第三部 第27話 エンマ様の面接結果
「あなたは反省のために、修行しなくてはダメよ。きちんと修行が終わるまで、天国にも行けないし転生も出来ないわ」
「えっそ、そんな……」
優しそうに見えても、いざという時は厳しいことで有名なエンマ様。オレの担当は、女性の美人エンマ様だが、やはり彼女も例外ではなかった。
動揺するオレを無視して、手際よく部下に書類を準備させる。何かのパンフレットを用意しているみたいだ。バサっと50ページほどの冊子を手渡される。
「はい、これ。初心者でも分かりやすく、霊体での暮らし方を説明しているあの世のガイドブックよ。肉体がある時よりも、浮遊力っていうにかしらね……そういう感覚が微妙に異なるから、その馴染み方とかが詳しく記載されているわ」
「浮遊力ですか……そういえば、世間一般の幽霊って、よく空を飛んだり浮かんだりしているような……。けど、今のオレって別に浮いてもいないし、空も飛べない」
「まだ、自分自身は生きているって感覚が抜けきれていないみたいね。現に、地球での肉体はまだ生きているみたいだし……」
ふと、エンマ様から気になるセリフが飛び出してきた。そこで、何気ない疑問に気づく。
地球での身体はまだ生きている……それって、異世界での肉体は死んじゃったみたいな言い方だ。つまり、オレの魂は2つの肉体を所有していたと仮定しても良いだろう。
「えっと、それってオレはまだ地球上では存命扱いって事ですよね。死んじゃった肉体って、もしかして異世界におけるオレの肉体ってこと……?」
「……ごめんなさいね。私達にも守秘義務があって、今の状態のあなたにはこれ以上に情報を与えることは出来ないの。ただ、『異世界アースプラネットの勇者イクト』の肉体は、一度死んで再起不能になったことは事実だわ」
「勇者イクトの肉体は……か。つまり、RPGで言うところの全滅とか、ゲームオーバーの状態が今なのか……」
ますます、疑問が深まってしまった。
そもそも、オレが異世界にやってきた肉体は本当に自分自身のものなのだろうか? よく考えてみると、オレは【蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-】というスマホRPGをプレイしていた、いちユーザーに過ぎないのだ。
なのに、リアルにゲーム異世界にやってきてしまった。夢オチというエンディングを考えたこともあったが、あまりにも肉体的な感覚が強いので現実的に何かしらの肉体を得て異世界で暮らしていたのだろう。
でも、今のオレの身体は心なしか透けている……あと多少、身体が軽くなってきた気がしなくもない。
何はともあれ、無事に面接が終了し結果を付き添いの死神に報告する。
「お疲れ様でした、イクト君。だいぶ、その霊体モードも板についてきたみたいだね」
「あのさ、死神……なんか地球での肉体はまだ生きているってエンマ様が言ってたんだけど」
「えっ……イクト君って、きちんと死んで異世界に転生してきたんじゃなかったんだ。まぁ、どっちにしろ今この場所に魂があること自体、あの世に来ちゃっている証拠だし……深く考えちゃダメだよ。ドンマイ!」
「ちょ……ずいぶん軽いノリだな……」
どうやら今のオレは、本当に剥き身の魂だけの状態みたいだ。地球での肉体が健在なのであれば、俗に言う幽体離脱とかいうものなのだろう。
一体、どうすれば元の地球に戻れるんだ? 地球と異世界をゲートで移動できていたことさえ、今となっては夢を見ていたような気持ちだ。
結局、【蒼穹のエターナルブレイクシリーズ】はスマホRPGというゲームタイトルのひとつに過ぎないのだから、現実的にイベントやクエストをこなしてゲームクリアをするしかないのか?
「……これってもしかしてスマホRPGのクエストとか、イベントの延長線上なのか。なんか、いきなり訳もわからずあの世に連れてこられちゃって……。もしかしたら、このイベントをクリアすれば先に進めるのかなぁ……なんて」
「うーん……この後、キミの魂がどうなるかは、魂を管理する上層部しか分からないからねぇ。今は、与えられた課題をこなして現状を打破することを考えた方が良いと思うよ。地球での暮らしも楽しいだろうけど……異世界もかなりイケてるから、どちらに転生しても問題ないでしょ! ひとまず、お友達のマリアさんや守護天使のエステルと合流しようか」
現状打破が最優先か……ある意味現実的な選択なのだろう。まさに先の見えない浮遊霊状態だが、死神やマリア……そして守護天使のエステルが一緒で寂しくないのも事実だ。
オレと同じく、面接を終えたらしいマリアが人混みの向こう側で手を振っている。可愛らしいマリアの笑顔にホッとしつつ、あの世での修行ライフが幕を開けるのであった。
* * *
「イクト君、マリアさん……あの世の審判をするエンマ様の面接により、キミたち2人は異世界転生する前に『反省と訓練の部屋』で今までの罪を償い反省することになったんだよ。心して、修行にとりかかるように。さらに、転生する前に自分に足りないスキルを補うこともできるから、来世で新しい特技を身につけたければ勉強するといいね」
「イクトさん、頑張って転生しましょう。来世こそ私をお嫁さんにしてくださいね!」
「ははは……なんていうか、マリアはいつも前向きでいいな」
「だって……死んじゃったものは仕方がないじゃないですか。これ以上後ろ向きになりようがないですよ」
「……悪かったな……オレのために死んじゃって……」
「いえ……私もシスターとしてのレベルが足りなかったから……」
一瞬だけ、しんみりとした空気がオレたちの間に漂う。だが、オレに気を遣わせないようにしてくれているのか、ニコッと微笑み明るい調子であの世についてあれこれ説明し始めた。
オレを助けようと、次元の扉から異界にワープし、薬草を求めて危険な山に入り、死んでしまったというマリア。
配布のパンフレットとは別に販売されている転生ガイドブックなるものを入手したようで、より良い転生方法を調べていた。死んでしまったことへ哀しみよりも、次の転生で巻き返しを図ることに燃えている様子。
なんてポジティブなんだろう。少しは見習わないとな。
途中、守護天使エステルとも合流する。これからのことは全面的に死神に任せるらしい。そもそも、このあの世の世界はエステルの管轄している地域とは若干異なっているようだ。
「イクト君、マリアさん……死神さんの言うことをよく聞いて……あの世の道で迷子にならないようにね。私はせめてイクト君達が浮遊霊とか地縛霊にならないように……神様に祈っているから。神様……この2人の魂にご加護を……」
「ありがとうな、エステル。大丈夫……修行に行ってくるよ!」
守護天使エステルは天使の性質上、エンマ様管轄の訓練ルームには入れないらしいが、オレ達の異世界転生を見守るためにエンマ界で待っていてくれるらしい。
オレとマリア、死神は早速『反省と訓練の部屋』に向かった。
エンマ界から電車で15分ほどの距離にあの世の繁華街があり、そこのビルの一角にあるらしい途中、鬼がキャッチセールスしてきたりビラを配っていたりする。ファッションビルも多く飲食店には魂達が賑わっている。
「あの世も結構楽しそうにやってるな。さしづめここは、あの世の中心的都市ってところかな」
あなりの活気に、死後の世界だという事を忘れてしまいそうだ。
「まあ、いきなり亡くなって現実を受け入れるのも大変ですからね。こうして今までの生活と変わらない雰囲気で、あの世に慣れていただければ、だんだん魂達も馴染むでしょうし……」
「見てください、あのお店……あの世名物の和風スウィーツ専門店ですって。あの世のお団子……どんな味なのかしら?」
「今日は、訓練初日なので心理カウンセラーとの話し合いだけだから……終わったらみんなでお茶にしましょう」
そんなことを死神と話しているうちに『反省と訓練の部屋』にたどり着いた。
受付でエンマ様の紹介状を渡す。1日目は生前の罪の原因を探るべく、心理テストを受けさせられるそうだ。
机に座り、質問用紙をよく読み該当箇所にマルをつけていく。ふと気がつくと人の数が増えており、割と若めの魂達がテストを受けている。
テスト終了後、心理学者いわくオレの場合は、前世の因縁で女アレルギーになったことと、それが原因してしょっちゅう気絶して記憶障害が激しかったこと。それらが行き違いや揉め事を生むと言われた。そんなこと、心理学のテストなんかしなくても分かりそうだが……。
しかしマリアはひと味違っていた。なんと驚いたことにマリアは前世の因縁ではなく、憧れの方が原因でギャンブル依存症なのだという。
「マリア……実は、憧れの方がいたんだ……普段はそんな話しないのに」
「ええ……幼い頃の憧れといいますか……。内に秘めた熱い気持ちというか……」
マリアの憧れの方……どんなやつなんだ。オレはマリアのことをそういう対象として見ないようにしているはずなのに、不思議と胸がチクリと痛んだ。これは嫉妬だろうか? 情けない。
「じゃあ、執着心を無くすために憧れの方の写真も没収で……」
「えっ……そんな……お願いです。その写真だけは、憧れの方の写真だけは持って行かないでください!」
受付の人がマリアの未練を断ち切るために、マリアの憧れの方の写真を取り上げようとしたが、マリアが必死に抵抗している。
「オレからもお願いします。なんでも取り上げられたら、マリアだって可哀想だ」
オレが受付の人からマリアの憧れの方の写真を取り返すと、そこには馬の写真がたくさんあった。
毛並みはブラウンで目はクリッとしている。どちらかというとキリッとしているというより、可愛いタイプの馬である。そして、人間の姿はどこにもない。
「これは一体……なんか、お馬さんの写真しかないんだけど……」
「……実は……このお馬さんこそが、何を隠そう私の憧れの方……世界的なサラブレッド【ヒヅメウマウマ】です。……ごめんなさい……今はイクトさん一筋ですが、憧れの方は大切な思い出なんです……」
そう言って、何故かオレに謝り泣き崩れるマリア……よりによって馬と比較されるなんて……。比較対象が馬だったショックがデカく複雑な心境すぎて、かける言葉すら見つからないオレ。
何はともあれ、ギャンブル依存症マリアの心理カウンセリングが今始まる!