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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第1章 月下の遠吠えと修道女
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第12話 静けさが奏でるように

 

 戦いの後処理は色々と面倒だ。

 気絶した傭兵の男たちを運ぶために、竜聖騎士団を呼ばないといけないが、まずは拘束するところから始まる。

 教会に規則よく等間隔で置かれていた、長椅子も並べ直さないといけない。


 面倒だなぁ。

 そう思いながら、エルレインさんとヘーリンに治癒魔法を施す。

 幸いなことに二人の外傷は少なく、骨折など身体内部へのダメージが酷い。

 しかし身体の内部なら、本人の治癒能力を高めることである程度治療ができる。


 もちろん俺が施すのはあくまで応急処置。

 数日は安静にするか、街に居る治癒師に治してもらう必要がある。


「すいませんユーゴさん。色々と迷惑をかけてしまって」


 長椅子に座り、治療を受けるエルレインさんが小さく頭を下げる。

 彼女に膝枕をしてもらい、気持ちよさそうに眠るヘーリンがちょっとだけ羨ましい。

 俺の言ったとおり、外套を着ていてよかった。

 人狼の腕力で殴られていたら、最悪死んでいたかもしれない。


「気にしないで下さい。乗り掛かった船には、最後まで乗る主義なんで。乗船には慎重なんですけどね」


 クツクツと笑う俺をエルレインさんが少し困った表情で見てきた。

 戸惑っている。そんな感じだ。


「本当に……なんとお礼を申したら……」


 唇をキュッと噛んだエルレインさん。

 頬に力を入れて溢れる何かを必死に堪えていた。


「泣いてもいいですよ。年下を慰めるくらいには、役に立つと思います」


「いえ……一度泣いてしまったら、きっともう私はシスターを出来ないような気がするんです……」


 彼女がそう思うのなら、俺から言うことは何もない。

 他人の為に生きるというのは、外部の者が思う以上に重たいことなのだろう。


「はい。とりあえず応急処置終わりです。数日安静にするか、専門家の治療を受けて下さい。無理はダメですよ」


「ありがとうございます」


 小さく頭を下げたエルレインさん。

 頭巾がとれて顕わになった蒼い髪を手でクチャクチャにする。


「ちょ! 何をするんですか!?」


 なんとか俺の手を払おうと抵抗するが、男の腕力に勝てるわけもなく、やられるがままの修道女。

 傍から見れば、完全に俺が苛めている絵になる。


「貴女の過去がなんであれ、子供たちは慕ってくれますよ」


「本当……ですか……?」


 俺の頭を抑えられ、俯いたままエルレインさんが消えそうな声で呟いた。

 彼女の膝を枕にして眠るヘーリンの頬に水滴が落ちる。


「子供たちは素直ですから。だから胸を張って下さい。彼らが信じた自分を信じて」


「はい……ありがとうございます……!」


 掠れた声で嗚咽を漏らす修道女。

 彼女の頭を優しく撫でて、すぐに離した。

 言い方はともかく、遠回しに『頑張って』と言っただけだ。


 身を削って頑張っている人に『頑張れ』と言うのは時に残酷だ。

 今以上どうすればいいのか分からなくなるかもしれない。

 俺の言葉が正解なのかどうか、それを知ることは不可能で、ただ彼女の心の不安を推し量ることしかできなかった。


 神獣の子だって万能じゃない、

 戦闘に関しては飛びぬけているが、所詮は一人の人間なのだ。


「あんた何シスター泣かしてるの」


 振り返るとムスッとしたルフ。

 額から汗を流しているのは、急いで帰って来たせいだろう。

 慌てて戻って来たルフがどこか面白くて思わず笑いが出てしまった。


「笑うところ!? あたしはなんでエルレインさんを泣かしたのか聞いているの!」


 顔をグイッと近づけて迫力ある表情。

 発せられるオーラの様なものが怖すぎて、笑いすら治まってしまう。


「ルフさん。ち、違うのです。ユーゴさんは私を慰めてくださって……」


 狼狽えながらも、エルレインさんが俺のフォローに入ってくれる。


「な、慰める!? あんた変なことしてないでしょうね!?」


 ルフが何か勘違いしている。

 まるで俺がシスターに手を出したクソ野郎のような発言はやめて欲しい。


「そうだな……身体をペタペタ触ったくらいだ。もちろん許可が出ればそれ以上も……」


 ルフが腰に付けた短剣に手を添えた。

 その瞬間、身の危険を感じて口を閉じた。

 これ以上調子に乗ったら、俺は間違いなく死ぬ。


「ユ、ユーゴさん! 変なこと言わないで下さい! そりゃユーゴさんは素敵な方ですけど……私はシスターで……子供たちの世話が……」


 何故かエルレインさんが一人で色々と述べていた。

 まるで口が勝手に動いているかのようだ。

 何かブツブツ呟いていた。


「ねぇユーゴ?」


 怖い。ルフの笑顔が逆に怖い。

 ニコニコと口元は笑っているのに、目が笑っていない。


「とりあえず教会の中の掃除ね。後でゆっくり話し合いましょ」


 踵を返したルフが気を失った傭兵たちの男を一か所に集めていく。

 首元を掴み、投げ飛ばしているのは見なかったことにしよう。

 機嫌が悪い時のルフは本気で怖い。


「ルフさん……すごく怒っていませんか?」


「いつものことですよ。後でフォローしていきます」


「なら私も……変な誤解をされていたら……」


「大丈夫ですよ。それもいつものことですから」


 エルレインさんに苦笑いでそう返して、ルフの手伝いをするために教会の乱れた長椅子の列を直していく。

 幸いなことに使えない程の破損はなく、位置を確認してキチンと並べていった。


「ユーゴ。早く拘束して」


「仰せのままにお嬢さま」


 ルフに言われて、一か所に集められた傭兵隊に紐状の魔術をかける。

 一人ずつの身体に巻き付けて、拘束を完了した。


「どうやって竜聖騎士団を呼ぶの?」


「使い魔を使役する。『ソプテスカ』に言って、騎士団に貴族の屋敷を強制調査してもらう」


「強引な手段ね」


「コネは使うためにあるんだよ」


 ルフにそう返して、腰のポーチから一枚の魔法紙を取り出す。

 魔力に反応する特殊な紙でさらに使い魔として、特定の人物まで届けることが可能だ。

 相手は竜の国の王女であるソプテスカ。


 ルフと同じ年で仲が良い。

 三年前の神獣の子の一連の事件に巻き込まれたせいで、凄腕の法術使いとして他国にも知られている。

 今では武闘派の貴族から求婚の話が絶えないとか。


 普段各国をブラブラしている俺とルフは、世界情勢から遅れることがある。

 だから定期的にソプテスカの使い魔から、手紙を受け取り情勢の把握をしていた。

 最初は彼女から一方的に貰っていたが、今回の時のように出先で緊急の事態が発生した時はこっちから使い魔を飛ばしている。

 今では便利なツールとして活躍していた。


 人差し指に魔力を集めて、紙の上で滑らす。

 指先で字を書くと紙上に白い文字が浮かび上がる。

 内容はこの地域を治める貴族の強制調査と、今回起こった事件の一連の流れだ。


「よし。できた」


 紙を四つ折りにして、再び魔力を流す。

 白い輝きを放った紙が小鳥の形へと姿を変える。

 赤い毛並は俺の魔力を受け取った証らしい。


「あんたと違って可愛い使い魔ね」


 ルフが俺の掌から小鳥を強奪。

 赤い毛並を撫でる。

 悔しいことに俺の使い魔は、ルフ指で気持ちよさそうにしていた。

 主人を簡単に裏切りすぎだろ。


「いってらっしゃい」


 ルフが使い魔を空へと投げた。

 赤い羽根を広げて、小鳥が明るみ帯びた空へと消えていった。

 これで二、三日後には全部解決していることだろう。


 それよりも朝がそろそろ明けそうな事実に驚く。

 珍しく夜通し戦っていたらしい。

 真夜中から明け方まで働くなんて、前の世界の言葉で言うなら残業と呼ばれるものだ。


「ふぁ……眠い」


「だらしない顔しない」


 大きな欠伸をルフに見られた。

 注意されても眠いものは眠い。

 それに身体の毒は確かに解毒したが、全く影響がないわけではない。


 手足が少しばかりダルく、偏頭痛がする。

 正直なところルプスとの戦闘中は、魔力を制御しきる自信がなかった。

 だから火属性の魔術も身体に定着させただけ。


 万が一教会が燃焼したら洒落にならない。

 俺も犯罪者の仲間入りだった。

 あぁ、二日酔いした時よりも頭痛い。


「ところであの傭兵たち相手にここまで教会の中が滅茶苦茶になるの? 腕が鈍てるんじゃない?」


「あの神父が人狼だったんだよ。結構タフだった」


 ルフが「そうなんだ」と呟き、エルレインさんとヘーリンの方を見た。

 心配は俺と同じだろう。

 彼女らにとって身近な人の裏切りはショックが大きい。

 そのショックから立ち直れるかどうか。

 心配だけどこればっかりは、本人たちでなんとかしてもらうしかない。


「で、お前の方は? 予定じゃ敵を捕獲するはずだろ?」


魔導書(グリモア)を使う魔術師で、肌の黒いゴブリンを利用してたわ。倒したら身体が爆発。どうやら情報が外に漏れないよう、細工をしたやつが居るみたい」


 ルフが肩を竦めた。

 身体が爆発なんて物騒なことしやがる。

 教会の近くに内通者がルフをおびき寄せるために、陽動が来ることまでは予想していた。


 だから相手の陽動らしきものが来た時は、ルフがそれに対応。

  隙を見て正体を現した内通者を倒すまでが俺たちの作戦だった。

 結果自体はまずまずだけど、今後への情報が全く集まらない結果となった。

 世の中思い通りにはいかないなぁ。


「肌の黒い魔物は誰かから貰ったみたいよ」


「これ以上は何も聞きたくない。早く他の神獣の子とかに投げよう。面倒事はごめんだね」


「そう? 久しぶりに頑張るあんたを見られるわ」


 ルフが悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 のんびりしたいと思う俺を連れ回すなんて、畜生以外の何者でもない。


「三年前に一生分働いたんでね。残業はしない主義なんだ」


「だけど生活費はどうするの? 貴族の運搬で得た報酬も減ったし」


「ルフが適当に稼いでくれるだろ?」


「あんたも働きなさい」


 ルフが俺の横腹キュッと摘まむ。

 結構痛いからやめて欲しい。


「ま! これからのことは後で考えるとして……あんたは休んどきなさい。警戒はあたしがしとくから。毒が身体に残ってるんでしょ?」


「よく気づいたな」


「まぁね。顔色が違うことぐらい分かるわ」


「じゃあお言葉に甘えて。何かあったら起こしてくれ」


 ルフの心遣いに感謝して、俺はひと眠りするために教会の中へと戻った。



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