第三部 第26話 チワワがソリを引いてきた
「まだ間に合います! レッツ異世界転生ゴー」
「ちょっと待ってよ。だから、オレはまだ死ぬつもりは無いんだって。あてて……引っ張らないで……」
アグレッシブな死神に、和風船に無理矢理乗せられたオレは『美少女ハーレムRPGの勇者に異世界転生したけど俺、女アレルギーなんだよね。』というタイトルを守るために、三途の川を渡り異世界転生の旅路に出ることになった。
「三途の川、定期戦でーす。間もなく出航いたしまーす。チケットを受付に手渡してください」
「はいはーい! 勇者イクトと付き添いの死神、2名乗船します」
「おおっ。お疲れ様です。では、こちらの船へどうぞ……」
人気小説サイトの基準では、『異世界転生とは1度現実世界で死んでから異世界に転生(生まれ変わり)』しないといけないらしい。
ここまできたら、後付けでもいい。
ハッキリ異世界転生の描写を入れることで、異世界転生というタイトルを全うする気なのだ。
* * *
「こんにちは……勇者イクト君ですね……ボクが船頭役です。少し揺れるので、船の上では動き過ぎないように気をつけて下さいね」
ニコッと、可愛らしくも儚げな笑顔の船頭さんに思わずドキッとする。
「えっ……もしかして……真野山君……?」
「はて……おそらく他人の空似でしょう? ボクは、迷える魂をきちんとしたところに送り届けるあの世の住人。現世には知り合いはいませんので……」
「そ、そうなんだ……ごめんね。あまりにも知り合いにそっくりだったから……」
オレと死神は、何故かラスボスである魔王真野山君にソックリな美少女水先案内人が操縦する和風船で、ぐんぐん三途の川を進んで行った。
「イクト君……もしかして、その真野山君って人の事……好きだったの?」
死神に思わぬことを尋ねられてギクリとする。もちろん、真野山君のことは嫌いではない……けれど、恋愛感情の意味で好きかどうかが判明する前に揉めてしまったのだ。
「……分からない……。でも、真野山君はゲーム大好きでナルシスト気味だけど可愛くて優しくて……良い友達だったと思う。いろんな行き違いで喧嘩しちゃってさ……。結局、仲直りできなかったなって……」
「そうですか……。心残りがある相手に似た人物に遭遇することは霊界では良くある話なの。気掛かりなことがある状態では、成仏しづらくなるし……エンマ様にお会いしたらその件も解決できるように、お願いしてみましょう。書類に真野山君という人物について、記入しておくから……」
「ああ、死神ありがとう」
せめて、真野山君に謝ってからあの世に行きたかったな。
現世に未練タラタラなオレの気持ちとは裏腹に、船はぐんぐん先へ先へと進んでいく。ゆらゆらと揺れる水面、涼しい空気も相まって川の中に吸い込まれそうだ。
しばらくすると、川の途中の停留所で水先案内人が船を止めた。真野山君に似た美少女船頭さんに一旦別れを告げて、分岐点となる停留所へ。
複数ある川の流れの分岐点に位置する停留所は教会風建物で、ステンドグラスが美しく壁に絵画が飾られている。
シスター風の受付嬢が、行き先を選択できるようにコースの案内を始めた。
「お客様、ここから先は道が複数に分かれております。Aコースの天国でゆっくりエンジョイプランとBコースの今すぐ生まれ変わって異世界転生プランの2つです……どちらになさいますか?」
すると、謎の睡魔が突然オレを襲った。空の上からたくさんの天使たちが舞い降りてきて、可愛いチワワがソリで天国に行くのを手伝ってくれるようだ。チワワの体力で人間を運ぶのは不可能だと思うので、演出だと思うが。
「……死神……オレもう疲れたよ、なんだかとってもつらくて眠いんだけど……」
「えっ? イクト君、突然どうしたの……はっ! もしかして、教会の聖なるオーラにやられて完全に成仏し始めている?」
キラキラとした教会の光り輝くオーラには、浮遊霊になるのを防ぐために成仏を早める効果があるらしい。頭で考えるのすら億劫に感じるくらい、眠い。立ちながら、うつらうつらと夢の世界へと誘われているオレを見て動揺する死神……。
舞い降りてきたお迎えのチワワ軍団を後ろに従えた受付嬢は、オレのセリフから成仏希望の意向を察したようだ。
「分かりました……あなたの魂は休みたがっているようですね。Aコースの天国でゆっくりエンジョイプラン……エンマ様には天国希望とお伝えすればよいでしょう……」
そっか……このまま天国で休めるのか……オレは不思議と安心していた。
不治の病、女アレルギーの闘病ライフ。
いつまでも良くならない身体を抱えてずっと生きていくのは辛すぎた。
何かと倒れて、運ばれる毎日。学校に通うよりも、療養がメインの生活。
暇つぶしにゲームアプリをプレイするのだけが唯一の楽しみだったが、それで将来何かになれる訳でもない。
でも、まだオレにはやり残したことがある。
何かとても大切な……。
何だっけ?
『イクト君! 諦めちゃダメだよ……キミにはまだハーレム勇者としてやり残した事が山ほどあるじゃない。運命の聖女や女勇者との出会い……さらなる天敵の登場やギルドに所属してのお約束のクエスト三昧の日々……。イクト君のスマホRPG異世界冒険記は、まだまだこれからが本番なんだよっ』
(これからが本番……? そうだ、オレって異世界に転生してきた勇者の割には、恋愛的な意味でもパートナーとなる予定の聖女にすらまだ出会えていないし、ライバルでありながら恋心が芽生える予定の女勇者とだって知り合っていない。そして、聖女と女勇者にどっちが好きなのか迫られたりとか……いろんなイベントが予定されていたはずだ。ギルドに所属すれば、新しい冒険者と共同でクエストをこなす機会だってあるだろう。そういうお約束の冒険記が待っているはずなんだ……)
オレが、勇者本来の役割を思い出そうとすると、空から舞い降りてきた天使の1人が守護天使のエステルであることに気づいた。
いつのまにか姿を消していた守護天使エステルだが、どうやら先回りして何かの手続きを済ませてくれていた様子。死神と水先案内人に、書類片手に何かを必死に訴えている。
「……だから……イクト君は……もう……なので……!」
「! そうですか……分かりました。イクト君、では予定変更してすぐにエンマ様の面接を受けてください」
「今すぐって……えっうわぁああ」
* * *
「う、うん……ここは?」
目を覚ますと三途の川の終着地点まで来ており、たくさんの行列が見えた。エンマ様の面接ルームはこちら、という看板を持った赤鬼美女がスーツ姿で魂達を案内している。
「お目覚めですか? 守護天使エステルが、イクト君はエンマ様の面接を受けてから処遇を決めることになったと言っていて……。実は、ハッキリ言ってすぐに異世界転生できるかどうか、ビミョーみたいです」
「ビミョーって……。なんのためにここまで来たんだろう?」
仕方ないのでオレも行列に加わり、エンマ様の面接を受けることになった。
「結崎イクトさん、どうぞ」
2時間くらい待たされて、ようやく面接ルームに入ることができた。
エンマ様は青鬼系の妖艶な美女で、オレが思い描いていたイメージとはなんだか違っていた。エンマ様が俺の情報が書かれた紙を読み上げる。
「結崎イクトさん……死因、女アレルギー。なんだか奇妙なアレルギーをお持ちなのね」
奇妙なアレルギー……確かに。改めて言われると、あまり見かけない部類のアレルギーではある。
「うーん。あなたの生前の罪は……婚約破棄! これは、とても重罪だわ。真野山葵さんという子にプロポーズしたのにすっかり忘れて、他の女の子とも交際しようとしたそうね。残念だけど罪を償ってもらわないと……『反省と訓練の部屋』Cコース」
反省と訓練の部屋Cコース? なんだそれ。
「あの……すぐに異世界転生できるんじゃ……」
オレの疑問にエンマ様はちょっぴり怒るように……でも、小さい子をなだめるように優しく……。
「すぐに異世界転生なんて贅沢できるわけないでしょう? きっちり罪を償うことよ」
「うっ罪って……そんな馬鹿な……」
唖然としていると、オレの後ろからから、聞き覚えのある声。
「イクトさん、ここまで来たら、あの世に伝わる伝統的なチートスキルを身につけてパワーアップして転生してやりましょう!」
オレより先に、何故かエンマ様の面接ルームで『反省と訓練の部屋』行きが決定していた白魔法使いマリアが計画を立てていて……?
「えっ? 何故マリアがここにいるの……。確か、薬草を取りに出かけたってなむらちゃんが言っていたような」
驚きで動揺を隠せないオレに、マリアはおどけるように、事情を説明し始めた。
「すみません、イクトさん。私、意識不明のイクトさんを助けようと、エルフの里のほこらにある次元の扉をくぐって、異界の超危険な山に薬草を取りに行って……死んじゃったみたいです」
テヘッとウィンクして明るく振る舞うマリアだが、内容は全然明るくないぞ。
「……死んだ……なんだって?」
「しかも、リセットループしている間にギャンブルしまくっていたらしくて、ギャンブル依存症が治るまで転生できないみたいです。一緒に頑張りましょう!」
ギュッと手を握られて、思わず握り返す。どうやら、肉体を失っても魂が感覚を持っているらしい。
「イクト君のお仲間まで……じゃあ一緒に行きますか?」
やれやれ、と鎌を担いでオレ達の案内を引き受けてくれるという死神。
そんなわけで、オレとマリアは死神に連れられ、異世界転生目指して『反省と訓練の部屋』で訓練を積むことになったのである。