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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第1章 月下の遠吠えと修道女
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第13話 教会の日常と冒険者

 

「よーし。全員掃除道具は持ったなー?」


 俺の問いかけに目の前の子供たちが「はーい」と返事をしてくれた。

 教会で育った子供たちは素直でいい子たちばかりだ。


「最初の班分け通りに手際よくやって、昼までに終わらせるぞ。俺の休憩時間を長くするために頑張ってくれ」


 雑巾や箒を手にした子供たちにそう言うと、「情けない!」とか「流星の女神に捨てられるよ!」などのブーイングが帰って来た。

 子供たちは好き勝手言いやがる。


「大人には大人の事情があるんだ。さぁ行くぞ!」


 俺の合図と共に子供たちが散っていく。

 朝食を食べたばかりの俺たちが取り掛かるのは、教会の日常清掃だ。

 今まではエルレインさんとルプスが行っていたらしいが、これからは子供たちにも手伝ってもらうことにした。


 エルフや獣人に人間。

 他種族の子供たちが一緒に作業している姿は、どこか嬉しく思えた。

 共に手を取り合う絵がこれからの未来を暗示しているようだから。


 ルプスによる襲撃から数日が経った。

 俺とルフはまだ教会でお世話になっている。


 エルレインさんが子供たちの面倒を全部一人で見るのは、怪我明けの体力では厳しいだろう。

 だからしばらくは子供たちの面倒も見て、教会の生活リズムが通常に戻るまで見守ることにした。


 ちなみに貴族の屋敷を騎士団が強制調査した結果は、地下に実験場のような場所が見つかったらしい。

 詳細は竜聖騎士団が知っているが、肌の黒いゴブリンの姿はなく、攫われた子供たちの姿も無かったと聞いている。

 本当に全員殺されたらしい。


 貴族の男は王都で裁かれることとなり、強制的に連行された。

 今は騎士団がこの地域の管理をしている。

 さらに俺たちには報奨金が出ることになった。


 臨時収入と言うやつだ。

 受け取り場所はこの教会を指名しているから、近日貰える予定だった。


「ユーゴさん。本当にすいません」


 振り返るとエルレインさんが箒を手に小さく頭を下げた。

 何故彼女が箒を手にしているのか、聞くまでもない。

 エルレインさんに近づき、箒を取り上げた。


「あっ、返してくださいっ」


 箒を身体の後ろに隠して、エルレインさんから見えないようにした。


「まだ安静にしてください。街の治癒師の所にも行かないで連日の労働は見逃せません」


「バレていましたか……」


 頬を掻いて、小さな舌を出しておどける修道女。

 可愛らしい姿に「働かせて」とお願いされたら思わず頷いてしまいそうだ。

 彼女は昨日俺の眼を盗んで教会の掃除をしていた。


 教会内に設けられた部屋など負担の軽い場所だから大丈夫と思ったらしい。

 夕食時の子供たちからの密告でバレてしまったが、動くことは出来るだけ遠慮して欲しかった。


「ユーゴさん! シスター! 洗濯物が大変なことになってる!」


 走って来たのはヘーリン。

 彼の班は教会の目の前にある湖で洗濯物を担当していた。

 面倒を見るのはルフ。


 ちなみに俺は反対したが、ルフ本人の希望によりその場所になった。

 理由は一つだ。

 不器用なんだよなぁ……あのまな板脳筋娘……


「何かあったのですか!?」


「いや。多分ルフがやらかしただけです」


 へーリンの後について教会の外に出る。

 快晴の天気、昼寝するには最適な環境だ。

 掃除を片付けたら真っ先に寝よう。

 外の天気を見て、まずはそう決意した。


 そして目の前の光景を見て眉間を抑えた。

 何やってんだあいつは……


 俺たちが見た光景は、湖の水面に浮かぶ洗濯物の数々。

 どうやら風で全部吹き飛んだらしい。


「ユーゴさんどうしよう!?」


「どうするも何も拾うしかないだろ。おいルフ!」


 背中越しに俺の声を聞いた彼女の肩がビクッと揺れた。


「ど、どうしたの? ユーゴ?」


 振り返ったルフは額に汗をかき、声が少し震えていた。

 大分動揺しているらしい。


「どうしたじゃないだろ。洗濯物が湖に自殺してるだろ」


「違う! あの子たちは風のせいで身を投げたの! 他殺よ!」


 今はどっちでもいい。

 早く洗濯物を回収しないと、昼間までに作業が終わらない。

 俺の昼寝の時間が削られてしまう。


「アホなこと言ってないで取りに行くぞ」


「はい……ごめんなさい……」


 シュンと肩を落とす流星の女神。

 弓を巧みに操る姿からは、姿は想像できない姿。

 しかし何をしても基本的に不器用だ。


「エルレインさん。子供たちが湖に入らないよう注意してくださいね。深さが分かりませんから」


「わ、分かりました!」


 ルフと二人で足裏に魔力を集める。

 そのまま湖の水面に足を置くとゼリー状の感覚。

 水の上はバランスがとりにくいから嫌いだ。

 特に俺のように地面を蹴って、近距離戦に持ち込む奴にとっては出来るだけ避けたい場所だった。


「なんでこんなに不器用なんだろ……」


 ルフが独り言をブツブツ言いながら、洗濯物を拾っていく。

 どうやら当人は不器用であることを気にしているらしい。

 多分だけど弓の扱いには長けているから、指先が不器用と言うわけではないと思う


 慣れの問題だろう。

 父はギルドマスターで冒険者たちの元締めだから、実家もかなり大きい。

 初めて行った時は驚いた。


 メイドさんも居たから、実はお嬢様のルフ。

 家事なんて覚える機会が無かったんだろうなぁ。

 こっちは竜の神獣である父と二人で暮らしていたから、自分で何でもしていた。


 時々食べてはいけない薬草やキノコを口にして、父に怒られた。

 今思いと懐かしいなぁ。


 こっちの世界に来てからの記憶を振り返りながら、洗濯物を拾い集めていく。

 白いシーツに子供らの簡素な服。

 その中で一つだけ異質な物があった。


 白と青のボーダー柄のパンツだ。

 とりあえず拾って観察する。

 子供が履くには少し大きいか。


「なぁルフ。お前ってパンツ白だったよな」


「な! と、突然なに!? た、確かに白だけど……それはあんたが……あ!」


 こちらを見たルフが何かに気がついた。

 水面を巧みに走り、俺との距離を詰める。

 やべ。見られた。


「それエルレインさんのじゃ! 変態!」


「人聞きの悪いこと言うな。拾ったやつだからまだ分からないぞ。本人に聞くか?」


「子供たちの目の前で恥ずかしめ受けさせる気!? それ人としてどうかとかそう言う問題よ!?」


「分かった、分かった。こっそり渡そう。ヘーリン! こっちに来てくれ!」


 白い犬耳を揺らして、ヘーリンが水面を走る。

 先日魔力の扱い方を教えたが、すでに上手く使いこなしていた。

 闘術を元々使えていたから、飲み込みも抜群に早い。


「どうしたの?」


「これをこっそりエルレインさんに渡してくれ」


「こ、これは……!」


 パンツを握りしめたヘーリンが取り乱す。

 茶色の外套の中に腕を入れて、周りには見えないように隠した。


「頼むぞ」


「分かった!」


 親指を立てた俺に対して、ヘーリンが数回頷いた。

 彼が踵を返して湖の端で待つエルレインさんへと駆け出す。


「ユーゴ!? どこがこっそりなの!?」


「大丈夫。ヘーリンは賢い子だ。」


 ルフの意見を華麗に返し、ヘーリンの背中を見つめる。

 湖の端へたどり着いた彼がエルレインの傍で立ち止まった。 


「こ、これ! シスターのやつ!?」


 パニックに陥った彼が盛大に叫び、パンツをかざした。










「グス……少しでもユーゴさんを信じた私がバカでした……」


 教会の前で膝を抱えて半泣きのシスター。


「このバカが本当にごめんなさい!」


 その目の前でルフが頭を下げている。

 当人である俺は、拘束されて胡坐で地面に座っていた。 

 まさかヘーリンが大声叫ぶとは思わなかった。

 完全に俺が悪者扱いされる羽目に。


「可愛い下着でしたよ」


 ルフの短剣が俺の真横に突き刺さった。

 今絶対殺す気だったろ。


「何か他に言い残すことは?」


 ニコッと微笑むルフ。

 その後ろで「もうシスターなんて出来ない……」と虚ろな目で呟くエルレインさん。

 なんだこの状況。どうしてこうなった。


「湖に洗濯物をばら撒いた女の子が悪いと思います」


「それは……パンツを見つけたあんたが悪い!」


「じゃあ、パンツはそのまま入水させるべきだったのか?」


「二人ともパンツを連呼しないでください!」


 涙目で訴えるシスターは、どこか加虐心をそそる。

 しかしそんなことをしたら、ルフに怒られるからやめておく。


 はぁとため息をした時、穏やかな風が吹いた。


 そして上空から気配。

 顔を上げるとワイバーンの影が近づいていた。

 徐々に大きくなる緑色の翼竜。

 同時に近づくたびに風が強くなる。


「流星の女神ルフ・イヤーワトルとその従者ですね」


 緑色の斑模様のワイバーンに跨っている一人の青年がそう言った。

 青年の団服の胸に刻まれた竜の蹄のマーク。

 それは竜聖騎士団のシンボルで彼が騎士団員だと言うことを意味している。

 ワイバーンを着陸させた青年が地面に降り立つ。


「今回の一件の褒賞金とソプテスカ王女から手紙を預かっています」


 青年は硬貨が入った袋と一枚の手紙をルフに差し出した。

 袋は俺が受け取り、ルフは手紙を受け取った。

 要件を終えた青年がワイバーンに跨り、手綱を握ると翼竜の翼が開く。


 あっという間に空高くへと消えたワイバーンと竜聖騎士団の青年を見送り、褒賞金の入った袋の重さを確かめる。

 ズシッとかなり重量を感じた。

 どうやら国王様は、俺たちに予想以上の金額をくれたらしい。


「ユーゴ!!」


 ルフに呼ばれたので彼女の方を向くと、桃色の瞳が怒りに燃えている。

 何か悪いことをしただろうか?

 色々と考える俺の眼前にソプテスカ王女からの手紙を広げる。


「これはどういうこと!」


 何の話か分からない。

 とりあえず黙って手紙の文章を読む。

 色々書いてあるが、問題は最初の方に詰まっていた。


「この度は私、ソプテスカの婚約相手となったユーゴ様と是非一度王都にてお話したいと存じます。つきましては、一度王都にお越しなって下さい……は!?」


 思わず声が出てしまった。

 手紙の内容。

 それは俺の身に覚えのない、婚約の話だった。


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