第三部 第10話 猫になった友人のために
ダークエルフ化した幼なじみコノハの元に贈られてきたのは、2度の呪いにより、もうほとんど普通の猫になってしまったかつての親友マリアだった。
「にゃーん、にゃにゃにゃーん。にょにょにょーん。にゃっ? にゃにゃにゃにょにょ(みなさーん、こんにちは。猫マリアですにゃ。あれ? アズサじゃないですかにゃ)」
猫語でしつこくアズサに話しかけてくるマリア。
「この猫ちゃん、アズサちゃんに向かって何か訴えかけていない? もしかして、知ってる猫ちゃんなの?」
「さすがのアタシも普通の猫の知り合いは、いないよ。猫耳族のミーコとは旅仲間だけど、あの子は人間語が堪能な立派な猫耳メイドさんだしさ。さぁ、猫ちゃんとの新生活のむけてコノハはこれから大変になるぞ! 猫砂とか爪とぎとか……揃えるんだろう」
猫と距離をはかり、話題を買い物へと切り替える。
「そっかぁ。猫耳メイドさんと親しいから、普通の猫ちゃんともお知り合いなのかと思ったけど、やっぱり違うよね。コノハちゃんはこれから準備もあるしそろそろお暇しよっか」
「猫グッズなら、ホームセンターで買えるよね? 車でちょっと行ってこようかな? あっお土産用意するから待ってね!」
鋭い指摘にビクつきながらも、うまくやり過ごしてパーティーをお開きにさせたアズサ。車の鍵を取り出して、準備をし始めるコノハ……パタパタと来客へのお土産を取りに行ったりと慌ただしい。
「じゃあ、みんなまたねー。マフィン美味しかったよ」
「ああ、猫ちゃんと仲良くなー」
「猫ちゃんもまたねー」
「にゃおーんにゃにゃにゃーん!」
「今度は猫ちゃんも一緒にお茶会しよねー」
(びっくりするくらい普通の猫だったけれど……あれは間違いなくマリアだよな。アタシに向けて何かメッセージを送っていたし)
アズサは、マリアが本当に猫になってしまったという現実を突きつけられて、哀しみのあまり涙が出そうになった。
泣きたいのを我慢しながら、コノハの家を去るアズサ。帰宅して自室に戻ったものの、キジトラ猫マリアの顔が頭の中から離れなかった。
「アズサ、帰ったの? コノハちゃんどうだった?」
「ああ、元気そうだったよ。コノハに使い魔が協会から贈られてきて準備のために解散になったんだ」
「そう。何ともなさそうで良かったわね」
「うん……ちょっと疲れたから上で休んでるわ」
「……アズサ……」
アズサの母は、クールに装うアズサがコノハのことで胸を痛めていると思いそっとしておくことにした。実際は、母の心配をさらに上回りダークエルフとして歩み始めたコノハのことだけではなく、猫マリアの事も気掛かりだった。
突然現れた使い魔の猫マリアの登場に動揺してしまい頭がグルグルとして考えがまとまらない。運良く優しいコノハが飼い主になってくれるから良かったようなものだ。
さらに、猫になった元ギャンブラーのマリアとギャンブルに目覚めたてのダークエルフコノハが共同生活するという不吉なフラグが気になっている。
「はぁ……コノハはダークエルフになるし、マリアは猫化が激しいし……みんな遠くなっていくな」
コノハが『遊びにきてくれたお土産に……』と、手渡してくれたクッキーをぽりぽりと食べるアズサ。優しい味の素朴なクッキーは、未だコノハがピュアなエルフである事を感じさせてくれる。外出時に持ち運んでいたペットボトルのお茶とともに味わい、気持ちを落ち着かせた。
エルフ族が好むカントリー調のナチュラルな木の家具と、小花柄の壁紙が可愛らしいギャンブラーらしからぬアズサの部屋。自分もかつては、純粋無垢な典型的なエルフだったが、いつしか都会に出て感覚が変わってしまった。もしかしたら、皆それぞれ何かのきっかけ生き方が変化するのが当たり前なのかも知れない。
(百歩譲ってダークエルフはともかく、猫として生き直すのはやはりおかしいだろう……しかもなぜその2人が一緒に暮らすことに? 世間って狭いよな)
思い出の品や写真がたくさん置かれている。棚の上に置かれた写真立てには、まだ人間だった頃のマリアと一緒に撮った写真が飾られていた。
黒髪ロングヘアの清楚な容姿の白魔法使いマリア。一見するといかにも良い子ちゃんキャラのマリアだが、ギャンブラーという裏の顔がありアズサとは学生時代からの親友である。
「マリア……もう、人間のマリアには会えないのか」
* * *
思い起こせばマリアとの出会いは、アズサが中学生の時だった。アースプラネットの寄宿舎制の魔法学校である『ダーツ魔法学園』に入学することになったアズサ。この学校では珍しいエルフ族ということで、他の生徒たちから注目されていた。
「アズサさんは我が校でも珍しいエルフ族だから……」
先生達が気を遣い、何故かアズサのカリキュラムは、裁縫や料理などの花嫁修行のようなもので組まれていた。
「そのうち我が校でもエルフコースの設置を検討しているにだけれど……まだエルフ族の生徒さんが少ないからね」
他所のコースでは剣技や魔法を教えているダーツ魔法学園。清楚系ヒロイン育成コースという聖女コースの前身となるお嬢様コースに所属する羽目になってしまう。比較的、おしとやかなお嬢様達に囲まれて過ごすことになったアズサは、ちょっぴり退屈していた。
「うふふ、アズサさん御機嫌よう!」
「えっああ御機嫌よう……。ふぅ……みんなおしとやかすぎて、買い食いも無駄話もしないし……なんか面白いことないかなぁ」
そんな、清楚系ヒロイン育成コースの生活に退屈していたある日のこと……。
「アズサさん、白魔法使いコースの学級委員マリアさんと、魔法商店街にちょっとおつかいにいってきてくれる? エルフ族にしか分からない白魔法の道具があって、アズサさんにお願いしたいのよ」
「はい、分かりました。薬草作りの道具とかですか?」
「みたいね、先生も詳しくは知らないから、直接マリアさんから話を聴いて頂戴」
白魔法使いコースか……比較的インテリで、いつも聖書を読んでいるような真面目なクラスだ。そのクラスの学級委員……きっと真面目な子なんだろうな。
そしてアズサの予想通り、黒髪に美しい髪飾りを付けた、いかにも清純で真面目そうな美少女がやってきた。
「白魔法使いコースの中等部1年所属マリアと申します。あなたがアズサさんですね、仲良くしてください」
「うん……こちらこそよろしく!」
マリアと一緒に魔法商店街へ向かい、用事をどんどん済ませていく。いかにも聖職者になりそうな美少女マリアに、アズサは何を話していいのかわからなかった。
「アズサさん、このお使いが終わったら、美味しいケーキ屋さんでお茶して休憩しません? 雑誌に特集が組まれている素敵なお店があるんですよ?」
「えっ? それってもしかして寄り道っていわれないかな……でもマリアがいいなら是非……久しぶりのケーキ屋さん。楽しみだなぁ」
意外な提案に、アズサはとても喜んだ。
いかにも寄り道なんかしなさそうに思っていたのだが、それは考えすぎだったようだ。
「疲れてしまっては帰り道、体力が持ちませんもの。神様も頑張ったご褒美に、美味しいケーキ屋さんと私たちを引き合わせてくれたのでしょう」
なんともプラス思考な白魔法使いだ。実際に、外出時に喫茶店などで休憩することは校則で認められているそうだ。ただ、人目を気にする自分の所属コースではあまり外食施設を利用する生徒自体いなかったのだろう。
「私はこのフルーツケーキと紅茶のセットにしますけど……アズサさんは?」
「私も同じのがいいな……雑誌に載っていたやつ!」
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
猫耳メイドが運んできたティータイムのケーキセットは、写真で見るよりも大きめで食べ応えがありそうだ。
数種類のフルーツが盛られているだけでなく、生クリームまでたっぷり!
「わぁー」
思わずふたりともハモって感嘆の声をあげる。
人気の情報雑誌で紹介されるだけあって、ここのケーキ屋さんはとても美味しかった。
「ねぇアズサさん……このケーキ屋さん以外にも、話題のお店はいくつかあるんですよ! 今度全部回りましょう!」
「おお! いいね、美味いもの巡りだ!」
こうしてアズサとマリアは意気投合し、休みの日によく2人で外出許可をもらい、美味しいものを食べに行くようになった。
「ねぇ、アズサ! 次の休みは植物園の観察ノート作りに行かない?」
「ふふっもちろんその後は美味しいもんlをリサーチするんだろう」
「うふふ任せて!」
しょっちゅう外出するのは当初難しく感じていたが、マリアが学校外の薬草や小鳥を調べに行くと用事を作ってくれたので、簡単に外出許可がでた。
植物園や野鳥園などを見学し、帰りに美味しいものを食べるのが、厳格な学生生活での息抜きになっていった。
* * *
もうマリアと昔のように、一緒に遊んだり語り合うことは出来ないのだろうか……彼女は一生、ニャーニャーとしか鳴けない猫なのだろうか?
いつまでも哀しんでばかり居られない。安全なコノハの家で飼われている間に、なんとか元の姿に戻してやらないと……。
親友の危機にアズサは立ち上がる決意をした。エルフの里は、情報の少ない田舎の里だがインターネットくらいは出来る。今はネット社会、里にいながらある程度の情報は得られるだろう。
そうと決まれば、さっそくネットサーフィンだ。スマホのインターネット画面を立ち上げてそれらしいキーワードを検索する。
【猫 呪い 解き方】
「なになに……オススメの呪い解きは猫神社への祈願……。うーん、この方法は確かすでに試したってエリスが言っていたよなぁ」
アズサは親友のために、2度呪われた者が人間に戻るための秘術を調べる決意をした。
「マリア待ってろよ……呪いから解放してやるからな」
マリアが猫の姿で労働することで、多額の借金を返済しているとは知らずに。