なによ。事実でしょ」
「偶には私だってユーゴさんに本音を言ってもらいたいです」
「本音だと思うけど……?」
実際ソプテスカは美人と言う言葉がピタリと当てはまる。
色気と言うよりかは透明感のある感じの笑顔。
強調しすぎない程度にバランスの取れた身体つきは、ある意味で理想的なスタイルだ。
ユーゴも以前、胸を押し付けられて『いい胸してた』と変態的な発言を真顔で言っていた。
抱き着かれれば嬉しそうに鼻の下を伸ばしている。
彼が『美人』と賞するのは、本当だと思った。
「いえ。ルフは気づいていないかもしれないけど、ユーゴさんてあなたと他の女の子に対する態度が違うの。だから彼の本当の顔を見られるあなたが羨ましい」
ルフは視線を上にして今までのユーゴを振り返る。
確かに出会った頃に比べれば、本音を言ってくれるようになった。
あんまり他人に不安を口にしない性格は今も変わらない。
「それにね。ルフ」
ソプテスカがこちらを向き、怪しく微笑む。
ルフは曲がりなりにも命を賭けることのある冒険者だ。
彼女が発せられる雰囲気が『攻撃的』な物であることは、すぐに感じ取れた。
「私、二番目でもいいと思ってるから。諦めるつもりだったけど、やっぱり無理。友達以上にはなりたい。彼の傍に居られるのなら、どんな手段だって使うつもりだから」
あまりにも堂々とした宣言にルフは何も返せなかった。
ただ黙って彼女の言葉を待つ。
「ルフとは友達で居たいし、きっとユーゴさんはルフを選ぶ。だけど二番でいいってなったら、どうなるでしょうね。例えば愛人とか」
「女王を愛人にするって、どんな贅沢させるつもりよ。あのバカに」
「けど愛人でもいいって言うのは、結構いると思いますよ? 人魚の神獣の子は分かりませんけど、魔術学院の教師は少なくとも私と同じだと思う」
「はぁ……あの二人か……」
今は自分の母国である人魚の国に居る二人。
特にユーゴへのアタックが猛烈な彼女たちなら、ありとあらゆる手段を用いそうだ。
三年経ってもユーゴに想いを寄せる女性は多い。
本当に罪な男だ。
「国王様や王妃様は、娘が愛人なんて悲しむんじゃない?」
「いえ。むしろ母上の意見です。もちろん父上には内緒ですけど」
ソプテスカが顔の前で人差し指を立てる。
仲間外れにされた国王に今は同情しそうだ。
「そう言えば王妃様は元気なの? いつものことだけど人前には顔を出さないから」
「最近は散歩するくらいは元気かな」
ソプテスカが再び前を向いてそう答えた。
竜の国の王妃である『ナルスカ・ウル・イムロテ』
身体が弱く、滅多に人前に顔を出さないことで有名だ。
その美しさと姿を見られないことから『竜の国の秘宝』とも呼ばれている。
ルフも小さい頃に一度会ったことがあるだけだ。
凄い美人だったことは確かに覚えている。
そしてソプテスカ以上の自由人だったことも。
「さて。会場に着きました。入る準備は大丈夫?」
ソプテスカが大きな扉の前で立ち止まりそう聞いて来た。
この先が今回の社交界の会場となっているらしい。
「もちろん。さっさと行くわよ」
「もうっ、せっかちなんですから」
ソプテスカがやれやれとそう返して、扉を開けた。
中から漏れ出した会場の熱気が頬を撫でた。
目の前には会場へと降りる階段。
全体を少し高い場所から見下ろせる。
踊り場でソプテスカと並ぶと会場の視線が一気にこちらを向いた。
音楽が止み、刹那の沈黙の後、歓声が沸く。
「なんだ?」
「ユーゴさん。あれ」
左の袖をネイーマさんがちょんちょんと引っ張る。
歓声の湧いた会場と視線が少し高い所に集中していた。
ネイーマさんは視線の先に細い指を向ける。
手に持っていた骨付きの肉から、視線をみんなと同じ方へと移した。
そこには赤と白のドレスに身を包んだ二人の少女。
竜の国の王女様といつも隣にいた冒険者。
遠目から見た二人の姿は、どこか神々しくてまるで女神が降りてきたようだった。
階段をゆっくりと降りて、会場に足をつけると人が避けて自然と道が開いた。
そう言えば王族とか重要人物は何処で参加する気だろう?
勝手なイメージながら、席的な何か用意されているのかと思っていた。
しかし見渡す限りそのような物は見られない。
「竜の国の王族は皆さんと同じ場所で楽しむんですよ♪」
後ろから話しかけられた。
ネイーマさんとは違う別の女性の声。
振り返ると灰色のフードから橙色の瞳が覗く。
この会場でフードを被るなんて、目立つはずなのに周りは一切気に留めていない。
「今はあの二人に視線が集まっていますから。法術で気配を消しているだけです」
女性の薄い口がそう告げる。
確かに背後からの接近には一切気づかなかった。
外よりも警戒が甘いとは言え、人の気配には大体気づく。
――この人……誰だ?
「し、失礼ですがあなたは一体……」
俺と同じ気持ちだったのか、ネイーマさんが謎の女性にそう尋ねる。
ニコッリと口角を上げた顔は、俺のよく知る王女様とそっくりだった。
「ナルスカ・ウル・イムロテ。あそこにいるソプテスカの母です」
おい、嘘だろ。
心の中からそんな声が聞こえた。
宝石の様な橙色の瞳は鈍く輝いており、心中を覗かれているようだった。
「お、王妃様!? どうしてここに……!」
ネイーマさんがすごく動揺している。
気持ちは凄く分かる。
俺も顔は一応平静を装っているつもりだが、手汗が凄い。
「少しあなたに興味があったからですよ。ユーゴ君♪」
「お目当ては俺ですか……あまりいい予感はしませんね」
ナルスカ王妃がニヤリと微笑む。
俺を見る彼女の瞳が訴えている。
――娘から全部聞いていますよ♪
やべぇよ。絶対に怒られる。
「ただ……王妃の立場としては、ギルド職員である彼女にも来て欲しいところです」
「わ、私ですか?」
余計に分からない。
何を考えているんだろう?
踵を返したナルスカ王妃が人混みの間を抜けていく。
特に説明もないが、断ることも出来ないのが悲しい現実だ。
「ユーゴさん……どうします?」
「ついて行かないわけにはいかないでしょう」
「ですよね……」
二人で「はぁ」とため息をして王妃様の後をついて行く。
周りの視線はまだルフたちに注がれていて、俺たちの移動を気にする人は居ない。
大広間から廊下へと出て、向かいの部屋へと案内された。
「よく来てくれた」
一番奥に座る男が俺とネイーマさんを見てそう声をかけた。
「国王と王妃が揃い踏みなんて、なかなか見られる光景ではないですね」
俺の言葉に国王が鼻で笑う。
「妻がどうしても君に会いたいと言ってな。それに……ギルドを経由して送った手紙を読んだ君としても、我に聞きたいことがあるだろう?」
「そうですね。今回の国王様の企みには、正直賛同しかねます。あまりに危険が大きすぎる」
「そう言わずにまずは座ってくれ。それに王都のギルドの代表として、貴女にも聞いてもらいたい。噂は聞いておる」
国王に促されて俺とネイーマさんは椅子に腰かけた。
向かいにはこの国の指導者である国王と王妃。
ルフもソプテスカも居ない状況で何か粗相が出ないか心配である。
「ごめんさないね。どうしても大々的に出来ない話なんです」
ナルスカ王妃がそう言って、四つ折りにされた一枚の紙をテーブルの上に置いた。
竜の蹄の捺印がしてあるのは、竜聖騎士団からの提出書類らしい。
「さて……ネイーマと言ったな。最近の魔物の動向に関してギルド側はどのような見解を示しておる?」
国王様の問いにネイーマさんが「はい」と小さく返事をした。
「特に問題となるような魔物の発生は確認されていません。しかし一部から、今までの傾向に反する魔物が現れていると報告があります。その魔物たちの特徴として、肌が黒いことも報告されています」
「黒色の魔物か……竜聖騎士団の報告では、ユーゴ君らが解決した誘拐事件の貴族は黒色の魔物を所有していたらしい。また密偵の報告からは貴族たちが裏で繋がっている可能性がある」
「そこで、今回の様な社交界を開いたと言うわけです」
国王様の説明の後、ナルスカ王妃が今回の意図を説明してくれた。
「主犯格をあぶりだす為とはいえ、直接王都に呼ぶのは危険にも思えますが?」
「だから保険で呼び寄せたのではないか。君を……な」
俺の言葉に国王様が指をさして答えた。
そう。今回の俺の本当の役目は保険。
教会で起きた黒色の魔物を用いた子供たちの誘拐事件は、竜の国の上層部にある疑念を抱かせた。
――反逆を企てるグループが居る
その中心となっているのが一部の貴族たちであり、今回の社交界に集まった面々の中に居ると言うわけだ。
何か起こすのであれば今から数日の間が最も都合がいい。
各領地を治めている貴族たちが、自然と王都に居るからだ。
物資を大量に運ぶのも見つかりにくい。
「クーデター……ですか? また王都を火の海にするつもりで?」
ネイーマさんが二人の王族をジッと見つめた。
竜の国の王都は、三年前の神獣の子に絡んだ戦争で一度『敵』の総攻撃を受けている。
あの時は竜の神獣である父の協力もあり、被害は最小限で済んだ。
しかし今回は相手が人だ。
下手すれば内部にも敵がいるかもしれない。
被害や戦いの爪跡は前回よりも大きくなる可能性だってある。
ギルドの者の立場からすれば街に被害をもたらすような作戦は、遠慮したいと言ったところだろう。
「わたくしたち自身も、危険なことは百も承知です。公には出来ない事情であるが故、こうして会談の場を設けました。負担をかけますが決着がつけばギルドの力を借りることになるでしょう。それでも危険ならば大きな力を付ける前に叩いておきたいのも事実です」
ナルスカ王妃の表情が厳しくなっていく。
滅多に顔を出さない王妃様にここまで言われたら、一般の冒険者である俺やギルドの職員であるネイーマさんはもう腹を括るしかない。
「まぁ、王都に来た時点で厄介事は覚悟していましたから。乗り掛かった船には最後まで乗りますよ」
「私も、ギルドで一応の準備はしておきます」
俺たちの返事に満足したのか、王族の二人が立ち上がった。
「さて。話も終わったことだ。ユーゴ君」
「はい?」
「これから君は娘の婚約者と言うことで貴族と面談してもらうぞ」
あ、すっかり忘れてた。




