第三部 第30話 雲の上の扉
死んだ魂達が、エンマ様に審判を受けるために集う霊界。
「あら、お久しぶりね……5年前に亡くなったお隣の……」
「やだっ! あなたもここに来ていたのね。まぁ懐かしいわ……生前はお元気にしてた?」
「ええ。頑張っていたんだけど、持病でぽっくり……。でも、そんなに苦しまずにここに来れて良かったわ」
など、其処彼処で懐かしい顔触れと再会できるのがあの世の良いところだ。
「へーい、いらっしぇーい。活きの良いあの世の魚屋だよ。今ならタイムサービスセールだ」
「おおっじゃあこの川魚を貰おうか」
「毎度っ! 良いあの世ライフを!」
生活の基盤も案外しっかりとしており、現世にいた頃とさほど変わらない生活を送ることも可能だ。
三途の川を中心に、観光地としても発展しており、お盆の時期は里帰りを兼ねて三途の川に立ち寄る魂達を楽しませるために、花火大会が開催される。
「たーまやー!」
どーん、どーん! 儚くも美しい花火はまるで、現世に住んでいた頃を思い出させると好評だ。
そんな大都会霊界にも、屈指のパワースポットが存在する。
『オソレル山』
前世療法で有名な霊媒師が住んでおり、登山家達の中で一度は登ってみたい山として名高い。ちなみにこの霊媒師はイクトを現在担当している死神の妹だという話だ。女アレルギー勇者イクトも、前世療法を受けるためにオソレル山を登ることになった。
* * *
深い霧が辺り一面に立ち込める中、登山装備を身にまとった勇者イクト一行は山頂を目指して、険しい山道を進んでいた。
「歩いても歩いても……まだまだ先が見えないな。ふぅ……この辺りで休憩するか」
「ええ……魂もしっかり疲労するんですね。ちょうど、休憩施設がある五合目ですし……休みましょう」
「そうだね、魂になってまだ日も浅いし、無理しないほうが良いのかもね。そうだ、オソレル山名物のカレーライスが美味しいんだよ。みんなで食べよう」
死神に案内されて、五合目の山小屋レストランへ……。霧が深くて場所が分かりづらかったが、ランタンの灯りが出入り口に輝いていたおかげでなんとかたどり着けた。
カランコローン!
ベルの音が鳴り響き、従業員の女性が現れる。
「いらっしゃいませ。休憩施設はここだけだから、なるべく体力を回復させておくと良いよ」
晴れているときは良い景色が眺められるという窓際の席に案内され、ようやく休憩。そして、死神オススメの名物カレーとコーヒーを注文。
「なんていうか……霊界って結構名物料理が多いよな。もしかして現世より、観光事業に賭けているところが多い?」
「あはは……現世で出来なかったことを、あの世でやる人も多いからね。それに、娯楽にもある程度の制限があるから、自然と料理に気がいく人が多いんじゃないかな?」
一見すると、現世とほぼ同じように構成されているあの世だが、どこか現世より制限されている箇所があるのだろうか。
「えっと……具体的には、どんな感じの娯楽が制限されているの?」
「ああ、イクト君は気がつかなかったんだね。まぁ依存症じゃない証拠だよ」
「? えっ……一体なんだろう……」
なんせ、マリアがハマっていたモンスターレースでさえ制限されていないのだ。それなのに、制限されているある事とは……。
オレが考え込んでいると、ノートパソコンでトレードを行なっていたマリアがふと思い出したように呟いた。
「そういえば……恋愛関係の広告が1つもないんですよね。もしかしたら、きちんと天国に行くか転生するか決めるまでは恋愛というものがある程度制限されているのかも」
「うん、正解。もともと、霊界で働いている私みたいなのは制限はないけど……。けど、遊び半分の恋愛はご法度だからね。神聖な恋愛を娯楽扱いする人はお断りってこと。いわゆる死んだばかりの人間の魂は、天国に行ってから改めて恋愛や結婚をしてもらうことにしているんだ。あっ元々現世で夫婦や恋人だった人は別だけどね」
「そっか……ずっと三途の川付近でとどまっていないで、そのうちは天国に行くか転生するか決めないといけないってことだよな」
「まぁそういうことだね。あっカレーとコーヒーが来たよ。食べよう」
登山客に好評のカレーライスは、オソレル山をモチーフにしたマウンテン型のカレーだ。
コーヒーは飲みやすいテイストの、柔らかな味わいで、砂糖とミルクで甘めにしても楽しめる。
「うーん、このちょい辛めのカレーを食べながら甘いミルクたっぷりのカレーをいただくのが辞められないんだよね」
「へぇ、そういえば死神って甘めのコーヒー好きだもんな」
「ふぅ……私は甘口のカレーにしておいたので、そこまでちょい辛ではありませんが。やっぱり、カレーに合わせて何か口に中をマイルドにさせるものが欲しくなります。私もお砂糖少し足そうかしら?」
なんだかんだと食事が終了し、疲れが癒されてきた。
「こうしていると、まるで生きている時と変わらないみたいなのにな……」
そういえば、自分はもう死んでしまっているらしい……という情報をふと思い出す。あくまでも異世界での肉体についてのみかもしれないが、あまりにも日常が普通すぎて実感が足りない。
けれど、窓の向こうに見える景色は……深い霧の向こうがさらに薄暗くあの世が広がっていて、やはり現世で見る山の景色とは異なる。
「そうだよね……じゃあ休憩できたしそろそろ行こうか」
* * *
「はぁ、はぁ、ようやく頂上だ」
「うう、結構キツイ山でしたね!」
オレとマリアがやっとの事で山を登りきったのを見て死神は、「人間の魂って体力なくて大変だよね。でも、魂になりたてにしては頑張った方だよ。お疲れ様っ」とさすが元々霊体なだけあり余裕の表情だ。
ペットボトルの水を飲み、ベンチでひと休み。頂上は観光客向けにスタンプラリーが設置されており、マリアがさっそくスタンプをもらってきた。
「イクトさん! 苦労した甲斐がありました。見てください」
オソレル山のマークとイメージキャラクターの可愛いスタンプ。かなり険しい山のはずなのに、小さな子や女性が喜びそうなデザインのスタンプで拍子抜けする。もしかしたら、元々霊体として生活している人達からすると、そこまで険しい道のりではないのかも知れない。
浮かれているのかほらほらとマリアがオソレル山のイラストのスタンプを見せてくれたが、疲れすぎて『ああ良かったね』としか言えなかった。
「休憩が終わったら、うちの妹……もとい霊媒師の先生に視てもらうんで、イクト君は小屋に入ってね」
「ついに霊媒師の鑑定タイムですね……イクトさん、頑張って下さい」
「ああ、緊張するけど……せっかくここまで来たんだし行ってくるよ」
死神に促されるまま小屋に送り込まれるオレ。小屋の中には死神似の黒髪ストレートロングヘアの美少女霊媒師が、水晶玉片手に何かの呪文を唱えていた。
「あのぉ、前世療法を受けに来たんですけど……」
祈りに集中しているのか、水晶に何らかの念力を送っているのか……しばらく沈黙が続く。
ふと、心霊とのシンクロが解けたのか、ハッと目を見開いてオレの顔を真正面から向き直した。
「ああ、結崎イクト君ネ。姉さんからメールで状況知らせてもらったよ。その情報を元に、君の前世の元カノといろいろ交信してね……。いやぁ、それにしてもさすがハーレム勇者……成仏できていない前世の元カノが多すぎよ。キミ、治療不可能だから」
えっ?
今、何て言った?
「あの、治療不可能って……オレ何のためにこの山を登ったんだろう? それに前世の元カノって……オレに女アレルギーになる呪いをかけたのはグランディア姫だろう? 他にも何か前世の因縁の相手がいるのか?」
霊媒師はやれやれというポーズを取りながら、解説し始める。
「うーん……勇者イクトスの魂は、何度も転生を繰り返しているからね。転生の分だけ元カノが増えていく……君みたいな超強力な因縁を【宿命】って言うのネ。色んな女の子にもてまくるけど女アレルギー! もうどうにもならないネ」
「そんな馬鹿な……何か、アドバイスとか心構えとか……」
「君、女アレルギーだけど気が多い! それ原因よ。でも、私のチカラじゃ治療不可。ある意味自己責任ね」
治療不可! はっきり言ったよこの人……しかも自己責任って。たしかに女アレルギーの癖に気が多いのは確かかも知れないけれど。
ガックリしていると、様子を見に来た死神に無言で頭を撫でられる。
「どうしよう、死神……なんか妹さんの鑑定すごく終わるの早かったんだけど……治療不可って……せめて対処法とか……」
「これは個人的なアドバイスだけど……来世は1人の女の子にヒロインを決めて、一途にやり直せばもしかしたら女アレルギー治るかも。運命の赤い糸で結ばれたソウルメイトを見つけること、来世に期待してさ」
「エンマ様に症状書いて送ってあげるから、すぐに異世界転生するといいネ。準備はオーケー?」
突然、転生の儀式を行おうとする霊媒師をストップさせて、死神が「転生前の挨拶に……」と外で待つマリアを呼びに行く。
「準備はオーケー? って、まさかここで異世界転生するのか?」
すると、死神に連れられて息を切らせながらマリアが来てくれた。
「えっ……イクトさん、もう異世界転生しちゃうんですか? 私まだイクトさんに言いたいことあったのに」
心なしか、マリアの瞳が潤んでいる。そういえば、最初はマリアと妹のアイラを仲間にして冒険を始めたんだっけ。最後にマリアと一緒にいるのも何かの因縁なのかもな。
「私、来世は頑張って清楚系美少女ヒロインにふさわしい人間になります。年齢も年上キャラでしたけど今度はイクトさんと同い年くらいになって、正ヒロインの座を狙うんで……私……ほんとうにイクトさんのことが……」
そのあとのセリフは異世界転生が始まってしまい、もう聞くことができなかった。光に包まれ暖かな空気が身体じゅうを覆い、気がつくとオレは雲の上にいて守護天使エステルが傍にいた。
「イクト君、行きましょう! 本当の意味で異世界転生。新しいあなたの物語の始まりです」
雲の上にある扉が開かれ、オレは来世への一歩を踏み出した。