第三部 第9話 ダークエルフの使い魔は猫ちゃん
純粋無垢なエルフの美少女コノハが、都会のヤンキー魔族からお友達のスミレを守るために、ダークエルフのチカラに目覚めた。
「はぁ……はぁ……あれっ私ったら何を……」
コノハが我に帰ると、目の前には完全にのされたヤンキー魔族。どうやら、黒魔法が直撃してかなりにダメージになったらしい。
何処からともなく警備隊が現れて、ヤンキー魔族を連行していく。
「コノハちゃーん。ふぇえええええっ、怖かったよぉー。ひっくひっく……助けてくれてありがとう。うぅ……」
ヤンキー魔族の魔の手から間一髪逃れたスミレ。あのままでは、金銭を奪われるどころか命の危険もあっただろう。
泣きじゃくりながら、コノハの元へと駆け寄るスミレを宥めつつ、曖昧な記憶を遡る。
「助けてくれてって……そういえば、私。さっき……とても難しい魔法を使ったような気が……。確か、図書館で読んだ古い魔術の本の呪文を思わず……闇の焔の魔法」
すると、騒ぎに気づいたアズサ達が顔面蒼白でコノハ達を探しに来てくれた。
「大丈夫だったかっ? エルフの女の子が魔族の抗争に巻き込まれたって……無事かっ?」
「魔族の抗争……そっか……そういう風に見えた人がいたんだね。きっと……」
『この娘、ダークエルフだ……!』
慌てふためく魔族の顔が今でもはっきりとコノハの心に残っている。
ダークエルフ……禁断のチカラを手に入れたエルフ族のみに与えられる名称。
結局都会での楽しいはずのお買い物は、早めに切り上げになり、みんなですぐに帰ることになった……。
* * *
【エルフの里秘密会議】
エルフの里では、緊急事態の発生に秘密会議が行われた。族長や識者が集い、エルフ族の今後について話し合いである。
「こんな日が再びくるなんてねぇ……」
「族長は、どのような決断をされるのやら」
普段は使われることがほとんどないエルフの里の地下会議室、他の種族を寄せ付けない特殊な結界が張られたこの場所には、今までにない緊張感が漂っていた。
「族長……全員集まったようです」
「そうですか、では始めましょう」
会議の中心にいるのはエルフの女性族長である。かつては女王制度だったエルフ族だが、エルフ女王の跡継ぎがいなくなり、女王の縁戚のエルフ族が女性族長を務めている。寿命の長いエルフ族とはいえ500歳を超えると噂される族長は、人間では高齢にあたるはずだが美しさを保ちつつも年相応の落ち着いた物腰だ。
会議が始まり、エルフ族の幹部が問題の映像テープを取り出した。
「族長……我がエルフ族の若い娘が、ダークエルフのチカラに目覚めたそうです。この映像をご覧ください」
映し出された映像は、都会の監視カメラに残っていたヤンキー魔族VSエルフコノハちゃんの炸裂バトルの様子である。ヤンキー魔族が、一方的にエルフ達からカネを巻き上げようと脅かしてきた前半部分……ダークエルフに目覚めたコノハちゃんの攻撃呪文で、ヤンキー魔族が伸される後半部分……。
皆が一同に族長の発言を待つ中、ついに族長が重い口を開いた。
「ダークエルフ……もう目覚める者はいないと思われていた幻の存在。ですが大魔王の魂が成仏した今、我々の隠されたもうひとつの姿、ダークエルフに目覚める者はこれからも増え続けるでしょう。恐れることは何もありません。かつて大魔王と存在を二分した、妖精の王ダークエルフ王のような過ちはもう繰り返さないと私たちは誓ったではありませんか?」
集まったエルフ達は皆、無言だった。
「信じましょう……聞くところによると、ダークエルフの娘は友人を助けるためにチカラを解放したとか……優しい子なのでしょう。大丈夫です。見守りましょう」
「見守る……ですか。若い世代を信じていくのも、我々に必要な心がけなのかもしれませんな」
こうして、族長の見守りましょう発言により、会議は終了した。
* * *
そんな、緊張感あふれる会議が行われているとはつゆ知らず、ダークエルフに目覚めたコノハの自宅では、幼馴染達でコノハダークエルフに進化おめでとうティーパーティーを行っていた。
「せーのっ。コノハちゃん、ダークエルフ化おめでとうっ!」
「えへへ……ありがとう……」
まるで、誕生日か何かのようなほのぼのとしたお祝いの雰囲気だ。アズサも手作りのマフィンを持参し、コノハを祝う。
ストロベリーティーに、みんなで持ち寄った手作りのサンドイッチやマフィン、クッキーなどとてもエルフらしいティーパーティーである。
「コノハちゃん! ダークエルフって、すごく強いエルフ族なんだね。コノハちゃんが助けてくれて嬉しかったよ。ありがとう!」
命の恩人であるコノハに心の底から感謝している様子のスミレ。何はともあれ無事で良かった。
「うん。とにかく、スミレちゃんを助けなきゃって必死だったから……。まだ実感湧かないな」
サンドウィッチを小さな口で、はむはむと食べながら上品にストロベリーティーを堪能するコノハからはとてもじゃないが強い魔力は感じられない。
「でもさ、黒魔法使いコースに所属していたとはいえ、いきなりハイレベルな攻撃呪文が使えるなんて。ダークエルフってすごい能力の持ち主なんだな」
アズサが、バトルの様子をひと通り聴いたあと感心して呟く。
「なんでも、一度でも呪文詠唱を耳にしたり書物で読むと、再現できちゃうらしいよ」
「へぇ……それだけ強ければ、魔族に馬鹿にされることもなくなるかもな。頼りにしてるぜっダークエルフコノハ!」
「ふふ、なんかダークエルフって響きちょっとカッコいいかも? これからもよろしくね!」
アズサはダークエルフ化したコノハが、性格までダークテイストになったらどうしようかと思っていたが、バトル以外は温和なエルフのままだという。良かった。
和やかなムードでお祝いパーティーが進む中、突然一階からチャイムの音。
ピンポーン!
「お届けものでーす!」
「何だろう……はーい! ちょっとまって下さーい」
コノハが首を傾げながら認印を片手に一階に降りると、何やら生き物の入ったカゴを手にした宅配の人が……。
宅配の人が届けてくれたケースは、明らかに猫用の入れ物で中からは、「にゃーにゃーにゃー!」と鳴き声がしている。
「ダークエルフ復活祝いで、ダークエルフ研究会から使い魔が贈られたようですよ! コノハさん頑張ってください!」
「えっ……研究会なんてあったんだ。ありがとうございます! わー、にゃーにゃー言ってる! 猫ちゃんかな?」
アズサは、一階から聞こえる話し声と猫の鳴き声を聴いて何か嫌な予感がした。だが、まさかな……と心の中の不安を打ち消した。
猫を入れたケースには、『キジトラマリアです。可愛がってください!』と差出人からメッセージがついていた。
「わー! この猫、キジトラマリアって言うんだ! もしかして、キジトラマリアの猫缶シリーズのあの猫ちゃんかな?」
「キジトラマリアだとっ⁈」
「えっどうしたのアズサちゃん……そっかぁもしかしてアズサちゃんもあのCM好きなんだね。可愛いもんね。猫ちゃん!」
「えっ? ああ、うん。あはは」
アズサもエルフの里に戻ってからは、電話やメールでしか仲間達との連絡手段がないので、詳しくはよく分からない。が、勇者イクトとの冒険の仲間で親友マリアは現在猫耳族になってしまったらしい。
たまに電話で近況を教えてくれるエリスによると2度呪われた影響で呪いが効きすぎて、もうほとんど普通の猫として生活しているそうだ。
(元魔王の真野山君が、タレント猫として飼っていると聞いていたが、まさか手放したのか?)
マリアが猫になってから、本当にマリアが猫なのかすら確認ができないアズサは、キジトラネコがごく普通の猫であって欲しかったが。
「ジャジャーン! ダークエルフデビューのお祝いに、使い魔の猫ちゃんが届いたよー」
「うわぁ! 見せて見せてっ」
「にゃにゃっうにゃにゃっ」
アズサの不安はほぼ的中し、カゴの中からキジトラ猫マリアが現れた。額のMマーク、ふてぶてしい態度、間違いなくアズサの友人マリアだろう。
「わーCMに出てる猫ちゃんだー!」
「すご~い! でも飼い主さんとかいないのかなぁ?」
「にゃーんにゃにゃにゃーん!」
突然、複数人のエルフに囲まれても堂々とした様子の猫マリア。
「にゃっ、にゃにゅにゃ(にゃ、アズサ?)」
「! 今この猫ちゃん、アズサって呼ばなかった? あれっ気のせいかなぁ」
さすが、ダークエルフに目覚めているだけあってコノハにはマリアの猫語が何となく聞こえるようだ。
だが、幸い自分たち普通のエルフ族には猫語は分からない。目ざとくキジトラ猫マリアがアズサの方を見て、すり寄ってきたが上手くごまかして距離を置いた。
「アズサちゃん、なんか懐かれてるね? この子、アズサちゃんに飼って欲しいのかな?」
「ああ、今日の朝食作るのにかつおぶしを使ったんだよ。ニオイに反応してるだけだよ。猫もらってコノハ良かったな! 猫も届いたし、準備もあるだろうから、今日はこの辺でおいとまするよ」
「そうだね。猫ちゃんと暮らす準備しないといけないよね。じゃあ、今日のパーティーはこれで……」
「にゃっ?」
キジトラ猫マリアがにゃーにゃー何か訴える中、ティーパーティーはお開きになった。特に、猫になったマリアを見て、動揺し哀しみで涙が出そうになったアズサは、なるべくマリアに接触しないよう高速でコノハ宅を出た。
「にゃーん! にゃにゃにゃーんにゃーん(アズサー! 私、マリアですよー、気づかないのかにゃー)」