第三部 第17話 もう一度、勇者として
「私のはじめて……もらってくれますか?」
公園のベンチで見つめ合う、オレとなむらちゃん。
まさに、恋愛シミュレーションゲームの最高潮を迎えようとしていた。もはや、一般的な異世界スマホRPGの目指す展開とは異なるものとなっている気がするが。
なむらちゃんの小さくて初々しい唇に触れるだけのキスをしようとした……寸前のところで、異様なオーラを背後から感じ取り動きを止める。
どごぉおおおんっ!
「きゃあっっあああぁっ!」
「ぐはっああぁあっ!」
あまりの魔力衝撃に、引き離されるオレとなむらちゃん。やはり、本質的にはこのゲーム……バトルもの異世界RPGなのだろう。待ってましたと言わんばかりに、突然のバトルモードに切り替わる。
「くっ……この禍々しいオーラ……まるで魔王が襲撃に来たようだ。魔王……まさかっ?」
それは微妙に女アレルギーを克服しつつある、オレのハーレム勇者人生の波乱に満ちた第二幕の幕開けだった。
* * *
静かな住宅街の小さな公園で告白タイムをエンジョイしていたはずのオレ達。だが、本来サブポジション的な立場であるなむらちゃんとのエンディングを邪魔するかのごとく、あの人が現れた……。
「イクト君……ボクだけじゃなくて、なむらちゃんともお付き合いするんだ……。そうなんだ……」
「なむらちゃんとも……?」
後ろを振り向くと、白いワンピースを着た清楚な美少女……真野山君が恨みがましい目でこちらを見つめていた。いつもの可愛らしく純粋そうな真野山君は何処へやら……今にも五寸釘片手に丑の刻参りを始めそうな負のオーラが漂っている。
こうやって改めて真野山君を見ると、オレの前世の恋人であるグランディア姫にそっくりだ。
オレの女アレルギーの原因であるグランディア姫……浮気を一切許さないために、呪いをかけた彼女。だが、まだオレと真野山君は正式には交際しているわけでは無い。だから、なむらちゃんと交際をスタートしても浮気にはならないはずだけど……。
「ふぅん……ねぇイクト君……先週の日曜日にボクに言ったこと覚えてる?」
「先週の日曜日……?」
禍々しいオーラを解き放つ真野山君に圧倒されながら、オレはつい1週間前の記憶を辿っていく……何か重大な記憶を取り戻すかのように。
* * *
それはこの間の週末、現実世界地球にある真野山君の賃貸マンションに遊びに行った時のことだった。
「イクト君いらっしゃい!」
「真野山君ケーキ買ってきたよ。一緒に食べよう」
「わぁ嬉しい……ありがとう!」
猫マリアがエルフの里に貰われて、寂しくなった真野山君を励ますために、真野山君の家に泊まることになった。
「あんなに楽しく暮らしていた猫マリアさんが、エルフの里に行っちゃったから……胸にぽっかりとした寂しさがあったけど。いつまでも猫に依存するのもよくないし、頑張らないとね」
「ペットとの別れって、辛いだろうけどさ。オレなんかでよければいつでも話し相手になるよ」
まるで、ごく普通の友人同士のようなテンポで会話をしているが真野山君は現在、巨乳の女の子……。
男同士のお泊まりとはわけが違う……もしかすると、今日のお泊りでオレは女アレルギーから卒業するのかもしれないな。人並みの若い男らしく、女アレルギー持ちながらも、お泊りに胸をときめかせていた。
まずは、好物のスフレチーズケーキを紅茶とともに味わってまったりティータイム。
「んっやっぱり、ケーキといったらスフレチーズケーキだね。いくらでも食べれちゃいそう! 紅茶ともよく合うよ」
「喜んでもらえて嬉しいよ。オレもこういう甘すぎないケーキなら、食べやすいし」
くどくない程度に甘いスフレチーズは、オレ達の今の距離感を現しているかのようだ。甘すぎないが心地よさのあるテイスト……そしてスフレ特有の溶けるような食感は、真野山君の可愛さにメロメロに溶かされていくオレのハートと同じだ。
その後は、2人で仲良く本日の夕飯作りだ。メニューは、ナスとキノコの和風パスタにサラダのセット……手際よく料理を進めていく真野山君に理想のお嫁さん像を見出す。
「きのこってちょっぴりクセがあるけど、バターを絡めてしっとりさせると結構食べやすくなるよね。ほんのりとお醤油を足すと、きのこが苦手な人でも克服出来るんだよ」
「へぇ……今度うちの家族にも紹介してみよう。きのこへの苦手意識を直せば、食の幅が広がるからな。オレは元々きのこ類は大丈夫だけど……」
「うん。苦味や臭みも無くなるから、すっごくおすすめだよ。特に椎茸が苦手な人にはねっ」
何気ない会話をしつつ、ナスとキノコの手作り和風パスタを味わい、無事に夕食が終了。もちろん片付けや食器洗いも2人で協力しながら行い、連帯感を高めていく。テレビを見て、のんびり過ごしお風呂に交代で入った。
「そろそろ寝ないと……」
「おっおう……そうだな。布団……敷くかっ」
湯上りの真野山君は頬がほんのり赤くて、色っぽかった。カーディガンを羽織った寝巻きからも巨乳がよく分かる。ぷるんっと揺れるノーブラの巨乳をあまり直視しないように、目を泳がせながら真野山君のベッドの隣に敷布団を敷き寝ようとしたが……。
「イクト君……ボクちょっと不安なんだ。突然完全な女の子の身体になって……胸がこんなに大きくなって……」
不安なのか、真野山君が抱きついてきた。ぷるぷるの巨乳を正面からむにゅっと押し付けられて、びっくりする。エロい展開のフラグかと思いきや、想像よりも真野山君の悩みは深刻だった。助平心を封印して、真摯に悩みを受け止めることに。
「ねぇ……心臓がドキドキしてるでしょ? 不安な音なんだよ」
真野山君のむにゅむにゅの胸がぐいっと押し当てられる。柔らかい、暖かい、弾力があってオレの胸と重なりながらドキドキとした音がする。だが、真剣な真野山君にオレは女アレルギーを起こす余裕がなかった。
「真野山君、本当に女の子の身体になっちゃったの? 胸が大きくなっただけじゃないの?」
元々女の子みたいな顔立ちの真野山君だ……もしかしたら胸だけが変化したんじゃないかとも考えたが。
「本当だよ、ボクの女性らしく変化した身体のライン見てみる?」
真野山君が寝巻きの上に羽織っていたカーディガンを脱いで、身体のラインがわかる薄い寝巻き姿になった。
大きな胸、くびれたウエスト、色っぽい太もも、女性と男性の違いだ。すべてが柔らかそうな女性らしいものになっている。
真野山君は、完全に女の子の身体になっている。
「……本当だね……本当に女性の身体になったんだ」
「うん……だけど……だけど……! ボク、この先どうやって生きて行ったらいいんだろう……。この身体、どうしたらいいんだろう? こんな突然女の子になったボクのことなんて、誰もお嫁さんにしてくれるはずないのに!」
ポタポタと涙を流す弱気な真野山君を助けたくて……思わずキュッと抱きしめる。
「ま、真野山君! オレがもらってやるよ! 真野山君、オレのお嫁さんになってくれ!」
「イクト君、じゃあ今ボクのはじめてもらってくれる?」
「真野山君……いや、葵! 好きだよ!」
「イクト君……」
そんな感じで、オレと真野山君は触れるだけのキスを交わそうとした。だが案の定、女アレルギーを卒業しようとした刺激が強すぎて『超突発性急性女アレルギー卒業中毒発作』を引き起こし、この記憶は失われたものになっていた。
* * *
(どうしよう……オレ、発作で記憶を失っていたけど、先週既に真野山君と結婚の約束を……)
オレは女アレルギーを卒業できなかったものの、真野山君にプロポーズをしていたのである。
「嘘つき……イクト君の嘘つき……やっぱり、イクト君は伝説のハーレム勇者の生まれ変わりだよ! 結婚の約束から1週間で浮気する男なんて、そうそういないよ……」
真野山君からどす黒いオーラが放たれている……魔王特有のオーラだ。
真野山君が涙を流し始めた……裏切られた怒りと哀しみで震えているようだ。
「ボクがバカだったよ。伝説のハーレム勇者のことなんか信用して、大切なはじめてをこんなハーレム勇者に捧げて……! ボク魔王に戻るよ、頑張って世界を征服するよ! 以前よりも激しく、ボクの持てるチカラのすべてをかけてっっ!」
真野山君が叫ぶと、青空だった天候が急激に悪くなり、暗雲と雷雲が現れてゴロゴロ鳴り始めた。強風が起こり立っているのがやっとだ。
どこからともなくコウモリの群れが現れ、キィキィ鳴きながら、真野山君の周囲を飛び始めた。まだ昼間にもかかわらず、空は真っ暗になってしまった。
美しい青い月の光が、真野山君を照らし出す。
まさか、これが本当の魔王のチカラなのか?
「真野山君、落ち着いてっ話し合おう!」
オレが止めるも、真野山君のどす黒いオーラは止まることを知らない……魔王復活である。
オレと真野山君の間にひとすじの雷が落ちた。地面が焼け焦げる。
「我が名は魔王グランディア、真野山葵グランディア……伝説のハーレム勇者イクトよ、我を倒したければ冥界に来い! 辿り着ければな……」
オレとなむらちゃんは、再び異世界アースプラネットの冒険スタート地点である山奥の村飛ばされ、肝心の異空間ゲートは封鎖され現実世界地球には戻れなくなった。闇に包まれたアースプラネットを救う旅に出ることになったのである。
オレのスマホには、ゲームアプリの新規データがダウンロードされていた。
その名も……【蒼穹のエターナルブレイク2ニューエディション】
伝説のハーレム勇者の冒険の旅が、再び始まる……!