第三部 第13話 デートという名の戦略戦争
イクトの血の繋がらない義理の妹アイラが、妹としてではなく普通の女の子としてイクトとデートしたいと申し込んできた。
困惑しながらも、思春期特有の情緒不安気味なアイラを安定させるため承諾する。
そんなこんなでデート当日となったが……。
* * *
緊急で決まった義理の妹アイラとのデートだが、気を遣ってそれなりに新しい洋服をチョイス。目立ちすぎないように、ダークブラウンのアウターと黒のズボンというシンプルなファッションだ。
邪魔になりにくいボディバッグには、スマホ、二つ折りの財布、ハンカチ、キーケース、手帳……と必要なものを収納。
デートというものに夢を持っているらしいアイラを失望させないように、全身が映る鏡の前で身なりを確認。ヘアスタイルもサラサラヘアを維持しているし、爽やかなシトラス系のボディミストをシュッとひと吹きしたし……準備万端。
「アイラー、じゃあ出掛けるか?」
「うん、もうちょっと待ってね!」
部屋のドアの前でアイラの準備が終わるのをしばし待つ。
実は血の繋がりのなかった妹アイラに、突然デートしてほしいと頼まれ少し驚いたけれど、アイラは随分と思いつめた表情だったな。
詳しいことは何も聞かずに、気晴らしに付き合ってやるかっ。なんたって血の繋がりがなくても兄妹だからな。
2人でどこか定番のデートスポットにでも行って、デートの定番っぽいメニューでも食べて、普通に帰宅すればいいだけだ。きっと、アイラもそういう定番っぽい場所やイベントに憧れているだけなんだろう。
カチャッ!
「おはよう、お兄ちゃ……イクトさん。アイラ、定番のデートスポットに行きたいな!」
部屋から、身支度を済ませ出てきたアイラ……。フリルをあしらった清楚な淡い水色のワンピースに、某馬蹄マークのブランドのミニバッグ、耳元には小さいペリドットのピアスがキラリと光る。メイクも現役アイドルらしい、可愛い雰囲気だ。
ふんわりと少女らしいフローラル系の香りがしてきて、いつもよりオシャレ感が増している。
「おぉアイラ、可愛いぞ! そのワンピース新しいのだよな、似合ってるじゃないか?」
「えへへ……じゃあ、行こう!」
アイラは、ファッションもメイクもアイドル稼業を始めてからずいぶん器用にこなすようになったし、ブランド品もファンからのプレゼントやアイラ自身の収入で買ったものだから、別に構わないのだが。
「ところで、具体的にはどこに行きたいんだ? 徒歩圏だと、駅ビルか映画館か……まだ時間が早いから電車でちょっと出る事も出来るけど……」
「アイラね、景色な綺麗なデートスポットか、あとは美味しいスゥィーツを食べたり? とにかく定番っぽいものがいいの!」
「美味しいケーキなら、駅ビルで食べられるよなぁ。じゃあ、まずは駅の方に行って……お店を決めよう」
「ふふっ嬉しいっ」
最近は、ほとんど真野山くんとばかり遊んでいたからアイラと2人きりで外出するのは久しぶりだ。チラリと横顔を見ると、パッチリとした大きな瞳が輝き、ほんのりと塗られたリップグロスがほのかに女性らしさを演出している。
この数ヶ月で中学生にしては大人っぽくなったな、と思う。現役アイドルという職業柄、休みも少なく忙しかっただろうけれど。普通の女の子と同じでデートに興味が出ても、仕方ないんだろう。
「ケーキかぁ……そういえば、ランチパスタに美味しいミルクコーヒーとケーキが付くセットメニューがあるって、ネットに紹介されているお店があった気がする。アイラ、そこがいいかも!」
「おっ! 昼ごはんも確保出来るし、そこがいいな」
「ブルーベリーケーキが有名なんだって! おにぃちゃ……じゃないイクトさんは何のケーキにするの?」
「オレはチーズケーキかなぁ……」
「うふふ、じゃあアイラのブルーベリーちょっとだけあげるね!」
ご機嫌なアイラとJR立川駅前に向かう途中、元魔王の真野山葵くんに声をかけられた。
なぜ、タイミングよく見計らったように真野山くんが? いや、真野山くんだって同じ立川市在住だ。駅に向かう住宅街の途中で遭遇することくらいあるだろう。
「イクトくん、アイラちゃん、兄妹でお出かけ? 仲良くて羨ましいよ。ボクも兄妹欲しかったなぁ!」
真野山くんは当初男の娘だと思われていたが、今は呪いが解けてオレ好みの胸の大きめな超美少女である。何故か今日の真野山くんは、アニメか小説の絵に描いたようなヒロインが着ていそうな清楚な白いワンピースだ。
さらに清純派ヒロインを押し売りするかのごとくナチュラル系素材のバッグ、紺色のシンプルなローヒールといかにも清楚な出で立ちである。
「真野山くん、なんか今日は普段と雰囲気違うね。なんていうか、ものすごくヒロインっぽい……」
「ヒロインかぁ、なんだか照れるなぁ……。ボクね、女の子のファッションするようになったの最近で慣れてないから。散歩を兼ねて慣れるために、今日はいつもより女性らしいワンピースを着てみたんだ……変じゃないかな?」
相変わらず照れ屋なのか透き通るような美しい頬をほのかに赤らめながら、大きな瞳を潤ませて上目遣いで見つめてくる真野山くん。
正直言って史上最強に好みのタイプである。いかにも絵に描いたようなヒロイン像であっても、可愛いものは可愛いのだから仕方がない。
この際、認めてしまおう……オレは激しく真野山くんの容姿に惹かれていると……!
「その……すごく似合ってるよ! やっぱり真野山くんは正真正銘美少女っていうか……。これだけ可愛いのに男の娘だったなんて別の意味で世の中を混乱に陥れるレベルだったし、女の子に戻れて良かったね」
「そっそんな……恥ずかしい……イクト君も相変わらずイケメンだねっ!」
真野山くんとの距離を縮めると、甘いバニラ系の香りが漂ってきて可愛らしさにクラリとした。
「チッ!」
オレ達がナルシスト全開のバカップルのような会話を繰り広げている中、アイラが『チッ』っとガラ悪く舌打ちした気がした。だが、アイラの方をチラリと見ると、いつも通りの良い子ちゃん全開の可愛らしい姿で優しく微笑んでいる……さっきの舌打ちは気のせいか。
だが、真野山くんとアイラの間に不穏な空気が漂っているのは気のせいではないらしく、しばし重苦しい沈黙が続いた。
「そうだ! ボク、この間商店街で福引が当たって……映画のチケット3枚当たったんだ! 良かったらこれから3人で映画観ようよ」
どうしよう、超絶好みのタイプの真野山くんからのお誘いなんて普段ならものすごく嬉しいはずだが……。
今日はアイラがデートしたいっていうから2人きりになったのだ。さすがに約束のデートをここで中断してしまってはアイラに申し訳ない。
「あのさ……真野山くん……実は今日は……」
オレがアイラの気持ちを配慮して、丁重に真野山くんのお誘いを断ろうとした瞬間……アイラから意外なセリフが出るのだった。
「本当ですか、真野山さん。嬉しいです! ありがとう、お兄ちゃ……イクトさんもいいでしょう?」
気のせいかもしれないが、真野山くんに見せつけるようにアイラがオレの腕をぎゅっと組んで胸を押し付けてくる。普段のオレだったら、女の子に腕を組まれた上に胸を押し付けられるなんてシチュエーションに耐えられず女アレルギーの発症で気絶しているレベルだ。
だが、どんなにアイラが可愛くてもつい最近まで実の兄妹だと思って育ってきた仲。血の繋がりが無いにせよ、兄妹という感覚は拭い去れないのか、いつもの女アレルギーを発症することはなかった。
「ああ……アイラがいいなら……真野山くん、ありがとう」
「楽しいデートのしようね……イクトさん!」
あれっ? アイラは、2人きりでデートがしたかったんじゃなかったのか? 本当にいいのか?
「うふふ、承諾してくれて嬉しいよアイラちゃん。将来、ボクとイクトくんが結婚したら家族になるわけだし……交流を深めておかないとね!」
何気なく、将来の結婚というキーワードをチラつかせてアイラに嫁候補であることをアピールする真野山くん。まだ、きちんとした形で交際が確定しているわけではないはずだが、真野山くんの中では結婚まで決まっているようだ。
「場所は地元の映画館になるけど……いいかな?」
「うん。せっかく音響設備が良いシアターが地元にあるわけだし……そこでいいよね? イクトさん!」
「えっ? ああ、そうだな。まぁせっかくだし、そういう計画で……」
どういうわけだか、立川駅前に着く頃には3人でのデートという複雑な構成となってしまった。映画館へは、さらに駅前から少し歩いて移動する事になる。
「なぁアイラ……本当に良かったのか? デートに憧れていたんじゃなかったのか?」
こっそりとアイラにたずねると、余裕の微笑みで『大丈夫……ステキなデートにしようね』と囁いてくるアイラ。思春期の少女の気持ちはよく分からないものだ。
実は、アイラにはもっと深い考えがあった。ここで揉めるよりも、自分とイクトが血の繋がりがないということを真野山さんに暴露し、今後『イクトは自分と恋人として付き合う』という交際宣言をするつもりだったのだ。
(真野山さん、悪いけどこの勝負に勝つのはアイラなんだから……! 真のヒロインは血の繋がりのない妹ルートなんだって、分からせてあげるっ!)
だがアイラは考えが甘かった。偶然を装って現れた真野山君……この真野山のわざとらしい登場は、全て真野山派元魔王軍が仕組んでいるということに……。
デートという名の戦略戦争が今始まる!