第三部 第24話 ゲームの掟と呼ばれて
「勇者様が……お倒れになられているぞ。しっかりして下さい、勇者イクト様……。ああ、このままでは勇者様のお命が。おいっアズサ、お前一体勇者様に何をしたんだ? こんなに苦しまれて……この症状、例の女アレルギーだろうっ! まさかお前が色仕掛けで勇者様を暗殺……」
「ふぇええええん……そんなんじゃないんですぅ……」
「揉めている場合じゃないわよっ。早く救急車を……」
のんびりと天然温泉を楽しむ予定が一転、まさかの女アレルギー発症でピンチに陥るイクト。手際よくタンカーで虫の息状態のイクトを運ぶ出し救急車に乗せる。
『ピーポーピーポー……ウィーンウィーン……道を開けてください……』
* * *
エルフの里の夜間救急病院では、勇者イクトの治療のため総動員だ。箝口令を出したはずだが、風の噂とはおそろしいもので勇者イクトが温泉で絶叫をあげながら、倒れて虫の息という状態になっていたと大騒ぎになった。
夜遅くにもかかわらず、地元のマダム達が騒ぎを聞きつけて病院周辺で井戸端会議をしている。
「やあね……ほら、あの元ヤンキーエルフのアズサちゃん……改心して最近は真面目に働いていたけど。実は勇者様を暗殺するために、真面目風に変装していたってもっぱらの噂よ」
「なんでも、人間族の友人に頼んで勇者様を里までおびき寄せたとか……。やっぱりアズサちゃんってダークエルフってやつなのかしらねぇ」
「そういえば、アズサちゃんのお友達のコノハちゃん……ダークエルフに目覚めてからは魔王城でメイドとして働いているらしいわよ。これってやっぱり、内通者……ってことよね。ああ、こわいわぁ」
すっかり、勇者様を暗殺するために送り込まれたスパイ扱いのアズサ。ダークエルフ疑惑までかけられて、里の噂ではほぼ悪役扱いだ。
「ふええん! ゴメンなさい、ゴメンなさい……」
アズサは泣きながら、魔王討伐の旅を支援する関係者各位にお詫びして廻った。
魔王を討伐できるのは伝説の勇者だけ。伝説の勇者は女アレルギー……伝説の勇者イクトは勇者であると同時に聖職者でもあり、女性と過剰に接触すると魔王を倒す聖なるチカラが失われる。
これは『ゲームの掟』と言わんばかりに、異世界アースプラネットでは超有名になりつつある現象である。
そんな女アレルギー勇者の魔王討伐への旅は、夜8時のニュースで連日連夜放送されている他、スポーツ新聞や週刊誌でも特集が組まれているほどだ。
さほど冒険の旅を続けていないように感じられるイクト一行だが、ガチャでレア装備を手に入れるためにリセマラをしては武器を試すという活動をしていたため、特番を組める程度にはバトル映像が溜まっていた。伊達に50回以上リセマラを繰り返した勇者ではないという事だろう。
最近では、女性がニガテな男子のことを『女アレルギー系男子』というカテゴライズをするまでになった。アースプラネットの国民の九割が、女アレルギー勇者イクトを認識していると言っていい。
その女アレルギー勇者が虫の息になるなんて……。
責任が問われるであろうエルフの里温泉の当初の予定では、冒険の仲間であるマリア達にイクトが倒れたことを気づかれる前に治療を終わらせる予定だった。が、状態が芳しくない上に騒ぎが大きくなりすぎたため、仕方なくマリア達にも事情を説明することになった。
「ねえ……アズサ……素直に本当のことを言って……」
アズサをイクトに紹介してしまったことを後悔している様子のマリア。ロザリオを震える手で握りしめながら、アズサに事情を訊く。
「ひっくひっく……ごめんなさいマリアちゃん。アズサ……イクト君に一目惚れしちゃったから、アズサと子ども作って欲しいってお願いしたの……。そしたらオレでよかったら……って言ってくれたから嬉しくて……それで抱きついたらイクト君絶叫しながら気絶して……。心臓が止まっていて……アズサ何もしてないのに……」
想像以上に状態が悪そうなイクトの病状に、なむらやミーコも顔が青ざめていく。
「心臓が止まったって……! じゃあイクトさんはもう……そんなっ」
「にゃあ……イクトはこのまま天国に行っちゃうの? そんなのやだニャ……」
エルフの里での蘇生が難しいことを察したマリアは、杖を握りしめて蘇生薬を手に入れるクエストの支度をし始めた。
「なむらちゃん、ミーコ……。これから、聖女の花と呼ばれる幻の蘇生薬を探しに行くわ。この場所からなら、ワープゲートで探索ポイントまで行けるはず……」
「そんな……1人では危険です。私も行きます!」
「にゃあ……アタシも一緒に行きますにゃ」
マリアは静かに首を振り、なむらとミーコにイクトの側にいるように促す。
「異世界転生者の肉体は、俗に言う擬似アバター体だという噂です。修道院内に伝わる伝承のようなものだけど……。だから、アバター体状態のイクトさんの体から魂が抜けないように誰かが見張っていれば、もしかしたら助かるかもしれないわ。私の代わりに祈りを捧げていてちょうだい」
「アバターか……まるでイクトさん自身がゲームキャラになってしまったみたい。分かりました……出来るだけ時間稼ぎを頑張ります」
密かに旅立つマリアの背中を見送りながら、なむらの胸に言い知れぬ不安が襲うのであった。
「バカヤロー! 女アレルギーの勇者様に抱きついたりなんかしたら、生命の危機が訪れるってテレビコマーシャルで注意を促しているだろう? このゲームはなあ、美少女ハーレムRPGとは名ばかりの、男女間のラブなシーンを一切禁ずる超禁欲作品なんだよ! その超禁欲主義勇者様に、色仕掛けをするなんて……」
エルフの里のエライ人の怒号が飛び交う中、女アレルギー勇者イクトの止まった心臓を懸命に看護師達がマッサージしていた。
女アレルギー勇者イクトに配慮して、看護師も医師も両方男性である。女性は半径100メートル以内に接近してはいけないほどの、緊急事態だ。
「そもそも、勇者様はファンのエルフが話しかけてきたから、適当に話を合わせただけなんだ! それなのに勇者様お可哀想に……」
勇者様のファンのエルフ。それが今現在のアズサのポジションだった。
「ふぇえええん……ふぇええええん……」
泣いてばかりで、もはやお話にならないアズサ……。病院に残されたなむらとミーコも、アズサと真面目に話し合っても何も解決しないと諦めたのか、マリアの言いつけを守り2人で病気平癒のお祈りをひたすらしているという状態だ。
「医院長! 勇者様が、蘇生できません! このままでは、エルフの里の責任にっ!」
* * *
(んっ……なんだか身体がやたらだるいな。ここどこだろう?)
勇者イクトの魂が目を覚ますと、そこは緊急治療室。まるで夢を見ているような感覚で、ふわふわと自分の魂が浮遊している。夜間救急病院内では、誰かの心臓マッサージを懸命に施していた。
(可哀そうに……おそらくあの人もう助からないんだろうな……)
イクトがそんなことをぼんやり考えていると、医者の呼びかけのセリフにびっくりしてしまった。
「イクト様、目を開けてください、勇者様ー」
そう、心臓マッサージを受けているのは、まさかのイクト自身なのである。
『えっ……なんだよこの展開……オレ死んだの?』
病室の前で懸命に祈りを捧げていたなむらとミーコに、医師からの哀しいお知らせが……。あまりの展開に、泣き崩れるなむらとミーコ。
「そ、そんな……イクトさんが嘘でしょう? お願い、目を開けてっ。もうすぐマリアさんが蘇生薬をとってきてくれるから……お願い……」
「にゃあ……イクト、まだ死ぬのは早いのにゃ。お別れはもう嫌なのにゃ……」
(なむらちゃん、ミーコ……せっかくお祈りをしてくれたのに……ゴメンな。マリア……薬の調達に行ってくれたのか……持ち堪えられなくて悪かったな)
改めて自分の手を見ると、心なしか透けている……俗に言う霊体という状態なのだろう。
『そうか……オレ死んじゃったんだ……。異世界に転移だか転生して……そこで正式に死ぬっていうのも不思議な感覚だけど……』
思い起こせば、短い人生だった。
女アレルギーという不治の病と闘病しながらの謎の冒険……。そういえば、リセマラ中の道中でもずっと、露出度の高いモブの女達が積極的にアタックしてきていた気がする。マリア達が追っ払ってくれていたお陰でそれほどのダメージを受けないで済んでいたが。
こんなコメディーゲームの中途半端なエロ描写なんか、誰も求めていないだろう……まさか……!
「ふふふ……気づかれましたか? 女アレルギー勇者イクト……」
イクトが振り向くと、そこには黒い着物を着た黒髪美少女が細長い鎌を持って立っていた。
『……お前は、もしかしてそのファッション……死神!』
一見無意味に見える中途半端な露出女達のオレへのラブアタック描写は、オレを次第に弱らせてあの世に送り込もうとする死神の策略なのだったのか?
「守護天使エステルが仲間に加わった時はちょっと焦りましたが、私が女アレルギーキラーオーラを女達に送り込んだのが効いていたみたいですね……覚悟を決めて三途の川まで来てもらいましょう!」
むんずと霊体を掴んでずるずるずるずる……と、あの世への道へとイクトを連れて行く死神。
「嫌だー、助けてくれー! うわぁあああああっ」
「うふふ……抵抗しても無駄だからっ」
意識から次第に遠ざかる、エルフの里夜間救急病院……そして地上……。
こうして、女アレルギー勇者イクトの魂は美少女死神に引きずられて、三途の川へと連行されたのである。