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蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-  作者: 星里有乃
第三部 転生の階段編
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第三部 第6話 呪いは解けたけれど


「はーい、猫マリアちゃん。今日の撮影は魔物が沢山いる地球でも珍しい魔境の森を猛ダッシュだよ! 美味しい猫缶のCMをリアルに演じよう」

「にゃにゃっ(何)?」


 マリアが猫になった次の日には、タレント猫としての撮影が待っていた。

 だが、白キツネが持ってきたタレント猫としてのお仕事は想像を絶するほどハードだった。無理もない……空飛ぶ魔法猫が大多数を占める異世界アースプラネットの食品業者からのオファーなので、猫が魔境で走るくらいわけもないのである。平均的な異世界の猫なら、魔法を使用して空を飛んだり、ハイレベルな魔物の群れを追い越すことなんて訳ないだろう。

 だが、マリアは猫になりたてホヤホヤの新米猫だ。空を飛ぶ魔法なんてまだ使いこなせないマリアに、身体を張ったアクロバティックなCMは無理があった。しかも、撮影場所は地球でも珍しいとされている有名な魔境の森である。


「じゃあ、本日のメインシーン……伝説の獣キマイラを追い越して猫缶めがけて猛ダッシュシーン……スタート!」


 ひゅぉおおおおっひゅぉおおおっ! 

 暗雲が立ち込める魔境の森では、いい感じに精霊たちが宙に浮かびながら猫マリアの上空に浮遊している。もちろん、この精霊たちも精霊タレント事務所から派遣されてきているれっきとした役者さんだ。さらに、魔物系ペットタレント事務所から有名なキマイラさんも主役級の役で参加しており、結構制作費がかかっている。


「にゃにゃ……ぶるぶるぶるぶる」

「ガルルルルっ! グルううっ!」

 辺りに響くのはキマイラさんの迫力のうめき声。例えマリアが今この場で人間に戻ったとしても、レベルの高そうなキマイラさんと対面したら、びびって逃げてしまうだろう。なのに、よりによって猫の状態で対面するなんて。


「あっ猫缶だっ! よぉし、キマイラちゃんと猫マリアちゃん、どっちが先に猫缶のところにつくか競争だっ」

「にゃぅううううんっ」

「がるるるうっ」


 だっっっっ!


(ううぅ……キマイラさんを追い越すなんて、無理だにゃん)

(猫マリアちゃん、頑張って。私もある程度手を抜くからね)


 全力疾走で魔境の森を走り抜ける猫マリアと、手を抜いているものの猛スピードになってしまうキマイラさん。カメラワークを駆使して、接戦に見せかけているが、やはり猫マリアがきつそうである。


「カァアアアアット! 2匹とも、お疲れ様。良いシーンが撮れたよ。一旦休憩をはさんだら次は、別のシーンを撮ろうか……」


(この人間の監督さん……人当たりは良いのに、指示内容は無茶苦茶厳しいにゃ。鬼だにゃ)


 マリアの感想はあながち間違ってはいない。実は、この監督さんは人間に見えるものの実は鬼系魔族の監督さんなので、撮影基準がほかの異世界人に比べてハードなのだ。しかし、マリアの耳には絶対に入らない情報なのでこれが撮影の常識だと刷り込まれていった。


 猫好きだというキマイラさんの協力もあって、なんとか撮影が成功したものの、あまりにも無謀で猫足が震えている。


「がるる……ぐるる……(猫マリアちゃん、お疲れ様。良く頑張ったわね、撮影とはいえ私とかけっこをやり遂げた魔法猫なんて珍しいわよ。ゆっくり休んでね)」

「にゃにゃにゃん(はっはい、ありがとうございますにゃ。お疲れ様でしたにゃ)」


 キマイラさんに挨拶をして、ロケバスに戻り無事に真野山君の住む東京都立川市のマンションに帰宅。あたりはすっかり暗くなっていた。なんせ、立川市からかなり離れた場所での撮影だったのだから。


「にゃー(ただいまだにゃー)」

「お疲れ様、猫マリアさん。うふふ、聞いて猫マリアさん。実は、ボク本格的なCDデビューが決まったんだ。それでね……ジャケットの撮影に向けて本格的なエステに通おうと思って……。軍資金集めに、猫マリアさんのお仕事も増やしておいたから、頑張ってね! 2人で協力しあって、お互い上を目指そう!」

「にゃにゃにゃっ(まだお仕事を増やす気なのかにゃ、2人で上を? もう勘弁なのにゃ)」



 * * *



 結局、猫ライフは合わなかったのか、猫マリアは真野山君の家から1ヶ月くらいで逃亡。イクトの家の庭までニャアニャア助けを求めにきた。

「げっ猫マリア? どうしたんだよお前……なんだか、かなり痩せてないか。ペットタレント活動は? 真野山君が探していたぞ」

「にゃあ、にゃにゃーん。にゃーんにょーん(もうギブアップなのにゃー)」


 あまりにもにゃあにゃあ喚くので、仕方なく異世界アースプラネットのゲートを通過させる。そして、神官エリスの勤める神殿にいる呪い解き専門家に結構な金額のお布施を支払い呪いを解く儀式を依頼。無事、猫耳族から人間の姿に戻ったのである。


『マリアの呪いが解けた! 猫耳ヘアバンドは消滅した』


「呪いや特殊な装備が外れなくなったら、まず神殿の呪い解き専門コーナーにいらしてくださいね」

 儀式を済ませ、専門家のミニスカニーソの巫女さんに注意されるマリア。


「いやー、よく考えてみればこの神殿の地下にあるギルドのアイテムで呪われたわけだから、神殿の人に相談してみればよかったですね! まぁ、あの時はこんなハイランクの呪い解きプランなんて依頼できなかったんですけど。まぁ我々異世界人は、イクトさんたち地球人と違って呪いには耐性があるんですけどね」

「なんだ、結局資金不足で呪いを解くことが出来なかったのか。ミーコはずっと猫耳族の状態が続くように考えて痛いだけど、それってオレみたいな地球の人間に対してなんだってな。マリアは、異世界人だからわりとあっさり魔法で解けたのか、心配して損したよ」

「うふふ、ご迷惑をおかけしました。あれっなんか……まだ身体が心なしかだるい……」

「異世界人とはいえ、さっきまで呪われていたんだから無理するなよ」


 元の身体に戻ったマリアは、心なしかスッキリ痩せた気がする。


「マリアさん、以前より何故か痩せた気がしますね。きっとボクが考えたダイエット法が効いたんだ! よかったですね」

 真野山君はマリアに対して罪悪感を持つどころか、ダイエット成功の恩を着せ始めた。なんだかんだいっても、真野山君は魔王様だな……こんなに人使い(猫づかい)」が荒いとは。


 マリアは、真野山君の可愛いらしい笑顔を見ると青ざめた顔で、「しばらく実家に戻って、休もうと思います。身体がまだ猫っぽくて……」と、真野山君と距離を取ろうと必死だ。

 身体が猫っぽいとは、どんな状態なのかよく分からないが、しばらく休みたいのならゆっくりするといいだろう。

 スマホで実家に電話するマリア……しかし『あなたがおかけになった電話番号は、現在使われておりません』などと無情にも涼しげな声が響く。

「な、なんで⁈」

 マリアが動揺していると、神殿の巫女さんが手紙を預かっている、とマリア宛の手紙を渡してきた。



 親愛なるマリアへ。

 お父さんとお母さんはしばらく旅に出ることにしました。念願の世界一周旅行です。本当はマリアに挨拶したかったけれど、猫として新しい人生(猫生)を送り始めたマリアとは、会話することすらできないそうなので、手紙にしました。

 人間時代のあなたを思い出すとつらいので、あなたの私物は全部処分しました。

 安心してください。

 家を長い時間空けるのもよくないと思い、思い切って売ることにしました。旅行先でいい物件と出 会ったらそこで2人で暮らそうと思います。

 楽しい猫ライフを送ってください。

 あなたの父と母より。

 追伸……あなたの出演しているキジトラマリアの猫缶シリーズのCM、よくテレビで見かけます。猫として頑張ってください。



「……どうしよう……私物まで処分するなんて、うちの親、私のこと完全に猫だと思ってる。せっかく人間に戻ったのに……」


「よく分からないけど、携帯電話に連絡してみたらどうですか?」と、真野山君からアドバイス。

『あなたがおかけになった電話番号は、現在使われておりません』

「携帯電話まで解約したみたいです……どうして……」


 マリアの顔がみるみるどんどん青ざめていく。


 どうしても何も、マリアは法科大学院に行くための借金を、受験する前に全額使いきったり……。他にもオレたちの知らない事情もありそうだ。両親だって、タイミングを見計らって絶縁したいんだよ。


「悪いけど、オレの家じゃ下宿させられないからな」

 オレはマリアに頼られる前に、自分から意思をはっきりと告げた。すると、またも真野山君が何やら言いたげだ。


「実は、住み込みでマリアさんにちょうどいい、素敵なお仕事の紹介があるんです。これなんかどうですか?」


『辺境の地でゆっくりリゾートライフ! 高レベルモンスターたちが住まう、緑豊かな環境で楽しく働きませんか? 住み込みで。辺境の島環境保護委員会』

「また、高レベルモンスターと一緒なんですかっっ?」

「あとはもう一度猫になるとか……」

 どこから入手したのか、真野山君が猫耳ヘアバンドを取り出しマリアに手渡した。

 おかしいな……さっき処分したのに。


「ご両親も猫缶のCM見ていらっしゃるそうですし、ここまできたら、一生猫耳族として生きていくのもいいと思います」

 真野山君がもう一度猫になる提案をしていると、タイミング良く(?)マリアの借金を取り立てる為に、強面の人たちが数人現れた。

「マリアさんですね。あなたの実家を売却させてもらったんですけど、あとこれくらい足りないんですよね……返済のメドは立っていますでしょうか?」


 やっぱり返済で実家は売却されたのか……どうするんだろう?

 マリアは聞こえないふりして、猫耳ヘアバンドを装備して猛ダッシュし……。しばらくすると、キジトラ猫が何事もなかったように現れた。

「ちっ人違いだったか? そういえば写真の女より、ずいぶんスリムだったよな。」

「よく見ると、さっきの猫耳族じゃないか、マリアって名前が同じだけで別人だよ」

「帰るか……」


 取り立ての人たちは、マリアが元から猫耳族だと勘違いし、法科大学院の受験代その他を借りたマリアとは別人だと考えたらしい。


 そんなわけで、借金返済までしばらく猫耳族として過ごすことになったマリアは、タレント猫を続けながらミーコたちのいるギルドの紹介で、ハンター兼猫耳メイドとして働くことになったのである。

 マリアが借金を返済し、もとの人間の姿に戻るのはまだ当分先になりそうだ。



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