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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第2章 代行者たちの宴
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第1話 再会の王女

 

 頬を切り裂く風が徐々に暖かみを帯びていく。

 ワイバーンの背中から見下ろす、竜の国の大地が少しずつ朝日に晒される。

 背中に感じる暑さは、朝日によるものらしい。


「王都ね」


「そうだな。久しぶりだ」


 ルフの言葉に短くそう返す。

 一日の始まりを告げる太陽に照らされる竜の国の王都。

 巨大な街を囲む高い外壁と中央にあるワイバーンが離着陸する空港。


 もちろんワイバーンで空を飛ぶ俺たちの行き先もそこになる。

 夜間飛行時間が限られていることの多いワイバーンに手綱で合図を送る。

 両翼を羽ばたかせると王都へ向かって一直線に加速した。


 因みに種類によっては、夜間飛行が可能なワイバーンや他国の気候に適応した個体も居る。

 しかし人が乗るための調教が難しくて、数が絶対的に少ない。

 だから一般的なワイバーンは夜間の飛行時間が限られているし、飛行可能なのは竜の国の様な温暖な気候だけだ。


 空港に近づくと次第に色々な輪郭が見えてくる。

 羽を休めている数体のワイバーンと受付の白いテント。

 そしてこちらに手を振る人影。


「何してんだか……」


 手を振る女性を見て、ルフが飽きられた様子でため息を吐く。

 気持ちは分かる。

 何故なら俺たちに手を振っている女性は、竜の国の王女様だったからだ。


 翼竜のワイバーンを空港と平行にして、慎重に着陸させる。

 しっかりと着地したことを確認してから、ワイバーンから飛び降りた。


「ユーゴさん!!」


「おう、ソプテスカ。久しぶ……り!?」


 空港に降り立った俺に近づいて来たのは、竜の国の王女であるソプテスカ。

 腰まで伸びた桃色の髪と同色の瞳は、いつも燃えるように輝いている。

 魔物退治もする活発でお転婆な王女であり、ルフと同い年の親友。

 そんな彼女が今俺に抱き着いているわけで……


「久しぶりですぅ。会えなかった分、私に優しくしてくださいね♪」


 ここぞとばかりに俺の胸に顔を押し付ける王女様。

 まだ人の少ない明け方の時間とは言え、最も見られたらマズい人間が横に居た。


「ソプテスカ……? あんた何してんの?」


「何って、ユーゴさんに抱き着いています」


 当然だと言わんばかりのソプテスカを見て、ルフの握り拳がプルプル震えている。

 朝から不機嫌まっしぐらのご様子だ。


「ソプテスカ? 汗臭いだろうし離れてくれる?」


「いつも通りの良い匂いですよ? だから心配しないで下さい!」


 満面の笑みに何も返すことが出来ず、眉間を抑えた。

 ルフと一緒で言い出したら止まらない。

 この王女様は、相変わらずの自由人だった。


 今のままでは話が進みそうになかったので、彼女の両肩を掴み、やや強引に引き剥がした。

 ソプテスカがやや不満そうに頬を膨らませるが、ダメなものはダメなのだ。

 俺をジッと見つめる橙色の瞳に苦笑を返す。

 拗ねられてもどうしようもない。


「ユーゴさんはいつも私に冷たいです」


「お前が積極的なだけだ」


「でもルフを見ていると、ユーゴさんは恥じらうような女の子が好きだとは思えないですよ?」


「悪口! ソプテスカ! それただの悪口だから!」


 ルフが横で騒いでいる。

 俺は別に恥じらう女性が嫌いなわけではない。

 むしろお淑やかな女性は好きなくらいだ。


 その辺は、一応元日本人としての矜持が残っている。

 まぁ、この世界に転生して既に二十三年が経った。

 価値観や考え方は大分変わった。


 命のやり取りを何度もする中で殺すことに躊躇いすら無くなってきている。

 やらなければやられる。

 それがこの世界での基本原則であり、俺の周りの人を守る為に大切なことだ。


「ソプテスカもあんまりルフ(こいつ)を苛めないでくれ。俺が後で怒られるから」


「分かりました♪ ずっとユーゴさんを独占していたから、ちょっと意地悪したくなっただけです♪」


 笑顔を見せて、ソプテスカが踵を返す。

 軽い足取りと明るい鼻歌を奏でて、空港から街へと伸びる階段へと向かう。

 機嫌がいいことは一目瞭然だった。

 そしてその理由も。


「鼻の下伸ばしてんじゃないわよ」


 ルフの言葉がいつもよりも棘がある。

 肌にチクチク突き刺さる感覚は、彼女の鋭い視線のせいかな。


「美人に抱き着かれれば男は誰だって嬉しいさ」


「チッ。胸がある子がそんなにいいのか……」


 舌打ちの迫力が半端ない。

 自分がその辺の魔物を殺気だけで、撤退させられる冒険者だと言うことを少し自覚してほしい。

 事実、空港で羽を休めていたワイバーンたちが目を覚ましてざわついていた。


「こらこら、殺気を抑えなさい」


 ルフの頭に手を置いて宥めてみる。

 そのまま髪をくしゃくしゃにしたら、もの凄い勢いで払われた。


「髪が乱れるでしょ!」


「いつも大体乱れてるぞ。流星の女神様」


「バカっ」


 ルフの暴言に肩を竦めた。

 殺気を抑えてくれたが、プイッと顔を横に向ける。

 特別拗ねている時は、いつも視線を逸らす。

 後で機嫌を直す方法考えないとな。


 ルフのことを後回しにして、空港から街へと帯びる階段へと向かう。

 大人数が通るため、横に広く造られた階段とその横を坂が走っている。

 階段では空港まで行くのがキツイ人専用に造られたものらしい。


「ねぇユーゴ。あの手紙の内容、本当に身に覚えがないの?」


 横を歩くルフが今回、王都へ戻って来た理由を聞いて来た。

 もちろん手紙に書いてあった婚約の話は、身に覚えがない。

 ソプテスカ本人に聞くつもりが、さっきはそれどころじゃ無かった。


「当たり前だ。ソプテスカが勝手に言ってんだろ」


「ふーん……結構嬉しそうだったじゃない」


「今日はやけに毒を吐くな。まぁ……あの手紙がソプテスカ(あいつ)の気まぐれではなければ、色々考えられるさ」


「色々って?」


 ルフの短い問い。

 多分こいつも大体のことを察しているが、考えをまとめる為に視線を上へと向けた。

 さっきまで朝霧が立ち込めていた空は、いつの間にか透き通るような蒼色だった。


 いい天気だ。


 こっちは今から面倒くさいことに巻き込まれそうな予感で気が重いというのに。


「例えばめんどくさい貴族の求婚を断るため……とか」


「やっぱりそうなのかな? あんたが一番都合いいもんね」


「人を便利屋扱いするな。ただし一番の問題は……」


「相手が普通に断るにはちょっと面倒な奴……だとか?」


 ルフがドヤ顔でそう言った。

 僅かに上がった口角に少し腹が立つ。

 でもそこまで理解しているのなら問題ない。


「適当にあしらうには面倒な貴族とか、裏と繋がり持つ人間かもな」


「はぁ……政略関係は苦手だわ」


「ソプテスカとか違って、お前はギルドマスターの娘なのに家出状態だからな」


「分かってますよーだ」


 ルフがベッと小さな舌を出す。

 本来であればルフは人魚の国を治めるギルドマスターの娘だ。

 当然ながら人魚の国の重要人物であることに疑いの余地はない。


 本当なら外交などの仕事もこなすべきなんだろう。

 しかしこいつは家に帰らず俺と居る。

 たまに帰ることもあるが、基本的には家出扱いだ。

 本当は三年前に俺が連れ出したんだけど……


「兎に角だ。国王様とソプテスカに話を聞いて、それからどうするかゆっくり考えよう」


 俺を呼び寄せた理由が求婚を断る為の口実だとしたら、国王にだって何か考えがあってのことだろう。

 意味をもなく俺を呼び寄せることはしない人だ。

 俺が竜の神獣の子と知っていても、基本的には自由にさせてくれるし、何か力を貸してほしい時はソプテスカを通して連絡をくれる。


 本来であれば神獣の子なんて不確定要素は、常に傍に置きたいはずなのに、国王は俺をユーゴ個人として扱ってくれていた。

 階段を降りきると灰色のフードで顔をすっぽり覆ったソプテスカが待っていた。

 護衛もつけないで王女が街をぶらつくと言うのは、いささか危険なような気もするが……


「ルフもちゃんとフードして下さいね。今は有名人なんですから♪」


「分かってるわよ」


 ルフが白い外套についたフードを深くかぶる。

 俺にとっては慣れっこだが、流星の女神の名前は広く知れ渡っていた。

 基本的に所在地不明の凄腕の冒険者。

 想像するだけで格好いい。


「ユーゴさんはフードをしないのですか?」


「三人とも被ったら怪しい集団に見えるぞ」


「だけどこれだとあんたが怪しい奴を連れ歩く親玉よ?」


 ルフに指摘されて今の状態を確認する。

 左にソプテスカ、反対にルフと言う挟まれる形で俺たちは王都の街を歩いていた。

 確かにこれだと俺が両脇の二人を連れ歩いているように見えるのか。

 ヒドイ不評被害である。


「両手に花だと思えば悪くないだろ」


「流石ユーゴさん♪ よく分かっていますね♪」


「あ、あたしも花か……」


 両者の反応が違い過ぎて面白い。

 からかう時の面白さは、それぞれにあるからこれがなかなか楽しい。

 時間が経つにつれて人が増えていく王都の街を歩くこと数十分。


 竜の国の王都の城まで伸びる階段まで辿り着いた。

 この街は何かと階段が多く、重要な建物へと繋がるのは殆ど階段だ。

 年寄りの膝に優しくない造りである。


「朝からハードだ」


 俺の可愛い膝からも悲鳴が上がりそうだった。


「ユーゴさんは身体を動かしていないのですか?」


 やはりこの街で暮らし、何かあれば階段の上り下りをしているソプテスカの顔には、汗一つ付いていなかった。

 体力はもはやそこら辺の冒険者並みだな。


「サボってばかりよ。三年前はあんなに動いていたのに」


 ルフの言葉には何も反論できない。

 今振り返ると何故あれほど色々と動いたのか、未だに分からない。

 それくらい当時の俺は色んなことをした。


「まぁ色々あったからな」


 本当に三年前は色々あった。

 神獣の子が出現した直後で各国は気が立っていたし、敵に回る神獣の子や無差別に攻撃する奴とかも居て本当に大変だった。

 神獣の子同士で戦って街に被害を出したり、壊滅させたり……


 色々と被害を出したのに、今となっては、神獣の子は各国の重責だと言うのだから笑える。

 俺たち五人を英雄視する声すらあった。

 一部ではもちろんその逆も……


「相変わらずデカい城だなぁ」


「狼の国の王都にある城に並ぶ、最大級の大きさですから♪」


 ソプテスカが自慢げに呟く。

 見上げると首が痛くなる城。

 その上空を今日もワイバーンが飛んでいた。


 さて、国王に謁見願うかね。

 大きな欠伸をかみ殺し、俺は城への一歩を踏み出した。


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