第三部 第11話 ダークエルフメイド誕生!
親友アズサがマリアを猫の呪いから解放してやろうと、呪い解きの方法をインターネットで調べている頃。そんなことも知らずにマリアは、ダークエルフのコノハちゃん宅で楽しい猫ライフを過ごしていた。
* * *
「猫マリアちゃん、ピンクの首輪と水色の首輪どっちが好き?」
「にゃにゃにゃーん(水色かにゃー)」
「じゃあ水色ね!」
コノハは猫語そのものはほとんど分からないものの、ジェスチャーを頼りに使い魔猫マリアとコミュニケーションを懸命に計っていた。
幼い頃から現在に至るまで、エルフの里で育った純粋培養エルフであるコノハの部屋。もちろん、部屋のテイストもエルフ全開のピュアな妖精ルームである。
アズサの部屋との違いを挙げるとすれば、アズサがナチュラルカントリーテイストの部屋であるのに対して全体的に白とパステルカラーが貴重になっているところだ。
いわゆるお姫様系ルームとも言えるコノハの部屋を猫マリアは結構気に入っていた。
「にゃにゃにゃー(コノハさんのお部屋、夢があっていいですにゃ)」
家具とパステルカラーの淡い色のファブリックで構成されており、いかにも女の子! というオーラが漂っている。
白いデスクに白い鏡台、白いタンスに白いベッドに淡いパステルピンクのベッドカバー、カーテンは淡い花柄。アロマポットからは、清楚なお花の香り。
そんな、女の子エルフ空間に似合わない新聞が、白い猫脚テーブルに置いてあるのを猫マリアは発見した……。
『モンスターレース新聞』
「にゃにゃにゃ⁈ (これは⁈)」
猫マリアがモンスターレース新聞を目ざとく発見して、ニャーニャー鳴いているとコノハが猫マリアにモンスターレースについて語り始めた。
「ああ、これね。幼馴染みのアズサちゃんに連れられて、この間初めてレースに行ったんだ。そしたらなんと大当たり! 賭けたお小遣いが、何倍にもなったんだよ。凄いよねレースって」
「にゃにゃ、にゃにゃにゃニョニャ」
それはコノハさんにギャンブルの才能があるんですよ、とマリアは教えてあげたかったが、にゃーとしか鳴けないので伝えられなかった。
「なぁに? もしかして猫マリアちゃんも、モンスターレースに興味があるのかな。うーん……マリアちゃんはサイズ的にレースには出場できないと思うんだ」
「にゃにょーん(そ、そういうわけでは……)」
どうやら、コノハは猫マリアが競争猫としてレースに出場したがっていると思ったらしい。まぁ猫語がほとんど通じないのだから、仕方がないか。
「あっそういえば、猫用のおやつを買っておいたんだ。私もおやつの時間にするから一緒にティータイムを楽しもう!」
「にゃー(嬉しいのにゃー)」
面倒見の良いコノハに飼われて、何だかんだと良い暮らしが出来ているマリア。タレント猫として危険なロケを鬼のようにこなしていた時とは大違いである。
飼い猫の生活は、飼い主次第で天国にも地獄にもなるのだと実感するマリア。最近まで飼い主だった真野山君は、一見優しいが生来の魔王様気質のせいで猫づかいが荒かった。
今の生活をなんとしてでも守りぬかなくてはならない。
(よく考えてみれば、自分はギャンブルで借金を作り、返済が大変になったため猫としての生活を選んだ身……。コノハさんに余計なことを言って、ギャンブル依存症にするのも良くない。これでいいのにゃ)
もう人間には戻れないかもしれないが、猫として働いて借金を返済したほうが気が楽だ。人間に戻るとつい悪いクセが出て、またギャンブルをしたくなってしまうかもしれない……。そんな人生よりも、猫ライフの方が安全なんだにゃ。
マリアは、もう身も心もすっかり猫になりかけていた。
だが、せっかくギャンブルから離れようとしている猫マリアに、コノハちゃんが禁句を言ってしまう。
「あっそうだ! 今はおウチにいながらでもモンスターレースの券って買えるんだって! 猫マリアちゃんもやってみる? 私が注文してあげるよ!」
(にゃんだってー! コノハさんがレース券を買ってくれる⁈)
「にゃにゃにゃにゃーにゃにゃにゃにゃー(コノハさん、私にモンスターレースをもう一度させてくれるんですか? もう永遠に、モンスターレース券は買うことがないと思っていたのに……本当にいいんですか⁈)」
「うふふ! そんなにハシャいじゃって、嬉しいんだね! 好きなの買っていいよ!」
そう言って、純粋無垢ダークエルフのコノハちゃんは、モンスターレース新聞最新号の予想ページを猫マリアに見せる。猫マリアは興奮気味に、猫手でにゃーにゃー鳴きながら自分の予想をコノハに伝えることに。
パシッ、パシッ!
「にゃにゃ!」
「うんうん、これとこれを買えばいいんだね。へぇ……猫マリアちゃんってまるで本物のギャンブラーみたい……。ふふっそんなわけないんだけど、不思議とそう見えちゃう」
「にゃにゃん(任せてくださいにゃっ)」
褒められて嬉しいのか、すでに勝ち誇ったような態度の猫マリア。
「うふふ可愛いー! よーし! 猫マリアちゃんとアタシの最強パワーで今日も全勝だぁー!」
「にゃー(おー)」
こうして、猫マリアの使い魔ライフはギャンブル一辺倒になっていった。
* * *
あれから、1ヶ月ほどの時間が経った。
結局アズサは、マリアを猫の呪いから解放する方法を調べることは出来ず、途方にくれるばかり。
「マリア、ごめん……」
ピンポーン!
「はい、あらコノハさん!」
アズサが落ち込んでいると、ダークエルフのコノハがアズサの家に挨拶に来たようだ。妹のミーナとコノハのやりとりが一階から聞こえてくる。
「アズサちゃんいますか?」
「姉さんなら二階にいるわよ? 入って!」
「ううん……ここでいいです」
随分と元気がないようだ……嫌な予感がぢてならない。
「ああ、コノハじゃないか? 久しぶり!」
明るくコノハを迎えるが、コノハの表情が優れない。しょんぼりとした様子でいつもの笑顔がない。なんだろう……まさかダークエルフに目覚めたことで誰かから差別を受けたとか……?
だが、コノハが落ち込んでいるのは全く別に理由だった。
「……あのね、私の家引っ越すことになったの……もうこの里にはいられないの」
「えっ引越し? この里にはいられないって……。そんな、馬鹿な。エルフ族はこの里が一番住み心地がよいはずだろう。何か嫌なことでもあったのか……? 私でよければ相談にのるよ」
「ううん……違うのアズサちゃん。私がね……全部、全部悪いんだ。初めてのモンスターレースで、たくさんお金当たったでしょ? だから、毎回当たると思っておウチのお金全部使って、借金もいっぱいしちゃったんだ……。自惚れてたんだよ……私……」
「借金って……コノハ……」
まさか、コノハがたった1ヶ月でギャンブル依存症に陥り、家を手放すレベルになろうとは。
「それでね、この使い魔の猫マリアちゃんのことも飼えなくなっちゃったから、1番懐かれてたアズサちゃんに、一時的にでも引き取って欲しいなって……」
「うにゃー」
(! 猫マリア! まさかマリアのせいでコノハは?)
「猫マリアちゃん、元気でね。今まで楽しかったよ、ありがとう……。一緒にギャンブルごっこ出来たこと……一生忘れないから!」
「にゃーんにゃーん(コノハさーん)」
悪い予感は、よく当たるものだ。まさか本当に猫マリアとギャンブルをエンジョイしていたとは……。
「私、魔王城のカノン姫お付きメイドとして働いて、借金返して頑張るから! アズサちゃんも今まで親切にしてくれてありがとう。猫マリアちゃんのことよろしくね! 猫マリアちゃん、可愛がってもらうんだよ!」
「にゃにゃん、にゃにゃんにゃにょーん(コノハさん、待って行かないでっ。来週、大きなレースがあります! 諦めちゃダメですにゃ)」
こうして、ダークエルフコノハはダークエルフメイドに転職し、エルフの里を去って行った。エルフの里ではダークエルフになると性格が変わり、ギャンブル依存症になると噂が流れ、ダークエルフ化しないように気をつけるようになった。
「姉さん、どうするの? ウチのお母さん猫アレルギーだから、猫マリアをウチじゃ飼えないって言ってるわよ! 里親会にでも連れて行く?」
「マリア……」
「にゃー(アズサ……)」
「……」
「……」
トゥルルルル……トゥルルルル……。
沈黙を破るように鳴り響く電話の音、どうやらアズサのスマホからのようだ。
猫マリアを一旦、妹に預けて電話に出る。相手は神官エリスだ……さすが占い師としても名高いだけあって重要な場面で連絡を寄越してくれる。
「もしもし……アズサだけど……」
「アズサさん? エリスです! 実は猫の呪いを解くことが出来る優秀なペット呪い専門霊能力者が、神殿にやって来たんですけど……。ええ、マリアさんの呪いを解くチャンスかと思って。期間限定の出張霊媒師なので……」
「えっ? なんだか随分タイミングよく……。うん、じゃあ予約を入れてもらって……ありがとう」
プツッ……。
早いところ呪いを解いてしまえば猫マリアと一緒にいることでギャンブル依存症になるような事態は避けられそうだ。それに、またどこかに貰われてこれ以上被害が拡大するのも良くないしな。
* * *
結局エリスに手助けもあり、アズサはハロー神殿の呪い解き専門コーナーの臨時ペット用呪い払いを受けることが出来た。
専門家の技術によりマリアはアッサリ人間に戻ったのだった。呪いに耐性の出来たマリアは、猫耳ヘアバンドを身につけても、二度と猫に変身しない体質に変化したのである。