第三部 第29話 株トレーダーに転身
霊界カウンセラーによる斬新な治療法が行われた次の日の朝。オレの心配をよそに、治療を受けたマリアは元気バリバリで復活していた。
宿泊施設の朝食ビュッフェをイクトや死神の分まで一足先に準備してくれたマリアは、世話好きお姉さんのオーラを放っている。昨日の落ち込み方が嘘みたいだ。
「お早う、マリア。なんだか随分調子が良さそうだな。安心したよ」
「マリアさん、おはよう。なんだか、しっかり者のオーラが魂から放たれているね。これは、カウンセラーさんの治療が上手くいったのかも」
テキパキと朝食の準備を整えるマリアを見て、死神も治療の成果を感じているようだ。
「イクトさん、死神さん、お早うございます。昨日は、私の治療にお付き合いいただきありがとうございました。私もうギャンブル依存症じゃありません。モンスターレースに賭け過ぎる人生は卒業です……イメチェンします!」
「えっ……もしかして本当にギャンブル依存症が治ったのか? 良かったな、マリアおめでとう。きっと来世では、外見通りの清楚な美人白魔法使いとしてやっていけるぞ」
依存症完治への第一歩を踏み出したマリアの瞳は、いつもより数倍輝いて見えた。嬉しくてお互い思わず手を握り、喜びを分かち合う。
「そうだ、これからの私のことは……せっかく朝食の準備したんで。取り敢えず食事をしながら、お話しますね」
* * *
三途の川提携宿泊施設の朝食ビュッフェは、家庭料理を彷彿とさせる素朴な和食中心だ。わかめご飯、豆腐の味噌汁、筑前煮、ほうれん草の胡麻和え、アジの開きなど……。
まるで実家の食卓のようなムードさえ漂う食堂で、ありがたく無料の食事をいただく。
「いただきまーす! うん、このアジの開き……身がギュッとしまっていて美味しい。魂になっちゃってるから、そんなに食事は楽しめないのかと思っていたけど……。やっぱり魂にも栄養を与えないとな。昨日のお茶屋やフードコートの食事も美味しかったし。あの世は結構、料理にレベルが高いな」
「ええ、昨日は落ち込んでいてあまり食事を味わう気力が湧かなかったんですけど。今日の朝食はとびきり美味しく感じます」
「良かったね、マリアさん。そういうのって心が元気になった証拠だよ。それに、ギャンブルからの卒業も決意したんでしょう? これからは、別の生き方をするんだよね」
そういえば、マリアはさっきこれからのことを話すって、はりきっていたもんな。来世に向けて、目標が決まったのだろうか。
「ええ、昨日の治療の後……カウンセラーの先生からメールで連絡があって。それで新しい趣味を持つように勧められたんです。ちょうどその時に、部屋に設置させれたパソコンでインターネットをしていて……良い出会いがあったんです」
「良い出会い……インターネット上で、何か新しい趣味が目についたとか……?」
「ふふっご名答です。その趣味というのが……ジャーン、これですっ」
爽やかな笑顔で、明るく何かの宣伝ページのプリントを見せるマリア。
あなたも株を始めませんか……と、なにやらキャリアウーマンっぽい美人鬼がパソコンで取り引きをする様子が映し出されている。
「私、株を始めたんです。これからは株トレーダーと呼んでください!」
「株……だと……」
マリアからの突然の株トレーダーへの転身宣言……。何かあってもすぐに立ち直るところが、マリアのいいところでもあり困ったところでもあるが、今回はモンスターレース卒業宣言をしていて、本格的なイメチェンである。
それから数日が経った。
反省と訓練の部屋の担当カウンセラーの荒療治が効いたのか、マリアはギャンブル依存症から見事に卒業し、株トレーダーデビューを果たしていた。パソコンに向かい株取引を行うマリアの瞳は相変わらずキラキラ輝いており、新しい生きがいを見つけた、というような感じですらある。
「なんだか、初めてあった時よりも幸せそうだね、マリアさん。まぁ死んだばかりで幸せな人っていうのもそうそう居ないだろうし。これが本来のマリアさんなのかもね。イクト君から見て、今のマリアさんはどう?」
「うーん……マリアって、生前から状況の良い時は普通の人よりも精神面が安定していて結構優秀なんだよな。一応、上級職の賢者にまで上り詰めたわけだし」
「へぇ……頭の良い人なんだ。じゃあ、株を趣味にしていても全然不思議じゃないわけだね。んっ? イクト君、どうしたの……やっぱりまだ心配?」
「……どうなんだろう……。株が趣味って……結局マリアはお金の取り引きを辞められている訳じゃないし……」
オレはそこまで株取引に詳しいわけではないので、宿泊施設にあるインターネットサービスで株トレーダーについて調べてみた。
【株トレーダーとは?】
『株式や債券などの取引であるデイトレードを行う人のことを呼ぶ。一般的には、デイトレーダーと呼ぶが、今回は株取引がメイン説明なので株トレーダーとする。このデイトレードにはギャンブル性や依存性があるとの見解もあり、モンスターレースと同様、株依存症から抜けきれず家族や友人に迷惑をかける人もごく稀にいるので注意が必要だ』
「なんだって。ギャンブル性や依存性があって、周りの人間に迷惑をかけるって……今までと変わらないじゃないか」
「イクト君落ち着いて……なだ株依存症になるって決まった訳じゃないし。しばらく様子を見てみよう」
「けど……なんか、嫌な予感がするなぁ」
だが、マリアはオレの不安なんか想像すらしていない様子。宿泊施設のロビーを陣取り優雅にソファーでカフェラテ片手にくつろぎながら、ノートパソコンで持ち株をガンガンに取引していた。
「ふふふ……世間は花粉症真っ只中、こんな時は花粉症関連の株に注目です! 1番人気が出そうな株をゲットして……価値が上がった時にドン! と取引しましょう……ふふふ」
大丈夫だろうか?
モンスターレースだって大損が続いていたマリアだ。きっと株取引もいい線までいって、ダメになるに違いない。
「わっ……イクトさん、凄いですよ! 花粉症関連株が、もうこんなに高値になりました……私、株の才能があるのかも?」
「おっおい。あんまり調子に乗って全部花粉症関連株にシフトチェンジとか訳の分からない取り引きするなよ。安定していそうな株は適度にキープしながら、値が下がりそうな銘柄は早めに損切りして……」
「損切りとか考えずに、今最高にイケてる花粉症関連株に全部移動させちゃえばいいんです」
「まぁ……結果はそれで損切りも出来ているし……いいのか……」
どうやら、マリアはそこそこ上手くデイトレードをこなしているようだ。すると、マリアの様子を見に来ていた担当カウンセラーが満足げに語った。
「マリアさんの治療はほぼ完治したと言ってもいいわね! あとは、結崎イクト君の女アレルギーの原因を探ることなんだけど……私霊媒師じゃないから、前世療法とか全然分かんないのよね。腕のいい霊媒師を紹介するから、そこに行って治してきて。はい、紹介状」
パラリと、手紙を手渡される……そして、宣伝用の広告も。オソレル山のカリスマ美少女霊媒師宛……?
『オソレル山の超有名な前世療法師……その未知のチカラで、しがらみのない転生を果たし楽しい来世を送りましょう』
広告には、現世では疑われそうな怪しげなキャッチフレーズが書いてある。だが、ここは現世ではなく霊界だ。わりと本気でこういうビジネスがたくさん成り立っているにだろう。
雲の上にあるのでは? と思うような妖しい山の小屋の前で、祈りのポーズを決めている黒髪ロングヘアの美少女霊媒師が写っている。
「あれっこの霊媒師なんか死神に似てないか?」
オレの疑問に答えるかのごとく、死神が……恥ずかしそうに笑って、説明し始めた。
「ああ、やっぱり分かっちゃう? この霊媒師、うちの妹なんだよねー実は。そっかぁ、妹に視てもらえばよかっただけなんだねぇ、気づかなかった! あははゴメンね」
「えっ……もしかしてオレの女アレルギー治療法って、死神の妹さんに視てもらえば良かっただけなのか?」
すると、カウンセラーの先生が現在のカウンセリング状況を解説。
「うーん……いきなり霊媒師の鑑定を受けることは出来なかったと思うわ。ほら、イクト君ってエンマ様に前世の罪を償うように言われていたでしょう。マリアさんのギャンブル依存脱却を影ながらサポートしたり、優しく接することで、女性との悪い因縁が多少は消えたと思うのよね」
「えっ……オレとしては普通にマリアと接していただけだけど……」
「ふふ。きっと特定1人だけと接触する分には、対して揉める要素がない性格なのかも。でも、あなたハーレム勇者の宿命があるから。難しいわよね」
「うっっっハーレム勇者の宿命……」
「まぁハーレム勇者なだけに、折角縁があって死神と霊媒師の姉妹のお世話になるわけだから……最後まで罪の償いを頑張って」
縁がある……か。しかし、姉が死神で、妹が霊媒師……あの世で生活する姉妹ならではの職業である。
「その妹さんのいらっしゃるオソレル山ってインターネット完備ですか? ネットが繋がるなら、私もお供しますよ」
マリアは一応自分の治療が終わっても、まだオレ達と一緒に行動する気があるようだ。
「妹は、ネット鑑定もしてるからインターネット環境は揃ってると思うけど……」
死神と話している間も、延々と株取引をノートパソコンで続けるマリア。
マリアはすでにデイトレード依存性になりつつある気がする。だが、所詮ここは霊界……デイトレードも魂が転生するまでの一時的なブームだろうし、治療が長引くと面倒なので見なかったことにした。
そんなわけでオレは女アレルギーの治療を根本からするため『オソレル山』といういかにも霊的な雰囲気の山に登り、霊媒師の治療を受けることになったのである。