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蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-  作者: 星里有乃
第三部 転生の階段編
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第三部 第5話 タレント猫デビュー


「にゃー、ようこそいらっしゃいましたにゃー」

 猫神社に行くと、狛犬ならぬ狛猫が人間語で挨拶してくれた。

 さっきまで、石の狛猫だったにもかかわらず、今は可愛らしい三毛猫の姿に変化している。柔らかそうなツヤのいい毛並みと、しなやかな動きはまるで本当の猫のようだ。


 前脚をちょこんと揃えて、「どんなお願い事をしに来たのですかにゃ?」と優しくオレ達に話しかけてきた。まさか、現実世界地球で、猫の神様と直接会話する日が来ようとは。異世界で神と会話するならともかく、ここは現実世界のはずだ。やはり、異世界と融合した影響がこういうところにも出るのだろうか? それとも、実はまだオレ自身の魂は異世界から戻って来ることが出来ていないとか……? 一瞬ではあるが、万が一の可能性を追求する前に、真野山君に声をかけられて、注意をこの場に戻す。

「イクト君、どうしようか? 僕たちからマリアさんのことをお話ししても良いけど。ここは、猫同士……直接マリアさんから今の状況について説明してもらった方が……」

「ああ、そうだな。細かい状況とか、今の気持ちはマリア本人にしか分からないだろうし。猫カゴから出てきてもらって、直接会話するのがベストか」



 ただ、ひとつ心配なのは猫神社のご利益の範囲がどこまでなのかである。

 この地元立川市内にある猫神社は、行方不明になった猫が戻ってきたとか、猫の病気全般に効くとかさまざまなご利益を耳にする。だが、人間が猫になったから助けてほしい……というお願い事は大丈夫だろうか?


 ピアノ演奏の美しい雅楽のBGMが流れるキレイな境内に、品のいい狛猫が可愛らしい三毛猫の姿で行儀よく佇む。

「猫マリア……どうする? 直接狛猫さんに詳しいことを話すか?」

「にゃにゃにゃっ!」

 カゴの中から聞こえてくるけたたましい猫ボイス。こんな品のいいところに猫マリアをカゴから出したら、雰囲気が壊れるのでは……? オレは猫マリアをカゴから出すことを辞めようとしたが、すでに自力でにゃあにゃあとカゴから猫手を出して狛猫に何か訴えていた。


 仕方ないので、猫マリアの要求に応じてカゴから出す。


「にゃーにゃあにゃあにゃー。にゃにゃにゃんにゃにゃー」

 カゴから飛び出すように、境内の敷地に着地した猫マリア。挨拶もほどほどに、狛猫様と向かい合い何かを話しかけている。

「にょにょにょーん。にゃにゃにゃ。にょにょーん」

 猫なのに、猫手を駆使して身振り手振りを交えながら、これまでの経緯を説明しているらしいマリア。ジェスチャーの様子から察するに、頭にヘアバンドを被って猫化した事などを細かく説明しているようだ。

「マリアさん……なんていうか、随分熱心にお話ししていますね。あっそうだ、ミーコちゃんも猫カゴから出た方が良いよね」

 真野山君に促されて、オレのペットであるミーコも猫カゴから出してやる。実は、猫マリアが万が一突拍子も無いことを猫神様にお願いした場合を考えて、被害が及ばないようにカゴに入れっぱなしにしておいたのだが。狛猫様はきちんとした神様だし、大変なことにはならないだろう。


「ミーコ、カゴから出てきていいぞ。マリアもすでに狛猫様と話し合っているからさ」

「にゃーん」

 ごそっと、窮屈な猫カゴの中から顔を出すミーコ。市内とはいえ、バスで駅から神社まで移動したしミーコも疲れているはずだ。よく、騒がずに頑張ってくれた。本来は、猫マリアの方が元人間なのだから、もっと落ち着きがあっても良いはずなのにミーコの方が聞き分けが良いなんて……。

 ミーコは正真正銘の猫耳族のようだから、普通の猫とも違うのかもしれないが。


「それにしても、随分と長く話が続くな。真野山君……どうしたんだ、なんだか顔が青いけど」

「えっ……ああ、うん。なんていうか、猫マリアさんの相談内容があまりにも切実で。どうなっちゃうんだろう、これから」


 にゃあにゃあとした鳴き声を交えつつの話し合いはその後も15分ほど続き、待っている境内を散歩したりとリラックスした時間を過ごした。


 遠巻きで様子を見ても狛猫様は黙って、猫マリアの訴えを全て聞いている。そろそろ、相談内容が終わった頃だろうか。招き猫のごとく、狛猫様がこちらに向かって手招きをしている。ニッコリとした表情の狛猫様、もしかしたらマリアを元に戻す方法が?

 けれど、猫マリアが狛猫様に祈願した内容は、オレの想像とは異なる内容だった。


「にゃー、マリアさんは人間に戻る必要はない、現実世界では猫として生きていく、とおっしゃっています。第二の人生を猫として生きていきたいのでこのままの方が幸せだと……猫ライフを楽しんでくださいにゃ!」

 狛猫様は猫マリアから事情を聞き、「このままでいい」というマリアの主張を尊重し始めた。まさか、猫として生きていくって誰かの家のペットとして生活していくつもりなのか。


「ちょっと待てよマリア……。オレの家、もうミーコがいるし、お前を飼う気はないから。どこか、よそに行ってくれよ」

 猫マリアは、そんなセリフを気にすることもなく、にゃあにゃあ擦り寄り媚を売ってくる。こうしていれば、そのうち同情して家で飼うとでも思っているんだろう。

「にゃぁーにょーん、にゃにゃにゃーん」

 オレだって鬼ではないが、さすがに元人間の猫をペットとして買う気持ちは湧かない。なんとか考え直して、元の姿に戻って欲しいものだ。


 オレが甘えてくる猫マリアに冷たい態度を取り続けていると、真野山君が「ボク、猫を飼ってみたかったからうちに来る?」と余計なことを言い始めた。

「えっ真野山君が……マリアを飼うの? ひとり暮らしのマンションで?」

「うん。あのマンションペット可能だし。ボク、猫を飼うために里親会に参加しようとしていたくらいだし。これも、きっとなにかの縁だと思ってね。思い切って、猫マリアさんを買ってみようかなって!」


 ……何てことだ。幾ら何でも、優しすぎるだろう真野山君。あんまり甘やかすと、どんどん図々しくなるのがマリアだというのに。いや、真野山君はマリアの実態を知らないのか。


「どうする、マリア? 真野山君がマリアのこと飼ってくれるって」

「にゃにゃにゃっ?」


 優しく微笑んで、猫マリアに両手を差し伸べる真野山君。相変わらず真野山君は、清楚で可憐で麗しい……何気ない仕草まで神がかって可愛い。どうやらおいでのポーズで、マリアの警戒心を解いているようだ。

 そんな想定外の展開にマリアは、真野山君の事をじっと見つめている。どうやら、戸惑っていたようだが「にょーん」と鳴いて真野山君の方へと歩み始めた。

「ふふっ。決まりだね、よろしく猫マリアさん」

「にょーん、にゃにゃにゃーん」

 正式に気持ちが固まったらしい。マリアの方も真野山君の家に厄介になることに決めたようだ。2人のことが心配だが、真野山君は呪いが解けて、現在は完全に女の子の姿である。女同志の方が気兼ねなくて、マリアも気が楽だろう。


 それにしても、猫マリアのような怪しい猫を家で飼う気の真野山君も相当変わっているな……。猫好きで小動物に対して優しいから、同情しているだけかもしれないが。


「良い猫ライフを!」

 オレ達は参拝を済ませた後、最後まで親切な品のいい狛猫に挨拶をして、猫神社を後にした。

 立川駅北口にバスで戻り、駅周辺の店で猫マリアのためにキャットフードや猫グッズを揃える。真野山君と猫マリアを自宅に送り届け、その日は解散となった。



 * * *



「マリアさん、よろしくね! ボク猫を飼ったら、やりたいことがたくさんあったんだ」

 ウキウキとした気分で立川市の賃貸マンションに戻る真野山君。部屋の明かりをつけて、今後の生活について話し合うことに。

「美容のために、夜はパックやストレッチを日課にしているんだ。その間は、構ってあげられないけれど、大丈夫だよね」

「にゃあ! にょにょん」

「うん。さすが、元人間……聞き分けが良くて、会話も通じる……。こんなに良い猫、滅多にいないよね。やっぱり、例の話を相談しよう」

「にゃん?」

 例の話とは、何だろう? マリアの心配をよそに真野山君がスマホで誰かに連絡。すると、瞬間移動呪文を使いアイドルマネージャーの白キツネが現れた。


「うにゃっ(白キツネさん)!」


 ゆらり、と迫力満点で猫マリアのスタイルをチェックし始める白キツネ。

「ふうん、君が真野山君の連れてきた猫マリアさんか……キジトラ柄なんだね。もう仔猫じゃないから、オファーは限られている……君のような猫がタレント猫として生きていくには、想像を絶する忍耐力が必要だけど覚悟はいいね?」

 タレント猫? 何の話? マリアは状況を理解できていないようだった。


「実はボク……マンションの家賃、払うの結構ギリギリなんだ! つい癖で、アプリゲームの課金たくさんしちゃって……でも、白キツネさんからタレント猫で稼げば、好きなだけ課金ライフが楽しめるって教えてもらったんだよ。ボクの地下アイドル活動だけじゃ大変だったし、猫マリアさんにこの家の大黒柱になってもらうからヨロシクね!」

「にゃにゃっ(家賃)?」

「イクト君にはナイショだよ!」

 可愛らしく真野山君はウィンクして化粧を落とし、美顔器で自分磨きを始めた。

「猫マリアさんのおかげで契約金が入るから、そのお金で新しいお洋服とか、化粧品買っちゃおう!」

 さらに、猫マリアの稼ぎは全て、真野山君に流れていくことを知るのだった。


 その日の猫マリアの食事は、スーパーで安売りになっていた賞味期限がギリギリっぽいキャットフードだけだった。真野山君と白キツネ……そして、いつの間にか呼ばれていた、真野山君の親戚のオヤジプルプルさんはタレント猫デビュー前祝いで、宅配ピザや出前寿司を注文していた。だが、猫マリアはデビュー前のダイエットという名目で、ピザも寿司も食べることができなかった。



 猫マリアが元魔王真野山君の恐ろしさを身をもって体験し、泣きながらイクトの家に逃亡してくるのはその1ヶ月後である。


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