第三部 第25話 異世界転生と異世界転移の違いとは?
「いやダァー。まだオレは死にたくないぃー」
「ふふっ、そんな風に駄々を捏ねても、だんだんだんだん……死後の世界があなたの目の前に」
「ふぎゃぁああああああっ。肉体からどんどん魂が離れる……やめ……ろ……」
あれからどれくらいの時間が経ったのだろう? 死神と生死の境で一悶着おこしたものの、結局はオレの魂の方が負けてしまったようだ。
「ふぅ……ようやく大人しくなったわね。なかなか生きのいい魂だけど、これも私の務めだし浮遊霊になる前にちゃんと三途の川に連れて行かないと……。よいしょっと……」
やたら頭がぼんやりとするようになり、自分の意思に反して猛烈な眠気に襲われるようになった。抵抗するチカラを完全に失ったオレを抱えて、死神は霊体を天へと上げていく。
それは、未知なる死後の世界の旅路の始まりだった。
* * *
「はっっ! オレ今まで一体何していたんだろう?」
「うふふ、目が覚めたわね。さぁこれからかの有名な三途の川を渡るわよ。まずは手続きを行うから……迷子にならないように着いてくるように!」
「三途の川って……ああ、やっぱりオレって死んだのか……」
ずるずると死神に連れられた先は、有名な三途の川だった。薄暗い霧の中を進んでいくと、餓鬼と呼ばれる小さな子供の魂が保護者の迎えを待ちながら河原で石を積んでいる。いわゆる賽の河原積みというやつだろう。
「お兄ちゃん! お菓子ちょうだい」
「えっお菓子? そんなの持っていたかなぁ」
ファッション的に数十年前の小学生といった感じの子供が、オレの洋服の端をくいくいっと引っ張ってお菓子のおねだりをしてきた。
「三途の川を散歩している人は、たいていお菓子を持っているんだよ。ねぇねぇ早く!」
あげたいけれど、あいにくお菓子なんて手持ちには……と思っているといつの間にか身に付けていた斜めがけのカバンの中にはお菓子がいくつかある。昔懐かしい駄菓子というものだ。
「あっイクト君、君のその三途の川を渡るためのグッズの中に駄菓子がいくつかあるから、それを河原の子達に分けてあげるといいよ。スムーズに、三途の川まで辿り着けるはず」
確かに、小さい子供に道中行く手を阻まれては、歩きづらいことこの上ないだろう。この成仏できていなさそうな子供達にとっても、通行人からお菓子をねだるのだけが楽しみなんだろうし……。
「分かったよ。ほら、お菓子だぞ……」
「わあいっありがとう、お兄ちゃん!」
パタパタと賽の河原を走りながらお菓子を片手に走り去る子供達。普段は鬼と河原の石を巡って競争しているそうだが、ああしているとやはり子供だ。
「良かったわね。誰かがイクト君の旅立ちグッズを揃えてくれたようだわ。一週間分の食事に飲み物、あの世の通貨の六文銭もたくさん……これでカフェで休憩も出来るし。もちろん、船の渡し賃もあるわよ」
「六文銭って、あの世の通貨なんだっけ。紙に描かれた六文銭だけど使えるの?」
時代劇でたまに見かける昔の通貨の絵が六個描かれた紙を見て、お金があると言った死神の発言を不思議に思っていると、紙の絵だったはずの通貨がリアルなコインに変化した。
「あれっ? 紙の絵が本物の通貨に……これは一体」
紙に包まれた六枚の銭である。しかも、六文銭は何枚か持たせてもらっているようで結構な枚数へと変化した。
「こういう技が使えるのが、あの世なの! せっかくお金もあることだし、あのカフェで休憩しましょう」
* * *
「カフェテリア三途の川……ええと、メニューはアイスコーヒーにカフェラテ……宇治抹茶……あんみつ……パフェ……サンドイッチ……なんだかごく普通の喫茶店だなぁ」
「死んだばかりの魂は、普通にお腹が空くからね。旅の途中のお店で食べたり飲んだりしないと……」
三途の川の向こうにはお花畑が広がっているそうだが、霧が多くこの距離ではよく見えない。川の周辺には、船を管理するための船着場施設がある。
カフェはその船着場の休憩スペースとして機能しており、旅支度に必要なものをチェックして隣の売店で購入したりとまるで普通の旅行者のようなノリの人が多い。
「抹茶ラテとサンドイッチの軽食セットがおススメでーす!」
「じゃあそのセットを2つ!」
「まいどっ! 次の船の出航は、40分後になりまーす」
川岸には多数の船と番頭さんの姿。三途の川を渡るための船は種類が豊富で和風船、ゴンドラ、あひるボートなど好みのタイプを選べるようだ。あひるボートが気になりつつも、まだあの世には行きたくないので、少し死神を説得する事にした。
「ねえ、死神さん? オレさ、異世界転生してきた勇者なんだよ。このゲームの世界に必要なキャラクターなんだ。まだ、死ぬわけには行かないっていうかさ。勇者ってしょっちゅう生き返っているじゃん? 生き返りたいなぁなんて……」
カフェ入り口に移動したオレたち。死神は、素早くドリンクを注文し切符の購入やら食料や線香やらを確認している。これって本格的にあの世に行く気だな……。長寿で天命を全うした人なら、ゆっくりと旅支度をして天国へと向かうのが人間としての幸せだけど、まだ年若い十代のオレには早いだろう。
なんだか説得が曖昧な言い方になったが、仕方がない。RPGの勇者なら、特権ですぐに生き返れるはずだ。六文銭で無事に船の切符を購入し終わったらしい死神は、切符片手にのんびりコーヒーを飲んでテーブル席で休んでいる。
「まあ立ち話もあれだし、イクト君も座って下さい」
死神のヤツ、冷静だな。
オレは死神に促されるまま船着場施設テラスのテーブル席に座った。三途の川を渡るために来たらしき年配の人たちは、意外と楽しそうに世間話をしている。お年寄りも多いが、オレより年齢の低い小さな子や若い人達もチラホラいて、なんだか胸が痛い。
「まさか、この若さで三途の川を渡るなんて……」
「まぁまぁ……来世に期待しましょうよ」
オレ以外の若い人もやはり現世に未練があるのか、三途の川を渡る事を躊躇しているようだ。
この人達みんな三途の川を渡るのか……。それぞれ付き添いに死神が付いているので、小さな子どもでも迷子になる事はないだろう。隣の席では小さな子供が死神のお姉さんの手を繋ぎ、じっと川を見つめて今後について尋ねている。
「あひるボートに乗ってもいいの?」
「そうだよ、怖くないからね」
死神も子供相手だと気をつかうようで、怖がらせないように優しくボートに乗せて、無事に三途の川を渡り始めた。
「なんだかなぁ……年配の人以外は、みんな予期せずしてこに場所にいるって感じがするけど」
すると、オレの担当であるクール系の死神がオレに語り始めた。
「イクト君……キミは、さっき異世界転生してやってきた勇者だって自分の事言っていたよね?」
「えっいきなりその質問? えっとまぁそう……だけど。実は違うのか」
「……これを見てくれる? 異世界転生と異世界転移の定義について詳しく説明されている文章よ」
オレに手渡された紙は、WEB投稿サイトのジャンル分けの説明文だ。
『異世界転生とは……異世界転生は現実世界で死んで異世界に転生したことを言います』
『異世界転移とは……異世界転移とは生きている状態で異世界に転移していることを言います』
この説明文に当てはめると、異世界転生している設定なら、オレは現実世界で1度死んで異世界に転生(生まれ変わって)いなくてはならない。
「そんな馬鹿な……オレが今まで異世界転生だと思っていたものは、実は異世界転移だったのか。それとも……」
死神は、オレの疑問についてゆっくり語り始めた。
「イクト君は、異世界転生者なのか異世界転移者なのかはよく分からないという設定です。トンネルを抜けようとしたキミは、あぶないと他人から声をかけられています(1話参照)。これをイクト君は、実は既に死んでいて新たに異世界に転生した若者と解釈する人もいれば、死んでいなくて転移しているだけとみなすことも出来ます」
「確かに。その辺はオブラートに包まれていてハッキリしていないよな」
振り返ると、随分と曖昧な描写で転移(もしくは転生)のシーンが始まっている。よくありがちな、神隠し的なシーンなのかもしれないし、流行の転生ものなのかもしれない。
いわゆる想像にお任せしますって感じのシーンなのだろう。
「ですが、この小説のタイトルは【美少女ハーレムRPGの勇者に異世界転生したけど俺、女アレルギーなんだよね。】です。異世界転生とハッキリタイトルに書いてあるの」
「だからどうしろと……? 転移だか転生なんだか分からないんだから、これ以上は……」
イライラするオレに死神は余裕の態度で今後の計画を語り始めた。
「まだ間に合います。これから、異世界転生すればいいの! あなたは女アレルギーをこじらせて、ついに死にました。そして、三途の川の途中で神様に出会い、チートパワーをもらって異世界のハーレム勇者として転生します。これで万事解決よ!」
「後付け設定かよっ」
オレのツッコミを無視してご機嫌な死神。
「さあ、行きましょう! この小説のタイトルを変更しないためにも、ズバんと異世界転生しましょう。どうせ何回もループしまくっているんだから、今更怖いものなんかありません」
そう言って死神は、力強くゴリゴリとオレを和風船に乗せて、オレはぐんぐん三途の川を進んでいくのであった。
* * *
注:この作品は『美少女ハーレムRPGの勇者に異世界転生したけど俺、女アレルギーなんだよね。』という題名で連載しておりました。
その後『アースプラネットクロニクル』に改題し、現在ではシリーズ化に伴うタイトル統一のため【蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-】に改題しました。