第三部 第16話 波乱の第二幕
なむらちゃんの初恋の人は……まさかのオレ?
スマホアプリの解析データがもたらしたオレは意外な情報に、思わず胸がドキドキしてしまった。こんな想定外の気持ちになるとは、まさにドキドキデート用のアプリと言った感じだ。
「イクトさん……! その、お会いできて嬉しいです……」
「なっなむらちゃん!」
心なしか、なむらちゃんの表情がいつもよりも数倍輝いて見えるのは、恋のチカラだろうか? 内側から滲み出るような艶やかなオーラが、肉眼でも伝わってくるようだ。
「そ、その……偶然ですね。今日はお仕事が久しぶりにオフだからお洋服や雑貨を購入しとうと思って……」
「あっそういえば……アイラもオフなんだから同じユニットのなむらちゃんも休みだよな」
「ふふっ。でも、お休みなのにこうしてアイラちゃんのお兄さんに会っちゃうなんて……やっぱり縁があるのかな?」
思わせぶりな雰囲気のなむらちゃんに、思わずオレも饒舌になる。
「縁……か。いわゆる良縁ってやつだったりして……! たとえば恋愛の縁とかっ!」
「……! もうっイクトさんたら……恥ずかしいです……! けど、そうだと嬉しいけど……」
さらに頬を赤らめて、自らの手をキュッと握りしめるなむらちゃん。まさに恋する乙女といった感じ。
この反応……! 完全に脈ありと判定していいだろう。
普段から可愛い子だとは思っていたが、妹の友人という安定のサブキャラポジションに収まっていたため、攻略対象であることにすら気がつかなかった。
だが、世間一般のラノベやギャルゲーは妹の友人ポジションの美少女を交際相手の候補としているものも多くある。実際に交際をするとなると、妹にも気をつかうため遠慮がちになりそうなものだが。
ここで、みなさんにもなむらちゃんの情報を分かりやすく説明しよう。
妹アイラの親友でアイドルユニット魔法少女アイドル『アイラ・なむら』のなむらちゃん。本名は、名村ほのかちゃんだ。意外なことに、アイラが呼んでいるなむらという名称は苗字の部分である。
年齢はアイラと同じ13歳で、もうすぐ中学二年生……身長は153センチほどで小柄だが、まだまだ成長中といった雰囲気。おそらく高校生になる頃には、もう少し高めの身長になるだろう。幼い雰囲気を残しつつも、大人の女性への階段を登っていくかのごとく会うたびに美しくなっていく。
サラサラのセミロングの黒髪を、以前は三つ編みにしていたがアイドルデビューしてからは、ハーフアップヘアにすることが多くなった。目は大きく少しつり目がちで、猫のようで可愛らしい。小花柄のワンピースが似合っている。
こんな可愛い子がオレに気があるとは……妹の親友というポジションだったからまったく気づかなかったな。
* * *
「あの、ところでイクトさんも今日はお買い物ですか?」
なむらちゃんの上目遣い……可愛い……どうしよう。
「ああ、今日はアイラが一緒に出かけたいっていうから来たんだけど、いつも通り冒険の仲間達がやってきたからみんなで買い物なのかな?」
ふと買い物中のはずのメンバー達の様子を見ると、アイラとマリアがまた以前のように揉めはじめたようだ。アイラ……今日はデートしたいと、気合い入れていたのに。
人目があるにもかかわらず、すでに興奮気味になっている。まずいな……止めないと。
「もうやだ! いつもマリアさんって私のことを子供扱いするんだもの。アイラ……これ以上マリアさんと一緒に居たくない! 帰る!」
「アイラ? おい、落ち着けよっ」
「アイラちゃん?」
ドンッ! すれ違いざまに肩がぶつかるが、猛スピードで走り出したアイラを引き留めることが出来なかった。
どのような内容の口論が行われて何が起きたのか具体的な事は分からないが、アイラとマリアが衝突した事は確かだろう。
「ごめんなさい、イクトさん。アイラちゃんを傷つけるつもりはなかったんですが……」
まさか、あんなに切れるとは思わなかったのか涙目で謝り始めるマリア。
「取り敢えず、今日は解散した方が良さそうだな。アタシ達じゃよけいにアイラの機嫌を損ねるだけだし」
「アイラちゃんに、よろしくお伝えくださいな」
マリアを慰めながらも撤退表明を行うアズサ。マリア、アズサ、エリスの3人はそのまま帰宅することに。しかも、真野山君の姿も見えない。
仕方ないのでオレとなむらちゃんの2人でアイラを追いかけることに。
* * *
アイラはすでに駅ビルから出ていて、地球側へのゲートがある方角に向かったようだ。
「どうしよう? 本当にゲートをくぐって家に帰っちゃったのか? 無事ならいいけど」
「アイラちゃん……どこ?」
「アイラー」
オレとなむらちゃんは、いつの間にか入り組んだ小径に迷って住宅地の公園に来ていた。
「ハアハア……」
なむらちゃんは辛いのか、息を切らしている。そういえば、彼女の異世界での職業は黒魔法使い兼魔法少女アイドル。RPGでの黒魔法使いといえば、他の職業と比べてあまり体力の無いイメージだ。いわゆるHPが低いことを考慮すると、一気にオレと同じ速度で走り回って相当疲れたのだろう。
「なむらちゃん、大丈夫? アイラも見つからないし、この辺で少し休もうか?」
「……はい。そうさせてもらうと、ありがたいです。私、足がフラフラしてしまって……」
公園のベンチで、なむらちゃんを休ませて自動販売機でペットボトルのドリンクを買い手渡す。桃の香りのする可愛らしいフレーバーティーだ。季節的に冷たい飲み物にしたが、好みに合うだろうか。
「あっこのピーチティー、アースプラネットでしか飲めないメーカー……! これ大好きなんです……ありがとうございます。んっ美味しい」
コクコクと小さな唇で、ピーチティーを体に注ぎ込んでいくなむらちゃん。ほんのりと隣に座っているオレの方にも桃の甘い香りが漂ってくる。
「そっか、好みに合ってて良かった。やっぱり女の子は可愛いものが好きなんだな」
「私、恥ずかしがり屋だからアイラちゃんみたいに、堂々と可愛いものを集めたり身につけたりは出来ないですけどね。アイラちゃんと一緒だと、可愛いもの集めを堂々と出来るので……」
恥ずかしがり屋か……初対面の際には大人びたクールな印象だったが、あれは照れだったとは……。
「ああ、もしかして可愛いものを集めたりとか、趣味がアイラと合うから仲良くなったのか!」
「そうかも! けど、最近アイラちゃん何か悩み事があるみたいで……私のチカラじゃ解決できない問題みたいだし。ちょっと寂しいな」
もしかしたら、アイラはオレと実の兄妹じゃなかったことをなむらちゃんには告げていないのかもしれない。つい最近、判明した事だしな。
「なむらちゃん……いつもアイラが迷惑かけてゴメンね。最近のアイラってちょっと情緒が安定していなくって……」
「いえ、アイラちゃんにはいつも助けてもらっていて。アイラちゃんがいなかったらアイドルなんてきっとできなかったです。きっとアイラちゃんなりに、何か事情があるんだと思います」
真っ直ぐな眼差しでアイラを庇うなむらちゃん。アイラはいい友人を持ったな……気持ちを理解しあっているのだろう。
「事情か……。アイラ、もう家に戻ってしまったのかな?」
オレがメールを送ると、すでにゲートをくぐり自宅で休んでると返事があった。一応、映画も食事も済んだし、デートっぽい外出はまた次にすればいいだろう。
『ユーガットメール!』
スマホから、メールが届いた合図。どうやらアイラの返事のようだ。
【お兄ちゃん、いきなり帰ってごめんなさい。ゲートを抜けて、今は自分の部屋で休んでいます。マリアさんにも謝りのメールを送っておきました】
一応、アイラなりに自己解決した様子。ホッとしてスマホの画面を閉じる。
「ありがとう、アイラもうゲートを抜けて地球の方の自宅に戻ったみたいだ。マリアにも謝りのメールを出しておいたって」
「そうですか……何か話せることがあると良かったんですけどね……」
「しばらく、そっとしといてやるよ。そのうちまた機嫌も直るだろう」
しばし、緊張感の漂う沈黙……。なむらちゃんと2人きりになることなんて、なかったからな。
沈黙を破ったのは、なむらちゃんの方からだった。
「あの、イクトさん……私、実はずっとあなたのことが好きでした。初恋なんです……もし、もしイクトさんに少しでもお気持ちがあるなら、私とお付き合いしてください!」
「……! なむらちゃんっ」
突然の……告白だった。
頬を赤らめて涙目のなむらちゃんは、今まで見たことのないくらい女性らしい表情で、ものすごく可愛かった。
オレはびっくりしてしまい、そしてその場の雰囲気に流されるまま「オレなんかでよければ……」と呆れるくらい素直な返事をしていた。女アレルギーだなんだ言っていたくせに、こんなスマートな返事が出来るとは。自分でも、スムーズな展開に驚く限りである。
「イクトさん……嬉しい……!」
なむらちゃんは、ポロポロ涙を流し始めた。感情をあまり表に出さない子だったから、驚きの展開……オレなんかでいいのだろうか。
「私のはじめて……もらってくれますか?」
そう言ってなむらちゃんは目を閉じた。おそらくキス待ちというものだろう。
なむらちゃんの初めてをここで……まさかこんな展開になろうとは……。
オレはなむらちゃんの小さくて初々しい唇に、触れるだけのキスをしようとした。
ここに来てついに、女アレルギー卒業になるのだろうか? 柔らかく瑞々しいなむらちゃんの唇からは甘い桃のフレーバー。引き寄せられるように、お互いの唇を近づけていく。
そして、それはオレのハーレム勇者の波乱の第二幕の幕開けだった。