第三部 第18話 再び異世界の冒険へ
「イクトさん、起きてください……イクトさん」
誰かの声がする……聞き覚えのある声だが妹の声ではない。落ち着きがあるテイストの声色だが年齢はまだ幼い感じで、少女特有の甘さを兼ね備えている。
何とか意識を呼び起こすが頭がボーっとしてしまい、クラクラとした感覚が全身を襲う。じっとりとした屋外特有の湿り気が辺りに漂い、鳥のさえずりや木々のざわめきが聞こえてきた……ここは何処だ?
オレがゆっくりと目を覚ますと、そこは静かな森の中だった。誰かが膝枕をしてくれているのか、倒れていたはずなのに頭は痛くない。
「ううん……あれ、オレ一体……ここは?」
「良かった……イクトさん、気がつきましたか? 魔王様の襲撃に遭って、ここに飛ばされてからずっと気を失っていたんですよ。私、黒魔法使いだから回復系の呪文を使えないし……心配で」
オレを膝枕で介抱してくれていたのは、なむらちゃんだった。妹アイラの友人で、アイドルユニットの相棒でもあるなむらちゃんだが、オレ自身とはあまり普段の接触はなかった子だ。
そんな接点の薄いオレ達がどうして一緒に異世界の森の中へとワープしているのかを思い出すと……。
「ずっと膝枕してくれてたんだね。重くなかった?」
「いえ……それに大好きな人を膝枕するのは当然です……だって私達、これから恋人同士になるんですから」
「なむらちゃん……」
そうだ……オレは、なむらちゃんに告白されてOKを出して、誓いのファーストキスをしようとしている所を真野山君に目撃されていて、修羅場のに末に魔力攻撃を浴びて……。
「どうやら、アースプラネットの最奥に転移してしまったようです。スマホのデータが、冒険スタート地点の表示のみになってしまって……」
「本当だ……しかも、まだ本格的な冒険が始まる前のお試し映像じゃないか。もしかして、ステータスとかも初期値に戻っているんじゃないか?」
「ええ……そうかもしれないですね。どこかアプリデータを更新できるスポットまで移動すれば新しい情報が得られるかもしれません」
辺りを見渡すと、森の中といってもある程度は山道が整備されているようで天候さえ良ければハイキングでも出来ただろう。だが、あいにく現在は空が暗く、少し不気味な感じだ。
悪天候とも僅かに違うどんよりとした重苦しい魔力の放出された後のような嫌な空気……こんなオーラが漂っているのも魔王が復活した影響なのだろうか?
「どうしよう? とりあえず、この森を出ないと……まだ日が暮れる前に移動しよう」
「分かりました……じゃあ道案内の魔法を使いますね。深緑の精霊よ……我に行くべき道を示せ……!」
コォォオオオン!
流石は黒魔法使いといった風格で、補助系のスキルを発動するなむらちゃん。道しるべとなる小さな緑色の輝きが、行く先を先導してくれる。
足元に気をつけながら斜面を降りて、入り組んだ路を突き進むとひらけた大きな道に出た。どうやら、村の入り口らしい……案内の看板が見えてきた。
「ここまで来れば、いわゆる安全な魔物除けの結界ポイントだと思うんですけど……」
「ありがとう、なむらちゃん。と言うことは……そろそろスマホのアンテナも強くなっているはずだよな。アプリのダウンロードもしやすくなるはずだけど」
ボディバッグにしまっておいたスマホを取り出し、アプリの画面を確認した。ここが本当に異世界アースプラネットの冒険スタート地点なら、ゲームアプリに現在のオレの情報が記録されているはずである。
【蒼穹のエターナルブレイク2ニューエディション】
「いつの間にかタイトルが2になっているな。バージョンが進んだのか?」
「まずは、詳しいアプリの更新情報ページにアクセスしてみましょう」
「ああ、じゃあ早速起動……」
ピッピッピ……。
オレがスマホのアプリを起動すると、タイトル画面のページで追加データのダウンロードが始まった
『追加データダウンロード中です。通信環境の良いところでダウンロードして下さい』
「あれっ? ここって地域のフリーワイファイが使用できますね」
「本当だ……アースプラネット西地区最奥地フリーWi-Fi……」
森の中なので通信環境に不安があったが、フリーWi-Fiが導入されているおかげでサクサクとダウンロードが進んでいる。さらに、アンテナもまさかの全開だ。もしかして、ここは意外と都会に近い場所なのかもしれない。
【追加データダウンロード完了!】
オープニング音楽とともにムービーが始まった。
『復活した魔王の魔の手から世界を救うべく異世界転生したあなた……。新たな冒険の旅が始まります』
そんな説明とともに、イメージ映像でバトルシーンが流れているが、冒険の仲間達の姿がどれもこれも露出度の高い美少女ばかりでゲームのプレイヤーはこのゲームが美少女ハーレムRPGであることを察するのだろう……。
前回の【スマホアプリ版蒼穹のエターナルブレイク】も、女の子がたくさん出てきたもんな。だが途中でオープニング映像に違和感を覚えた。
顔は隠れていてよく見えないが、主人公らしき男がヒロインらしき女とイチャイチャするシーンが出てくるのである。そんなシーン前回はなかったぞ?
「なんかさ、このゲーム雰囲気変わったと思わない? なんでこんなに、頻繁にラブシーンが出てくるんだろう?」
オレの疑問に、なむらちゃんが恥ずかしそうに答える。
「その、それは以前はイクトさんの女アレルギーが酷すぎて、女性と接近するだけで気絶していたのが……女性に対する耐性が上がって、少しくらいは持ちこたえられる程度の女アレルギーに改善されたんだと思います……。私とキスしようとしても、イクトさん倒れなかったし」
「そういえばそうだ……倒れなかったな。もしかしたら女アレルギーが少し改善しているのかもしれない」
「じゃあ、このニューエディションっていうタイトルの意味は、もしかして……」
「多分、女性耐性が新しいという意味でニューエディションという意味だと思います」
ニューの意味は女アレルギーの改善を指していたのか? ステータス画面を見ると『イクト勇者レベル1』とレベルが戻っている。普通のスマホRPGなら、ステータスといえば体力や魔力の数値を表していそうなものだが。
さらに、以前のヴァージョンでは見慣れないステータスゲージが出来ていた。
新しい実装機能……その名も女アレルギーゲージだ。もはや、女アレルギーとの戦いが前提として制作されているといっても過言ではないステータス画面。
なむらちゃんのステータス画面には、そんなふざけた画面は実装されていないのでオレにしかない特別な機能なのだろう。特別嬉しくも何ともないが。
『このゲージが最大値に達すると、女アレルギーが発生して気絶します。女性と接触することに慣れて、アレルギーゲージを伸ばして女アレルギーを克服しよう!』
女アレルギーゲージもレベルが1レベルである。女性と接触することに慣れると、レベルが上がり女アレルギー発生までの時間が遅らせられるらしい。
「女性と接触してレベルを上げるって具体的には何をすればいいんだ?」
するとなむらちゃんがさらに顔を赤くして言った。
「その……多分もっとデートしたり、恋人らしいイベントをこなしていくとレベルが上がるのではないかと……例えば」
なむらちゃんがオレの手をキュッとつないだ。お互いの体温が手を伝わり、感じとられる。初々しい恋人ならではのナチュラルな手つなぎ状態は、これまでのオレだったらオタケビをあげながら気を失うほどの緊張感だ。
だが、ニューエディションモードのオレはひと味もふた味も違っていた。
チャララララーン!
『イクトの女アレルギー耐性ポイントが1上がった! あと25耐性ポイントを上げると、レベル2に到達します。経験値アップを目指して頑張りましょう!』
「女アレルギーが起きないで済んだ……? まるでバトル後のように、経験値が加算されているし。もはや、モンスターのバトルより女性との接触加減の方に重点を置いているとしか思えない設定だな」
「実際に、イクトさんの場合はそういう箇所を克服していった方が早く冒険が進むのかもそれないですね。ふふっ……なんて」
「おいおいっ」
オレがなむらちゃんと手をつないだ後に、まるで戦闘が終わった時のようにステータス画面に経験値が加算された。さらに、その後の恋人同士特有の軽いイチャつきがポイントとして加算されて見る見るうちに経験値が溜まっていく。
ナチュラルに甘えるように、腕を絡めてくるなむらちゃんの膨らみかけの胸を自身の腕で感じ取る。
「んっ……イクトさん……恥ずかしい……」
「なむらちゃん……」
ワザとでは無いものの、オレの腕をなむらちゃんの胸が挟み込むようになりお互い意識してしまう。ラッキーすけべな展開の定番シチュエーションだ。すると、腕組みイチャイチャポイントが加算されて……。
『おめでとうございます! 女アレルギー耐性がレベル2に上がりました』
「これは一体……さっきのイチャつきがポイントとして加算されたな。あっという間に経験値が上がりそうだ」
この耐性が上りきると、オレはもしかしたら本当に女アレルギーを卒業出来てしまうのかも知れない。
「……イクトさん、そのもっと経験値……あげてみたいですか? イクトさんのためなら私……」
そう言ってなむらちゃんは、オレにキスをしようと迫ってきた。が、オレの女アレルギーゲージが限界の最大値を突破したのか……それともオレと婚約破棄した真野山君の怒りに触れているのか?
オレは、未知の新型女アレルギーを発症し謎のオタケビをあげながら、痛みとともに気絶したのであった。