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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第1章 月下の遠吠えと修道女
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第1話 二人の冒険者

 

 社会人になって、二十四歳の夏。

 炎天下の中をスーツで歩いていると気がつけば赤ん坊に転生していた。

 目の前にあった竜の顔を見て、泣いたのは良い思い出である。

 それから二十年間。


 父親代わりとなる竜の神獣の元で修業を積み、他の神獣の子に会う為に父の元を去った。

 他の神獣の子や神獣との出会い。

 時に戦い、時に協力して、俺たちは三年前に魔帝を倒すことに成功した。


 神獣の子は英雄として称えられ、変革の象徴となった。

 役目を終えた五体の魔獣『神獣』は、光の粒子となって姿を消した。

 その事実を知るのは、各神獣の子とその関係の深い者だけ。


 今でも神獣はそれぞれの国で神として信仰されている。

 それでも、神と崇められていた神獣の時代は終わり、神獣の子による新しい時代が始まることに変わりは無かった。

 神獣の子が世界に現れて丸三年。

 五か国は団結し、一つになろうとしていた。





「おはよう。寝坊助」


 その声は顔の近くから。

 毎日うんざりするほど聞いた声に、起きる気も失せた。

 再び寝る為に、シーツの中で丸くなると勢いよく剥ぎ取られた。


「ユーゴ! いい加減起きなさない! さもないとあんたの赤髪と赤眼が、どうなっても知らないわよ!」


 まだ眠気の残る瞼を開けると、桃色の髪をポニーテールにまとめた女の子の姿。

 手足の長いスラッとしたスタイル。


 少し前かがみになると灰色のチュニックの胸元が緩い。

 しかしその中には、期待するような膨らみもない。

 三年間かけても、成長が見られないのは悲しい。


「そんなに朝から怒鳴るなよ。まな板のルフ」


 ルフが胸を抑えてバッと身体を離す。

 隠す程ないだろうと本音を言えば怖いから言わないことにした。


「み、見たの……?」


「平坦な大地を……な」


 ルフが髪と同じ桃色の瞳でキッと睨んできた。

 気の弱い子供にそんな視線をぶつけたら、間違いなく泣き叫ぶ。

 現に俺も背筋が寒くなってきた。


「まぁ冗談はこれくらいにして……まだ朝だろ? あと少し寝れる」


「もう朝でしょ。また昼まで寝る前に起きなさいっ」


 ルフがあまりにしつこいのでとりあえず身体だけ起こした。

 窓から差し込む朝日を久しぶりに見るなと思い、ベッドから出た。

 いつもは昼くらいに起きるから、朝の太陽を見られるなんて珍しい。


 呑気なことを考えていたら、足元が覚束ない。

 木の床に裸足で立っているからだと思ったが、すぐに違うと気がつく。

 頭が重い。クラクラする。

 どうやら昨日の酒が残っているようだ。


「飲み過ぎよ。今度から控えること」


「バカ言うな。お酒は俺の活力だぞ」


「身体を悪くしたらどうするの」


「珍しく心配してくれんのか? 可愛いねぇ」


「バ、バカ! 誰があんたの心配なんてするもんですか!」


 ルフが肩をポコポコ叩いて来るが、その度に俺の足元がふらつく。

 胃の中に残ったお酒が暴れるので、勘弁して欲しい。


「ホントあんたは相変わらずね」


「お前の胸ほどじゃないよ」


 ルフに笑顔でそう返すと今度は本気で殴られた。







 ルフ・イヤーワトル。

 それが彼女のフルネームだ。

 出会ってもう三年になる。

 神獣の子に関する殆どの事件に関与しており、冒険者ギルドでも屈指の実力者。


 たしか今年で二十歳。

 前の世界なら成人だ。

 新成人らしく、落ち着きを持ってもらえれば俺としてもありがたい。


「何? 顔も不満なの?」


 目の前で黒糖のパンを片手に持つルフがこちらを睨む。

 宿の食堂はすでにピークの時間を過ぎたのか、俺たち以外誰も居ない。

 そもそも田舎の村の宿から、利用者数は知れているのだろうか。


「綺麗な顔してるなぁって」


 机の下の足を軽く踏まれた。

 褒めたのにヒドイ。


「冗談は堕落した生活だけにしなさい」


「どこが堕落なんだ? ちゃんと起きてご飯食べてるだろ」


「そんなものは基本よ。キ・ホ・ン!」


 二回言わなくてもいいだろうに。

 真面目なルフは毎日ちゃんと同じ時間に起きて生活している。

 俺だって昼頃という、大体同じ時間に起きている。

 だから一緒だと勝手に思っていたが、昼に起きるのは基本にならないらしい。


 いつになったら、ルフは俺を甘やかしてくれるのやら。

 手元の食事を見て、勝手にそう思った。

 黒糖のパンにホワイトシチュー。

 それにサラダと結構量がある。


 基本的にこの世界の人は肉体労働が多い。

 魔物を狩るにしても、最近各国が力に入れている農作業にしても、国を動かす中心の者以外はほとんどが肉体労働だ。

 朝からエネルギー補給が必要なのも理解できる。


「今日はどうするの?」


 すでに食事を終えたルフが目を輝かせて聞いて来た。

 どんな返答を望んでいるかは、大体理解できる。

 身体を動かすことが好きなこいつのことだ。

 魔物狩りたいとか言うんだろうなぁ。


「魔物関連の依頼はこなさないぞ」


「魔物狩りしましょ」


 俺の発言が聞こえなかったのかな?


「竜の国……しかも田舎で魔物狩りの依頼なんて、巨乳の美女で、性格も良い女の子を見つけるくらい難しいぞ」


「あんたのお花畑の頭はいつものことだけど。偶にはちゃんとした依頼をしたいの」


「運搬系の依頼だって、ちゃんとした依頼だぞ。あと楽だし」


「後半が本音ね」


「……さぁ?」


 ルフの視線から目を外し、木のスプーンでホワイトシチューを口に運んだ。

 クリーミーな触感にほのかな甘み。

 出来立てホヤホヤ。熱さが口の中に広がった。


 竜の国の魔物は基本的に大人しい。

 魔物と人間の住む地域がハッキリと分けられていると言ってもいい。

 だから魔物狩りの依頼も少ない。


「ホント。竜の国(この国)は呑気ね」


「『共存』が大切だからな。魔物とも折り合いをつけるのさ」


 竜の国は『共存』を最も大切な価値観だと捉えている。

 魔物もこの世界で共に生きる生き物。

 だから必要以上に殺さないし、折り合いをつけながら歴史を刻んできた。


「全く……脅威は事前に排除しないと意味ないの」


 他国出身のルフには、三年経っても受け入れにくいモノらしい。

 まぁそんな価値観の摩擦なんて、何処の世界でもある話だ。

 さして気にするもんでもない。






 田舎の村とは言え、冒険者ギルドはある。

 心地いい日差しと潮の香り。

 海が近いこの村には、鳥の声も響いていた。


 桟橋で釣りをするのも楽しそうだ。

 事実昨日は釣りをしていたら仲良くなった爺さんと夜は飲んでいた。

 飲んで騒いで帰る頃には真夜中だった気がする。


「なぁ。釣りしようぜ」


「却下」


 即答だった。

 能動派のルフには、身体を動かさない釣りは魅力を感じないらしい。

 楽しいのに、釣り。


 一人でへこんでいると冒険者ギルドに着いた。

 中に入るとまだ警戒心が緩く、若い冒険者たちが居た。

 一気に視線が俺たちに向けられる。


 俺の着ている赤い外套が珍しいのだろうか。

 確かにこの外套は竜の神獣()の鱗で創られた、専用(オーダーメイド)の品だ。

 防寒・耐熱・魔術耐性。

 様々な効果が付加されている。

 もしも値をつけるのなら、とんでもない額になるだろう。


 ただこっちに視線を向けているのは、主に男の冒険者たちでみんな俺のツレを見ていた。

 白い外套を身に纏い、凛々しい姿で目の前をある歩くルフをだ。

 外套の中の背中には、胴の両端を折り畳んだ黒い弓を背負っている。

 この弓もかなり珍しく、使えるのはルフだけのはず。

 まぁこの場所にそんなことが分かる冒険者が居るとは思えないけど。


 だからルフを見ているのは興味本位。

 彼女の外見からだろう。

 黙っていれば文句なしの美人。

 口を開けばキツイ言葉ばかり。

 残念な奴だった。


「また失礼なこと考えてるでしょ」


 いつの間にかこちらを振り向いていたルフ。

 鋭い視線に肩を竦める。


「目の前の美人のこと考えてた」


「はぁ……あんたはもう少しレディの扱いを覚えなさい。顔がいいのに残念だわ。愛想を尽かせないのはあたしくらいよ」


「顔が良いのは認めてくれるのか。やったぜ」


「バカじゃないの……」


 プイッとルフが前を向いてしまった。

 耳が赤い気がするけど、指摘したら後が怖い。

 俺が女性に対して失礼なことを言うのはルフだけだ。

 初対面の女性の前では紳士的に振る舞う。

 これこそが男の嗜みだ。


 ルフが依頼の紙を貼られている掲示板の前で立ち止まる。

 隅々まで漏れのないように見ているが、魔物狩りの依頼があるとは思えない。


「無いなぁ」


「よし。じゃあ今日は休んで飲みに行こう」


「飲みに行っているのはいつものでしょ。それに少しはあんたも身体動かしなさい」


「楽できて沢山報酬が貰えるのなら喜んで」


「こら」


 楽して稼ぐのは、人類永遠のロマンだろうに。

 ただそろそろ所持金も少なくなっている。

 余裕ある生活を送る為に、ここらで稼ぎたいのも事実だ。

 出来るだけ少ない労力で。


「やっぱり運搬系の依頼が多いなぁ」


「だから初級冒険者が沢山だ」


 竜の国はワイバーンを使った航空術が発達している。

 魔物と共存をしていると言う考え方だから、生活に魔物を利用している場面はよく見かける。

 他国よりも調教に長けており、基本的にワイバーンには竜の国出身者は全員乗れる。


 冒険者ギルドへの依頼は、そんなワイバーンたちを利用した運搬系が多い。

 魔物関係に比べると危険度はグッと下がるから、ギルドで実績のない冒険者たちが多いのも特徴だ。


「あたしは上位冒険者なんだけど?」


「我儘言わない。適当な依頼をこなして早く休もうぜ」


「お酒のことしか頭にないのかっ」


「何故わかった?」


 ルフが「はぁ」とため息。

 呆れているのはすぐに理解した。


「あ……凄い報酬が高い依頼がある」


「それにしよう」


「だけど数日かかりそうよ?」


「やめよう。他のにしよう」


 ルフが一枚の紙を掲示板から手にとる。

 マジマジと依頼を見つめる彼女の横から俺も紙を眺める。

 依頼の内容は、この地域を治める貴族まで依頼の品を運ぶこと。

 報酬は普通の運搬系依頼の軽く三倍はある。


 さすが貴族。

 金の使い方が半端じゃない。

 それとも何か欲しい物を運んでもらうのか。

 依頼の紙の下部に書いてある『物資の中身は見ないこと』の注意書きが気になる。

 見た場合は、報酬を支払わないとまで書かれていた。

 支払いの条件が細かく決められている、運搬系の依頼は珍しく思えた。


「何を運ぶんだろ?」


「厄介なもんじゃなければ何でもいいさ」


「じゃあこれで決まりね」


 ルフが受付のカウンターに歩いて行く。

 その後ろ姿を見て、止めるのを忘れていたと後悔したのはここだけの話。


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