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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第2章 代行者たちの宴
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第2話 名家の騎士

 竜の国の対魔物の主力である竜聖騎士団。

 基本的にいくつかの隊に分かれて各任務に当たる。

 騎士団内の序列は完全実力制度であり、年齢や種族は関係ない。

 もちろん竜の国出身者以外でも、募集の条件に合えば入隊可能である。


 駆け出し冒険者の多い竜の国内では、突出した戦闘能力を持つ騎士団。

  その中に最年少の部隊長として有名な一人の少女が居た。

 肩まで切り揃えた茶髪の中に猫耳が揺れる。

 隊長にのみ与えられた自室の机に座り、山のように積まれた報告書の束に深いため息を吐いた。


「これも仕事とは言え……めんどくさいなぁ」


 竜聖騎士団の隊長格の一人である獣人のフォルは、報告書を見てそう呟く。

 今年で十八歳の彼女は、本来であれば街で遊ぶ普通の少女として過ごすはずだった。

 しかし魔物を殺す為に騎士団に入団後、一人の男との出会いが運命を大きく変えてしまう。


ユーゴ(お兄ちゃん)元気かなぁ」


 椅子を反転させて、窓の外を見ながら呟いた。

 赤髪、赤眼で魔物に押されていた当時の騎士団を助けてくれた男の名前を。

 親しみも込めて『お兄ちゃん』と呼んでいるが、当然ながら血の繋がりなど全くない赤の他人だ。


 お酒が大好きでイマイチ掴みどころのない自由人。

 だけど一人で戦況を変えられるほどの圧倒的な強さ。

 身を焦がす炎を思い出すと、今でも体の奥が震える。


 もしも敵だったら?


 そう頭に過ぎる度、味方でよかったと心の底から安堵した。

 そんなことを思い出していると、廊下を走る音が聞こえた。

 鎧が擦れる金属音と重量感のある足音は、騎士団の者であることを示している。

 そして廊下を走るバカは、知り合いの中では一人しか居ない。


「フォルちゃん! ソプテスカ王女が帰って来た!」


 勢いよく扉を開けて入ってきた青年は、開口一番にそう叫んだ。

 フォルは太ももから短剣を抜くと、そのまま青年に向かって投げつけた。


「え!? ちょ!」


 驚いて後退りした青年。

 そんな彼の顔のすぐ横の柱に短剣が突き刺さった。


「危ない!」


「ヴィーテオトル・アルパワシ。アナタの部隊の隊長は誰?」


「フォ、フォル隊長です……」


「その隊長に向かって『ちゃん』付けとはどういうつもりかな?」


「す、すいません……」


 茶色の髪を揺らして、ヴォ―テオトルが頭を下げた。

 彼とは同い年だが、騎士団内では隊長とその部下である。

 規律は守らなければならなかった。


「それでソプテスカ王女が帰って来たってホント?」


「はい。流星の女神と赤髪の男と一緒ですけど……」


 ヴォ―テオトルの言葉に報告書を持つ手が止まる。

 流星の女神はルフの二つ名で、彼女と同行している赤髪の男はユーゴに間違いないだろう。

 久しく王都に姿を見せた二人。


 再開の嬉しさから、出そうな笑顔を頬に力を入れてかみ殺す。

 今笑っている姿を見られたら、隊長としての威厳が崩れてしまう。


「それにしても、隊長の言う通りでしたね。ソプテスカ王女が今朝から姿が見えないと思ったら、『その内帰ってくる』って探そうともしないんですから……オレ驚きました」


「まぁ、もう慣れたかな。それに……」


「それに?」


「ソプテスカ王女は強いからね」


 フォルはそう言って椅子から立ち上がる。

 今日の城の警護は、自分たちの隊だ。

 役割なんて流動的、だからあくまで目安。


 それでも王女が客人を連れて帰還となれば、無視するわけにもいかない。

 例えその人が、気心の知れた人だったとしてもだ。


「じゃあ、行こっか」


「了解です!」


 部屋に響くほどの大きな返事をしたヴォ―テオトルと共に、フォルは部屋を後にした。











 いい風と太陽だ。

 高台の上に建てられた城の前。

 階段を上りきった先で振り返ると、王都の街を一望できる。


 空港よりも低所だが等間隔に建物が並んだ街並みは、いつ見ても素晴らしい。

 赤い外套も風に揺られて、蒼天の空から降り注ぐ太陽で身体が暖かい。

 横になれば今すぐ眠りにつけそうだ。


「懐かしいですか?」


 隣に並んだソプテスカ。

 その言葉の意味を一瞬考えたが、出てきた答えをそのまま口にした。


「大切な場所だけど、懐かしいとはちょっと違うかな」


 俺が育ったのは、竜の神獣が住む山を中心にした広大な森林地帯だ。

 父である竜の神獣の元から旅立つまで、街など見たことはなかった。

 だから懐かしいとは少し違う。


「それにしても、迎えを待つ必要あるの? ソプテスカが居るんだから、城の中に入っても問題ないでしょ?」


 ルフが腕を組んで明らかにご機嫌斜めだ。

 指をトントンと上下させ、整った顔の額には皺が寄っている。

 今俺たちは何故か城の前で待ちぼうけをくらっていた。


 ソプテスカに「迎えが来るまで待ってくださいね」と言われて待っているが、ルフの言う通り王女が一緒なのだから城に入っても問題なさそうに思えた。


「ごめんなさいね、ルフ。私今朝は勝手に抜け出したから、今頃騎士団には捜索の任が出ているかもしれないの」


 とんでもない理由にルフと二人で眉間に手を添えた。

 この王女は本当に自由人過ぎる。

 三年前もよく城を抜け出していたが、最近はそれが問題と言うことも忘れている様子だ。

 もうちょっと反省して欲しいもんだ。

 これじゃフォルも苦労しそうだな。


「ご自身で帰って来て下さるので今は楽ですよ」


 背後から聞き覚えのある声。

 ソプテスカと共に振り返ると獣人の少女と茶髪の少年が居た。

 二人は胸に三本の爪跡の入ったエンブレム。

 威厳と誇りを兼ね備えたその服装は、竜聖騎士団の団服であり、身を包んだ彼女らの姿は一段と凛々しく見えた。


「ご苦労様です。フォル隊長。それにヴォ―テオトルも」


 迎えに来てくれた二人にソプテスカがニコッと微笑む。

 フォルの頭についた猫耳僅かに動くが、表情は対照的に眉一つ動かない。

 一方でヴォ―テオトルと呼ばれた少年は、頬を赤らめて明らかに頬が緩んでいた。


 王女であることを差し引いても、一応美少女である。

 そんなソプテスカに見つめられたら、大体の男は一撃で沈む。


「久しぶりだな。フォル」


「そうですね、ユーゴ(・・・)さん」


 突然の違和感。

 以前までは俺のことを『お兄ちゃん』と呼んでくれていたのに、今は普通に名前を呼ばれた。

 それに心なしか何時もよりも対応が冷たい。

 何か嫌われたことしたかな。


「フォルちゃん。ユーゴの呼び名を変えたの?」


「ルフさん……その話は後にして下さい」


 ルフにも何所となく冷たい。

 遅めの反抗期と言うやつだろうか。

 フォルを見てそんなことを思っていると茶髪の少年がルフに近づく。


「あ、あの! 本物の流星の女神ですか!?」


 声がでかい。それが最初の印象だった。

 特に近くで声を出されたルフは、面をくらったのか半歩後退した。


「そうだけど……?」


「オレ! ヴォ―テオトル・アルパワシと言います! ギルド屈指の冒険者と会えるなんて光栄です!」


 地面に平行でそりゃ見事なお辞儀だった。

 ルフのことを尊敬している奴には時々出会う。

 しかしここまでハッキリと態度で示す奴は珍しい。


「こら! ヴォ―テオトル! ルフさんが困ってるでしょ! 突然大きな声を出さない!」


「す、すいません!」


 フォルの喝に再び見事なお辞儀。

 しかも声はさっきよりも大きくて、耳元で鐘が鳴っているようだった。


「ルフさんごめんなさい! うちのバカが本当に!」


「い、いいのよ。気にしないで。別に悪いことを言われたわけじゃ無いし」


 頭を下げるフォルをルフが宥めている。

 その横でヴォ―テオトルと呼ばれた少年がテンパっていた。

 どうやら彼はフォルの部下らしい。


「ソプテスカ。これどうするんだ?」


「フォル隊長は厳しいと騎士団でも有名ですよ♪」


 口に手を当ててクスクスと笑うお転婆王女様。

 貴女の自由っぷりも、有名ですよと言う気も起らない。


「ところでアナタは何者ですか? 流星の女神の付き人ですか?」


 ようやく俺の存在気がついたヴォ―テオトルがそう言った。

 僅かに疑いを含んだ目線。怪しい相手に対して警戒を解かないのは、流石と言うべきだろうか。


「ただの酒好きの冒険者だよ。気にしないでくれ。騎士団名家の少年君」


 俺の言葉にヴォ―テオトルの表情が僅かに険しくなる。

 嬉しくない。何故知っている。

 そう言いたげな表情。

 どうやら『アルパワシ』の名前は、彼にとって想像以上に重いモノらしい。


「まぁ兎に角だ。ソプテスカ、もう迎えも来たんだし、城に入ってもいいよな?」


「もちろんです。構いませんよね? フォル隊長?」


「は、はい。では皆さんついて来て下さい」


 フォルが踵を返して、城へと先導してくれる。

 彼女の後をヴォ―テオトルがついて行き、俺たち三人はその後に続いた。

 遠くから俺たちを見つめる騎士団員の視線が気になるけど、俺に向けられているものは少ない。

 王女と流星の女神が居ればそれも当然かと思い、城の中へと入る。


 白い大理石で造られた柱と赤い絨毯の敷かれた廊下。

 ブーツで歩いても足音は聞こえない。


「ねぇねぇ、ユーゴ」


 いつの間にか隣に来ていたルフが耳元に口を近づける。


「なんだ?」


「さっき言ってた『騎士団の名家』って言うのは、ホントなの?」


「俺も噂程度しか知らないけど、たしか『アルパワシ家』はその昔、優秀な騎士団員を輩出して貴族まで成り上がった一族のはずだ」


「人魚の国でも噂は聞いたことあるけど……最近はめっきりダメだって」


 竜の国の中でも異色の貴族であるアルパワシ家。

 竜聖騎士団創世記に高名な騎士団を何人も輩出して、いつしか貴族の一つとして王から称号を貰う。

 しかし近年は全く騎士団へ騎士を輩出できず、終わった貴族と言われていた。


 最近では名前すら忘れている奴だって居るらしい。

 俺も酒場のオッサンから聞いただけだから、詳しい事はもちろん知らなかった。


「凄い頭下げてたな。面白い奴だ」


「礼儀正しいのは良いんだけどね……行き過ぎるのはちょっと……」


 ルフが頬を掻いてため息。

 年下に慕われるのは、もはやこいつの得意芸だな。


「着きました。国王様がお待ちです」


 そう言ってフォルが大きな扉の前で立ち止まった。

 何度も通ったことのある謁見の間へと繋がる扉。

 王との面会は何度やっても緊張する。

 緊張を抑える為に大きく息を吸う。


 じゃあ、行くかね。


 深く息を吐きながら、俺は扉へと手を添えた。


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