第三部 第20話 金髪美少女守護天使エステル
外見は清純派の割にいつも破天荒でギャンブラーな仲間のマリアが、聖女のような優しい『シスターマリア』として現れた。ある意味、外見と内面がぴったりとマッチしたキャラクター設定になったと言っても過言ではない。
女アレルギーの発作で危うく命の危機に陥っていたオレにとっては、状態異常回復魔法で治癒してくれたマリアは命の恩人と言えるだろう。
「ありがとう、マリア。助かったよ……マリアもオレ達と同じようにスタート地点に戻ってきたんだな」
てっきり旅仲間であるマリアが偶然山奥の村周辺を通りかかって、オレのことを助けてくれたと勘違いしていたのだが……。
「申し訳ありません……私、勇者様とは今日初めてお会いしますわ」
驚いたことにシスターマリアはオレとは初対面だという。それどころか、一緒にスタート地点まで転移してきたなむらちゃんまでマリアという名前の知り合いはいないという。
以前だって、異世界転生して美少女ハーレムRPGの世界の勇者になって冒険していたはずだ。なのに、まるで以前の冒険がなかったことになっている。
修道女として献身的に働くマリア、勇者のパーティーメンバーの黒魔法使いとしてナチュラルに仲間に加わっているなむらちゃん。さらに、ごく普通の黒猫として登場したミーコ。
まさか、オレ以外の人達の記憶からは、以前の冒険の記憶が消されているのか?
ゲームデータが初期状態に戻ってしまったかのごとく、すっぽりと記憶が抜け落ちているマリアやなむらちゃんに違和感を感じながらも最終的には話を合わせてしまった。
* * *
「もう疲れているし、仕方がないから休もう。もしかしたら、寝て目を覚ませば元通りの状態に戻っているかも」
修道院が提供してくれた冒険者用の部屋に設置されているユニットバスで、シャワーを浴びて、寝る準備をし始めた。今後の旅も一緒に行動を共にする予定のなむらちゃんは、他の修道女の人達と同じ部屋で休むという。
ありがたいことに現代風異世界ファンタジー設定だけは失われていないようで、ガスも電気もバッチリ使える。基本的な文明設定はリセットされなかったみたいだ。
ドライヤーで髪を乾かし、修道院内の売店で購入したペットボトルの水を飲む。ごくごくと流し込まれる水分が、命の渇きを癒してくれるみたいだ。
「ふぅ……」
なんとも言えない焦燥感に襲われながらも疲れてベッドに横になると、ドアの付近にゆらりと人影が浮かび上がった。
「……誰だっそこにいるのは?」
オレは思わず起き上がり、気配のする方を見る……すると、そこには見たことのない金髪の美少女が天使風のファッションで佇んでいた。
金髪美少女は目は青色で大きく肌は色白、セミロングで巻き髪、服はいかにも天使が着てそうな白いレースデザインのワンピースで、ミニスカートの裾が羽のようにデザインされている。足元はシンプルな茶色いフラットタイプの靴にレース付きの靴下だ。
驚いたことに、美少女の背中には小さな羽根が付いている。
「その風貌……まさか天使?」
この異世界は美少女ハーレムRPGテイストのため、ファンタジーなキャラにはひと通り会っているような気がしていたが、よく考えてみると『天使』というものにはまだ遭遇したことはないのである。
「結崎イクト君? お久しぶり……だよね。異世界転生斡旋株式会社派遣天使のエステルです! あれ、もしかしたら私のこと……忘れちゃったの?」
お久しぶり……だと、まるで随分前から知り合いのような口ぶりだ。だが、オレの記憶にはエステルという天使の少女の知り合いはいない。
「……オレ天使に会うのは初めてな気がするけど」
マリアやなむらちゃん同様、実はオレも何か記憶を失っているのか?
「ああ……記憶なくしちゃったんだ。まあ、何度も異世界転生していると、たまに最初の異世界転生を忘れちゃう人いるから……。守護天使としては寂しいけど」
天使エステルは、うんうんとうなづいて自分を納得させているようだった。
何度も異世界転生しているだと……? 一度や二度ならともかくとして何度も……。
「あのさ、何度もって……オレ何回異世界転生しているの?」
するとエステルはキョトンとして……しばし考えたのち、「うーんざっとみて10回くらいかな。あっでもニューエディションというモードに入ったのは、多分初めてなんだと思うよ! ハーレムRPGでいうところの、攻略キャラクターフルコンプリートというものだよね」
「フルコンプリート?」
「うん。正ヒロインの魔王グランディア姫と結婚する公式エンディングに加えて、シスターマリア、エルフアズサ、神官エリス、血の繋がらない妹アイラ、悪役令嬢カノン、メイドのランコさんなどなど、今回イクト君は攻略難易度の高かった妹の友人なむらさんを見事攻略し初めてフルコンプリートしたことになるからね」
「何だって! オレは覚えていないだけで、すべての攻略キャラクターをフルコンプリートしていたのか?」
最後の攻略キャラがなむらちゃんだったのか……確かに、フラグが立っていること自体気づきにくいポジションだったから、まさか告白されるとは思っていなかったが。
「まあ異世界転生にもいろいろ種類はあるんだけど、イクト君の場合はいろいろな美少女キャラを攻略しては記憶がリセットされ、もう一度異世界転生し……その繰り返しだったから、ようやく先に進めてよかったね!」
天使はにこやかな表情で話している……が。先に進めて……ということは、まだまだ続きがあると言うニュアンスに感じ取れる。
「先に進めてよかったって……マリアもなむらちゃんも、記憶をなくしてるっぽいんだけど」
「仕方ないよ。今までも何度もリセットしていたんだし。魔王グランディア姫こと真野山葵さんやシスターマリアさん達、他にもたくさんの子たちと結婚式も挙げているはずでだけど……でも、覚えていないでしょう?」
「真野山君やマリアと結婚式? せめて、オレの覚えている記憶と同じ記憶までは思い出せないのか?」
「データの共有化のことだよね。今回ゲームの進行が初めて進んだから、やってみないと分からないけれど。それに……イクト君は本当は誰のことが好きなの?」
「本当は……って。突然質問されても、いろんな女の子達とそれぞれ結婚したっていう記憶すらないのに……」
オレはまだきちんと恋人というものができた記憶がないため、誰のことが好きかと問われても……。運命の赤い糸的なソウルメイトみたいな女性にはまだ出会えていない……運命の女性という発想自体、恋愛に対する自分のハードルを上げているのかもしれないが……。
「イクト君は、毎回女の子に告白されると流されるままその女の子とくっ付いていたの。その度に記憶がリセットされて……。だから、他の仲間達の記憶をすべて取り戻すと、全員がイクト君と自分が恋人だと思っていることになっちゃう」
自分でも薄々感じてはいたが、やはり優柔不断かつ流されやすい性格のため、その都度タイミングが合った相手とくっついていたようだ。まさに美少女ハーレムゲームの主人公気質である。
「そうか……記臆を完全に取り戻すということは、全員がオレと恋人になった記臆を取り戻してしまうのか……」
それぞれが自分だけが正ヒロインと思っている可能性もあるわけで……いくらハーレムものだからと言って、修羅場が起こる可能性もある。
現に真野山君と愛を誓い合った記憶を失っている間になむらちゃんの告白を了承したせいで、今の状態を招いているわけだ。これ以上みんなを混乱させるわけにはいかないし……。
「告白シーンは最後のエンディングイベントのようなものだし、それ以外の記臆を取り戻すのが平和でベストな選択だと思うよ……。それにニューエディションからは、これまで攻略出来なかった新たなヒロインも登場する予定があるみたい」
「新たなヒロインって……予定だとまだ女の子が増えるのか? いい加減人数オーバーのような気もするけど」
既に、ギャルゲーの制限人数はオーバーしている気がして気が引ける。
「イクト君、本当に本音でそんなこと言っている? 実はこのゲーム……本来登場する予定だったヒロインが実装されていなかったんだよ」
「えっつまり初期の予定にいた女の子がいまだに未実装ってこと?」
「そう……正ヒロインと呼んでいいのかは決めかねるけど、聖女とか女勇者とか定番職業が未登場なんだ」
ラノベのヒロイン枠としても人気の高い聖女や憧れの職業的な女勇者か。確かに、ハーレムを謳っていたわりには、この辺りのキャラが出てこないのは不思議ではあった。ただ単に実装が間に合っていないだけだったのか。
エステルは斜めがけのバッグからタブレットパソコンを取り出して、オレの仲間達のデータ解析を始めた。
すばやくデータにアクセスして何やらピッピッと通信音が鳴り響く。
『ピピピッピッ!』
ひと通りオレとオレを取り巻くハーレムキャラ達のデータ解析が終わったようだ。
「よし……! 今回の冒険から、この派遣天使のエステルもお目付役として一緒に冒険するね。戦闘には非参加だけど、解説役を引き受けるから」
そう言って、天使はちょこちょこと愛くるしい足取りで近づいてきて、オレの顔を覗き込んできた。
「ちなみに私を攻略するのは、ものすごく難しいので……覚悟してよろしくです」
アップで見るとさらに可愛い守護天使エステルが、新ヒロインとしてふさわしいオーラでオレに向けてウィンク! 天使特有の肌の透明感やキラリとしたオーラにやられて思わずドキドキする。
美少女守護天使エステルか……早速、ニューエディションモード向けの新しいハーレムメンバーが増えたようだ。